窓際の距離感 Side:明石忠明

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09.夏休み直前

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 体育祭が終わると、一気に気が抜けた空気になった。
 あと1ヶ月ほどで期末テストがあり、それからすぐに夏休みが始まる。7月の頭、週末に珍しく実家に帰っていた忠明は、昨年突発的に家族旅行をしたことを思い出して母に「夏休み、あけとく日ある?」と尋ねた。

「去年みたいに旅行とか行く?」
「今年は忠治の部活があるから」
「そ! 去年は兄ちゃんが引退したからだよ」

 忠治が「今年はおれが忙しいんだ!」と胸を張る。

「部活か。何部?」
「そりゃあ、忠明と同じよ」
「うん、バド! あ、兄ちゃんのシューズもらったよ」
「……。楽しいか?」
「うん! なんか、部室にボコボコにへこんだロッカーがあってさー。兄ちゃんの時もあった?」
「どうだったかな」
「あ、この前ラケット買ってもらったんだ。見る? ラケットは兄ちゃんの探してもなくてさー」

 忠治がバドミントンのラケットを持ってきた。まだグリップが少し硬く真新しい。

「いいやつじゃん」
「へへっ」

 忠明がバドミントンのラケットを握らなくなって1年が経とうとしていた。それに関して思うところは何もなかった。

「やっぱどこも行かないのか。それなら、夏休みにバイトとかしてみていい?」
「あら、お小遣いが足りないの?」
「そういうわけじゃないんだけど、充がバイトするらしくて。暇だし金も稼げるなら充と一緒にバイトしようかなって」
「仲良いわねぇ」
「保護者の同意がいるんだって。だから、先に話しとこうと思って」

 充は偽造する気満々だったが、忠明はこの話をするために実家に戻ってきたのだった。夏休みにいざバイトに申し込もうとして却下されたら面白くない。

「あぁ、そういうこと。社会勉強になるし、夏休みの間はいいんじゃないかしら。お父さんには夜ちゃんと自分から話しなさいよ」
「わかった」

 母がこの調子だったので父も同じような回答だろうと思っていたが、忠明が話したときの父は微妙な表情だった。

「遊びの延長だと思ってるならやめた方がいいし、やるにしても充くんとは別の仕事にした方がいい」
「え……」
「父さんの会社にも時々くるよ、友達同士でバイトしたいっていう子たち。でも、仕事中にふざけたりだらだら喋ったりしてて、ひどいときは辞めてもらうこともある。学校の委員会活動じゃないんだよ」
「じゃあ、だめってこと」
「だめとは言ってない。充くんと一緒じゃない方がいいと思うっていうだけ」
「ふざけたりしないと思うけどなぁ」

 忠明が納得していないのを見て、父は「まぁ、身をもって知るのもいいかもね」と言った。忠明のふざけたりしないという言葉を完全に信用していないような口ぶりだった。
 翌日、充に父との会話を話すと、「なるほどなぁ」と言った。

「それなら、別々のところにするか」

 あっさり言う充に忠明はまだ納得していなかったので、意外な裏切りに小さく口を尖らせる。

「親父さんの言うこと少しはわかるかも。俺が考えてるの引っ越し屋だろ? 俺、面白い荷物見つけたら絶対忠明に教えて笑うと思う」

 そう言われてみると容易にイメージがついた。忠明は思わず吹き出して、素直に頷く。

「確かに、おれも同じことするかも」
(これが遊びの延長ってことなのかなぁ)

 忠明はバイトのことを夏休みを楽しく過ごす手段としか思っていなかったことに改めて気付かされた。父も同じことを言っていたのに、あまりに近いと反発したくなるものなのかもしれない。
 そうして、夏休みまでは時々求人情報を見ながら、どのバイトが楽しそうかを話しながら過ごした。自分でも思いがけず初めての挑戦を楽しみにしていた。ベッドを折りたたんで掃除機をかけながらこの作業にも時給がつけばいいのにと思ったし、料理を作っているときには飲食店のバイトもいいななどと思った。
 とはいえ、夏休み前には期末試験がある。さすがにテスト前にはバイトのことは忘れるしかない。しかしそれよりも重大な問題が差し迫っていた。

(……充、テスト勉強しにくるよな。そろそろ暑いし、窓を開けとくのも限界だな……)

 部屋を密室にできない問題だ。
 少し前から考えていたレイアウト変更を試すため、ベッドを折り畳み、テレビをキッチン側に寄せてみる。腕を組んで部屋を眺めていると、ちょうど充がやってきた。

「模様替えか? テスト勉強中って模様替えしたくなるよな」
「だよなぁ」

 もう少し切迫した理由なのだが、それを悟られないように軽く答える。要は、部屋が狭く感じなければ窓を開けて密室を回避しなくてもいいのだ。あまり広くはない押し入れを最大限使う必要がありそうだった。

「テーブルを端に寄せるのもいいかも」
「今、テレビが床に直置きだろ。カラーボックスと合体させれば?」
「あぁ、いいかも」

 充が2つあるカラーボックスの一つを横向きに置く。もう一つのカラーボックスは縦に使う用の引き出しを入れているので、それを先ほどのカラーボックスに重ねてL字型に配置した。そしてその角にテレビを置く。

「かっこよくねぇ? これ」

 横にしたカラーボックスに元々入っていた教科書類を入れ直しながら充が問う。偶然にも元の配置よりもうまく省スペースになったことに忠明は目を輝かせた。

「なんということでしょう」

 忠明がリフォーム番組のナレーションを真似すると、充は笑って「ちゃらららららら~」とBGMを口ずさみ始めた。妙に音がズレているのも相まって忠明は笑い転げた。

「ちょっと動いたら暑いな。エアコン入れていい?」
「……うん」

 妙な間を開けてしまったものの、忠明は窓に近寄った。祈るような気持ちで窓を閉めていく。完全に閉めても息苦しさは感じなかった。

(このくらい床が見えてれば大丈夫なのか)

 ほっとして振り返ると、充がエアコンのリモコンを操作するピッという音がやけに多い。

「18度!? バカか、お前」
「最初はガンガン冷やしたい」
「寒いっつーの」
「えー……」

 充が渋々設定温度を上げると、23度で手を止める。

「……おれ、27度とかでいいんだけど」
「はぁ!?」
「いや、お前今からそんな寒くして真夏どうするつもりなんだよ」
「その時はその時考えるだろ」

 その後も意見を言い合って26度で話がついたが、いよいよテスト勉強をしようという頃にはすっかり夜遅くなっていた。

「あー、なんもしてねぇじゃん」
「やっぱ家だとダメだなー。図書館って近いんだっけ」
「んー、けっこう遠い。中央中の方にあるから行くならバスだな」
「じゃあ、明日は帰る前に学校で図書室とか自習室に行ってみるか?」
「そうだな。あ、でも休みの日には図書館行こうぜ。すぐ横に市民プールがあるから、ひと段落したらプールで涼もう」
「えー、人前で脱ぐのやだ」
「お前は女子か」

 その翌日からは、放課後に自習室に行くことにした。一人で集中するスペースの他にグループで使えるスペースもあり、図書室よりも話しやすい。時々教えあいながら、期末試験までのラストスパートをかける。
 試験が終われば、夏休みだ。


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