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参の怪【絶望に至る病】
「赤き竜の萬屋」
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「ニャル君のとこの子かな? よろしくね、オレは〝 アルフォード・D・ゴッホ 〟。日本で活動してる時は〝 赤羽アリア 〟なんて名前も使ってるよ。気軽にアル君って呼んでね!」
腰まで伸びた薔薇色の髪は、その天辺に元気よく跳ねるくせ毛のようなものが一房くるんと伸びている。所謂アホ毛というやつだろうか。
それから色素の薄い金色の目は、爬虫類を想起させるわりにあまり怖さを感じさせない優しい色をしている。
服装は上にポンチョ。首元に赤いリボン。ポンチョの下はクリーム色のベストと、シンプルなスラックス。
一見女のように見えるが声はわりと低く、どちらかというと恐らく男だろう。自分でオレって言ってるし。
特徴と、その赤を前面に押し出した色素を考えればこのヒトが鱗の持ち主だろうと分かるが、女顔な上に身長も然程高くないし、ドラゴンっぽさは皆無だ。どんな姿になるのかまったく想像がつかない。
「あ、えっと俺は下土井令一です」
「れーいち…… ?」
「あの、なにか?」
「…… ううん、なんでもないや。よし、令一ちゃんね。ほら、ニャル君のお使いでしょ? 入って入って!」
「俺、男なんですが……」
「分かってて言ってるんだよ! オレは基本的にちゃん付けしかしないからね!」
なら、ニャルラトホテプに君付けしているのは一体なんでだ?
「オレ、嫌いなヒトにはちゃん付けしないことにしてるんだよねぇ」
答えはすぐさま返ってきた。俺はなにも言っていないが。
「聞こえてるよー? 心の声がね!」
「え…… ?」
心を読むのはさとり妖怪の特権じゃないのか?
「その心は…… これ! 〝 ココロのイヤリング 〟! さとり妖怪のしらべちゃんに協力してもらって、ココロの声を聞く機能が付与してあるんだよ。この店にも売ってるからどう?」
なるほど、不思議アイテムを買える店なんだなここは。
しかし、ここでも鈴里さんの名前が出てくるとは思わなかった。
「そっか、しらべちゃんって今は彩色町に住んでるんだっけ。お互いに知り合いなんだね」
話しながら店に招き入れられ、高そうな木の椅子、木のテーブルに案内される。売り物と書いてあるがいいのだろうか?
笑顔のまま手慣れた手つきで紅茶を淹れるアルフォードさんに促されて座ると、どこからか取り出されたスコーンと、二種類のジャムが入った透明な瓶がテーブルに置かれた。
紫のはブルベリージャムで、赤いのはイチゴジャムかな。
「しらべちゃんのことを知ってるのは…… オレが〝 同盟 〟創始者のヒトリだからだよ。百鬼夜行は文字通り団体だし、そのトップくらいは把握してなくちゃねー」
間延びしたその声に、フリーズ。
「えっ!?」
「あれー? ニャル君から聞いてないんだ。あっはっはまったく相変わらずクソみたいに自由奔放なヤツだね」
笑顔でなんて口の悪い…… あ、いや、聞こえてるんだったか。
「いいよいいよ、口が悪いのは本当だしね。えーっと、会話はスムーズになるけどこれじゃあ話しづらいか……」
そう言ってアルフォードさんは薔薇型のイヤリングを外し、丁寧に箱へとしまった。
よく見るとアンティークの高そうな箱だ。他にも様々なイヤリングが入っていて、男の俺でも思わず目が奪われてしまう。
「これ、全部ココロのイヤリングなんだよね…… っと、用事は別だったね。なんだっけ?」
「あ、あのその前に、アルフォードさんが〝 同盟 〟の創始者ってのは?」
「あ、そのこと?」
アルフォードさんは朗らかに笑って俺の向かい側に座る。
話も長丁場になると判断したのか、テーブルの上がケーキやらマカロンやらでとても豪華なことになった。
指一つ鳴らしているだけなのにこれは一体なんなんだ? 魔法だとでもいうのだろうか。俺が知っている魔法はニャルラトホテプの邪悪なものや魔道書に載っているようなものだけだ。
こんな童話やファンタジーに出てくるような魔法なんて、知らない。
「オレ、甘いものは苦手なんだけど従業員の子が勘違いしててね…… 余ってるから存分に食べてってよ」
まずはと言った風に苦笑気味に語る。
従業員なんかもいるのか、と新情報が出たが保留で。口振りからすると今日はいないようだし。
甘いものが苦手なのは本当のようで、さきほど出てきたスコーンに赤いジャムをつけようとしたら阻止された。
「これはオレ専用」 といって嗅がされた匂いは完全にトウガラシだった。それをたっぷりとスコーンに塗りたくって食べていたアルフォードさんの気が知れない。
「〝 同盟 〟が人間と共存して生きていくことを目的としてるってのは知ってるよね?」
「ええ、そうですね」
故人を知る人がいなくなれば二度目の死が訪れるように、人が知らなければ幻想は消えてしまう。
知名度が命の、人でないものたちはそれ以外の生き方も模索しているらしい。
人の中に生き、ときに噂を流し、寿命を繋ぐ。その考え方に賛同した者たちが集まったのが〝 同盟 〟だ。
「同盟。通称はアライアンス。まあ、そのまんまだけどさ…… これは総称みたいなもので本当はもっと細かく区分されてるんだよ。例えば、しらべちゃんがトップ張ってるのは〝 市場 〟これもまんまだね」
そのまま言葉が続いていく。
「覚えなくてもいいけど、ニャル君は教えてくれないだろうし最初に言っちゃっとこうか」
同盟。アライアンス。そのメンバーは多岐に渡り、それぞれ組織として動いていることもあるし、神話が別だとかはおかまいなしに横の繋がりも広いらしいとはアルフォードさん曰くだ。
「まずはさっき言った通りしらべちゃんとこの〝 市場 〟基本妖怪が出入りしてるけど人も普通に行けちゃう不思議な場所。人が迷い込んでも、しらべちゃんが市場を練り歩きながら監視してるから妖怪も手を出してこないよ。心を読まれたら簡単にバレちゃうからね! だから襲われることはないから安心だよ。してる活動は古くなった道具の買い手を探したり、才能を売ったりなんかもしてるらしいね。とにかくなんでも買える不思議体験ツアーな場所ってとこだね」
「ああ、それは分かります。確かに、俺が入っていっても襲われたりはしませんでしたね」
そうでしょ! と嬉しげに笑んだ彼は目を半月のように歪めて指を一つずつ折るように数えていく。
「人間の助手と一緒にヒーロー業〝 手助け屋 〟のシムルグちゃん。
傷病を自分に移して地獄へ持ち帰る〝 引き受け屋 〟のカラドリウスちゃん。
匂いと依頼があればどこまでも追いかける〝 追跡者 〟のフェンリル一族
どんな物も運ぶ地獄からの宅急便〝 運び屋 〟のムシュフシュちゃんたち。
技術と呼べるものならなんでも売る〝 技術屋 〟のグレムリンちゃん。
復讐、報復、呪いなんでも御座れな〝 怨み屋 〟のグローツラングちゃん。
首一つ一つが分身で不死身な〝 殺され屋 〟のヒドラちゃん。
人間の良き隣人にて隠れ蓑〝 市場 〟取締役のさとりちゃん。
最近台頭してきてる都市伝説〝 預言者 〟の怪人アンサーちゃん。
…… そして、摩訶不思議な道具で人間の願いを叶えるオレ、〝 萬屋 〟だよ」
「今のところはね」 なんて注釈が入るところを見るに、もしかしたら新しく増えたりするのかもしれない。怪人アンサーは最近入ったような言い方だし。
「萬屋……」
「そ、というわけでご贔屓に。対価は〝 キミの一番大切なものです 〟なんて別に言わないし、普通にお金だよ。物々交換でも可。それが形のないものとの交換でもね…… まあ、基本的にはただのアンティーク店と変わらないよ。不思議な効果が付いてたりするだけ」
そう締めくくり、 「今はオレのことだけ覚えてくれればいいや」 と真っ赤なマカロンを口に放り込んだアルフォードさんは立ち上がる。
「ニャル君に頼まれた商品はなにかな?」
「あ、えーっと。確か、匂いのしない香水…… ? を小瓶に一週間分だって言ってました」
随分と矛盾した物だなと思ったからそんな感じの名前だったはずだ。
「無香水だね。一週間分ならちゃんとあるし、小瓶もお洒落なのがあるからそれにしようか。まー、アイツのことだから自分で使うんじゃないと思うけどね」
「…… 分かってて売るんですか?」
「まあね。アイツに売られた人間が不幸になるとしても、本人が満足できればオレはいいんだよ。ひと時でも幸せだったならね。それに、ニャル君は規約違反だけはしないからなぁ…… 叩いて埃は出るんだけど捨てるほどではないっていうか……」
なんとなく歪んだ関係のような気もするが、人外同士だとこんなモンなのだろうか?
「そうそう、無香水はつけた対象の匂いを完全に消すことができる優れものなんだよ。腐ったものとかドリアンとか、臭いのきついものに使うと便利だよ。材料に変なのは入ってないから、臭いのキツイ食べ物に使ってもいいし、台所で消臭剤として使うこともできるよ。お試しでも構わないし、キミも買ってかない?」
オススメなのだったら買ってみようか。
そもそも中華街でも買い物していく予定だったしな。
「一週間分のは三百円で、一ヶ月ものはひと瓶千円だよ。あと、ついでにサービスでその子の手入れもしてあげる」
思ったよりも安かった買い物に満足して財布を出すが、その子と言われて背中を見る。
椅子に立てかけておいた竹刀袋がそこにはある。つまり、刀のメンテナンスをしてくれるということだろうか。それはありがたい。俺は竹刀しか扱ったことがないので手入れの仕方はよく分からず、血拭きくらいしかできていないのだ。この際教えてもらおう。マニュアルでもいい。
「あと、今度からこの店に来るのにいちいち普通の鱗を持って来るのは面倒だよね。これあげるから普段持つ物につけといてよ」
取り出されたのは〝 通行手形 〟と書かれたお守り袋。赤い竜の翼がロゴマークとして描かれている。財布にでもつけておけばいいか。
そのあとすぐに赤竜刀を持ってバックヤードへと引っ込んで行くアルフォードさん。俺が持ってきた鱗も持っていたが、あのミニドラゴンともお別れか…… もう少し見てたかったな。
「んっきゅ!」
「あれ!?」
なんでまだこいつは出てきているんだ?
「きゅおん?」
「お前、いいのか? 戻らなくて」
「きゅいぃぃ!」
全力で首を振られる。
これは、案外懐かれたのか? そんな馬鹿な。俺はなにもしてないぞ。
「はい、終了。鱗もキミが気に入ったみたいだから連れてってあげてね」
「は、え、でも鱗はどこに?」
さっきから浮いているミニドラゴンは半透明だ。肝心の鱗はどこに行ったのか。
「なに言ってるの? 刀身に鱗を使ったからそれを持ってればいつでも呼び出せるよ」
言葉と同時に半透明のほうが消えて刀から実体化したらしきミニドラゴンが飛んでくる。
「きゅふんっ」
むふん、とでも言いたげに俺の肩に収まるミニドラゴン。
いや、しかしなにからなにまで申し訳ないぐらいだ。
「ありがとうございます」
「お使い以外でもたまに来てくれたらいいよ。人間の常連さんって中々いないからさ」
「分かりました」
ミニドラゴンの名前は後で考えないとな。
「あ、あとさ、これお土産に持って行ってよ」
「これは、なんですか?」
「甘~いイチゴタルトだよ。彩色町は物騒だし、オレからの気持ち」
町が物騒なこととなんの関係があるか分からないがとにかく、ありがたいので受け取っておく。
「それじゃあお帰りはあっち、またねー」
「では、また」
チリーン、と風鈴が鳴る。するとそこは既に喧騒の戻った中華街だった。
「…… 帰るか」
なんだか一気に疲れた気がして真っ直ぐ駅に向かう。
後は帰って奴にするミニドラゴンの説明と、夕食作りだ。
「………………」
最寄駅には何事もなく着き十数分経った頃、なんとなく声が聞こえたような気がして周囲を確認した。
紅子さんや鈴里さんが通っている七彩高等学校からほど近い場所の、路地。どうやらそこから湿っぽい音が聞こえてくるような気がするのだ。
普段は見に行こうだとか、そんなことは考えない。
しかし、俺は奴以外のまともな人外と話して夢の体験をしたような気分だった。刀の手入れ方法もマニュアルをもらってきたし、まさに気分が良かったのだ。
だから覗いてしまった。
「あぁ? ……」
「っ!?」
そこには、男が立っていた。
迷彩柄のタンクトップに、暑苦しい紫色のロングコート。首には真っ黒な首輪がついていて、その真ん中から千切れたような鎖が揺れている。
紫かかった黒髪は両端で跳ねてまるで犬耳のような形状。金色に光る目玉はアルフォードさんとは違い、冷たく鋭い。
そしてなによりも目を惹くのが、口元に付着した赤い液体と…… 手に乗っているなにかの肉の塊。
男の背後となる路地裏の壁にはなにかが叩きつけられたあとのように血と肉が滴り落ちていた。
それは、まさに殺人現場。それも恐らく人外によるものだ。でないと肉を食べるだなんて、そんなこと……
ギョロリとこちらに向けられた瞳に肩を震わせる。
……脳裏には〝 血痕だけ残った凄惨な殺人事件 〟の文字が浮かぶ。
「ッチ……」
男と、目が合った。
腰まで伸びた薔薇色の髪は、その天辺に元気よく跳ねるくせ毛のようなものが一房くるんと伸びている。所謂アホ毛というやつだろうか。
それから色素の薄い金色の目は、爬虫類を想起させるわりにあまり怖さを感じさせない優しい色をしている。
服装は上にポンチョ。首元に赤いリボン。ポンチョの下はクリーム色のベストと、シンプルなスラックス。
一見女のように見えるが声はわりと低く、どちらかというと恐らく男だろう。自分でオレって言ってるし。
特徴と、その赤を前面に押し出した色素を考えればこのヒトが鱗の持ち主だろうと分かるが、女顔な上に身長も然程高くないし、ドラゴンっぽさは皆無だ。どんな姿になるのかまったく想像がつかない。
「あ、えっと俺は下土井令一です」
「れーいち…… ?」
「あの、なにか?」
「…… ううん、なんでもないや。よし、令一ちゃんね。ほら、ニャル君のお使いでしょ? 入って入って!」
「俺、男なんですが……」
「分かってて言ってるんだよ! オレは基本的にちゃん付けしかしないからね!」
なら、ニャルラトホテプに君付けしているのは一体なんでだ?
「オレ、嫌いなヒトにはちゃん付けしないことにしてるんだよねぇ」
答えはすぐさま返ってきた。俺はなにも言っていないが。
「聞こえてるよー? 心の声がね!」
「え…… ?」
心を読むのはさとり妖怪の特権じゃないのか?
「その心は…… これ! 〝 ココロのイヤリング 〟! さとり妖怪のしらべちゃんに協力してもらって、ココロの声を聞く機能が付与してあるんだよ。この店にも売ってるからどう?」
なるほど、不思議アイテムを買える店なんだなここは。
しかし、ここでも鈴里さんの名前が出てくるとは思わなかった。
「そっか、しらべちゃんって今は彩色町に住んでるんだっけ。お互いに知り合いなんだね」
話しながら店に招き入れられ、高そうな木の椅子、木のテーブルに案内される。売り物と書いてあるがいいのだろうか?
笑顔のまま手慣れた手つきで紅茶を淹れるアルフォードさんに促されて座ると、どこからか取り出されたスコーンと、二種類のジャムが入った透明な瓶がテーブルに置かれた。
紫のはブルベリージャムで、赤いのはイチゴジャムかな。
「しらべちゃんのことを知ってるのは…… オレが〝 同盟 〟創始者のヒトリだからだよ。百鬼夜行は文字通り団体だし、そのトップくらいは把握してなくちゃねー」
間延びしたその声に、フリーズ。
「えっ!?」
「あれー? ニャル君から聞いてないんだ。あっはっはまったく相変わらずクソみたいに自由奔放なヤツだね」
笑顔でなんて口の悪い…… あ、いや、聞こえてるんだったか。
「いいよいいよ、口が悪いのは本当だしね。えーっと、会話はスムーズになるけどこれじゃあ話しづらいか……」
そう言ってアルフォードさんは薔薇型のイヤリングを外し、丁寧に箱へとしまった。
よく見るとアンティークの高そうな箱だ。他にも様々なイヤリングが入っていて、男の俺でも思わず目が奪われてしまう。
「これ、全部ココロのイヤリングなんだよね…… っと、用事は別だったね。なんだっけ?」
「あ、あのその前に、アルフォードさんが〝 同盟 〟の創始者ってのは?」
「あ、そのこと?」
アルフォードさんは朗らかに笑って俺の向かい側に座る。
話も長丁場になると判断したのか、テーブルの上がケーキやらマカロンやらでとても豪華なことになった。
指一つ鳴らしているだけなのにこれは一体なんなんだ? 魔法だとでもいうのだろうか。俺が知っている魔法はニャルラトホテプの邪悪なものや魔道書に載っているようなものだけだ。
こんな童話やファンタジーに出てくるような魔法なんて、知らない。
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甘いものが苦手なのは本当のようで、さきほど出てきたスコーンに赤いジャムをつけようとしたら阻止された。
「これはオレ専用」 といって嗅がされた匂いは完全にトウガラシだった。それをたっぷりとスコーンに塗りたくって食べていたアルフォードさんの気が知れない。
「〝 同盟 〟が人間と共存して生きていくことを目的としてるってのは知ってるよね?」
「ええ、そうですね」
故人を知る人がいなくなれば二度目の死が訪れるように、人が知らなければ幻想は消えてしまう。
知名度が命の、人でないものたちはそれ以外の生き方も模索しているらしい。
人の中に生き、ときに噂を流し、寿命を繋ぐ。その考え方に賛同した者たちが集まったのが〝 同盟 〟だ。
「同盟。通称はアライアンス。まあ、そのまんまだけどさ…… これは総称みたいなもので本当はもっと細かく区分されてるんだよ。例えば、しらべちゃんがトップ張ってるのは〝 市場 〟これもまんまだね」
そのまま言葉が続いていく。
「覚えなくてもいいけど、ニャル君は教えてくれないだろうし最初に言っちゃっとこうか」
同盟。アライアンス。そのメンバーは多岐に渡り、それぞれ組織として動いていることもあるし、神話が別だとかはおかまいなしに横の繋がりも広いらしいとはアルフォードさん曰くだ。
「まずはさっき言った通りしらべちゃんとこの〝 市場 〟基本妖怪が出入りしてるけど人も普通に行けちゃう不思議な場所。人が迷い込んでも、しらべちゃんが市場を練り歩きながら監視してるから妖怪も手を出してこないよ。心を読まれたら簡単にバレちゃうからね! だから襲われることはないから安心だよ。してる活動は古くなった道具の買い手を探したり、才能を売ったりなんかもしてるらしいね。とにかくなんでも買える不思議体験ツアーな場所ってとこだね」
「ああ、それは分かります。確かに、俺が入っていっても襲われたりはしませんでしたね」
そうでしょ! と嬉しげに笑んだ彼は目を半月のように歪めて指を一つずつ折るように数えていく。
「人間の助手と一緒にヒーロー業〝 手助け屋 〟のシムルグちゃん。
傷病を自分に移して地獄へ持ち帰る〝 引き受け屋 〟のカラドリウスちゃん。
匂いと依頼があればどこまでも追いかける〝 追跡者 〟のフェンリル一族
どんな物も運ぶ地獄からの宅急便〝 運び屋 〟のムシュフシュちゃんたち。
技術と呼べるものならなんでも売る〝 技術屋 〟のグレムリンちゃん。
復讐、報復、呪いなんでも御座れな〝 怨み屋 〟のグローツラングちゃん。
首一つ一つが分身で不死身な〝 殺され屋 〟のヒドラちゃん。
人間の良き隣人にて隠れ蓑〝 市場 〟取締役のさとりちゃん。
最近台頭してきてる都市伝説〝 預言者 〟の怪人アンサーちゃん。
…… そして、摩訶不思議な道具で人間の願いを叶えるオレ、〝 萬屋 〟だよ」
「今のところはね」 なんて注釈が入るところを見るに、もしかしたら新しく増えたりするのかもしれない。怪人アンサーは最近入ったような言い方だし。
「萬屋……」
「そ、というわけでご贔屓に。対価は〝 キミの一番大切なものです 〟なんて別に言わないし、普通にお金だよ。物々交換でも可。それが形のないものとの交換でもね…… まあ、基本的にはただのアンティーク店と変わらないよ。不思議な効果が付いてたりするだけ」
そう締めくくり、 「今はオレのことだけ覚えてくれればいいや」 と真っ赤なマカロンを口に放り込んだアルフォードさんは立ち上がる。
「ニャル君に頼まれた商品はなにかな?」
「あ、えーっと。確か、匂いのしない香水…… ? を小瓶に一週間分だって言ってました」
随分と矛盾した物だなと思ったからそんな感じの名前だったはずだ。
「無香水だね。一週間分ならちゃんとあるし、小瓶もお洒落なのがあるからそれにしようか。まー、アイツのことだから自分で使うんじゃないと思うけどね」
「…… 分かってて売るんですか?」
「まあね。アイツに売られた人間が不幸になるとしても、本人が満足できればオレはいいんだよ。ひと時でも幸せだったならね。それに、ニャル君は規約違反だけはしないからなぁ…… 叩いて埃は出るんだけど捨てるほどではないっていうか……」
なんとなく歪んだ関係のような気もするが、人外同士だとこんなモンなのだろうか?
「そうそう、無香水はつけた対象の匂いを完全に消すことができる優れものなんだよ。腐ったものとかドリアンとか、臭いのきついものに使うと便利だよ。材料に変なのは入ってないから、臭いのキツイ食べ物に使ってもいいし、台所で消臭剤として使うこともできるよ。お試しでも構わないし、キミも買ってかない?」
オススメなのだったら買ってみようか。
そもそも中華街でも買い物していく予定だったしな。
「一週間分のは三百円で、一ヶ月ものはひと瓶千円だよ。あと、ついでにサービスでその子の手入れもしてあげる」
思ったよりも安かった買い物に満足して財布を出すが、その子と言われて背中を見る。
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「あと、今度からこの店に来るのにいちいち普通の鱗を持って来るのは面倒だよね。これあげるから普段持つ物につけといてよ」
取り出されたのは〝 通行手形 〟と書かれたお守り袋。赤い竜の翼がロゴマークとして描かれている。財布にでもつけておけばいいか。
そのあとすぐに赤竜刀を持ってバックヤードへと引っ込んで行くアルフォードさん。俺が持ってきた鱗も持っていたが、あのミニドラゴンともお別れか…… もう少し見てたかったな。
「んっきゅ!」
「あれ!?」
なんでまだこいつは出てきているんだ?
「きゅおん?」
「お前、いいのか? 戻らなくて」
「きゅいぃぃ!」
全力で首を振られる。
これは、案外懐かれたのか? そんな馬鹿な。俺はなにもしてないぞ。
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「は、え、でも鱗はどこに?」
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「なに言ってるの? 刀身に鱗を使ったからそれを持ってればいつでも呼び出せるよ」
言葉と同時に半透明のほうが消えて刀から実体化したらしきミニドラゴンが飛んでくる。
「きゅふんっ」
むふん、とでも言いたげに俺の肩に収まるミニドラゴン。
いや、しかしなにからなにまで申し訳ないぐらいだ。
「ありがとうございます」
「お使い以外でもたまに来てくれたらいいよ。人間の常連さんって中々いないからさ」
「分かりました」
ミニドラゴンの名前は後で考えないとな。
「あ、あとさ、これお土産に持って行ってよ」
「これは、なんですか?」
「甘~いイチゴタルトだよ。彩色町は物騒だし、オレからの気持ち」
町が物騒なこととなんの関係があるか分からないがとにかく、ありがたいので受け取っておく。
「それじゃあお帰りはあっち、またねー」
「では、また」
チリーン、と風鈴が鳴る。するとそこは既に喧騒の戻った中華街だった。
「…… 帰るか」
なんだか一気に疲れた気がして真っ直ぐ駅に向かう。
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「………………」
最寄駅には何事もなく着き十数分経った頃、なんとなく声が聞こえたような気がして周囲を確認した。
紅子さんや鈴里さんが通っている七彩高等学校からほど近い場所の、路地。どうやらそこから湿っぽい音が聞こえてくるような気がするのだ。
普段は見に行こうだとか、そんなことは考えない。
しかし、俺は奴以外のまともな人外と話して夢の体験をしたような気分だった。刀の手入れ方法もマニュアルをもらってきたし、まさに気分が良かったのだ。
だから覗いてしまった。
「あぁ? ……」
「っ!?」
そこには、男が立っていた。
迷彩柄のタンクトップに、暑苦しい紫色のロングコート。首には真っ黒な首輪がついていて、その真ん中から千切れたような鎖が揺れている。
紫かかった黒髪は両端で跳ねてまるで犬耳のような形状。金色に光る目玉はアルフォードさんとは違い、冷たく鋭い。
そしてなによりも目を惹くのが、口元に付着した赤い液体と…… 手に乗っているなにかの肉の塊。
男の背後となる路地裏の壁にはなにかが叩きつけられたあとのように血と肉が滴り落ちていた。
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