ニャル様のいうとおり

時雨オオカミ

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肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】

祓い屋と悪霊

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「夜はアタシ達の時間だねぇ。今夜はどこまで行こうか?」
「家に帰るまでが調査だな」
「つれないねぇ」

 言いながら人を探す。
 けれど写真を見たとはいえ、いつ出てくるか、もしくは既に出ている一人の人間を探すのは難しい。
 そもそも、大学の授業は全員同じ時間に始まるわけでも、終わるわけでもないのでこの行動はもはや賭けに近い。
 雑踏の中二人だけで立ち止まり道行く人を観察していると、周囲の大学生の視線が自分達にちらほら向けられていることにも気づいてしまう。
 こちらがあちらを観察しているのと同じで、女子高生と大人の組み合わせに不審な目を向けてきているのだ。
 さっきから、からかいまじりに紅子さんが話しかけてくるのもその大きな要因になっているだろう。

「うん?」
「どうした? 紅子さん」

 そうやって視線を忙しなく動かしていると、紅子さんがなにかに気がついたように首を傾げ、ある一点を見つめて目を細めた。

「みいつけた」

 ねっとりと、そう呟く彼女に少しだけ背筋がゾッとする。
 だが、そのすぐあとに同じ方向へ目線を移動させた。
 そこには確かに写真通りの女の子がいた。空のような明るい髪に海外の海のようなエメラルドグリーンの瞳。写真とはまた別の私服らしき格好だが、頭につけた羽根飾り付きのヘアバンドは特徴的だ。間違いなく彼女が〝 秘色いろは 〟さんだろう。
 さて、どうやって話しかけようか。そう思って見ていると、彼女がこちらを…… いや、正確には紅子さんを見て目を丸くした。
 そして紅子さんが彼女に向かって歩き出すと同時に、あちらも進行方向を変える。
 俺がそこはかとなく嫌な予感を覚えながら紅子さんの後を追うと、二人はさっそく会話を始めた。
 会話の切っ掛けを必死に考えた俺の努力は一体……

「こんばんは、お姉さん。寒くないかな? 赤い衣は必要ない?」
「こんばんは、妖怪さん。寂しくはない? 手助けは必要ない?」

 紅子さんの発言に俺が慌てて間に入ると、秘色いろはさんは言葉遊びのように同じ調子で別の言葉を続けた。
 少々殺伐とした雰囲気に滅入りそうになりながらも紅子さんを庇う。
 秘色いろはさんはなんらかの手段で怪異を祓えるはずだ。紅子さんを祓われてしまうわけにはいかない。
 俺の貴重な相談相手にいなくなってほしくはない。

「あなたは…… そう、普通の幽霊じゃないんだ。桜子さんと、同じ?」
「アタシのことは〝 トイレの紅子さん 〟とでも呼んでくれればいいよ。キミが秘色いろはであっているかな?」
「ええ、合ってる」

 秘色いろはさんは頷いて微笑んだ。


 それから、俺は紅子さんの確認の言葉に続けて本題に入る。

「その、俺達とある人を探しててさ。協力してほしいんだけど……」
「誰…… ?」
「あ、俺は下土井令一です」
「そうじゃなくて…… 探しているのは、誰ですか?」

 表情はわりと変わるのに、声に抑揚が一切乗せられていないため少し違和感がある。

「敦盛春樹っていう庭師の人なんだけど…… その、あー……」

 なんと言えばいいのか。

「ああ、そうだね…… 桜子さん。それって、もしかしてわたしのこと尾け回してる人のことでしょうか?」
「あ、ああそうなんだ…… でもなんで分かったんだ? あと桜子さんって…… ?」

 俺達以外には誰もいないはずだけど。

「ストーカーがいるのは、知ってました。害が特にないので…… 気にしてませんでしたけど」

 ストーカーしている時点で害はあるだろうに。

「桜子さんは…… こっちです……」

 そう言って彼女が取り出したのは、一本のカッターナイフだ。
 なんだろう、付喪神でも宿っているとか? 

「お兄さん付喪神じゃないよ、これ。量産品に魂は宿らない。むしろこいつはアタシと同じ……」

 言い終わる前に、カッターナイフから桃色の炎が燃え上がった。
 そしてそれは秘色いろはさんの隣に人型の炎を作ると、ゆっくりと鎮火していく。最後に残ったのは先程まではいなかった人物と、桃色の人魂が二つ。そう、紅子さんと同じ――

「ごきげんよう。ぼくは元七彩高等学校七不思議が六番目…… 〝 家庭科室の桜子さん 〟だ。今はしがない悪霊だけれど……よろしく、後輩ちゃん」

 その人は、栗色の髪の毛をハーフアップにし、桜の髪ゴムで束ねて桃色のセーラー服を着ていた。校章は七彩高等学校のもので、両手首、両足首に包帯が巻かれている。
 目は珊瑚のような薄い色で、石榴のような紅子さんとは対照的に淡い印象を受ける。
 青葉ちゃんには悪いけど、こちらの方がよほど桜の精霊っぽい印象を受ける。

 だが、七彩の七不思議には〝 家庭科室の桜子さん 〟なんてなかったはずなんだけど……

「キミ、もしかして前任の七不思議なのかな…… ?」
「そうだって言っているだろう? その耳は飾りなのかな? 後輩ちゃん」

 前任? 七不思議に前任も後任もあるのか? 
 俺の疑問気な顔に気がついたんだろう。紅子さんは秘色いろはさんを警戒するように見つめながら俺の服の裾を掴む。

「アタシは放浪してたのを腰を落ち着けて七不思議になった口なんだよね。なんでも…… しらべさん以外の七不思議は皆、たった一人の学生に成仏させられてしまったとかなんとか…… まだ残ってるのがいるとは聞いてなかったけどねぇ…… もしかして、その学生ってキミのこと?」
「…… 懐かしい」

 秘色いろはさんは、本当に懐かしそうに目を細めた。
 それは明確な肯定の返事でしかなく、紅子さんを伴って行動している俺には脅威に思えて仕方なかった。紅子さんは怪異で、秘色さんは祓うことのできる人間…… このままなにも起きなければいいんだけれど。

「どこか、喫茶店にでも入りましょうか」

 だが、この緊張した空気の中のんきにそう言う彼女は、確かにオカルトと相性が良さそうだった。
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