36 / 144
肆の怪【嗚呼、麗しき一途の華よ】
ストーカー誘き出し作戦
しおりを挟む
カラン、カラン、と喫茶店のベルが鳴る。
俺達はそのまま喫茶店の中に入り、窓際の席へ二人ずつ座った。
俺の前には秘色いろはさん。そして紅子さんの前には桜子さんだ。
「それで…… あの人を誘い出したいって言っていましたけど、協力は構いません。ただ、経緯はちゃんと教えてくださいね」
「いろはは〝 同盟 〟の人間だから怪異のことを話すのに躊躇いはいらないよ。むしろ、詳しく聞かせてほしいくらいだね」
同盟の人間?
いや、同盟は人間と共に暮らしたい人外達の集まりじゃなかったのか。そこに人間が入っているというのはおかしいんじゃないか?
「わたしが同盟に入ってるんじゃなくて、わたしの保護者が同盟の関係者なんです」
なにか察したようにそう言った秘色さんに、俺は言葉を詰まらせた。
それって、つまり俺と同じ…… 人外と住む人間ってことなのか。
辛くは、ないのか。俺でさえこんなにも嫌で嫌で仕方ないのに。
「わたしは幸せですよ。わたしの、望んだことですから」
優しい目で言った彼女の言葉は、抑揚なんてないのに確かに嬉しそうだった。
「そっか、俺とは違うんだな」
女の人が無理矢理従属されていたりなんかしたら、それこそ事案というか…… そいつを叩き斬りに行きたくなる。
「それよりも、経緯をお願いします。同盟の仕事は〝 やりすぎた人外の捕縛や討伐 〟もあるので、力になりますよ」
それはつまり、実績もあると考えていいのだろうか。
青葉ちゃんが敦盛春樹さんを呼び寄せてなにをしたいのかは分からないが、良いことではないと思う。
これがただ仲直りしたいだけとか、愛の告白だとか、そういうのならまだなんとか説得の余地があるし、あるいは想いを伝えて満足するなんてこともあり得るが…… 彼女は俺が人外と関わりがあると分かって脅し混じりのお願い事をしてきたんだ。
拒否権なぞない。そんな威圧感を出しながらされた〝 お願い 〟が平穏無事に済むとはとても思えないのだ。
だから、俺は秘色さんに最初から経緯を話した。
最近流行りの冬に咲く桜。その精の青葉ちゃんのこと。
彼女から自分の世話をしていた庭師を探してくれと言われたこと。
その庭師が秘色さんのストーカーをしている人物であるということ。
図書館で発見した〝 花の神様と夫と呼ばれる管理者 〟のこと。
夫と呼ばれる花の神の管理者は、花が長い長い眠りにつく際に一緒に眠りにつく。花の神が寂しくならないように夫として。
それはきっと、花の神の恩恵をずっと受けていられるようにするためだったのだと思う。
そんな考察も混ぜ、自分の不安を打ち明ける。
もしかしたら、青葉ちゃんは眠りにつくために管理者を探しているのではないか?
それならば管理者の、庭師の敦盛さんはどうなってしまうのだろう。
彼は周りからすれば体のいい生贄とさほど変わらない立場なんじゃないか。
それを分かっていて、放っておくのもどうかと思うんだ。
「お兄さんは本当にまあ、お人好しだねぇ…… そういう無責任なところ嫌いだよ」
「うっ」
黙って喫茶店のワッフルをつついていた紅子さんが牽制する。
横目でこちらを見る真っ赤な瞳は責めているようでいて、呆れているようでもあった。
人間の俺に深入りさせないようにしているようでも、あった。
「ひとまず、桜の下に連れて行くのは決定なんですよね」
秘色さんが確認してくるようにこちらを見る。
俺がそれに頷くと彼女は 「そうですか……」 と呟いてからふと視線を移動させた。
「なら、もうここに用はありませんね」
「作戦実行しようか」
桜子さんも同意の返答をする。
「え、今からか?」
「気づいていなかったんですね、もう来てます」
秘色さんの言葉に俺はビビってカツン、とケーキの皿を強く突きすぎた。
「……」
秘色さんが窓を指差す。
俺も後ろを振り返ることなく視線を窓に移すと、二、三席離れた後方に敦盛春樹が新聞を読む振りをしながらこちらを睨んでいた。
「おっと、好きな子が知らない男といてお怒りのようで」
「紅子さん、茶化さないでくれよ」
「…… ということです」
なるほど、これならすぐに移動するだけでついて来そうだ。
俺たちは目配せをしてその場から立ち上がる。
秘色さんに先に行っていてもらっても良かったが、そうなると俺が絡まれる可能性が高くなる。そんなの勘弁だ。
それなら一緒に桜まで誘導していった方が良い。
俺が全員分の支払いをして出ると、秘色さんはさっそく駅の方へと向かっていく。俺も紅子さんと追い、ときおり彼女に確認すれば 「しっかりついてきてるよ」 と後方確認してくれる。
このまま普通に目的地へ向かってもついてきそうだ。
途中で桜に向かっていると気づかれそうだが、秘色さんに夢中になっているようだし、最近は青葉ちゃんからの追っ手も消えているらしいからそのまま来るだろう。
「準備はしておいた方が良さそうですね」
「ぼくに任せてくれよ、いろは」
「絵を描いている間だけね」
青葉ちゃんは元の花の神とは別物だが、ちゃんと神格を持っているはずだ。
そんな存在を相手に彼女がどこまでできるかは知らないが、本当になんとかなるのか…… ?
俺達はそのまま喫茶店の中に入り、窓際の席へ二人ずつ座った。
俺の前には秘色いろはさん。そして紅子さんの前には桜子さんだ。
「それで…… あの人を誘い出したいって言っていましたけど、協力は構いません。ただ、経緯はちゃんと教えてくださいね」
「いろはは〝 同盟 〟の人間だから怪異のことを話すのに躊躇いはいらないよ。むしろ、詳しく聞かせてほしいくらいだね」
同盟の人間?
いや、同盟は人間と共に暮らしたい人外達の集まりじゃなかったのか。そこに人間が入っているというのはおかしいんじゃないか?
「わたしが同盟に入ってるんじゃなくて、わたしの保護者が同盟の関係者なんです」
なにか察したようにそう言った秘色さんに、俺は言葉を詰まらせた。
それって、つまり俺と同じ…… 人外と住む人間ってことなのか。
辛くは、ないのか。俺でさえこんなにも嫌で嫌で仕方ないのに。
「わたしは幸せですよ。わたしの、望んだことですから」
優しい目で言った彼女の言葉は、抑揚なんてないのに確かに嬉しそうだった。
「そっか、俺とは違うんだな」
女の人が無理矢理従属されていたりなんかしたら、それこそ事案というか…… そいつを叩き斬りに行きたくなる。
「それよりも、経緯をお願いします。同盟の仕事は〝 やりすぎた人外の捕縛や討伐 〟もあるので、力になりますよ」
それはつまり、実績もあると考えていいのだろうか。
青葉ちゃんが敦盛春樹さんを呼び寄せてなにをしたいのかは分からないが、良いことではないと思う。
これがただ仲直りしたいだけとか、愛の告白だとか、そういうのならまだなんとか説得の余地があるし、あるいは想いを伝えて満足するなんてこともあり得るが…… 彼女は俺が人外と関わりがあると分かって脅し混じりのお願い事をしてきたんだ。
拒否権なぞない。そんな威圧感を出しながらされた〝 お願い 〟が平穏無事に済むとはとても思えないのだ。
だから、俺は秘色さんに最初から経緯を話した。
最近流行りの冬に咲く桜。その精の青葉ちゃんのこと。
彼女から自分の世話をしていた庭師を探してくれと言われたこと。
その庭師が秘色さんのストーカーをしている人物であるということ。
図書館で発見した〝 花の神様と夫と呼ばれる管理者 〟のこと。
夫と呼ばれる花の神の管理者は、花が長い長い眠りにつく際に一緒に眠りにつく。花の神が寂しくならないように夫として。
それはきっと、花の神の恩恵をずっと受けていられるようにするためだったのだと思う。
そんな考察も混ぜ、自分の不安を打ち明ける。
もしかしたら、青葉ちゃんは眠りにつくために管理者を探しているのではないか?
それならば管理者の、庭師の敦盛さんはどうなってしまうのだろう。
彼は周りからすれば体のいい生贄とさほど変わらない立場なんじゃないか。
それを分かっていて、放っておくのもどうかと思うんだ。
「お兄さんは本当にまあ、お人好しだねぇ…… そういう無責任なところ嫌いだよ」
「うっ」
黙って喫茶店のワッフルをつついていた紅子さんが牽制する。
横目でこちらを見る真っ赤な瞳は責めているようでいて、呆れているようでもあった。
人間の俺に深入りさせないようにしているようでも、あった。
「ひとまず、桜の下に連れて行くのは決定なんですよね」
秘色さんが確認してくるようにこちらを見る。
俺がそれに頷くと彼女は 「そうですか……」 と呟いてからふと視線を移動させた。
「なら、もうここに用はありませんね」
「作戦実行しようか」
桜子さんも同意の返答をする。
「え、今からか?」
「気づいていなかったんですね、もう来てます」
秘色さんの言葉に俺はビビってカツン、とケーキの皿を強く突きすぎた。
「……」
秘色さんが窓を指差す。
俺も後ろを振り返ることなく視線を窓に移すと、二、三席離れた後方に敦盛春樹が新聞を読む振りをしながらこちらを睨んでいた。
「おっと、好きな子が知らない男といてお怒りのようで」
「紅子さん、茶化さないでくれよ」
「…… ということです」
なるほど、これならすぐに移動するだけでついて来そうだ。
俺たちは目配せをしてその場から立ち上がる。
秘色さんに先に行っていてもらっても良かったが、そうなると俺が絡まれる可能性が高くなる。そんなの勘弁だ。
それなら一緒に桜まで誘導していった方が良い。
俺が全員分の支払いをして出ると、秘色さんはさっそく駅の方へと向かっていく。俺も紅子さんと追い、ときおり彼女に確認すれば 「しっかりついてきてるよ」 と後方確認してくれる。
このまま普通に目的地へ向かってもついてきそうだ。
途中で桜に向かっていると気づかれそうだが、秘色さんに夢中になっているようだし、最近は青葉ちゃんからの追っ手も消えているらしいからそのまま来るだろう。
「準備はしておいた方が良さそうですね」
「ぼくに任せてくれよ、いろは」
「絵を描いている間だけね」
青葉ちゃんは元の花の神とは別物だが、ちゃんと神格を持っているはずだ。
そんな存在を相手に彼女がどこまでできるかは知らないが、本当になんとかなるのか…… ?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
翡翠のうた姫〜【中華×サスペンス】身分違いの恋と陰謀に揺れる宮廷物語〜
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
【中華×サスペンス】
「いつか僕のために歌って――」
雪の中、孤独な少女に手を差し伸べた少年。
その記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
だがその才能は、早くも権力と嫉妬の目に留まる。中傷や妨害は次々とエスカレート。
やがて舞台は、後宮の派閥争いや戦場、国境まで越えていく。
そんな中、翠蓮を何度も救うのは第二皇子・蒼瑛(ソウエイ)。普段は冷静で穏やかな彼が、翠蓮のこととなると、度々感情を露わにする。
蒼瑛に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。甘く切ない、中華ファンタジー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる