81 / 144
陸の怪【サテツの国の女王】
トランプ兵の墓場
しおりを挟む
「なあ、アリスは移動してないんだよな?」
「ああ、あちらもアタシ達…… レイシーを探している可能性があるんだよねぇ。あれだけ執心していたんだ。探し回っていてもおかしくないけれど」
「移動してないよ。アリスはずっと城のてっぺんで動かない。お昼寝中かもねぇ」
「待てチェシャ。なんでんなこと分かるんだ?」
「この箱庭のことならボクに任せなさーい! ってことだよ。なんてったってチェシャ猫だもの」
チェシャ猫と言えばなんでもお見通しな不思議な奴ってイメージはあるよな。そういうことだろうか。だが、なぜそんなに客観的に自分のことを言うのか。
ざくざくと土を踏みしめながら森を抜けると、今度は一面の薔薇園が目に飛び込んできた。
ところどころ白薔薇が混ざっているが、その上から塗料が被せられていたり、どくどくと真っ赤な血液を出すフラミンゴが逆さに吊るされていたりして軒並み赤く染め上げられているとち狂った光景が俺達を出迎える。
今すぐ回れ右をして帰りたい。
よく見ると薔薇園の道に点々とトランプの兵隊が横たわっている。
まるでトランプ柄のカーペットでも敷かれているみたいに。
道なりにそれらが続いているのだが、本当にトランプだけのものと、頭がついた兵隊とあるものだからややこしい。
「お前達…… ひどい、ひどいぞこれは」
「たくさんの兵隊が死んだのか」
「…… いや、違うよ。トランプになってしまった子は死んでいて、それ以外はまだ生きてるんだよ」
チェシャ猫の返答に目が見開かれていくのが理解できた。
そして次の瞬間には頭で考えるよりも早く体が動き、頭がくっついている兵隊を抱き起こしに行く。
「もう、お兄さんったら猪突猛進なんだからっ」
後から紅子さんが走って追いかけてくる。
ペティさんはまだ知り合って関係が浅いせいか、横目で驚いた顔で 「おい」 と言うのが見えた。
言葉を置いてけぼりにして薔薇園の中に入り、上から滴ってくる血を軽く避けながら一番近い兵隊のそばにしゃがむ。それから兵隊の背を軽くつついて意識があるかを確認した。
「おい、まだ生きてるんだろ。意識は」
言いかけて、勢いよく後ろに飛び退る。
しゃがんだ状態からだったためかなり足にきた上転びそうになったが、手で支えて態勢を整える。
俺が先程までいた場所にはなにかが刺さり、そしてそれが透明になって空気に溶け込んでいくのを目撃する。
あれは何度も見た。あれは妖紙魚のヒゲだ。
「ってことは」
もしかして、この生き残った兵隊全部が。
「ちょっと、お兄さん! 少しでも罠だとは思わなかったのかなぁ!?」
「悪い…… なんも考えずに飛び出してた」
「馬鹿だね! そういうとこ大っ嫌いだよ!」
こういうときは、と背負っていた竹刀袋から刀を取り出す。
仲間が多いのは良いことだ。俺がもたもたしてても牽制してくれるから、ゆっくりと赤竜刀を取り出すことができる。
「リン」
「きゅうい」
赤竜刀から抜け出た赤い光が徐々に小さなドラゴンの形を作り、返事をするようにくるりと円を描いて鳴く。
それから俺の肩にふわりと着地し、首元をこしょこしょとくすぐった。
「まだまだいるみたいだな、相棒」
「きゅ! きゅうい!」
過去五度の戦闘でリンも見慣れた相手だからか戦意は充分。
こいつはレイシーに可愛いだのなんだといじくり回され、子供相手の通過儀礼のような目にあってからずっと刀の中で休んで省エネモードになっていた。
今は離れているし、数が多いからチェシャ猫も爪をギラつかせ戦闘モードっぽい仕草をしている。多分チェシャ猫自身はレイシーから一切離れる気がないだろう。
だから討ち漏らしのないように、紅子さんと俺で食い止める。
援護でペティさんも砲撃してくれるわけだしな。
陣形はこうだ。
俺達が敵の闊歩する薔薇園の中。チェシャ猫は後方でレイシーの前に立ち、異形の手を地面につくほど前屈みになって降ろしている。前を見据えていつでも飛びかかれるような姿勢だ。あの猫はレイシーを守ることにしか興味がない。放置。
ペティさんはその二人の少し前。多分、こちらへ投擲物が届くくらいの位置取りなんだろう。彼女の戦い方は物理ではなく魔法や道具中心だからまあ当たり前か。
「紅子さんはどうする?」
「アタシは隠れながらやるのが得意だねぇ。大丈夫、危なくなったら援護しに来てあげるよ」
「自分が危なくなることはまったく想定してないな?」
「誰にものを言ってるんだよ、おにーさん。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。首をかっ切るのもお手のもの…… だろう? だってアタシは」
―― そういう怪異なんだからさ。
背中越しに顔を向けて話していた彼女は、少しだけ寂しげに目を細めた。
「ああ、あちらもアタシ達…… レイシーを探している可能性があるんだよねぇ。あれだけ執心していたんだ。探し回っていてもおかしくないけれど」
「移動してないよ。アリスはずっと城のてっぺんで動かない。お昼寝中かもねぇ」
「待てチェシャ。なんでんなこと分かるんだ?」
「この箱庭のことならボクに任せなさーい! ってことだよ。なんてったってチェシャ猫だもの」
チェシャ猫と言えばなんでもお見通しな不思議な奴ってイメージはあるよな。そういうことだろうか。だが、なぜそんなに客観的に自分のことを言うのか。
ざくざくと土を踏みしめながら森を抜けると、今度は一面の薔薇園が目に飛び込んできた。
ところどころ白薔薇が混ざっているが、その上から塗料が被せられていたり、どくどくと真っ赤な血液を出すフラミンゴが逆さに吊るされていたりして軒並み赤く染め上げられているとち狂った光景が俺達を出迎える。
今すぐ回れ右をして帰りたい。
よく見ると薔薇園の道に点々とトランプの兵隊が横たわっている。
まるでトランプ柄のカーペットでも敷かれているみたいに。
道なりにそれらが続いているのだが、本当にトランプだけのものと、頭がついた兵隊とあるものだからややこしい。
「お前達…… ひどい、ひどいぞこれは」
「たくさんの兵隊が死んだのか」
「…… いや、違うよ。トランプになってしまった子は死んでいて、それ以外はまだ生きてるんだよ」
チェシャ猫の返答に目が見開かれていくのが理解できた。
そして次の瞬間には頭で考えるよりも早く体が動き、頭がくっついている兵隊を抱き起こしに行く。
「もう、お兄さんったら猪突猛進なんだからっ」
後から紅子さんが走って追いかけてくる。
ペティさんはまだ知り合って関係が浅いせいか、横目で驚いた顔で 「おい」 と言うのが見えた。
言葉を置いてけぼりにして薔薇園の中に入り、上から滴ってくる血を軽く避けながら一番近い兵隊のそばにしゃがむ。それから兵隊の背を軽くつついて意識があるかを確認した。
「おい、まだ生きてるんだろ。意識は」
言いかけて、勢いよく後ろに飛び退る。
しゃがんだ状態からだったためかなり足にきた上転びそうになったが、手で支えて態勢を整える。
俺が先程までいた場所にはなにかが刺さり、そしてそれが透明になって空気に溶け込んでいくのを目撃する。
あれは何度も見た。あれは妖紙魚のヒゲだ。
「ってことは」
もしかして、この生き残った兵隊全部が。
「ちょっと、お兄さん! 少しでも罠だとは思わなかったのかなぁ!?」
「悪い…… なんも考えずに飛び出してた」
「馬鹿だね! そういうとこ大っ嫌いだよ!」
こういうときは、と背負っていた竹刀袋から刀を取り出す。
仲間が多いのは良いことだ。俺がもたもたしてても牽制してくれるから、ゆっくりと赤竜刀を取り出すことができる。
「リン」
「きゅうい」
赤竜刀から抜け出た赤い光が徐々に小さなドラゴンの形を作り、返事をするようにくるりと円を描いて鳴く。
それから俺の肩にふわりと着地し、首元をこしょこしょとくすぐった。
「まだまだいるみたいだな、相棒」
「きゅ! きゅうい!」
過去五度の戦闘でリンも見慣れた相手だからか戦意は充分。
こいつはレイシーに可愛いだのなんだといじくり回され、子供相手の通過儀礼のような目にあってからずっと刀の中で休んで省エネモードになっていた。
今は離れているし、数が多いからチェシャ猫も爪をギラつかせ戦闘モードっぽい仕草をしている。多分チェシャ猫自身はレイシーから一切離れる気がないだろう。
だから討ち漏らしのないように、紅子さんと俺で食い止める。
援護でペティさんも砲撃してくれるわけだしな。
陣形はこうだ。
俺達が敵の闊歩する薔薇園の中。チェシャ猫は後方でレイシーの前に立ち、異形の手を地面につくほど前屈みになって降ろしている。前を見据えていつでも飛びかかれるような姿勢だ。あの猫はレイシーを守ることにしか興味がない。放置。
ペティさんはその二人の少し前。多分、こちらへ投擲物が届くくらいの位置取りなんだろう。彼女の戦い方は物理ではなく魔法や道具中心だからまあ当たり前か。
「紅子さんはどうする?」
「アタシは隠れながらやるのが得意だねぇ。大丈夫、危なくなったら援護しに来てあげるよ」
「自分が危なくなることはまったく想定してないな?」
「誰にものを言ってるんだよ、おにーさん。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。首をかっ切るのもお手のもの…… だろう? だってアタシは」
―― そういう怪異なんだからさ。
背中越しに顔を向けて話していた彼女は、少しだけ寂しげに目を細めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
翡翠のうた姫〜【中華×サスペンス】身分違いの恋と陰謀に揺れる宮廷物語〜
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
【中華×サスペンス】
「いつか僕のために歌って――」
雪の中、孤独な少女に手を差し伸べた少年。
その記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
だがその才能は、早くも権力と嫉妬の目に留まる。中傷や妨害は次々とエスカレート。
やがて舞台は、後宮の派閥争いや戦場、国境まで越えていく。
そんな中、翠蓮を何度も救うのは第二皇子・蒼瑛(ソウエイ)。普段は冷静で穏やかな彼が、翠蓮のこととなると、度々感情を露わにする。
蒼瑛に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。甘く切ない、中華ファンタジー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる