ニャル様のいうとおり

時雨オオカミ

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陸の怪【サテツの国の女王】

取り憑いた紙魚の群れ

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「誰にものを言ってるんだよ、おにーさん。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。首をかっ切るのもお手のもの…… だろう? だってアタシは」

 ――  そういう怪異なんだからさ。

 背中越しに顔を向けて話していた彼女は、少しだけ寂しげに目を細めた。

「紅子さ」
「じゃ、少し働いてこようか」

 俺がなにか言う前に紅子さんは一息で跳躍し、薔薇園の中に消えていく。周りには垣根のようになってしきりのような低木の薔薇もあるが、物語の中のように背の高い木々に薔薇が咲いている箇所もある。そんな品種は現実にはないんだろうけど、隠れ場所は沢山ある。

 さて、俺も集中しよう。
 まずは呼びかけから。

「兵士達を〝 返して 〟もらおうか」

 ベリベリとくっついた紙が剥がれるような不快な音があちこちから響き、一斉に浮かんだ魚が俺に視線を寄越す。いや、あいつらは番号のようなものを布か紙切れかなにかで顔を見えなくしているから断定できないが、確かに視線を感じる。

 空中に浮かぶそれを突き上げ、叩き落とし、リンが炎で炙る。
 炎が弱点なのは先の出来事も含め明白なので、リンの火力で仕留め切ることもできる。あんな手のひらサイズの体からよくもそれだけの火力が出ると思う。
 紙だから刃物も弱点かと思っていたが、実際刀で斬るとなるとなかなか難しい。ハサミや裁断用の刃とは違うからなあ。
 だからかどうしても叩っ斬るよりも突き破る方が中心になってしまう。あいつら飛んでるし。

「こんにちはかな? 死ね」

 頭上から紅子さんが落ちてきて、俺の背後に迫っていたらしい魚をビリビリに引き裂いた。

「わっと、ごめん紅子さん」
「乱戦素人に期待なんてしてないよ。でも守られてるのは性に合わないだろうし、仕方ないお人だよねぇ」

 なにもしてないのってなんか嫌なんだよな。
 それなら体を動かしていたいし。俺が直接立ち向かう方がリンの力も底上げされるし…… 言い訳か。
 邪神この野郎になにか仕掛けられたとき、戦いの経験も活かせるかもしれないし…… やらない選択肢はない。

「こいつに首ってあるのかな…… まあいいか。赤いちゃんちゃんこらしく紅白目出度い柄にでもしてあげればいいよねぇ!」

 紅子さん楽しそうだなあ。
 木々から木々へ、ときに薔薇の生垣を隠れ蓑に飛び出したり、人魂になって移動したり、臨機応変に対応している。見つからないうちに仕留めているのでなかなかエグい。

「あと何匹だ? っていうか燃やさなくちゃダメなんじゃなかったか?」

 リンがいくらか燃やしてお焚き上げしてるが圧倒的に手数が足りない。追いつけない。特に紅子さんが仕留めたやつは燃やさない限りトドメを刺さないから。
 …… と思って蠢くヒゲやらを受け流しつつ後始末に駆ける。

「リン、俺のほうはいいから燃やしてくれ」
「きゅううー」

 何匹かを燃やしてからリンが首を振る。

「なんだ?」
「きゅ! きゅきゅきゅ!」

 俺の周りを幾らか飛び回ってリンが首を振る。

「一定以上遠くに行けない、とか?」
「んきゅ……」

 落ち込むリンの頭を人差し指で撫で、慰める。

「無理言って悪かったな。さて、どうすっうおわぁ!?」

 俺がまた動き出しそうになった魚を斬りつけに行こうとしたら、背後から勢いよく炎の塊が飛んできて危うく転ぶところだった。

「ペティさん!?」
「悪い! 思わず炎魔法が出ちまったよ! ちゃんと避けないと危ないぞ!」

 遠目に見える彼女の手にはさっき使ってた種火の魔法と、もう片方の手に持ったなにかの缶。特徴的な柄からして害虫駆除のあれだ。
 それにしたって射程距離がおかしいだろ。どんだけ離れてると思ってんだ。

 スプレーと種火…… 魔法とは? 

「というか危ないぞって言われてもな」

 後方支援はいいんだけど、怖いんだが。
 これは倒れたこいつらを気にせず浮いてるやつをばったばったとやればいいということか。
 なにも心配せずにやるだけならまあ嬉しいが。

 さて、そうして危なげなく合計五十程の魚をなぎ倒し続け、最後の一匹がお焚き上げされた。
 紙だから体液が出ないのは楽でいい。血を被るのは勘弁したいし。
 ただ、無理矢理紙を斬ってたせいか切れ味が落ちてないかが心配か。

「よしよし、帰ったらちゃんと手入れするからな」
「きゅうん」

 嬉しそうなリンの首元をこしょこしょとくすぐる。
 取り敢えず紙屑がついていたらいけないので、綺麗なハンカチで軽く吹いてから納刀する。居合とかやってみたいけどなあ…… そっちはまったく分からないから、今のところ力任せの脳筋思考で振るっているし、振るわれるリンには本当に申し訳ない。剣道と実戦は違うんだ。いろいろ勉強しないと大した戦力になれないよ。
 同盟では討伐とかもあるようだし、慣れとかないとなあ。

「よーしこれで最後だな」
「お、終わったのか? 終わったんじゃな?」
「終わったみたいだよレイシー! 大丈夫? もう怖くないよ。あ、でもボクにくっついててもいいからね」

 ぴるぴると震えながら猫に抱きつくレイシーに、満更でもなさそうな猫が終わったことを確認して薔薇園へと歩いてくる。

「誰か意識のあるやつは……」

 ざっと倒れた兵隊達を見渡していくが、望みは薄そうだ。
 今までのやつらは怪我もなく無事だったが、こいつらは殺されかけ、そして放置されてから憑依されたのだろう。残らず気絶しているし、辛うじて生きていたやつが一枚、また一枚とただのトランプに変化していく姿さえある。

「こりゃあトランプの墓場だねぇ」
「ジョーカー抜いたワンセット分はいるな。魚の数もそれぐらいだったし…… こいつらもお焚き上げしてやったほうがいいんじゃねーの? その辺どうなのよ、女王サマ」
「このままにしておくのも哀れじゃが…… なんとかならんのか?」
「なんとかって?」

 悲しそうなレイシーが珍しく突っかからずにペティさんへ質問する。
 それに対してペティさんは心なしか眉を顰めながら返した。

「元に戻したりはできないのじゃろうか……」
「無理だぜ、おチビさん。いやー、ガキだねぇ。いくら魔法使いでもな、やっていいことと悪いことがあるぜ」
「できるのではないか!? あとチビすけではない!」
「チビ助とまでは言ってないんだがなあ…… だーかーらー、倫理的に無理だ。っていうか嫌だぜそんなの。生き返らせたいならあいつらと同じだけの命と寿命を誰かから奪う必要があるんだ。お前さんの命を使ったとしてもトランプ兵一枚分にしかならないぜ」
「…… っそれは、お主がポンコツ魔法使いなだけじゃ! 私様は、私様は知っているぞ! それができるやつを! お主なんかに一瞬でも憧れた私様がバカだったようじゃ! 行くぞチェシャ」
「はーい」

 素直に返事をしたチェシャ猫がこちらを向く。
 レイシーに向ける物とはまったく違う冷たく、無機質な相貌だ。

「…… あんまりふざけたこと言わないでよね。レイシーを傷つけるならこの手で引っ掻いてやる」

 あまりにも大きな爪のある異形の手を、チェシャ猫は脅すようにこちらに向ける。けれど、すぐにレイシーが彼を呼ぶと素直に返事をしなから彼女に侍りに行くのだ。
 ペティさんは、その反応を訝しげに見つめながら飲み込めないなにかがあるような顔をして首を振る。

「まだ断定はできねーからなあ…… あーあ、シラベがいれば一発なのによぉ」

 そんな一言を残して。

「シラベ…… ?」
「アタシの保護者。ほら、さとり妖怪の鈴里しらべだよ」

 ペティさんの代わりに紅子さんが答える。

「ああ、鈴里さんか」

 脳吸い取りの後会ったっきりだったか? 
 あの人にはいい思い出はないな。しかしさとり妖怪なら、確かに事件の解明は早そうだ。

 チェシャ猫と、レイシー。
 どちらも、なんだか怪しい。レイシーはただただ無邪気なだけかもしれないが、特にチェシャ猫はあいつと似ているから…… 余計に警戒心を持ってしまう。
 心を読めれば分かるんだろうが…… うん、必要ないな。
 今まで死んでいった人達…… その全ての心の内が分かったらと思うとゾッとする。知りたくない。きっと、知らない方がいい。

 わだかまりを抱きつつ、俺達はようやく城の中へと一歩踏み出す。
 …… 城門に引っかかった奇抜な帽子が、手を振るように揺れていた。
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