92 / 144
想の章【紅い蝶に恋をした】
聖夜の宴会 其の一
しおりを挟む
ぶつり、と首に這わせたガラス片が肉を切る音が響く。
「今宵のお相手様は貴方でしょうか」 と言わんばかりの態度で艶めかしく誘ってやれば、こうも簡単に行くものなのだなと彼女―― 紅子は独り不愉快そうに息を吐く。
勿論、本日の夢の行方は彼女の勝利で幕を閉じていた。
ゲームをするにも解答はひとつだけ。
すなわち精神をすり減らしながらも彼女の首に埋まったガラス片を取り出し、差し出すこと。これに気づけば重畳。
ゲームを始めた頃に出会い、これをクリアした上で彼女に 「痛くはないのか」 などと問うてきた男は良い。自分をなにかに投影することもなく、比較するでもなく、紅子自身の状況を見て、それでも気遣ってきた本物のお人好しだ。
その心に偽りはなく、文句なしの合格者だった。
少々オカルトに傾倒し過ぎているきらいがあるので、こちら側に近づき過ぎないよう彼女なりに気を遣っていたのだが…… どうやら引き寄せる体質も持っているらしく、下手に遠ざけるより引き込んでしまったほうが早いと先日人間ながらに同盟メンバーとなったばかりの者だ。
引き寄せる体質を持つ者は案外そこかしこにいるもので、得てして彼らは好奇心が強い。生まれ持つ才なのだろうが、彼らが巻き込まれてしまわないようにと気を張っていなければならない身としてはいいのやらよくないのやら。
仕事が繁盛するのは良いことではあるのだけれど…… と紅子は思い巡らせる。
最近彼女が気にかけている目つきが残念な男は、怖気付いていることを〝 可哀想だから 〟と言い換えて誤魔化した最低な奴だと認識している。
紅子のことは恐るべき怪異であり、怪異慣れしているからこそさっさとゲームを終わらせようとしていたというのは構わない。
しかし、〝 嘘はつかない 〟と明言している彼女に対して上っ面だけだけの同情を寄越してきたのがいけなかった。
紅子の首の傷口に手を入れる。これは試練のようなものなので、これができても、できていなくても、そうすることを嫌悪されても彼女は構わない。
だが、〝 自分が嫌 〟だから嫌と言うのではなく、〝 君が痛そうだから嫌 〟と彼女自身の心を勝手に代弁しようとした。その小さな〝 嘘 〟がなにより気に食わなかったのだ。
だからこそ、紅子は彼…… 下土井令一を嫌いだと評する。
他人のためと言っておきながら、その実自分のために〝 善行 〟をする彼が、とにかく気に食わない。
それは〝 自分からなにかを奪われるのが嫌い 〟な彼女にとって、他人のチャンスや責任を奪い取るようなそんな行為が地雷であるからこそだ。
しかし、常日頃嫌いだ嫌いだと言ってはいるものの元来の性格故か、紅子には彼を見捨てるという選択肢はない。
からかい癖はあるものの根は真面目だからか、一度やると決めたことはやり通すことにしているのだ。
なんだかんだで行動を共にすることも多い。知らぬ存ぜぬよりも、身近で監視していたほうがまだ安心できるというものだ…… と彼女は結論付ける。
毎夜夢の中で行うゲームのせいで寝た気がしないと愚痴りつつ紅子は長い黒髪を櫛で梳き、頭の上の方でいつものようにポニーテールに…… と、ここまで来て彼女は少し考える。
「お兄さん、クリスマスはろくな思い出がないとか言ってた気がするなぁ……」
困ったことがあればたまに電話をする仲ではあるので、世間話に興じることもままある。彼のご主人様についての愚痴をうんうん聴いてやっているときに、一度言っていた気がするような? …… と、記憶を辿る。
「ああ、そうだった。確か魔道書をばら撒く羽目になったとか、なんとか…… 本の管理者だし、字乗さんが嫌がりそうなことだなぁって思ったんだったかな」
思い出したので満足した紅子は、止めた動きを再開する。
今日は頭の上のサイドで三つ編みでも編んでみようか、などと鏡を見ながら丁寧に髪を梳く。たまには髪を下ろしたままにしてみるのも面白いだろう。
驚くだろうか? と脳裏に浮かぶのは同じ怪異仲間や学校のクラスメイトなどではなく……
「ううん、なんでだろうねぇ……」
そんな考えを頭を振って払い除け、紅子は黙々と朝の準備を進めていった。
本日はクリスマス。お祭り好きな人外達が騒ぎに騒ぐ日である。
普段遠方に住んでいて、鏡界にある屋敷へはやって来ないような者も集まってくることとなる。
人外というものはどうにも長命故にか、刺激を求める生き物だ。あと酒好きが異様に多い。
紅子は実年齢で言うと、あと二ヶ月で20歳になるのでギリギリ酒を嗜んではいけない年齢だ。世間では20歳前にも手を出す人間がいるが、彼女は未だに手を出したことはない。まさか正気を失うまで飲むということはないだろうが、自分がどうなるか分からない以上醜態を晒したくないので飲もうという気にもならないのだ。
だが、人外達は人に勧めるのも大好きである。並みの人付き合いくらいしかしない紅子にはアルハラもいいところだ。
相手が神であったりするので、無下に断るというのも自ら人間の意識に寄せている紅子にとってはやりづらい。
良い情報交換の場にはなるのだが、いかんせんデメリットも多い。
「ああ、なら盾にでもなってもらおうかなぁ……」
先程まで誘ってやろうかと検討していた顔を思い浮かべる。
彼…… 下土井令一ならば年齢も22歳と自分とそう変わらないし、紅子に酒を勧めてくる輩を防ぐ盾くらいにはなるだろうと判断した。
彼が潰されたら潰されたで、後で盛大に面白がってやればいい。
うん、そうしよう。
結論を下して紅子は部屋を出る。
「今宵のお相手様は貴方でしょうか」 と言わんばかりの態度で艶めかしく誘ってやれば、こうも簡単に行くものなのだなと彼女―― 紅子は独り不愉快そうに息を吐く。
勿論、本日の夢の行方は彼女の勝利で幕を閉じていた。
ゲームをするにも解答はひとつだけ。
すなわち精神をすり減らしながらも彼女の首に埋まったガラス片を取り出し、差し出すこと。これに気づけば重畳。
ゲームを始めた頃に出会い、これをクリアした上で彼女に 「痛くはないのか」 などと問うてきた男は良い。自分をなにかに投影することもなく、比較するでもなく、紅子自身の状況を見て、それでも気遣ってきた本物のお人好しだ。
その心に偽りはなく、文句なしの合格者だった。
少々オカルトに傾倒し過ぎているきらいがあるので、こちら側に近づき過ぎないよう彼女なりに気を遣っていたのだが…… どうやら引き寄せる体質も持っているらしく、下手に遠ざけるより引き込んでしまったほうが早いと先日人間ながらに同盟メンバーとなったばかりの者だ。
引き寄せる体質を持つ者は案外そこかしこにいるもので、得てして彼らは好奇心が強い。生まれ持つ才なのだろうが、彼らが巻き込まれてしまわないようにと気を張っていなければならない身としてはいいのやらよくないのやら。
仕事が繁盛するのは良いことではあるのだけれど…… と紅子は思い巡らせる。
最近彼女が気にかけている目つきが残念な男は、怖気付いていることを〝 可哀想だから 〟と言い換えて誤魔化した最低な奴だと認識している。
紅子のことは恐るべき怪異であり、怪異慣れしているからこそさっさとゲームを終わらせようとしていたというのは構わない。
しかし、〝 嘘はつかない 〟と明言している彼女に対して上っ面だけだけの同情を寄越してきたのがいけなかった。
紅子の首の傷口に手を入れる。これは試練のようなものなので、これができても、できていなくても、そうすることを嫌悪されても彼女は構わない。
だが、〝 自分が嫌 〟だから嫌と言うのではなく、〝 君が痛そうだから嫌 〟と彼女自身の心を勝手に代弁しようとした。その小さな〝 嘘 〟がなにより気に食わなかったのだ。
だからこそ、紅子は彼…… 下土井令一を嫌いだと評する。
他人のためと言っておきながら、その実自分のために〝 善行 〟をする彼が、とにかく気に食わない。
それは〝 自分からなにかを奪われるのが嫌い 〟な彼女にとって、他人のチャンスや責任を奪い取るようなそんな行為が地雷であるからこそだ。
しかし、常日頃嫌いだ嫌いだと言ってはいるものの元来の性格故か、紅子には彼を見捨てるという選択肢はない。
からかい癖はあるものの根は真面目だからか、一度やると決めたことはやり通すことにしているのだ。
なんだかんだで行動を共にすることも多い。知らぬ存ぜぬよりも、身近で監視していたほうがまだ安心できるというものだ…… と彼女は結論付ける。
毎夜夢の中で行うゲームのせいで寝た気がしないと愚痴りつつ紅子は長い黒髪を櫛で梳き、頭の上の方でいつものようにポニーテールに…… と、ここまで来て彼女は少し考える。
「お兄さん、クリスマスはろくな思い出がないとか言ってた気がするなぁ……」
困ったことがあればたまに電話をする仲ではあるので、世間話に興じることもままある。彼のご主人様についての愚痴をうんうん聴いてやっているときに、一度言っていた気がするような? …… と、記憶を辿る。
「ああ、そうだった。確か魔道書をばら撒く羽目になったとか、なんとか…… 本の管理者だし、字乗さんが嫌がりそうなことだなぁって思ったんだったかな」
思い出したので満足した紅子は、止めた動きを再開する。
今日は頭の上のサイドで三つ編みでも編んでみようか、などと鏡を見ながら丁寧に髪を梳く。たまには髪を下ろしたままにしてみるのも面白いだろう。
驚くだろうか? と脳裏に浮かぶのは同じ怪異仲間や学校のクラスメイトなどではなく……
「ううん、なんでだろうねぇ……」
そんな考えを頭を振って払い除け、紅子は黙々と朝の準備を進めていった。
本日はクリスマス。お祭り好きな人外達が騒ぎに騒ぐ日である。
普段遠方に住んでいて、鏡界にある屋敷へはやって来ないような者も集まってくることとなる。
人外というものはどうにも長命故にか、刺激を求める生き物だ。あと酒好きが異様に多い。
紅子は実年齢で言うと、あと二ヶ月で20歳になるのでギリギリ酒を嗜んではいけない年齢だ。世間では20歳前にも手を出す人間がいるが、彼女は未だに手を出したことはない。まさか正気を失うまで飲むということはないだろうが、自分がどうなるか分からない以上醜態を晒したくないので飲もうという気にもならないのだ。
だが、人外達は人に勧めるのも大好きである。並みの人付き合いくらいしかしない紅子にはアルハラもいいところだ。
相手が神であったりするので、無下に断るというのも自ら人間の意識に寄せている紅子にとってはやりづらい。
良い情報交換の場にはなるのだが、いかんせんデメリットも多い。
「ああ、なら盾にでもなってもらおうかなぁ……」
先程まで誘ってやろうかと検討していた顔を思い浮かべる。
彼…… 下土井令一ならば年齢も22歳と自分とそう変わらないし、紅子に酒を勧めてくる輩を防ぐ盾くらいにはなるだろうと判断した。
彼が潰されたら潰されたで、後で盛大に面白がってやればいい。
うん、そうしよう。
結論を下して紅子は部屋を出る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
翡翠のうた姫〜【中華×サスペンス】身分違いの恋と陰謀に揺れる宮廷物語〜
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
【中華×サスペンス】
「いつか僕のために歌って――」
雪の中、孤独な少女に手を差し伸べた少年。
その記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
だがその才能は、早くも権力と嫉妬の目に留まる。中傷や妨害は次々とエスカレート。
やがて舞台は、後宮の派閥争いや戦場、国境まで越えていく。
そんな中、翠蓮を何度も救うのは第二皇子・蒼瑛(ソウエイ)。普段は冷静で穏やかな彼が、翠蓮のこととなると、度々感情を露わにする。
蒼瑛に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。甘く切ない、中華ファンタジー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる