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想の章【紅い蝶に恋をした】
聖夜の宴会 其の四
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「よし、行こうか」
「ま、待ってくれ。リンがいないのにどうやって行くんだ?」
令一に呼び止められてそういえば、と紅子は思う。
彼は道案内なしでの行き方を知らないのだったか、と。
「せっかくだから今登録しちゃおうか」
「登録?」
「うん、同盟の者は皆この行き方を知ってると思うよ。勿論、秘色さんも。個人識別みたいなのができるようになってる門があるんだよ」
「別の行き方があったのか」
「ああ、リンについてったほうが早いのは確かだよ。でも皆に分霊を貸すわけにはいかない…… そう思わないかな?」
「アルフォードさんが大変になっちゃうな」
「その通り。お兄さん、この屋敷に大きな鏡はあるかな?」
「姿見か? ある。こっちだ」
令一に案内された先で紅子は頷く。
姿見ならばなにも問題はない。
「メモしてもいいけれど、なるべく覚えるようにするんだよ」
紅子はそう言って手の中にいつものガラス片を呼び出し、鏡に触れさせる。
それから、令一をもう片方の手で手招きして隣に来るように促した。
「一緒に通るだけでも登録はされるけれど、手順はしっかり覚えた方がいいからねぇ。アタシはこのガラス片だけれど、お兄さんは手形を取るようにべったりと利き手をくっつけてごらん。ああ、アタシの右側にね。利き手はアタシと同じだろう?」
「えっと…… これでいいのか?」
「よろしい。それから、ノックをする」
紅子は右手でガラス片を鏡に触れさせながら、もう片方の手で独特なノックのリズムを刻み、呼びかけとなる言葉を紡ぐ。
「葦原の谷の神」
視線で令一に復唱要求をすれば、すぐに理解し彼女の言葉をなぞるように同じ言葉を繰り返す。
「あ、葦原の谷の神」
令一の復唱を聞いてから続ける。
「標の梲侵さず」
「標のツエ侵さず……」
「飛び越えるその術で錠を開け」
「飛び越えるその術で、錠を開け」
「開門」
「開門」
その言葉を言った途端、鏡の中に映っていた二人の姿が溶けて混ざるように渦巻き、真っ黒に塗りつぶされていく。
「これでよし。もう手を離してもいいよ」
「ああ…… すごいな」
鏡を食い入るように見つめながら令一が言う。
それになんだか面白くなった紅子は 「そうだろう?」 と得意気に口にする。
「今のでお兄さんの霊波が登録されたから、今度からはノックと〝 開門 〟って文句だけであちらに繋がるよ」
「へえ、どうなってるんだ?」
「夜刀神って神様がセキュリティを作ってるんだってさ。指紋認証みたいなものだよ。それの霊的、オカルト的なバージョンだよね」
「へえ、あのヒトがね」
「あれ、夜刀神に会ったことあるの?」
「前に、アヤカシ夜市でな」
「そっか。なら話が早いねぇ。とにかく、リンがいないときにあちらへ行きたくなったらこれを使うといいよ。アタシも一応鱗は持ってるけど、こっちを覚えておいて損はないからね」
水の膜を抜けるように鏡の中に足を踏み入れた。
令一もその不思議な感覚に目を白黒させていたが、紅子が早くしろと言わんばかりに腕を掴んで歩き出せば慌てて着いて来る。
「一応看板はあるから、それに沿って行けば着くよ。お兄さんのことだから滅多なことにはならないはずだけど、念のためここを通るときは足早に。声をかけられても知り合い以外には返事しちゃだめだよ」
「分かった」
つい先日、青葉の姿をしたリヴァイアサンに騙されたばかりなのだ。
本人に警戒してもらわねば、紅子のいらん苦労が増えるばかりなのである。
次第に灯りが増え、古今東西の提灯やらランタンやらの合間にイルミネーションが入り乱れて飾り付けられている。
節操なしなその雰囲気はさすがいろんな国出身の神妖が一堂に会するお祭り…… といった雰囲気だ。
宗教、国の違いなど関係ないとばかりに並べ立てられた様々な物は実に日本らしい装いではないか。
中間に位置しどこにでもある万屋だが、今回はどうやら日本寄りの飾り付けをしたようだ。もしかしたら令一が来るからなのかもしれない。皆に引き合わせるのならばこういうイベント時が一番だから、本日の主役にされたのだ。つまりは。
「ついたよ」
同じような鏡の扉を抜ければ、そこかしこに雪が降り積もった万屋と、その奥に見える屋敷があった。
「ま、待ってくれ。リンがいないのにどうやって行くんだ?」
令一に呼び止められてそういえば、と紅子は思う。
彼は道案内なしでの行き方を知らないのだったか、と。
「せっかくだから今登録しちゃおうか」
「登録?」
「うん、同盟の者は皆この行き方を知ってると思うよ。勿論、秘色さんも。個人識別みたいなのができるようになってる門があるんだよ」
「別の行き方があったのか」
「ああ、リンについてったほうが早いのは確かだよ。でも皆に分霊を貸すわけにはいかない…… そう思わないかな?」
「アルフォードさんが大変になっちゃうな」
「その通り。お兄さん、この屋敷に大きな鏡はあるかな?」
「姿見か? ある。こっちだ」
令一に案内された先で紅子は頷く。
姿見ならばなにも問題はない。
「メモしてもいいけれど、なるべく覚えるようにするんだよ」
紅子はそう言って手の中にいつものガラス片を呼び出し、鏡に触れさせる。
それから、令一をもう片方の手で手招きして隣に来るように促した。
「一緒に通るだけでも登録はされるけれど、手順はしっかり覚えた方がいいからねぇ。アタシはこのガラス片だけれど、お兄さんは手形を取るようにべったりと利き手をくっつけてごらん。ああ、アタシの右側にね。利き手はアタシと同じだろう?」
「えっと…… これでいいのか?」
「よろしい。それから、ノックをする」
紅子は右手でガラス片を鏡に触れさせながら、もう片方の手で独特なノックのリズムを刻み、呼びかけとなる言葉を紡ぐ。
「葦原の谷の神」
視線で令一に復唱要求をすれば、すぐに理解し彼女の言葉をなぞるように同じ言葉を繰り返す。
「あ、葦原の谷の神」
令一の復唱を聞いてから続ける。
「標の梲侵さず」
「標のツエ侵さず……」
「飛び越えるその術で錠を開け」
「飛び越えるその術で、錠を開け」
「開門」
「開門」
その言葉を言った途端、鏡の中に映っていた二人の姿が溶けて混ざるように渦巻き、真っ黒に塗りつぶされていく。
「これでよし。もう手を離してもいいよ」
「ああ…… すごいな」
鏡を食い入るように見つめながら令一が言う。
それになんだか面白くなった紅子は 「そうだろう?」 と得意気に口にする。
「今のでお兄さんの霊波が登録されたから、今度からはノックと〝 開門 〟って文句だけであちらに繋がるよ」
「へえ、どうなってるんだ?」
「夜刀神って神様がセキュリティを作ってるんだってさ。指紋認証みたいなものだよ。それの霊的、オカルト的なバージョンだよね」
「へえ、あのヒトがね」
「あれ、夜刀神に会ったことあるの?」
「前に、アヤカシ夜市でな」
「そっか。なら話が早いねぇ。とにかく、リンがいないときにあちらへ行きたくなったらこれを使うといいよ。アタシも一応鱗は持ってるけど、こっちを覚えておいて損はないからね」
水の膜を抜けるように鏡の中に足を踏み入れた。
令一もその不思議な感覚に目を白黒させていたが、紅子が早くしろと言わんばかりに腕を掴んで歩き出せば慌てて着いて来る。
「一応看板はあるから、それに沿って行けば着くよ。お兄さんのことだから滅多なことにはならないはずだけど、念のためここを通るときは足早に。声をかけられても知り合い以外には返事しちゃだめだよ」
「分かった」
つい先日、青葉の姿をしたリヴァイアサンに騙されたばかりなのだ。
本人に警戒してもらわねば、紅子のいらん苦労が増えるばかりなのである。
次第に灯りが増え、古今東西の提灯やらランタンやらの合間にイルミネーションが入り乱れて飾り付けられている。
節操なしなその雰囲気はさすがいろんな国出身の神妖が一堂に会するお祭り…… といった雰囲気だ。
宗教、国の違いなど関係ないとばかりに並べ立てられた様々な物は実に日本らしい装いではないか。
中間に位置しどこにでもある万屋だが、今回はどうやら日本寄りの飾り付けをしたようだ。もしかしたら令一が来るからなのかもしれない。皆に引き合わせるのならばこういうイベント時が一番だから、本日の主役にされたのだ。つまりは。
「ついたよ」
同じような鏡の扉を抜ければ、そこかしこに雪が降り積もった万屋と、その奥に見える屋敷があった。
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