94 / 144
想の章【紅い蝶に恋をした】
聖夜の宴会 其の三
しおりを挟む
随分と長く立ち話をしてしまったなあ、と彼女は自然急ぎ足になる。
門を抜けると、そこは学校の女子トイレの中だ。
赤いちゃんちゃんこのルーツを持っているので当然、選ぶのはそことなるわけだが…… 人目を気にしなければならない部分については彼女も失敗したと思っている。
幽霊の括りではあるので人から見えなくなることもできるし、なんなら隠れたり隠したりすることは得意なので不自由はないが…… いろはのような〝 視える 〟生徒がいないとも限らない。どちらにせよ、気を張らなければならないのである。
普段はない、頭のサイドで揺れる小さな三つ編みが首元をくすぐり、下ろした髪が寒空の下風に吹かれる。リボンはもちろん、いつもと同じ薄紫のものだ。
赤と白のチェック模様のマフラーで包帯ごと首元を隠し、幽霊とはいっても寒いものは寒いので赤いセーラー服の下に黒いインナーとタイツを履いている。
それからえんじ色のダッフルコートを羽織れば、そこらにいる普通の女子高生となんら変わりない少女となる。
いつもよりお洒落な風体で木枯らしの中を駆ける。
目指すはいつも苦労させられている男が不本意に住んでいる大きな屋敷だ。
途中、忘れていたとばかりに懐からスマホを取り出し、コールする。
これから会おうというのに、連絡も寄こさずに行くのは親しい仲だとしても失礼である。なによりあの邪神がいるかどうかで彼女の行動は少し変わるのだ。
「もしもし…… 紅子さんか?」
歩くスピードを下げ、向こう側から聞こえてくる声に返事をするべく声をかける。
「ああ、お兄さん? 寂しくなったから来ちゃったよ。屋敷についたら上がってもいいかな?」
「どうしたんだよ、いったい。紅子さんが? 寂しい? 本物の紅子さん……だよな?」
「失礼だよねぇ……。アタシだって人肌恋しくなることくらいはあるよ。だからね、ほら、恋人のいない〝 寂しい 〟クリスマスを互いに埋めてしまおうじゃないかって提案してるんだよ」
「もっと素直な誘い文句はないのかよ」
含み笑いが小さな板切れの向こう側から響いてくるのが分かり、紅子も他愛のない言葉遊びを中断する。
「アタシと2人きりでクリスマスデート…… とはいかないけれど、ちょうど〝 こちら側 〟で宴会があるんだ。キミもどうかな? いろんな神妖が集まるから、挨拶的な意味でも、コネクション的な意味でも参加して損はないと思うよ」
「ああ、なるほどな。いつも俺の為にありがとう、紅子さん」
「…… 別に。ええと、参加費代わりに料理かお菓子を用意して来いってアルフォードさんが言ってたから、キッチンの用意でもしておいてね」
「そうか、了解。なあ、紅子さんはなにか食べたいものあるか?」
「アタシ?」
「参考までに、な」
少しだけ思考を巡らせて、放棄する。
「小腹を満たせるものならなんでもいいと思うけれどねぇ」
「あえて食べたいと答えるなら?」
しつこいぞ、とは口に出さず仕方なく紅子は今思い浮かぶものを答えた。
「ううん、えっと…… 温かい、ミートパイでも食べたいかなぁ」
「よし、じゃあそれにするか」
「いいの? 材料とか大丈夫なのかな? それは」
心配になって訊けば、令一から軽い返事が送られてくる。
「足りないものはなさそうだから問題なしだぞ。ついでにケーキも焼けるくらいの材料はある。あいつがホールを二つは作れって言ってたからな」
うわあ、と言いたい言葉を飲み込んでから紅子は口にした。
「それは大変だねぇ。手伝うよ」
「お、助かる」
「なら、もうすぐ着くから待っててね。おにーさん」
「ああ、あいつは今日仕事があるらしいから気兼ねなく来てくれ」
「おっと、それは朗報だね」
彼の邪神が居ては都合が悪い。
だというのに、事前に連絡を取らなかったのは今回の一件が思いつきの行動だったからだろう。決して気を急いていたわけではない。決してだ。
それから間もなく、屋敷に到着した紅子はキッチンの準備をしていた令一に招き入れられたのだった。
「……」
「どうしたの、お兄さん。見惚れちゃった?」
「いや、その……今日は髪おろしてるんだな」
「うん、まあ…… 別に毎日一緒ってわけではないよ」
「ああ、そうだよな。女の子だもんな。髪長いからそういうのも似合うな」
「…… ふうん、童貞のお兄さんでも良し悪しを褒めるくらいはできるんだねぇ」
「それ関係なくないか…… ? 久しぶりだな、その文句」
「そうだったかな……」
目線を逸らし、 「早く準備をしないといけないんじゃないのかな?」 と彼を急かす。宴会は夜からだが、来る神妖の数は多い。参加費といっても全員分用意するわけではないが、せめて多目に持っていくべきだろうと提案する。
それと、アルフォード用に特別辛いミートパイを作るように注釈を加えながら。
「アルフォードさんって辛いもの好きなのか?」
「そうだよ。甘いのはダメなんだよ、あのヒト」
ドラゴンで火を噴くからだろうか、なんてくだらない考察をしている彼を突っつき、急いでミートパイとケーキ作りの下準備を始める。
紅子は凝ったものが作れないため彼の指示を所々仰ぎながらの調理となったが、2人で行った為か下準備やらはすぐに終わり、あとは本格的に仕上げるだけとなった。
ついでにお昼ご飯をいただき、舌鼓を打ってから調理も再開。
夕方、妖怪が大手を振って歩き出す時間帯には全ての支度が終わり、温かいミートパイ複数とケーキがホールで一つ。それからアルフォード用にと用意した特別製ミートパイが一つだ。
ついでに、紅子が 「リンもアルフォードさんの分霊だから辛いものが好きだと思うよ」 と教えたため、小さな辛口ミートパイも用意されている。
これでどちらも喜ぶこと間違いなしだろう。
門を抜けると、そこは学校の女子トイレの中だ。
赤いちゃんちゃんこのルーツを持っているので当然、選ぶのはそことなるわけだが…… 人目を気にしなければならない部分については彼女も失敗したと思っている。
幽霊の括りではあるので人から見えなくなることもできるし、なんなら隠れたり隠したりすることは得意なので不自由はないが…… いろはのような〝 視える 〟生徒がいないとも限らない。どちらにせよ、気を張らなければならないのである。
普段はない、頭のサイドで揺れる小さな三つ編みが首元をくすぐり、下ろした髪が寒空の下風に吹かれる。リボンはもちろん、いつもと同じ薄紫のものだ。
赤と白のチェック模様のマフラーで包帯ごと首元を隠し、幽霊とはいっても寒いものは寒いので赤いセーラー服の下に黒いインナーとタイツを履いている。
それからえんじ色のダッフルコートを羽織れば、そこらにいる普通の女子高生となんら変わりない少女となる。
いつもよりお洒落な風体で木枯らしの中を駆ける。
目指すはいつも苦労させられている男が不本意に住んでいる大きな屋敷だ。
途中、忘れていたとばかりに懐からスマホを取り出し、コールする。
これから会おうというのに、連絡も寄こさずに行くのは親しい仲だとしても失礼である。なによりあの邪神がいるかどうかで彼女の行動は少し変わるのだ。
「もしもし…… 紅子さんか?」
歩くスピードを下げ、向こう側から聞こえてくる声に返事をするべく声をかける。
「ああ、お兄さん? 寂しくなったから来ちゃったよ。屋敷についたら上がってもいいかな?」
「どうしたんだよ、いったい。紅子さんが? 寂しい? 本物の紅子さん……だよな?」
「失礼だよねぇ……。アタシだって人肌恋しくなることくらいはあるよ。だからね、ほら、恋人のいない〝 寂しい 〟クリスマスを互いに埋めてしまおうじゃないかって提案してるんだよ」
「もっと素直な誘い文句はないのかよ」
含み笑いが小さな板切れの向こう側から響いてくるのが分かり、紅子も他愛のない言葉遊びを中断する。
「アタシと2人きりでクリスマスデート…… とはいかないけれど、ちょうど〝 こちら側 〟で宴会があるんだ。キミもどうかな? いろんな神妖が集まるから、挨拶的な意味でも、コネクション的な意味でも参加して損はないと思うよ」
「ああ、なるほどな。いつも俺の為にありがとう、紅子さん」
「…… 別に。ええと、参加費代わりに料理かお菓子を用意して来いってアルフォードさんが言ってたから、キッチンの用意でもしておいてね」
「そうか、了解。なあ、紅子さんはなにか食べたいものあるか?」
「アタシ?」
「参考までに、な」
少しだけ思考を巡らせて、放棄する。
「小腹を満たせるものならなんでもいいと思うけれどねぇ」
「あえて食べたいと答えるなら?」
しつこいぞ、とは口に出さず仕方なく紅子は今思い浮かぶものを答えた。
「ううん、えっと…… 温かい、ミートパイでも食べたいかなぁ」
「よし、じゃあそれにするか」
「いいの? 材料とか大丈夫なのかな? それは」
心配になって訊けば、令一から軽い返事が送られてくる。
「足りないものはなさそうだから問題なしだぞ。ついでにケーキも焼けるくらいの材料はある。あいつがホールを二つは作れって言ってたからな」
うわあ、と言いたい言葉を飲み込んでから紅子は口にした。
「それは大変だねぇ。手伝うよ」
「お、助かる」
「なら、もうすぐ着くから待っててね。おにーさん」
「ああ、あいつは今日仕事があるらしいから気兼ねなく来てくれ」
「おっと、それは朗報だね」
彼の邪神が居ては都合が悪い。
だというのに、事前に連絡を取らなかったのは今回の一件が思いつきの行動だったからだろう。決して気を急いていたわけではない。決してだ。
それから間もなく、屋敷に到着した紅子はキッチンの準備をしていた令一に招き入れられたのだった。
「……」
「どうしたの、お兄さん。見惚れちゃった?」
「いや、その……今日は髪おろしてるんだな」
「うん、まあ…… 別に毎日一緒ってわけではないよ」
「ああ、そうだよな。女の子だもんな。髪長いからそういうのも似合うな」
「…… ふうん、童貞のお兄さんでも良し悪しを褒めるくらいはできるんだねぇ」
「それ関係なくないか…… ? 久しぶりだな、その文句」
「そうだったかな……」
目線を逸らし、 「早く準備をしないといけないんじゃないのかな?」 と彼を急かす。宴会は夜からだが、来る神妖の数は多い。参加費といっても全員分用意するわけではないが、せめて多目に持っていくべきだろうと提案する。
それと、アルフォード用に特別辛いミートパイを作るように注釈を加えながら。
「アルフォードさんって辛いもの好きなのか?」
「そうだよ。甘いのはダメなんだよ、あのヒト」
ドラゴンで火を噴くからだろうか、なんてくだらない考察をしている彼を突っつき、急いでミートパイとケーキ作りの下準備を始める。
紅子は凝ったものが作れないため彼の指示を所々仰ぎながらの調理となったが、2人で行った為か下準備やらはすぐに終わり、あとは本格的に仕上げるだけとなった。
ついでにお昼ご飯をいただき、舌鼓を打ってから調理も再開。
夕方、妖怪が大手を振って歩き出す時間帯には全ての支度が終わり、温かいミートパイ複数とケーキがホールで一つ。それからアルフォード用にと用意した特別製ミートパイが一つだ。
ついでに、紅子が 「リンもアルフォードさんの分霊だから辛いものが好きだと思うよ」 と教えたため、小さな辛口ミートパイも用意されている。
これでどちらも喜ぶこと間違いなしだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
翡翠のうた姫〜【中華×サスペンス】身分違いの恋と陰謀に揺れる宮廷物語〜
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
【中華×サスペンス】
「いつか僕のために歌って――」
雪の中、孤独な少女に手を差し伸べた少年。
その記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
だがその才能は、早くも権力と嫉妬の目に留まる。中傷や妨害は次々とエスカレート。
やがて舞台は、後宮の派閥争いや戦場、国境まで越えていく。
そんな中、翠蓮を何度も救うのは第二皇子・蒼瑛(ソウエイ)。普段は冷静で穏やかな彼が、翠蓮のこととなると、度々感情を露わにする。
蒼瑛に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。甘く切ない、中華ファンタジー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる