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想の章【紅い蝶に恋をした】
妖怪退治、見学へ
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「おっと、相変わらず反応が早いな。ほれ、いつもの新聞と、こっちは前に頼まれてた情報だ…… 俺の新聞を頼りにしてくれるのは有り難ぇが、篭りっきりになってると干物になるぜ? …… さて、質問はナヴィド殿の娘さんのことかい?」
図書館に入って来たのは、ついこの前知り合ったばかりの鴉天狗……烏楽刹那さんだった。
どうやら二人は面識があるらしい。
「ああ、そうだよ。いろはの仕事をこの子達に見学させてやろうと思ってね。許可はとってないから、あくまで提案だけれど。それと、本や文は涼しくて暗い場所に保管するものだ。たまには日干しも必要だがね。干物になりやしないさ」
「あー、例えが間違っていたようだ。カビが生えるぜ? 司書さんよ。そんで、雛鳥ちゃんなら今は日本にいるはずだよ。確か、福岡で起きてる〝 足売り婆さん 〟の行方を追っている最中だったか」
「福岡……」
おいおい、彩色町は東京だぞ…… 大学に通いつつそんな遠くまで依頼の為に出歩いてるのか。すごいな、彼女。
「ふうん、それならこの図書館から転移できるよ。このよもぎちゃんが特定してあげよう。それから、彼女に見学させてもらえるように頼むといい」
字乗さんは喜色満面で乗り出して来ている。ノリノリだ。
つまり、決定事項なんだろう…… 俺に選択肢はない。というか、秘色さんのやりかたは興味がある。彼女達と行動したのも、冬に咲いた桜のときと、それ以降ちょこちょこと同行したくらい。
ただ、別行動も多かったので詳しい活躍を見れたことはない。
かえっていい機会かもしれない。
「じゃ、俺は次のとこに行くから。頑張れよ」
爽やかに彼は手を振って去っていく。
カア、カアと多くの烏の声が響く。烏天狗の烏楽さんは翼を広げて窓からその集団の中に飛びこんで行った。
「分かった。妖怪退治系ならどうせ長引くんだろ…… それなら屋敷に留守電入れとくから、ちょっと待っててくれ」
そう言いながらスマホを取り出して連絡を取る。
奴は仕事中だろうから、屋敷のほうにだけ留守電を残しておく。
最近こればっかりだが…… 怒られない、よな? 前はかなり拘束されていたが、今は案外そういう自由だけはあって、かえって不気味さが増している。
なにを考えてるんだか。
「連絡はした。行ってみようか、アリシアちゃん」
「ええ。あたしも護身用のナイフ持ってくけど、下土井さんは?」
「俺は……」
言いかけて、鞄の中から赤い影が飛び出してくる。
「きゅい!」
それはペロペロキャンディを抱えたまま浮遊する手のひらサイズのドラゴン…… リンだった。
「俺には相棒がいるからな」
「きゅきゅーい!」
「わっ、可愛い…… あの、この子は?」
おお、そういえばアリシアが正気に戻ったとき、ずっとリンは刀の状態だったからな。
「リンはアルフォードさんの分身で、俺の刀なんだよ」
「んきゅ、きゅう~」
あれは喜んでる顔だな。声だけでも分かるが。相棒扱いがよほど嬉しかったのか、空中で小躍りしている。
「あのときの…… あの、撫でても…… ?」
「リン?」
「んん、きゅい」
「いいってさ」
「あーっ! なぜじゃ! なぜ私様には触らせてくれんのにアリシアは良いのじゃ!」
「乱暴に撫でるからさ。そこも少しは学ぶといいよレイシー」
そうそう、注意しておいてくれ。リンも撫でられるのは吝かじゃないはずだからな。
ただ乱暴にグリグリされると痛がるだけで。あと、動物を触りたいときは保護者にまず許可を得ること。これは大事だよな。
「さて、雑談はここまででいいかな。扉を開けるから行っておいで」
「はい!」
「ああ、行ってきます」
「それから、アリシア」
「なに?」
「少し、手を握ってくれないかい?」
「え……」
唐突に照れたような顔を浮かべた字乗さんに、アリシアがドン引きしたように身を引いた。それを見て字乗さんはキョトンとした顔になったあと、笑う。
「別に変な意味ではないのだよ。無事帰ってくるよう私の加護をやろうと言うのだから、遠慮なく受け取ってほしい」
「あ、な、なによ。それを早く言ってほしかったわ…… はい、これでいい?」
「ああ、構わない。それにしても……」
握手したまま字乗さんはその手を持ち上げアリシアに向かって悪戯気に微笑むと 「君の手はちっこいなぁ」 とからかい始めた。
「そんなこと言ってるとお願い聞いてやらないわよ」
「おっとそれは困る。ふふん、さて、今度こそいってらっしゃいだ」
彼女が指をパチンと弾けば図書館の扉がひとりでに開き、俺達の足元に緑色の矢印マークが浮かび上がる。
「さあ行ってこい」
「わっ!?」
「ひゃっ!」
そして、矢印マークに足が触れた途端体が勝手に滑って扉へと突進を開始した。随分と強引な出発だ。なんでこうも怪異は唐突だったり強引だったりするんだ。
俺はバランスを崩して倒れそうになったアリシアを支えつつ、諦念を浮かべながら図書館の扉を潜っていくのだった。
◆
―― 静かになった図書館で、ぱらりぱらりと本を捲る音が響く。
時折レイシーの質問が響く以外に、静かなものだった。
「なあ、紅子。そこにいるだろう? なぜ、出てこなかったんだい?」
「む? ベニコがいるのか?」
「……」
かつ、かつ、と靴音を立てて黒髪をポニーテールにした少女が姿を現わす。
その赤い目は平坦なようでいて、鋭く真っ直ぐに図書館の扉を見つめている。
「アタシが行っても、お兄さんのためにはならない。それに…… アタシもやることやらないと、ちょっとまずいかもしれないからね」
「そうかい。なら一日中夢の中で励むのかい?」
「…… そうだよ。それが、赤いちゃんちゃんこという怪異の…… やることなんだから」
後ろで手を組み、俯く彼女の表情は字乗よもぎには見えない。レイシーにも見えない。けれど、想像することはできるのだ。
「ああ、そうだ…… 紅子。1月23日は、下土井令一の誕生日だそうだよ」
「っえ?」
「ふふん、ほら暗い顔なんてするもんじゃない。君なら大丈夫さ。このよもぎちゃんを信じなさい。鬼が笑おうがなんだろうがいいじゃないか。未来のことを語っても。さあ、なにをして祝ってあげようか?」
「…… そうだね。話を聞いたからには、祝ってあげようかな」
隣で 「あいつの誕生日なのか! 私様も祝ってやろう! そのためには魔法を覚えるのじゃ!」 と騒ぐレイシーを撫で、字乗よもぎは微笑む。
年長者らしいその振る舞いに紅子は扉を見つめるのをやめ、彼女らに近づいていった。
「それ、反則じゃないのかな」
「なに、攻略本は司書の嗜みさ」
字乗よもぎの手にある本の表紙には〝 下土井 令一の人生 〟と書かれている。
この図書館には、日本全ての人間の生きている間の記録と、そして死して転生するまでの記録本が納められている。
普通の人間には見ることの叶わない、文字通りそれを任された司書の彼女は重役なのだ。
「でも、知られて良かったろう?」
「…… うん。それじゃあアタシはもう行く。今日一日頑張らないと」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「寝るのか? おやすみなのじゃ!」
図書館から紅子が出て行き、パタンと扉が閉まる。
「今日は来客の多い日だな」
「よもぎ! 次はこれじゃ!」
「はいはい。さあて、アリシアと小姓君は上手くやってるかな」
膨大な量の棚を見上げ、字乗よもぎは溜息を吐くとレイシーの指導に戻る。
「ペティでも呼ぼうかね」
二人だけの場所に、少しだけの喧騒を求める。それは悪いことではないが、彼女の変化の表れだった。ペティも紅子も彼女にとっては〝 最近 〟できた友達である。令一も、アリシアとレイシーもついこの間。
長らく一人で図書館勤めをしてきた彼女に喧騒は煩わしいものだった。
しかし、今はそれを求めてさえいる。
「変化とは目まぐるしいものである。しかしそれも悪くない」
字乗よもぎはそうして、感慨深げに目を伏せた。
図書館に入って来たのは、ついこの前知り合ったばかりの鴉天狗……烏楽刹那さんだった。
どうやら二人は面識があるらしい。
「ああ、そうだよ。いろはの仕事をこの子達に見学させてやろうと思ってね。許可はとってないから、あくまで提案だけれど。それと、本や文は涼しくて暗い場所に保管するものだ。たまには日干しも必要だがね。干物になりやしないさ」
「あー、例えが間違っていたようだ。カビが生えるぜ? 司書さんよ。そんで、雛鳥ちゃんなら今は日本にいるはずだよ。確か、福岡で起きてる〝 足売り婆さん 〟の行方を追っている最中だったか」
「福岡……」
おいおい、彩色町は東京だぞ…… 大学に通いつつそんな遠くまで依頼の為に出歩いてるのか。すごいな、彼女。
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字乗さんは喜色満面で乗り出して来ている。ノリノリだ。
つまり、決定事項なんだろう…… 俺に選択肢はない。というか、秘色さんのやりかたは興味がある。彼女達と行動したのも、冬に咲いた桜のときと、それ以降ちょこちょこと同行したくらい。
ただ、別行動も多かったので詳しい活躍を見れたことはない。
かえっていい機会かもしれない。
「じゃ、俺は次のとこに行くから。頑張れよ」
爽やかに彼は手を振って去っていく。
カア、カアと多くの烏の声が響く。烏天狗の烏楽さんは翼を広げて窓からその集団の中に飛びこんで行った。
「分かった。妖怪退治系ならどうせ長引くんだろ…… それなら屋敷に留守電入れとくから、ちょっと待っててくれ」
そう言いながらスマホを取り出して連絡を取る。
奴は仕事中だろうから、屋敷のほうにだけ留守電を残しておく。
最近こればっかりだが…… 怒られない、よな? 前はかなり拘束されていたが、今は案外そういう自由だけはあって、かえって不気味さが増している。
なにを考えてるんだか。
「連絡はした。行ってみようか、アリシアちゃん」
「ええ。あたしも護身用のナイフ持ってくけど、下土井さんは?」
「俺は……」
言いかけて、鞄の中から赤い影が飛び出してくる。
「きゅい!」
それはペロペロキャンディを抱えたまま浮遊する手のひらサイズのドラゴン…… リンだった。
「俺には相棒がいるからな」
「きゅきゅーい!」
「わっ、可愛い…… あの、この子は?」
おお、そういえばアリシアが正気に戻ったとき、ずっとリンは刀の状態だったからな。
「リンはアルフォードさんの分身で、俺の刀なんだよ」
「んきゅ、きゅう~」
あれは喜んでる顔だな。声だけでも分かるが。相棒扱いがよほど嬉しかったのか、空中で小躍りしている。
「あのときの…… あの、撫でても…… ?」
「リン?」
「んん、きゅい」
「いいってさ」
「あーっ! なぜじゃ! なぜ私様には触らせてくれんのにアリシアは良いのじゃ!」
「乱暴に撫でるからさ。そこも少しは学ぶといいよレイシー」
そうそう、注意しておいてくれ。リンも撫でられるのは吝かじゃないはずだからな。
ただ乱暴にグリグリされると痛がるだけで。あと、動物を触りたいときは保護者にまず許可を得ること。これは大事だよな。
「さて、雑談はここまででいいかな。扉を開けるから行っておいで」
「はい!」
「ああ、行ってきます」
「それから、アリシア」
「なに?」
「少し、手を握ってくれないかい?」
「え……」
唐突に照れたような顔を浮かべた字乗さんに、アリシアがドン引きしたように身を引いた。それを見て字乗さんはキョトンとした顔になったあと、笑う。
「別に変な意味ではないのだよ。無事帰ってくるよう私の加護をやろうと言うのだから、遠慮なく受け取ってほしい」
「あ、な、なによ。それを早く言ってほしかったわ…… はい、これでいい?」
「ああ、構わない。それにしても……」
握手したまま字乗さんはその手を持ち上げアリシアに向かって悪戯気に微笑むと 「君の手はちっこいなぁ」 とからかい始めた。
「そんなこと言ってるとお願い聞いてやらないわよ」
「おっとそれは困る。ふふん、さて、今度こそいってらっしゃいだ」
彼女が指をパチンと弾けば図書館の扉がひとりでに開き、俺達の足元に緑色の矢印マークが浮かび上がる。
「さあ行ってこい」
「わっ!?」
「ひゃっ!」
そして、矢印マークに足が触れた途端体が勝手に滑って扉へと突進を開始した。随分と強引な出発だ。なんでこうも怪異は唐突だったり強引だったりするんだ。
俺はバランスを崩して倒れそうになったアリシアを支えつつ、諦念を浮かべながら図書館の扉を潜っていくのだった。
◆
―― 静かになった図書館で、ぱらりぱらりと本を捲る音が響く。
時折レイシーの質問が響く以外に、静かなものだった。
「なあ、紅子。そこにいるだろう? なぜ、出てこなかったんだい?」
「む? ベニコがいるのか?」
「……」
かつ、かつ、と靴音を立てて黒髪をポニーテールにした少女が姿を現わす。
その赤い目は平坦なようでいて、鋭く真っ直ぐに図書館の扉を見つめている。
「アタシが行っても、お兄さんのためにはならない。それに…… アタシもやることやらないと、ちょっとまずいかもしれないからね」
「そうかい。なら一日中夢の中で励むのかい?」
「…… そうだよ。それが、赤いちゃんちゃんこという怪異の…… やることなんだから」
後ろで手を組み、俯く彼女の表情は字乗よもぎには見えない。レイシーにも見えない。けれど、想像することはできるのだ。
「ああ、そうだ…… 紅子。1月23日は、下土井令一の誕生日だそうだよ」
「っえ?」
「ふふん、ほら暗い顔なんてするもんじゃない。君なら大丈夫さ。このよもぎちゃんを信じなさい。鬼が笑おうがなんだろうがいいじゃないか。未来のことを語っても。さあ、なにをして祝ってあげようか?」
「…… そうだね。話を聞いたからには、祝ってあげようかな」
隣で 「あいつの誕生日なのか! 私様も祝ってやろう! そのためには魔法を覚えるのじゃ!」 と騒ぐレイシーを撫で、字乗よもぎは微笑む。
年長者らしいその振る舞いに紅子は扉を見つめるのをやめ、彼女らに近づいていった。
「それ、反則じゃないのかな」
「なに、攻略本は司書の嗜みさ」
字乗よもぎの手にある本の表紙には〝 下土井 令一の人生 〟と書かれている。
この図書館には、日本全ての人間の生きている間の記録と、そして死して転生するまでの記録本が納められている。
普通の人間には見ることの叶わない、文字通りそれを任された司書の彼女は重役なのだ。
「でも、知られて良かったろう?」
「…… うん。それじゃあアタシはもう行く。今日一日頑張らないと」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「寝るのか? おやすみなのじゃ!」
図書館から紅子が出て行き、パタンと扉が閉まる。
「今日は来客の多い日だな」
「よもぎ! 次はこれじゃ!」
「はいはい。さあて、アリシアと小姓君は上手くやってるかな」
膨大な量の棚を見上げ、字乗よもぎは溜息を吐くとレイシーの指導に戻る。
「ペティでも呼ぼうかね」
二人だけの場所に、少しだけの喧騒を求める。それは悪いことではないが、彼女の変化の表れだった。ペティも紅子も彼女にとっては〝 最近 〟できた友達である。令一も、アリシアとレイシーもついこの間。
長らく一人で図書館勤めをしてきた彼女に喧騒は煩わしいものだった。
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