ニャル様のいうとおり

時雨オオカミ

文字の大きさ
122 / 144
漆の怪【ひとはしらのかみさま】

似ている二人

しおりを挟む
「そうと決まれば、あとはこの三日間でできることをするだけだな」

 結論を出す。
 そして何をするかだが……。

「あ、ならあたしは華野に頼んで一緒に資料室を調べてみたいです。紅子お姉さんは村に入る前から目をつけられていて、しかも名前を渡したりしてないのに狙われてますから……あの子に聞いてみるのが一番ですよ」
「なら、俺は祠を経由して奥の神社を調べてこようかな。昼間の、霧の出ていないときなら大丈夫らしいし」

 俺が指示しなくても、二人ともやれることをやってくれるか。
 ありがたい。

「分かった。俺達は祠の幽霊に会いに行こうかな。透さんには悪いんだけれど、俺は紅子さんについていたいから、神社は会話が終わり次第向かうよ」
「単独行動はダメだよ、お兄さん」
「俺なら大丈夫だよ。こういうのは一応慣れてるからね。それに、狙いが定まっているなら、むやみに別の人を襲ってきたりしないと思うし」

 透さんの言葉にはなぜかものすごく説得力がある。
 それに、紅子さんが狙われている以上複数人が狙われるということも考えにくい。文献には〝選ばれた人間〟と書いてあったことだし、複数人にお告げが行くとはとても思えない。
 あとは紅子さんが狙われてしまった理由なのだが……それは分からない。祠の幽霊とやらに会えばなにか手がかりが掴めるだろうか。長年この村にいるのだし、色々と見てきているだろう。
 それに、幽霊の紅子さんが狙われているのに祠の白い幽霊が五十年も無事であることが不思議だ。
 紅子さんが狙われるなら白い幽霊だって安全ってわけではないはずなのに。

「紅子さんはおれと一緒だからな」
「そんなに囲い込もうとしなくてもアタシは弱くはないよ?」
「どの口でそんなこと言うんだよ。さっきまで怯えていたくせに」
「悪いのはこのお口かな? 調子に乗らないでよ、お兄さん」
「いたい、いたい、いたいって」

 頬を両側から引っ張られて降参する。
 せっかく格好いいところを見せたんだから、ちょっとは調子に乗らせてくれてもいいじゃないか。

「もう、アタシだって怯えるのは不本意なんだから。でも、相手がキーワード式の神様みたいだからアタシの首にはもう鋏の刃がかけられているのと同じ。キーワード式の怪異や神様っていうのは、その条件が満たされると手がつけられない〝必殺〟になるからね。アタシが同じように」

 ゾッとした。
 その紅い目を伏せる彼女の首に、巨大な鋏が挟み込まれているような錯覚を起こした。期日が来ればその鋏は容赦なく閉じていき、そして彼女の魂を喰らう。それが分かってしまったからだ。
 首に縄がかけられたような、崖の上で拘束されたまま立たされているような、そんな状況。
 彼女の背後は既に取られていて、俺が手を伸ばしても間に合うかどうかなんて分からない……そんな状態。

 いや、間に合わせるんだろ。間に合わせるんだ。
 この手が斬りつけられようと彼女を助けると決意しただろ。
 勇気を出せよ、下土井令一! 

「まずは、会話からだ」
「うん、じゃあ行こうか」

 紅子さんが一歩踏み出して、それから思い出したように振り返った。

「そうだ、アリシアちゃん」
「はい?」
「昨日の夜、アタシは黒猫を見かけたんだ」
「え……?」
「華野ちゃんに、この辺に猫が住んでるかとか、聞いてみたほうがいいよ」

 黒猫。
 昨日紅子さんが、俺に相談をしようとしたときに現れたというやつだな。
 俺は姿を見ていないが……紅子さんがいたというならいたんだろう。

「ねえ、お兄さん。キミの飼い主の気配とかは、する?」
「飼い主って……いつか噛み付く相手のことは飼い主なんて言わないって。で、あいつの気配? ずっと、この村には関わってるんじゃないかとは思ってるけれど」
「紅子さんがそう言うってことは、もしかして、もしかします?」

 アリシアがなにかに気がついたように口元を手で覆う。

 黒猫。

 黒猫といえば、アリシアとレイシーとは決別したチェシャ猫の姿を思い出すが。まさか、そんなことあるのか? 

「黒猫……っていうと、もしかしてこの前字乗あざのりさんの図書館であった事件の?」
「そう、その黒猫だよ。透さんも知ってたんだ」
「うん、字乗さんのお手伝いをしてるときにちょっと聞いたんだ」
「それなら話が早いねぇ」

 透さんは俺とはよくすれ違うが、あの大図書館でバイトしている。
 話を聞くこともなくはないだろう。

「ジェシュが、この村に……いるんですね?」
「確信はできないよ。でも、可能性はある」
「そうですか、でも、可能性だけでも嬉しいです。分かりました。華野にもその辺のことを訊いてみます」

 アリシアはそう言うと、パタパタと小走りになりながら食堂を出て行った。
 多分華野ちゃんの部屋だろう。

「行くか」
「うん」
「途中までは俺も一緒だね」

 紅子さんと、透さんと、俺の三人で資料館の裏にある森へ入る。
 頭上に広がる空は、この村に渦巻く状況とはまるで似つかわしくない蒼天と呼べるものだった。

 サクサクと地面を踏みしめながら数分。
 少し開けたその場所には大きな桜が咲き誇っていた。遅咲きの桜か、はたまた桜の樹の下に幽霊がいるからなのか、青空のもと、その光景は圧巻だった。
 そして、その桜色の海の下に古ぼけた木製の祠があり、その前には真っ白な少女が立っている。

 少女がこちらに気がついて振り向くと、俺は目を見開いた。

「紅子……さん?」

 いや、違う。
 祠の前にいる少女の髪は白く、その瞳は紫がかった黒。
 紫色の高級そうな着物の上から、真っ白な白装束を袖も通さずに羽織っている。
 紅子さんとは対照的で、似ても似つかない。

 なのにどうしてか、俺は直感的に〝似ている〟と感じていた。

「やあ、トオル。また会ったね」

 俺達三人に気がついて、白いその少女はそう言った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

翡翠のうた姫〜【中華×サスペンス】身分違いの恋と陰謀に揺れる宮廷物語〜

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
【中華×サスペンス】 「いつか僕のために歌って――」  雪の中、孤独な少女に手を差し伸べた少年。 その記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。  だがその才能は、早くも権力と嫉妬の目に留まる。中傷や妨害は次々とエスカレート。  やがて舞台は、後宮の派閥争いや戦場、国境まで越えていく。  そんな中、翠蓮を何度も救うのは第二皇子・蒼瑛(ソウエイ)。普段は冷静で穏やかな彼が、翠蓮のこととなると、度々感情を露わにする。  蒼瑛に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。  すれ違いながら惹かれ合う二人。甘く切ない、中華ファンタジー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...