初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

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密室なら襲えるんじゃない?

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公爵家の応接間に、午後の光が差し込んでいた。
庭からは噴水の水音、遠くで剪定ばさみの軽やかな音。

「ヴィンセント!」

思い立ったが吉日。
私は勢いよく彼の名を呼んだ。

「私と、今流行りの舞台を見に行きませんこと?」

「……今からかい?」

一瞬だけ驚いたように目を瞬かせるヴィンセント。
だが、すぐに柔らかく微笑む。

――今からで、問題ない。
むしろ、今がいい。

そう、これは侍女から聞いた情報だ。

最近流行りの舞台は、
肉欲で狂わされる大人向け。
薄暗く、個室が用意され、
雰囲気にあてられて致し始めてしまう方もいる……らしい。

舞台よ?
舞台。

ふっふっふ。

ここなら。
ここなら、既成事実も夢じゃない。

「すぐに準備して参りますわ!
少しだけ、こちらでお待ちになっていて?」

名残惜しそうに見つめてくる視線に、
心の中でガッツポーズを決める。

すぐ戻るからね。
待っててね。

――はやく、はやく。

部屋に戻ると、私は鏡の前で深呼吸した。

コルセットは……今日は、いい。
なくても問題ない。

なにせ元・悪役令嬢。
プロポーションには自信がある。

胸元のリボンは、少しだけ緩める。
揉みやすいように――じゃない、
苦しくないように、よ。

ドレスの下。
靴下を留めるガーターベルトの内側。

パンティは……
布が少なめで、指が滑り込みやすい仕様。

……何を準備しているの、私は。

でも、想像してしまう。

ヴィンセントの、あの綺麗な指が。
私の――

いける。
これは、いける気がする。

舞台で、卒業できちゃうのでは?

……せ、せめて。
口付けだけ。

急に弱気になる。

拳を握る。

頑張れ、私。
死んだら、出来ないぞ。

――ガタゴト、揺れる馬車。

向かい合って座るヴィンセントの隣に、
さり気なく距離を詰める。

腕に、乳が当たる。

これも前戯のうちよ?

どう?
私の胸。

柔らかいでしょ?
揉みたくならない?

馬車の中でも、いいのよ?

ちらっ。

……ヴィンセント、窓の外を見ている。

しょぼーん。

待って?
待って待って!?

……耳。

耳が、赤い。

ちょっとは、効果ある!

わざと、小さく声を漏らす。

「……んっ」

ヴィンセントが、びくっと肩を震わせた。

「……すごく……
揺れて……擦れちゃう……」

どう!?
ねぇ、どうなの!?
ヴィンセント!?

口付けくらい、して!?

……ガタン。

馬車が止まった。

……チッ。

舌打ちが、心の中で響く。

遠回りさせればよかったか……。

馬車の中で、ヴィンセントはしばらく動かなかった。
瞳を、ぎゅっと閉じている。

「……ヴィンセント?
行きましょう?」

「……ああ。
行こうか」

鮮やかに、華やかに始まる舞台。

……ま、まぁ!!

そんな!?
舞台の上で!?
観衆の前で!?

良いの!?
これ、良いの!?
捕まらないの!?

なんてこと!

……ちょっと待って。
これ、不倫もの?

あら、ダメよ。
バレちゃうわよ。

ほらー!
バレたー!

やるなら、相手の家でしなさいよ!

――って。

舞台に、夢中になってしまった。

……バカ。

私の、バカ。

隣を見ると、
ヴィンセントは思い詰めたような顔をしていた。

……なぜ?

帰りの馬車。

私は、意を決した。

胸のリボンを、
さり気なく解く。

「ヴィンセント……
ねぇ、こちらを向いてちょうだい?」

彼が、こちらを向く。

はっとした表情。

「……難しい顔をしていたけれど……
大丈夫?」

手を伸ばし、頬に掌を当てる。

そのまま、
わざとらしくならないように、
谷間を寄せて、小首を傾げる。

距離を詰める。
頬から額へ、掌をずらす。

熱を測るふり。

「……熱は?」

顔を、近づけ――

――バッ。

ヴィンセントが俯いて、
両手で私の肩を優しく押し、座らせた。

解けていた胸のリボン。
肩紐が滑り、
胸が、顕になる。

「……マリエッタ。
君は……」

俯いたまま、
深呼吸を繰り返すヴィンセント。

……なに?
なに、これ。

しばらくして、彼が顔を上げた。

はらりと解かれたドレス。
白くて、可愛い、
淡いピンクが乗った私の胸。

彼の両手は、
まだ私の肩にある。

……シーン。

空気が、固まった。

次の瞬間。

すっと、
素早く。

ドレスを、直す手。

解けた胸のリボンも、
するするっと。

あら不思議!

綺麗な、蝶々結び。

……ありがとうね。
直してくれて。

――ちがーう!!!

そうじゃない!!

パッと見上げた、その瞬間。

……ぞくり。

背筋が、震えた。

笑顔。
張り付いたような。

瞳孔が、
開ききった、ヴィンセントの目。

……あれ?

すごく、
こわい?

なにか、
まずいことをしてしまったかしら。

冷や汗が、つつーっと流れる。

そこで、馬車は止まった。

我が家。

「では、おやすみ。
愛しいマリエッタ?」

「……おやすみなさい、ヴィンセント」

彼の乗る馬車を、
ぼんやり見送った。

部屋に戻ると、
侍女が目を輝かせて聞いてくる。

「いかがでしたか?」

「……舞台は、
とても楽しめたわ」

舞台は、ね。

……しょぼーん。

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