初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

文字の大きさ
6 / 15

決壊寸前の理性

しおりを挟む
マリエッタから、唐突に舞台へ誘われた。

理由を問う間もなく、
彼女はいつも通りの笑顔で、
当然のように俺の腕に手を添えた。

……断れるはずがない。

馬車の中。
閉じた空間。
距離が、近い。

柔らかい――
そう、とても弾力があって、
掌に収めたら揉み心地が良さそうな、
その感触を想像した瞬間。

馬車が揺れた。

「……んっ」

短い声。
それだけで、身体が反応する。

俺は、びくっと肩を震わせた。

「……すごく……
揺れて……擦れちゃう……」

――やめろ。

瞳を、ぎゅっと閉じる。
視界を遮断し、
全力で、彼女の声だけを耳が拾い上げる。

……ダメだ。
拾い上げるな。
遮断しろ。

馬車が止まった。

今、立つのは少し不味い。
いや、かなり不味い。

頭の中に、
憎い顔が浮かぶ。

カスティン王子。

あの男を思い浮かべると、
熱が、嘘みたいに冷える。

……よし。

何事もなかった顔で、
笑顔を作り、
共に歩く。

だが、始まった舞台は――

なんだ、これは。
不倫、だと?

舞台上で、
堂々と。
観衆の前で。

……正気か?

隣を見ると、
マリエッタは食い入るように舞台を見ている。

細い腰。
柔らかそうな胸。
無防備な横顔。

……なんてことだ。

彼女が舞台に夢中になっている、その間。
明らかに、
隣席の個室から、
漏れ聞こえてくる情事の気配。

「……ぃく……
はぁ……
ぃく……ぃっちゃ……」

「お前の夫より、
俺のものがいいだろう?」

……聞くな。
聞くな。

俺の鼓動が、
嫌な音を立てる。

「やるなら、
相手の家でしなさいよ!」

マリエッタの、はっきりした声。

……待て。

彼女が、不倫に興味を抱いた?
今の言葉は、
そういうことか?

胸の奥に、
黒いものが、
一気に溢れかける。

……違う。
違うはずだ。

帰りの馬車。

「……難しい顔をしていたけれど……
大丈夫?」

心配そうな声。

手が伸び、
頬に、掌が触れる。

……近い。

近すぎる。

俺を、心配してくれている。
優しい、マリエッタ。

だが、今は――

ダメだ。

待ってくれ。

君の香りが、
近すぎる。

俺は俯いて、
両手で、彼女の肩を優しく押し、
座らせた。

そうだ。
諭さなければならない。

不倫は、
ダメなことだと。

確実に、
俺は、
あのようなことが起きたら、
血の海にする自信がある。

……間違いなく。

意を決して、
顔を上げた、その瞬間。

はらり。

解かれたドレス。

白くて、
可愛い。
淡いピンクが乗った、
マリエッタの胸。

俺の両手は、
まだ、彼女の肩にある。

……シーン。

空気が、固まる。

時間が、止まった。

次の瞬間。

すっと。
素早く。

ドレスを、直す。

解けた胸のリボンも、
するするっと。

……ダメだろう、これはもう。

理性が、
きしむ音を立てている。

今すぐ、
俺の熱を沈めてやろうか。

不倫なんて、
考えも付かないように、
身体に教え込ませて――。

俺は、
自分がどこまで耐えられるのか、
分からなくなっていた。

彼女がいない馬車の中で
沈ませ鳴かせ赦しを乞うマリエッタを想像しながら
揺れにまかせハンカチは白濁に汚れた。

「なんてことをさせるんだ…マリエッタ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

ずっと温めてきた恋心が一瞬で砕け散った話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレのリハビリ。 小説家になろう様でも投稿しています。

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

処理中です...