初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

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膝枕は正義!!

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……ちょっと、飛ばし過ぎた気もするわ。

あの日から、ヴィンセントの視線が変わった。
以前の穏やかさの中に、ふと混じる、深い色。

ほんの一瞬。
けれど、気づくと背筋がぞくりとする。

(……なに、あれ)

嫌じゃない。
むしろ、意識されているのが分かって、胸がきゅっとする。
けれど同時に、どこか――近づきすぎると、いけない気もして。

「……恋の駆け引きなんて、したことないもの」

鏡の前でそう呟くと、
背後の侍女が静かにため息をついた。

「あと二ヶ月もすれば、そんな悩みもなくなりますのに……」

「それはそれ。これはこれよ」

だって、あるでしょう?
恋人期間限定の、あれ。
今しかできない、初々しい距離感とか。

「……要は、初々しくいちゃいちゃなさりたいと?」

「……とにかく、ヴィンセント様を逃がしたくないのよ!」

思わず本音が出る。

「身体で繋ぎ止めようとすれば、
飽きたら……となることもありますよ?」

「えっ!? それは困るわ!!」

即答だった。

「ですから、心ですわ。絆」

「……心?」

ごくり、と喉が鳴る。

「まずは距離。次に、愛称」

「愛称!」

「距離が、ぐっと近づきます」

「……そして?」

「適度なスキンシップ」

「とは!?」

一拍。

「膝枕など、いかがでしょう?」

「それだ!!」

声が弾む。

そうよ。
私は何を勘違いしていたのかしら。

いきなり彼の膝に乗ることばかり考えていたけれど――
違う。

私の膝で、彼に寛いでもらう。
それが、自然。

距離を縮める、正解。

公爵家の庭。
東屋を抜ける風は柔らかく、花びらがひらひらと舞っている。

隣同士で腰掛け、
私は紅茶を一口。
クッキーを、サクリ。

(……今、よね)

タイミングを計る。

「ねぇ、ヴィンセント」

「なにかな?」

眉がわずかに寄る。
――警戒。

「眠くありません?」

……言い方、失敗した。

びくっと彼の肩が跳ねる。

「それは……どういう意味かな?」

「あ、えっと……
風も陽射しも柔らかくて……
眠くならないかな、って……」

(どうして私は、こう……)

私の膝、空いてます、の意図が
まるで伝わっていない。

自然に上目遣い。
小首を傾ける。

ほら。
ここ。

ヴィンセントの喉が、
ごくり、と鳴った。

「君を……大切にしたいんだ……」

掠れた低い声。

その一言で、
胸の奥が、じわりと温かくなる。

「……私も、ですわ」

勢いで続ける。

「では、今すぐ! ぜひ!!」

固まるヴィンセント。

……あ、言い過ぎた?

慌てて、自分の膝をぽんぽんと叩く。

「その……休憩、という意味で……」

数秒の沈黙のあと、
彼はまるで再起動するみたいに、
そっと頭を預けてきた。

ずしっ。

思ったより重い。
でも、不思議と嫌じゃない。

むしろ、
この重さが、嬉しい。

そっと手を伸ばし、髪に触れる。
撫でる。

……さらり。

指先に伝わる感触に、
思わず息を吸う。

(なに、これ……)

触れているだけなのに、
胸の奥が、きゅっと縮む。

ヴィンセントは目を閉じている。
眉が、わずかに寄っている。

(……今、よね)

喉が鳴る。

屈んで、声を落とす。

「……ヴィン。
私……あなたが、好き……」

風が止んだ気がした。

ぱちっ、と彼の目が開く。

近い。
思っていたより、ずっと。

呼吸が重なる。
彼の息が、頬にかかる。

逃げない視線。
逸らさない。

伸びてきた手が、
ためらいながらも、私の頬に触れる。

指先の熱で、
身体が、ぴくりと反応する。

胸が、勝手に上下する。

「ああ」

低い声。

「俺も……」

距離が、さらに詰まる。

「マリエッタが、大好きだ」

その言葉の重さに、
背筋が、じんと痺れる。

触れる前の一瞬。
唇と唇の間に、熱が溜まる。

――来る。

軽く。
本当に、軽く。

唇に触れた。

ちゅっ。

小さな音。
なのに、胸の中で鳴る音は大きい。

……!!

一瞬で、顔が熱を持つ。

触れていたのは刹那なのに、
唇に残る温度が、消えない。

呼吸が乱れる。
彼も、わずかに息を整えている。

――止まった。

ここで、止まった。

彼の視線が、一瞬だけ逸れる。
理性が、軋む気配。

それが、逆に分かってしまって、
胸がきゅっと締めつけられる。

起き上がったヴィンセントと、
その後は軽い口付けを何度も重ねた。

「ヴィン……ヴィンが、好き」

「……はぁ。
可愛い唇だ」

(……ねぇ)

何十回も軽く触れているのに、
どうして、深くならないの?

……はっ。

私が、口を開けないから?

そっと目を閉じ、
唇を、わずかに開く。

……こない。

……あれ?

息を吸う音。
甘い香り。

ぱく。

「……美味しいクッキーですわね」

「それは、よかった」

にこにこ笑うヴィンセント。

――瞳孔、開いてる。

ぞくり。

……あら?

別れ際。
唇に、軽く、ちゅっ。

これは、大進歩。

小躍りしながら戻ると、
侍女が親指を立てた。

「やりましたね!」

「ええ。
膝枕は、正義よ!」

ハイタッチ。

……はぁ。

ヴィンセントの唇。
ご馳走様でした。

ガッツポーズをしたマリエッタだった。

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