初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

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愛しい君と離れ難い

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名残惜しい、という言葉では足りなかった。

公爵家の門が視界に入った瞬間、現実が戻ってくる。
馬車が止まり、扉が開く。
夜の空気が、静かに流れ込む。

――帰らなければならない。

分かっている。
分かっているのに、胸の奥が静かに抵抗していた。

マリエッタを腕の中に引き寄せる。
言葉は、いらなかった。

彼女の体温。
近すぎる距離で、確かに存在している鼓動。

さっきまでの熱が、まだ身体に残っている。
消える気配はない。

――俺は。

喉の奥で、無意識に息を呑んだ。

離れる、という選択が、ひどく不自然に思えた。
もう、離れる側じゃない。
そう、思ってしまったのだ。

「……また、デートしてくださいますよね?」

彼女がそう言ったとき、胸が一気に締め付けられた。

ああ。
君も、同じだったんだ。

「当たり前だろう?」

自分の声は、驚くほど迷いがなかった。

口付ける。
深くはしない。ただ、確かめるように。

頬が触れ合い、息が近くで重なる。

「好きだ……大好きだ、マリエッタ」

言葉は、自然に落ちた。
隠す必要なんて、どこにもなかった。

「わたくしも……大好きです」

それだけで、十分だった。

彼女をもう一度だけ強く抱き締める。
離したくない衝動を、無理やり押し殺す。

――ここで離れなければ、戻れなくなる。

それほどまでに、もう、境界は曖昧だった。

名残惜しさを振り切るように、踵を返した。
馬車に乗り込み、扉が閉まる。

車輪が回り出す音が、夜に溶けていく。

窓越しに、彼女の姿が小さくなっていく。
それでも、視線を外せなかった。

――繋がった。

その確信が、静かに、だが重く胸に居座っている。

軽率だったとは、思わない。
後悔も、ない。

ただ。

こんなにも簡単に、覚悟が決まってしまうものなのか、と。
自分自身に、少しだけ驚いていた。

もしも。
もしも、あの中に――。

思考がそこまで辿り着いて、はっとする。

いや。
もう、考えない理由はない。

守る。
それだけだ。

彼女と、彼女の中に宿ったかもしれないものを。
たとえ、それが“もしも”であっても。

「なんてことをさせるんだ……マリエッタ……」

呟いた声は、責める調子ではなかった。
むしろ、静かな決意に近い。

自分から差し出した“ご褒美”だったはずなのに。
与えられたのは、俺の方だ。

未来への責任。
戻れない一線。

それを、彼女は無自覚なまま、俺に渡していった。

馬車の揺れが、次第に規則的になる。
夜が深まり、街灯が流れていく。

それでも、胸の奥の熱は冷えなかった。

離れ難い。

それは、名残惜しさではなく。
もう、帰る場所が変わってしまった感覚だった。

――次に会うとき。

そのときは、もう。
今までの俺ではいられない。

そう、はっきりと分かっていた。

俺は、ぎゅっと目を閉じた。

次は、馬車以外にしてもらおう。

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