62 / 89
扉を開いた先で君に。if~扉を開けた時間軸の世界~
しおりを挟む
バスローブ姿のまま、姿見の前に立つ。
夜の灯りに照らされて、鏡の中の自分が、少しだけ現実離れして見えた。
そっと、紐を解く。
布が床に落ちる音が、やけに大きく響いた。
一糸まとわぬ姿が、静かな部屋にさらされる。
……うん。
悪くない。
というか、かなり良い。
肩から腰へ続く線。
無駄の削ぎ落とされた腹部。
脚のラインも、きちんと締まっている。
夜の光に照らされた肌は、陶器みたいに滑らかで。
思わず、ひとりで頷いた。
裸婦画とか、残したくなる人の気持ちが分かる。
これは……分かる。
「……よし」
小さく声に出して、満足する。
その時だった。
コンコン。
一瞬、身体が強張る。
ドアの方を見る。
でも、すぐに違和感に気づいた。
……違う。
この音は、扉じゃない。
もう一度。
コンコン。
風の音と混じる、控えめな打音。
……バルコニー?
心臓が、きゅっと縮む。
この時間に?
誰が?
夜の庭は暗く、月明かりだけが石畳を照らしているはずだ。
そこに、人影があるなんて――。
慌ててバスローブを掴み、身体に巻き付ける。
一歩、後ろへ下がった、その瞬間。
「……マリエッタ?」
夜気に溶ける、低い声。
……え?
胸の奥が、一気に跳ね上がる。
「……ヴィン?」
「……ああ。マリエッタ。俺だ」
聞き間違えようのない声。
何度も、何度も呼ばれてきた声。
でも。
「こんな夜に……どうしたの?」
しかも、正面玄関でも、応接でもなく。
バルコニーから、なんて。
「……開けてくれるか?」
一瞬、喉が鳴った。
外の空気は冷えているはずなのに、
こちらの頬が、急に熱を持つ。
バスローブ姿。
それに――今は、完全にサプライズ準備中。
ここで会ったら、全部が崩れる。
「……だめっ!!!」
思わず、声が裏返った。
向こうで、息を詰める気配。
「……今は……逢えない」
できるだけ、柔らかく。
でも、はっきりと。
「なぜだ!? なぜだ……マリエッタ!!」
焦りを含んだ声が、夜に響く。
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
……違う。
拒んでいるわけじゃない。
そう分かってほしくて、私は一度、深く息を吸った。
「……い、今……私……」
口を開いた瞬間、頭が追いつかない。
「……素っ裸なの!!!」
――あっ、違う!
自分で言っておいて、即座に後悔する。
「っ! ち、違うの! バスローブは着てる!」
何を説明しているんだろう、私。
バルコニーの向こうで、沈黙が落ちた。
……あ、今のは、完全に変なやつだ。
「……えっと……」
焦って、言葉が迷子になる。
「て、手だけでも……いい?」
夜気に混じって、彼の気配が揺れた。
「……ヴィンのために、頑張ってるところなの!」
言い切ると、少しだけ胸を張る。
「だから……私を信じて、待ってて?」
一拍。
さらに、勇気を振り絞る。
「……私には、あなたしかいないの。
愛してる、ヴィン」
言葉の代わりに、扉の隙間から伸びてきた手が、そっと私の指を取った。
次の瞬間。
――ちゅ。
手の甲に、口付け。
離す気なんて、最初からないみたいに、ぎゅっと指が絡め取られる。
たった三日。
それだけ会えなかっただけなのに。
絡む指が、その時間を埋めるみたいに、熱を伝えてくる。
「……こんなに、我慢が必要だと思ってなかったの」
本音が、ぽろりと落ちた。
彼の親指が、私の指先をなぞる。
「……裏切らないためにも、応援して?」
自分で言っておいて、ちょっと図々しい。
でも――。
くすっと、低い笑い声が返ってきた。
「……仕方ないな」
その声が、優しくて。
「……待つ。
だから――逃げるな」
「……うん」
私は絡んだ指を、きゅっと握り返した。
……逢いたかった。
……今すぐ、扉を開け放ってしまいたい。
でも。
手だけを差し出した夜は、
それだけで、胸がいっぱいになるほど、愛に満ちていた。
指に触れる唇の感触。
柔らかくて、あたたかい。
次の瞬間、
ぬるり、と湿った感触が指先をなぞった。
吸うでもなく、噛むでもなく、
確かめるみたいに、彼の舌がゆっくりと絡め取る。
ぞく、と背中を熱が走る。
思わず、身体がびくっと揺れた。
「……ふ、あっ……ヴィン……くすぐったい……」
低く、楽しそうな息が返ってくる。
「……神殿で……待ってて?」
一瞬の間。
「……ああ。必ず」
名残惜しく、扉が軽く、パタンと閉じられた。
ふっと、消える。
残ったのは、彼の甘い空気と、
バルコニーに漂う、微かな魔力の残滓だけ。
……帰った。
……寂しい。
夜の静けさが、戻る。
私は扉にもたれたまま、天井を見上げて思った。
……もう、今。
そのまま流されても、よかったんじゃない?
――いや、だめだ。
脳内は完全に台無しである。
それでも、口元が緩んでしまうのを、止められなかった。
夜の灯りに照らされて、鏡の中の自分が、少しだけ現実離れして見えた。
そっと、紐を解く。
布が床に落ちる音が、やけに大きく響いた。
一糸まとわぬ姿が、静かな部屋にさらされる。
……うん。
悪くない。
というか、かなり良い。
肩から腰へ続く線。
無駄の削ぎ落とされた腹部。
脚のラインも、きちんと締まっている。
夜の光に照らされた肌は、陶器みたいに滑らかで。
思わず、ひとりで頷いた。
裸婦画とか、残したくなる人の気持ちが分かる。
これは……分かる。
「……よし」
小さく声に出して、満足する。
その時だった。
コンコン。
一瞬、身体が強張る。
ドアの方を見る。
でも、すぐに違和感に気づいた。
……違う。
この音は、扉じゃない。
もう一度。
コンコン。
風の音と混じる、控えめな打音。
……バルコニー?
心臓が、きゅっと縮む。
この時間に?
誰が?
夜の庭は暗く、月明かりだけが石畳を照らしているはずだ。
そこに、人影があるなんて――。
慌ててバスローブを掴み、身体に巻き付ける。
一歩、後ろへ下がった、その瞬間。
「……マリエッタ?」
夜気に溶ける、低い声。
……え?
胸の奥が、一気に跳ね上がる。
「……ヴィン?」
「……ああ。マリエッタ。俺だ」
聞き間違えようのない声。
何度も、何度も呼ばれてきた声。
でも。
「こんな夜に……どうしたの?」
しかも、正面玄関でも、応接でもなく。
バルコニーから、なんて。
「……開けてくれるか?」
一瞬、喉が鳴った。
外の空気は冷えているはずなのに、
こちらの頬が、急に熱を持つ。
バスローブ姿。
それに――今は、完全にサプライズ準備中。
ここで会ったら、全部が崩れる。
「……だめっ!!!」
思わず、声が裏返った。
向こうで、息を詰める気配。
「……今は……逢えない」
できるだけ、柔らかく。
でも、はっきりと。
「なぜだ!? なぜだ……マリエッタ!!」
焦りを含んだ声が、夜に響く。
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
……違う。
拒んでいるわけじゃない。
そう分かってほしくて、私は一度、深く息を吸った。
「……い、今……私……」
口を開いた瞬間、頭が追いつかない。
「……素っ裸なの!!!」
――あっ、違う!
自分で言っておいて、即座に後悔する。
「っ! ち、違うの! バスローブは着てる!」
何を説明しているんだろう、私。
バルコニーの向こうで、沈黙が落ちた。
……あ、今のは、完全に変なやつだ。
「……えっと……」
焦って、言葉が迷子になる。
「て、手だけでも……いい?」
夜気に混じって、彼の気配が揺れた。
「……ヴィンのために、頑張ってるところなの!」
言い切ると、少しだけ胸を張る。
「だから……私を信じて、待ってて?」
一拍。
さらに、勇気を振り絞る。
「……私には、あなたしかいないの。
愛してる、ヴィン」
言葉の代わりに、扉の隙間から伸びてきた手が、そっと私の指を取った。
次の瞬間。
――ちゅ。
手の甲に、口付け。
離す気なんて、最初からないみたいに、ぎゅっと指が絡め取られる。
たった三日。
それだけ会えなかっただけなのに。
絡む指が、その時間を埋めるみたいに、熱を伝えてくる。
「……こんなに、我慢が必要だと思ってなかったの」
本音が、ぽろりと落ちた。
彼の親指が、私の指先をなぞる。
「……裏切らないためにも、応援して?」
自分で言っておいて、ちょっと図々しい。
でも――。
くすっと、低い笑い声が返ってきた。
「……仕方ないな」
その声が、優しくて。
「……待つ。
だから――逃げるな」
「……うん」
私は絡んだ指を、きゅっと握り返した。
……逢いたかった。
……今すぐ、扉を開け放ってしまいたい。
でも。
手だけを差し出した夜は、
それだけで、胸がいっぱいになるほど、愛に満ちていた。
指に触れる唇の感触。
柔らかくて、あたたかい。
次の瞬間、
ぬるり、と湿った感触が指先をなぞった。
吸うでもなく、噛むでもなく、
確かめるみたいに、彼の舌がゆっくりと絡め取る。
ぞく、と背中を熱が走る。
思わず、身体がびくっと揺れた。
「……ふ、あっ……ヴィン……くすぐったい……」
低く、楽しそうな息が返ってくる。
「……神殿で……待ってて?」
一瞬の間。
「……ああ。必ず」
名残惜しく、扉が軽く、パタンと閉じられた。
ふっと、消える。
残ったのは、彼の甘い空気と、
バルコニーに漂う、微かな魔力の残滓だけ。
……帰った。
……寂しい。
夜の静けさが、戻る。
私は扉にもたれたまま、天井を見上げて思った。
……もう、今。
そのまま流されても、よかったんじゃない?
――いや、だめだ。
脳内は完全に台無しである。
それでも、口元が緩んでしまうのを、止められなかった。
18
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
薔薇の令嬢はやっぱり婚約破棄したい!
蔵崎とら
恋愛
本編完結済み、現在番外編更新中です。
家庭環境の都合で根暗のコミュ障に育ちましたし私に悪役令嬢は無理無理の無理です勘弁してください婚約破棄ならご自由にどうぞ私ちゃんと手に職あるんで大丈夫ですから……!
ふとした瞬間に前世を思い出し、己が悪役令嬢に転生していることに気が付いたクレアだったが、時すでに遅し。
己の性格上悪役令嬢のような立ち回りは不可能なので、悪足掻きはせず捨てられる未来を受け入れることにした。
なぜなら今度こそ好きなことをして穏やかに生きていきたいから。
三度の飯より薔薇の品種改良が大好きな令嬢は、無事穏便な婚約破棄が出来るのか――?
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる