初体験しないまま死にたくなかった悪役令嬢

ChaCha

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ヒョロガリが大変なことに繋がった※

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「ん゛ー!!!!」

声が零れた瞬間、抱き寄せられる。
逃げ道を塞ぐような動きだった。

内側で脈打つ熱が、はっきり分かる。
頭が惚けて、考える前に身体が受け止めてしまう。

ぎゅっと抱き締められ、重みがそのまま降ってきた。
覆われる、という感覚に近い。

「…可愛すぎる」

息の位置が近い。
低く、落ち着いた声。
冗談でも、戯れでもない。

「はぁ…はぁ…もうダメ!
    今日は終わり!寝たいの!!」

一瞬、間。

「…寝る?」

確認するようでいて、答えは決まっている声音。
逃がす前提が、最初からない。

あー……。
推しの声が、ぞくりと背中を走る。
それだけで、身体が勝手に反応してしまう。

ダメだ、と思う前に。

ふっと、笑ったような吐息。
離れない距離。

くちゅ。ぐちゅり。
ぬちゅりと擦り付けるように、内側を掻き混ぜる気配。

気持ち…いい…腰が、くねってしまう。

ハッとする。違う! そうじゃない!

「そっちの寝るじゃない!」

喉の奥で、低く鳴る音。
笑っている。
分かっていて、わざとだ。

本当に、困った夫だ。

ぽすん、と。
胸板に顔を埋める。

視界を塞ぐつもりが、逆だった。

温度も、匂いも、呼吸も。
全部、ここにある。

……ん?

そういえば。

魔術師団長子息には、ヒョロガリの印象があった。
細くて、線が頼りないような。

でも、目の前にいるヴィンセントは違う。

筋肉が、しなやかに付いている。
過不足がなく、無駄がない。
逃げ場を与えない身体だ。

筋肉。

筋肉むふふ、である。

ローブの下の姿を、スチルで見たことはある。
でも……記憶より、ずっと……まるで、別の個体だ。

「…ヴィンは、どうしてあのヒョロガリじゃなく…コホン。身体つきがシッカリとしているの?」

空気が、静かに冷えた。
冷たくなったのは、温度じゃない。

「……」

返事はない。
視線だけが、ゆっくり落ちてくる。

「誰の身体と、俺を比べた……」

低い。
怒りより先に、確信のある声音。

びくっ、と肩が跳ねる。

「え?!そ、そ、そ、そんなことなくてよ?
 比べたことなんてないわ!」

肩を両手で掴まれる。
力は強くない。
でも、逃げられない位置取りだった。

覗き込まれる。

瞳孔が、ガン開きである。

「……言え。手荒な真似をされたくはないだろう?
    まぁ、比べた相手は死ぬがな」

本気だ。
冗談でも、脅しでもない。

死んじゃダメ!!
本人が本人を殺ると……
えーっと、それはだから、
それ、ブーメランであなたがあの世行きよ!?

「あっ、んぅー!まっ…んっ…はぁ…ひっ…」

声が、勝手にほどけた。

焦らされ、嬲られ、達したくて出来なくて、
息は乱れ、涙も鼻水も止まらない。

どれだけ詰め寄られても、答えはひとつしか出てこない。
考えていない。
選んでいない。

「ヴィンだけ…だから…もうゆるして…」

それ以外は、最初から、知らない。

抱き込まれる。
逃がす気のない腕。

そして、意識が、すとんと落ちた。


翌日。

目を覚ました瞬間、
カチャリ、と鈍い音がした。

足元からだ。

……え?

視線を落とす。
そこにあったのは――鎖だった。

なぜ。
どうして。

「……どういうことですの?」

自分の声が、やけに冷静に響いた。

コンコン。

寝室の扉がノックされる。

「……どうぞ」

返事をすると、侍女がワゴンを押して入ってきた。

そして。
はっ、と息を呑んだ。

一瞬、沈黙。

互いに、目が合う。

「……なぜかしら?」

問いかけると、侍女は一拍置いて口を開いた。

「……奥様に、身に覚えがないということですか?」

淡々とした声音のまま、
ベッド脇に卓を整え、
紅茶とレモンスフレを並べる。

「……筋肉の話……かしら」

侍女がキョトンとした顔で返す。
「筋肉……で、ございますか?」

「ヴィンセントの身体が、しっかり筋肉を主張しているのよ」

本当にね、筋肉むふふで、
汗がつたう身体がきらめいているのよね。

「……よいことですね」

即答だった。

一つ、咳払いをしてから、
「魔術師って、ヒョロヒョロのガリガリなイメージ、ない?」

「まあ……魔術師の種類によりますね」

……あっ。

そうよね。
魔術にも、色々と種類がある。

「ヴィンセントは……どの種類だったかしらね」

「えっ」

……え、って何よ。

今さら、みたいな反応じゃない。
でも。

今さら、か。
確かに。

「戦闘魔術師でいらっしゃいますよね?」

「……そうなの?」

自分の声に、はてなマークが付いた。

沈黙。

正直、思い出したくはない。
学園で、あの腐れ王子の隣にいなければならなかった頃――
他所に目を向けると、すぐにチェックが入った。

前世の記憶が戻るまで、
やらかさないかと、腐れ王子を極力視界に入れていた。
尻拭い役が板についてしまった弊害で、
先回りの監視が癖になっていた。

「……事情は察しました」

侍女は、静かに頷く。

「旦那様は、恐らく……他者。
    別の男性と旦那様の身体を、奥様が比べられた、と」

「……ふむ」

「……比べるほどに、肌を見る機会があった、と」

「へ? ヴィンセントの肌以外を、見たことも触ったこともないわよ!?」

「……ええ。存じております。
    ですが……旦那様は、そうは受け取られなかった可能性がございます」

「まあー!!!
 そんなことがあって!???」

カチャリ。

鎖の音が、返事をするように鳴った。

思わず、侍女と見つめ合う。
そして、同時に頷いた。

「どうしたら……外してくれると思う?」

……

間が長い。

……

長年仕えてくれている、私の優秀な侍女!
お願い!

侍女が、ゆっくり口を開く。

「戯れの延長として……命令、してみては?」

今なんと?

「戯れ……命令?」

ゴクリ、と喉が鳴る。

「主導権を握るのです」

こくん、と再び頷き合う。

「さすがね、あなた天才だわ!」

……そうね。
そうよね。

やるしか、ないわよね……。

紅茶を一口。
レモンスフレを口に運ぶ。

「今日も美味しいわ。
レモンスフレ……爽やかな気持ちにしてくれたわ」

「厨房へ、伝えておきます」

優秀な屋敷の者たちに、心から感謝したのだった。

夕方。

廊下に、迷いのない足音が響く。
コツコツ、と規則正しい音。

寝室の扉が、カチャ、と開いた瞬間。

ほっとした顔が、すぐそこにあった。
そのまま、抱き締められる。

背中に手を回して、ぽんぽんと軽く叩く。

「おかえりなさい、ヴィン」

「ああ。ただいま、愛しいマリエッタ」

カチャリ。
足元で、鎖の音が鳴った。

「夕食は、寝室で?」

「……そうしよう」

「朝、レモンスフレがとても美味しかったの。ぜひ、ヴィンにも食べてもらいたいわ」

呼びかけに、間が空いた。

「あ、ああ……では、次の機会に食べよう」

私は、いつもと変わらない。
ただ、足首に鎖というアクセサリーが付いているだけ。

それなのに。
なぜか彼は、拍子抜けしたような表情を浮かべてから、
甘い笑顔で視線を絡め、頷いた。

変わらない。
幸せな空間が、そこにある。

「……ヴィンが帰宅するまでに、身を清めてお迎えしたかったのに」

――そう。
お風呂に浸かれないのだ。

ぴくり、と彼の反応が遅れて出る。

顔を上げて、にっこり笑う。

「数日ぶりに、ヴィンと一緒にお風呂に入れますね!」

赤面するのが、はっきり分かった。

「……その。不便を……かけたな」

「まぁ。些細なことですわ」

――今日、今。
外してくれるのでしょう?

ほら。
ここ、見て?

ベッドに腰掛けたまま、足首を差し出す。
あなたが付けた鎖、見えるでしょう?

ドサッ。

彼は、その場に跪いた。
両手で足を包み、愛おしそうに口付ける。

足先へ。
鎖のある足首へも。

顎を、足先でくいっと持ち上げる。

「いけない子ね? 私の許可もなく、勝手に付けてはいけません」

喉が、ゴクリと鳴った。

首筋を、足先でつつ、と撫でる。

彼は足首に頬を寄せ、目を閉じる。

「罰として……私の身体を、清めなさい」

こくり、と頷いた。

鎖が外される。
腕に抱かれて、湯殿へ。

丁寧に、身体を清められ、髪を洗われる。
夜着まで着せられて。

「ソファへ、降ろしなさい」

ゆっくり、丁寧に沈む身体。

――褒められたそうな顔をしている。

「まぁ。ご褒美があるとでも?」

ショックを受けたような表情。

……あら、可愛い。

「そんなに欲しいなら……自分で、触りなさい」

肩がびくっと跳ねる。
床に膝立ちになり、バスローブを外し、こちらを見たまま従う。

ぬちぬちと、水音が耳に届く。
息を詰めて、熱に揺れる身体。
私から、視線を外さない瞳。

「ふふ。良い眺めね」

少し冷ややかな声を意識して、視線を落とす。

甘い吐息。

「……マリエッタ。許してほしい」

水音が、だんだんと激しくなる。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……

荒くなっていく吐息で、もうすぐなのね、と分かる。

「床を汚さないように、なさい」

あとで掃除が大変になるでしょう?

「……う、あ……」

熱が、布に吸い込まれた。

肩で、息をする彼。
潤んだ瞳が、やけに色っぽい。

「では……夜も更けましたし、寝ましょうね?」

にっこりと、笑顔で圧を落とす。

「……ああ」

私は、彼を尻目に、さっさと歩き出す。
振り返らない。
足音だけが、先に寝室へ向かう。

そのまま、ベッドへ。
迷いなく、するりと身体を滑り込ませる。

背後の気配が、遅れてついてくる。

「おいで。私の、愛しいヴィン?」

けれど、すぐには動かない。

一拍。
呼吸を整えるような、わずかな間。

それから、静かに。
引き寄せられるように、ベッドへ入ってきた。

ぎゅっと抱き締められる。

「筋肉は、大好きですわ」

抱き締める力が、増した。

「今さらですけれど……魔術師は皆、筋肉がないものだと思っていましたの」

「……」

「ヴィンセントと、ヴィンを比べてしまいましたわ」

「俺と、俺を?」

「そうですわ。
   妄想の世界と、
   今ここにいる、私の夫と」

……沈黙。

腕の力が、ゆるやかになる。

――あら。
いけた、気がする。

私から、軽く口付けを落とす。

「私には……生まれる前も、
    この世界で生きている今も、
    ヴィン以外の身体を知りませんわ」

「ああ……マリエッタ。愛している」

「わたくしも、愛していますわ」

その夜。
鎖の音は、もう鳴らなかった。

久しぶりに、朝までゆっくり眠った。
爆睡である。

マリエッタは、思った。

――鎖がなくても、
もう一年、ランデル侯爵邸の敷地から出ていないのだから。
繋がれているようなものなのに、と思うと少し可笑しい。

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