モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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騎士科と治癒魔術科

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学園の正門を抜けた先、視界は一気に開けた。

白い石畳が放射状に伸び、中央には大きな中庭。
噴水の水音がやわらかく響き、回廊の影がゆっくりと地面をなぞっている。
その先には、四阿、池、温室、訓練場――
「学ぶための街」が、そのまま一つの学園になったような光景だった。

(……でっか……)

思わず心の中で呟く。
ゲーム画面越しに見ていたはずなのに、現実として立つと圧が違う。

学科は全部で十二。
入学式を終えたばかりの新入生たちは、色分けされた導線に従って自然と流れていく。

魔術科、騎士科、治癒魔術科――
この三つは隣接していて、学園の中でも人通りが多い区画だ。

「じゃ、ここで分かれるな」

隣を歩いていたヴィルが、足を止めた。
赤茶色の髪に、騎士科の制服。
この学園ではまだ“よくいる騎士科の学生”にしか見えない。

「え、もう?」

「騎士科はあっち。治癒魔術科は……ほら、あの回廊の先だろ」

指さされた方向を見る。
白い柱が並ぶ回廊の奥に、淡い緑色の旗が揺れている。

「迷うなよ」

「迷わないってば。学園マップ頭に入ってるし」

「……は?」

ヴィルが怪訝な顔をする。

「あ、いや、なんでもない」

(ゲーム脳が出た……)

危ない危ない。
今は“乙女ゲーム世界に転生したモブ令嬢”として生きるんだった。

「じゃあ、昼にでも会うか?」

「んー……うん。時間あったら」

その言葉に、ヴィルは少しだけ安心したように頷いた。

「無理すんなよ。初日だし」

「ヴィルこそ。騎士科、訓練きついんでしょ?」

「まあな。でも俺、慣れてるし」

そう言って、軽く手を振る。

ここは、イベントも発生しない。
分岐にも関与しない。

――そういう場所。

(推しがいる世界なのにな…私はモブ…)

私は首を振って、治癒魔術科の方へ足を向けた。


回廊を抜けると、空気が変わった。

魔術科側は、魔力の奔流みたいな圧を感じるのに対して、
治癒魔術科は、静かで、やわらかい。

植物の香り。
薬草を煮出す匂い。
白衣に近いローブを纏った学生たちが、落ち着いた足取りで歩いている。

(……好きだな、この空気)

辺境で育った身としては、
誰かを“支える”魔術の空気感は落ち着く。

「ここが……治癒魔術科……」

教室の扉の前で、深呼吸。

(私は、ヒロインじゃない)

(でも――)

ヒロインの恋を、
安全圏から眺めるくらいは、許されてもいいよね?

そんなことを考えながら、扉を開けた。

 

――その頃。

騎士科の導線に入ったヴィルは、ふと足を止めて振り返った。

治癒魔術科の回廊。
その奥に、もう見えなくなった幼馴染。

(……なんだ今の…いきなり知らない奴になったような…)

胸の奥に残った、言いようのない感覚。

「……変なやつ」

そう呟いて、前を向く。

(アイナは、アイナだ)

そこまで考えて、ヴィルは首を振った。

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