モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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野外訓練三日目

朝靄が、まだ地面に低く張りついている。
湿った空気を吸い込むだけで、肺が重く感じられた。

昨日までの雨は上がったものの、地面はぬかるみ、草は水を含んでいる。
両腕と両足に装着された重りが、容赦なく存在感を主張していた。

魔物や動物との遭遇。
二日目までの連携が驚くほど上手くいったおかげで、班全体に妙な余裕が生まれている。

――気持ちの上では、だ。

治癒魔術科は、実際のところ半分ほど死にかけていた。

筋肉。
いや、正確には体力。

ゴリゴリに削られ、脚は鉛のように重く、腕は上がらない。
魔力を回せば、今度は意識が遠のきそうになる。

「ダンベルの回数……増やしとけばよかった……」

地面に座り込みそうになった治癒魔術科の男子が、虚ろな目で呟く。

「バフ、かけます?」

隣の女子が気遣うように声をかける。

「……バフ切れた時、あの世見えるやつだろ、それ」

「やめて、縁起でもない」

そんな会話に、思わず笑いが漏れた。

「今日が終わったら、あと二日だから!」

私は声を張り上げる。

「今、朝だよ」

即座に返される冷静なツッコミ。

「……それは言っちゃダメ」

あははは、と乾いた笑いが広がった。

騎士科は相変わらずだ。
疲労は見えるのに、動きは崩れない。
重りを付けたままでも、陣形の切り替えは早く、指示は的確。

その中心にいるのが――

エルンスト。

彼は前に出過ぎない。
だが、最初に異変に気づき、最後まで目を配る。

魔物の気配。
風向き。
仲間の呼吸。

すべてを自然に把握しているようだった。

(……本当にすごいな)

戦いの中心に立つ人ではなく、場を安定させる人。
その背中は、静かで、揺るがない。

夕方になる頃には、さすがに全員が限界に近づいていた。
それでも、致命的なミスは一度もない。

各班の絆が、確実に強まっているのがわかる。

野外訓練。
過酷だけど、理にかなっている。

両腕両足の重りを見下ろしながら、ほんの少しだけ、そう思った。

夜。

焚き火の音が、ぱちぱちと静かに響く。
見張り役に立ったのは、エルンストだった。

昼間、誰よりも動いていたのに、夜も率先して前に出る。
その姿を見ていると、胸の奥が、ちくりとする。

(……今しかないよね)

いつも守ってもらっている。
助けられている。
それなのに、ちゃんとお礼を言ったことがなかった。

夜の冷たい空気を吸い込み、私は一歩踏み出す。

勇気が、少しだけ必要な夜になりそうだった。


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