モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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ヴィルと寮までへの道

夕暮れの回廊は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
三科合同訓練と、その後の自習時間。
頭も身体も使い切ったあと特有の、少しぼんやりした空気が漂っている。

石畳を踏む音が、規則正しく二つ並ぶ。

「だから、言っただろ?」

隣を歩くヴィルが、肩をすくめた。

「ヒヨコの魔術科は手に負えないって」

「身をもって知ったよ……」

アイナは遠い目で頷く。

「重り2倍は神装備だった」
「ははっ、ぷはっ! くくく」

堪えきれなかったように、ヴィルが噴き出す。
その笑い方は、昔から変わらない。

「いやほんとさ、なかったら今ごろ治癒される側だった」
「それは否定しないな」

軽口を叩き合いながら、自然と歩幅は揃う。
この距離、このテンポ。
考えなくても続く会話。

幼馴染という関係が、身体に染みついている。

「でもさ」
「ん?」
「治癒魔術科でよかったよ。あれを前線で受け止めるの、正直無理」

アイナは小さく笑った。

「私も。魔術科だったら、たぶん今ごろ反省文百枚」
「百で済むか?」
「千?」
「最低千」

二人で顔を見合わせて、また笑う。

わちゃわちゃとした会話のまま、寮への分かれ道が近づいてくる。
夕焼けが石壁を赤く染め、影が長く伸びていた。

(このあと……)

アイナの思考が、ふっと別の方向へ逸れる。

(……いつものベンチで……)

無意識だった。
ただ、それだけで胸の奥がふわりと緩む。

自覚した瞬間、はっとして口元を引き締める。
でも、遅かった。

「……今、何考えてた?」

低く、近い声。

「え?」

次の瞬間、アイナは腕を掴まれていた。

「っ……!」

思わず足を止める。
ヴィルの手は強くもなく、乱暴でもない。
けれど、逃げる余地を残さない位置だった。

「何か、俺に隠し事してない?」

至近距離。
覗き込まれるような視線。

アイナの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。

(……なに、この感じ)

今まで何度も向けられてきたはずの瞳。
なのに、今日は違う。

探るようで、測るようで。
どこか、確かめる色を帯びている。

「……な、何もないよ?」

声が、ほんの少しだけ上ずった。

ヴィルは何も言わない。
ただ、じっと見つめてくる。

時間にすれば、ほんの一瞬。
けれど、やけに長く感じられた。

(……見られてる)

心の奥を。
考えかけたことを。
その先にある感情を。

知られたくない、というより——
触れてほしくない、と思ってしまった。

一拍。

「……いや」

ヴィルは、ぱっと手を離した。

「気のせいか」

そう言って、いつもの調子で肩をすくめる。

「疲れてると、顔に出るぞ」
「……それ、ヴィルもね」

なんとか絞り出した言葉に、彼は小さく笑った。

「かもな。じゃ、また明日」

「……うん。おやすみ。また明日」

いつもと同じ別れの挨拶。
いつもと同じ背中。

けれど。

ヴィルが歩き去る背中を見送りながら、アイナはその場に立ち尽くしていた。

(……嫌な感じ)

はっきりと言葉にできない。
でも、確実に残る違和感。

胸の奥が、きゅっと縮む。

(……見られてた?)

今日のこと。
午後のこと。
図書室での話。
そして——

(……ベンチのこと)

一度そう思うと、視界の端が気になって仕方がない。
足音の反響。
誰かの気配。

アイナは、思わず振り返った。

……誰もいない。

「……考えすぎ、だよね」

自分に言い聞かせるように呟き、首を振る。

ヴィルは幼馴染だ。
心配性で、口が悪くて、面倒見がよくて。

——安全圏。

そう、何度も思ってきた。

それなのに。

(……なんで、こんなに落ち着かないんだろ)

胸の奥に残る、冷たいざわめき。

アイナは無意識に、ベンチのある方角を見てしまい——
はっとして、慌てて視線を逸らした。

「……今日は、部屋に戻ろ」

そう小さく決めて、歩き出す。

背中に、誰かの視線を感じた気がして。

アイナは、少しだけ足早になった。


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