モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

文字の大きさ
103 / 209

週末当日、野外訓練の準備

週末の街は、学園とはまるで違う顔をしていた。
石畳に反射する陽の光、人の笑い声、焼き菓子と香草の匂いが混ざり合う空気。
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。

今日は治癒魔術科B班で、野外訓練の準備を整える日だ。
実戦続きの訓練を思えば、これはもう遠足に近い……はずだった。

「アイナ、これどう思う?」
「それ、前回すぐ底ついたやつじゃん」
「学習してないな!」

わいわいとした声に囲まれながら、私は棚の前で立ち止まる。

「これかな」

手に取ったのは、乾燥野菜と豆、干し肉が詰め込まれた小袋。
魔力を少し流すと、お湯を注いだ瞬間に具沢山のスープになる便利品だ。

「おお、いいじゃん」
「俺、こっち。肉が倍入ってるやつ」
「それ絶対、後で喉乾くやつだよ」

笑い声が弾む。
前回の地獄のような合同訓練を経て、みんなの準備はやけに実践的だ。

(こういう時間、嫌いじゃないな)

心の奥が、少しだけ軽くなる。
エルンストとの約束は、今日は別。
班の準備を優先すると決めたのは、自分だ。

……決めた、はずだった。

カラン。

店のドアベルが鳴った、その音がやけに大きく聞こえた。

反射的に、顔を上げる。

――青い髪。

それだけで、心臓が強く跳ねた。

(……うそ)

背筋が、ぞわっとする。
視線が合う前から、分かってしまう。
立ち姿、空気のまとい方、歩幅。

エルンストだ。

「こんにちは!」

班の子たちが、屈託なく声をかける。

「エルンスト君も買い出し?」
「騎士科も大変だね」

エルンストは穏やかに微笑んだ。

「ああ。準備不足で困るのは、現地だからね」

その声が、いつもより少し低く聞こえたのは気のせいだろうか。

「奇遇だね。一緒に回っても?」

自然な提案。
断る理由なんて、どこにもない。

「もちろんです!」
「人数多い方が楽しいし」
「いいよね、アイナ?」

視線が集まる。

「う、うん……」

答えた瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。

エルンストが、一歩、距離を詰める。
本当にさりげなく、班の輪の内側に入るように。

棚を覗くふりをしながら、私のすぐ横に立つ。
肩が触れない、ぎりぎりの距離。

そして。


「……みつけた」


耳元で、低く囁かれた。


息が、止まる。

「っ……」

思わず顔を上げると、
エルンストはほんの少しだけ口角を上げていた。

人に見せる笑顔じゃない。
私にだけ向けられた、確信の色。

(……なに、が)

言葉にできない問いが、喉に詰まる。

「アイナ、これ軽いけど保温性高いな」
「……あ、うん。いいと思う」

班の会話に、ぎこちなく相槌を打つ。
心臓の音がうるさくて、自分の声が遠い。

エルンストは何事もなかったかのように、商品の説明を読み、意見を出す。

でも、視線だけは、確実に私を追っていた。

逃げ場はない。
けれど、捕まえられているわけでもない。

(……ずるい)

そんな距離の取り方。

買い物籠が少しずつ埋まっていく。
笑い声も、会話も、途切れない。

それなのに、私の意識は、彼の存在に引き寄せられたままだ。

エルンストが、もう一度だけ、こちらを見る。
何も言わない。
でも、その目が語っていた。

――逃がさない。

背筋が、ぞくりとした。

週末は、始まったばかりだ。
なのに、この一瞬で、嫌な予感と甘い期待が、同時に胸に広がってしまった。

(……どうして、こんな顔で笑うの)

答えは、聞かない。
聞けない。

私はただ、買い物籠を握りしめて、彼の隣を歩き続けた。

気づかないふりをしながら。
気づいてしまった心を、抱えたまま。


感想 28

あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。 新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。 ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる! 実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。 新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。 しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。 ややヤンデレな心の声!? それでも――――。 七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。 『俺、失恋で、死んじゃうな……』 自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。 傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される? 【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。

ふらり
恋愛
人並外れた美貌・頭脳・スタイル・武勇を持つウィンダリア王国の25歳の王太子は、完璧な王太子だと言われていた。ただし、「婚約者さえいなければ完璧な王太子なのに」と皆が言う。12歳の婚約者、ヴァイオレット・オルトニーは周囲から憐みの目を向けられていた。 「私との婚約は、契約で仕方なくなのかい? もう私に飽きてしまっている? 私は今でも君にこんなに夢中なのに」 13歳年下の婚約者少女に執着溺愛する美貌も能力も人間離れした王太子様と、振り回される周囲のお話です。小説家になろうにて完結しております。少しずつこちらにもあげていくつもりです。ファンタジー要素はちょっぴりです。