モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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毒に侵されながらでも立つ騎士

毒が、回っている。

それは感覚で分かる。
血が重い。指先がわずかに痺れる。
視界の端が、ほんの少しだけ暗む。

――だが。

倒れるほどではない。

呼吸を整える。
肺に入る空気は冷たく、秋の森の匂いを含んでいる。
湿った土、踏み荒らされた草、魔物の血。

そして、その奥に微かに混じる
――治癒魔術の残滓。

(……アイナ)

名前を呼ばなくても、分かる。
この場にいる。
毒に侵されながら、それでも詠唱を続けている。

視線を動かす。
治癒魔術科の陣。
顔色は悪い。足元もおぼつかない。
それでも、誰一人として膝を折いていない。

――立っている。

あの中に、彼女がいる。

胸の奥が、きり、と締まった。

騎士科は前線に立つ。
それが役目だ。
斬る。受ける。倒す。
命を削りながら、道を切り開く。

だが――

今日ほど、「後ろ」を強く意識したことはない。

「来るぞ!」

号令が飛ぶ。
木々を割って、魔物がなだれ込んでくる。
毒を含んだ牙。粘つく唾液。
浅く受ければ、それだけで戦線は崩れる。

剣を構える。
手のひらに、嫌な汗が滲む。
毒の影響だ。
集中力が、わずかに削られている。

(……問題ない)

一歩、前へ。

毒で倒れるなら、それまでの命だったというだけだ。
だが。

――後ろにいる彼女の前で、膝をつくつもりはない。

斬る。
受ける。
踏み込む。

衝撃が腕に走り、視界が揺れる。
内臓が、じわりと熱を持つ。

(……効いてきたな)

口の中に、鉄の味。
だが、意識はまだ鮮明だ。

横目で、治癒陣を見る。

アイナが、立っている。

肩で息をしながら、詠唱を続けている。
唇は蒼白。
それでも、魔力の流れは途切れていない。

(……やめろ)

思わず、心の中で呟いた。

やめてほしい。
これ以上、無理をしないでほしい。

――だが。

それと同時に、別の感情が湧き上がる。

(……逃げるな)

立っていろ。
俺が倒れるまでは。

矛盾している。
分かっている。

だが、これが本音だ。

彼女が、立っているから。
だから、俺も立てる。

毒に侵されようと、視界が歪もうと。
剣を握る力だけは、緩めない。

騎士とは、守る者だ。
そう教えられてきた。

だが、今は違う。

――見せる者だ。

立ち続ける背中を。
倒れない姿を。

彼女の視界に入る位置で。
彼女が、安心できる距離で。

(……見ていろ)

言葉にはしない。
視線も向けない。

それでも、確信がある。

彼女は、見ている。

魔物を斬り伏せる。
血が飛ぶ。
毒が、さらに深く染み込む。

膝が、わずかに揺れた。

(……まだだ)

踏みとどまる。

後ろで、誰かが呻く声。
治癒魔術が、重ねられる。

――繋がっている。

前と後ろ。
斬る者と、癒す者。

その中心に、彼女がいる。

胸の奥で、静かに、確かな感情が形を取った。

(……危険だな)

自分自身に向けた言葉。

彼女を守るという名目で。
彼女の前で立つという理由で。

俺は、どこまで踏み込むつもりだ。

毒に侵されながらでも立つ騎士。
その姿を、彼女がどう受け取るか。

――それでも。

立つ。

倒れない。

彼女の視界から、消えない。

それが、今の俺の選択だ。

剣を振るいながら、エルンストは確信していた。

この毒よりも。
この戦場よりも。

彼女という存在の方が、
――よほど俺にとって、致死的だと。





エルンスト視点
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