モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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聖誕祭前夜

朝から、学園の空気が少しだけ違っていた。
冬の冷たい空気の中に、浮き足立ったざわめきが混じっている。
吐く息は白いのに、心だけが妙に温かい。

昼休み、治癒魔術科B班は自然と集まっていた。
いつもの場所。いつもの顔ぶれ。
だけど話題は、いつもと違う。

「なあ、一緒に聖誕祭やろうぜ」
「さんせーい!」
「どうせ食堂閉まるんだし、みんなでやった方が楽しい!」

笑い声が弾む。
冗談半分だったはずの言葉が、あっという間に形になっていく。

「じゃあさ、騎士科B班も誘おうよ」
「いいねそれ!」
「絶対盛り上がるじゃん!」

その流れで、名前が出た。

エルンスト。

少しだけ、胸が鳴った。
嬉しいのに、同時に不安が滲む。
それでも、彼が現れた時の答えは迷いがなかった。

「もちろん。騎士科B班を連れて、皆と参加するよ」

穏やかな声。
当たり前のような頷き。
それだけで、場の空気が一段明るくなる。

誰も疑わない。
誰も警戒しない。
ただ「楽しい聖誕祭」を思い描いている。

――私だけを除いて。

夕方。
準備を終えたあと、自然な流れでエルンストと合流した。
並んで歩く帰り道。
雪の気配を含んだ風が、マントの裾を揺らす。

「疲れていないか?」
「ちょっとだけ。でも大丈夫」

視線が絡む。
触れない距離。
けれど、確かに近い。

「明日、楽しみだな」
そう言われて、胸がきゅっと締まった。

楽しみだ。
本当に。
でも、それだけじゃない。

その言葉が、なぜか重い。

夜。
寮へ戻る道。
扉の前に立つ影を見つけた瞬間、心臓が跳ねた。

――ヴィル。

当然のように、そこにいた。
まるで、約束していたかのように。

「遅かったな」
責める声ではない。
問い詰めるでもない。

ただ、そこにいる。

「明日さ」
何気ない調子で、続けられる。
「聖誕祭だろ。どうする?」

嘘は、ついていない。
誰にも。

B班とは、みんなでやる約束をした。

エルンストとは、自然な流れで一緒になる空気があった。

ヴィルとは、何も言わなくても、
当然のように“一緒”が前提になっている。

「……明日は、みんなで」

その言葉に、ヴィルは少しだけ目を細めた。
それでも笑う。

「そうか。寒いから、無理するなよ」

それだけ。
それだけなのに、背中に冷たいものが這う。

部屋に戻って、扉を閉める。
鍵をかける音が、やけに大きく響いた。

ベッドに腰を下ろして、息を吐く。
胸の奥が、ひりひりと痛む。

誰にも嘘はついていない。
誰も裏切っていない。

――なのに。

全員が、自分が選ばれると思っている。
その中心に、私が立っている。

選んでいない。
まだ、選べていない。

それが、こんなにも人を追い詰めるなんて。

明日は、聖誕祭。
祝福の日。
笑顔の日。

でも今夜の私は、ただ静かに削られていく。

逃げ場のない優しさに。
期待という名の視線に。

――明日が、来てほしいようで。
来てほしくない夜だった。


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