7 / 13
7 聖女の謝罪
しおりを挟む
久々に執務に戻ると、書類はきちんと処理されていたようだ。私が居ない間、この書類たちはどうしていたのだろう。
書類を溜めないように朝から晩まで黙々と仕事をこなしていく。
そうしてアーシャが休暇から戻ってきたのだが、顔色が優れない。
「アーシャ、どうしたの?」
「エレフィア様、どうか、お気を悪くなさらないでほしいのですが……」
「大丈夫よ。私とアーシャの仲でしょう?」
アーシャは一瞬ためらうような素振りを見せたが、ふうと息を吐き、私の目を見つめた。
「どうやら聖女様がご懐妊されたそうです」
……。
一瞬、なんのことを言っているのか分からなかった。
……まさか、本当に?
知りたくなかった。
疑う気持ち、彼の口から何も聞いていない。
もしかして、私が王都に戻ってからも彼に会えていないのは、そういうことだったの?
ぽたりと涙が手の甲に落ちてくる。
愛していると。
待っていると。
カインディル様……。
「エレフィア様、エレフィア様! エレフィアお嬢様!? 誰かお医者様を呼んでちょうだい!」
“エレフィア”
現実に耐えることができず、優しい声がしたのを最後にいつのまにか私は意識を失っていたようだ。
目覚めると、目の前には目を真っ赤に腫らしたアーシャがいた。
「アーシャ、そんなに泣いてはいけないわ。目が溶けてしまうわ」
「お嬢様っっ」
「アーシャ、心配かけてごめんなさい」
私は浅く息をしている。
「お嬢様、無理をしてはなりません」
「お医者様はなんて言っていたの?」
「過労が原因だと。お嬢様は丸二日間眠っておいででした。私が、私が余計なことを言ったせいで……」
「アーシャ、いいの。遅かれ早かれ、知ることになっていたのでしょう?」
「お嬢様、無理はいけません。侯爵家へ戻りましょう?こんなところに居てはお嬢様が使いつぶされる未来しか見えません」
アーシャは心配してくれているのが痛いほど伝わってくる。
私が返事をしようとした時、がちゃりと扉が開かれた。
「エレフィア、目覚めたと聞いた。もう大丈夫なのか?」
そう言ってカインディル様は部屋へ入ってきた。
「エレフィア様、お身体は大丈夫でしょうか?」
彼の後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。
「……聖女様」
彼女の姿を見た途端、心がずしりと重くなった。
会いたくなんてなかった。
アーシャも口に出すことはないが後ろに下がり、渋い顔をしている。
「ええ、少し疲れが出ただけですから。どうぞお気遣いなく。私よりも聖女様の方が大変ではないですか?身重の身体で病人の部屋に来てはなりません」
「あのっ、ごめんなさい。私、謝りたくてっ」
聖女様は私の前に来てぺこりと頭を下げてきた。
その仕草に私の心はかき乱されていく。
苦しい。
これ以上見たくない。
消えてしまいたい。
「……何の謝罪でしょうか」
私に言葉を返されるとは思っていなかったようでわたわたと手を動かし始めた。
「えっと、えっと。私が、先に身籠ってしまったこと、です」
「それをどうして謝罪する必要があるのですか?」
「え?」
聖女様は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに悲しむような表情に変わった。
「だって、カインディル様はエレフィア様のことが好きだったから」
「好きだと知っていたのになぜ結婚したんですか? それにどうして子供まで儲けたのですか?」
「……」
「エレフィア!」
カインディル様は彼女を庇い、彼女は私の問いに答えることはなかった。カインディル様は彼女を庇うように抱いたからだ。
「……お二方の気持ちは痛いほど伝わってきました。どうぞお引き取り下さい」
「エレフィア様、ごめんなさいっっ」
「……」
アーシャは頭を下げ、私の代わりに二人を追い出すように「どうぞ」と部屋の出口を指した。
二人が出ていき部屋は静まり返った。
「……アーシャ」
「お嬢様、もう、侯爵家へ戻りましょう?」
「でも、私は側妃だから」
「お嬢様、私はお嬢様に最後まで一緒にいます」
「ありがとう。もう少しだけ、頑張ってみる。頑張って駄目なら病気を理由に侯爵家に戻るわ」
「はい」
私は重く冷たくなった手をぎゅっと握りしめた。
翌日からは執務に復帰し、黙々と仕事をこなしていく。書類を持ってくる文官たちも私の行動に気づいていたのだろう。みんながそっと気を回し、私に話しかけてくることもない。
「エレフィア様、ナリョーザの村人や兵士たちからお礼の品をいただきました」
ナリョーザで採れる果物が籠にいれられている。アリーシャが一つ取り、皮を向いて渡してくれる。
「あそこで採れる果実はとても甘くて美味しいのよね」
そう言いながらナリョーザでの出来事を思い出して懐かしむ。私がもし、あの地に行っていなければどうなっていたのだろう。
私とカインディル様との関係も今とは違ったものになっていたのだろうか。
本当は彼の口から聞きたかった。
ううん。そんなことは嘘だと、私は嵌められたんだと言って欲しかった。
でも、現実は残酷だ。
彼は彼女を選んだ。
愛している、待っているといったその口で彼女を庇った。
私がナリョーザへ行っていた時には書類はきちんと処理をされていた。私が居なくても問題ないのかもしれない。
やはりここを去るべきなのかもしれない。
ここにいても彼らは気を遣うだけだろう。
書類を溜めないように朝から晩まで黙々と仕事をこなしていく。
そうしてアーシャが休暇から戻ってきたのだが、顔色が優れない。
「アーシャ、どうしたの?」
「エレフィア様、どうか、お気を悪くなさらないでほしいのですが……」
「大丈夫よ。私とアーシャの仲でしょう?」
アーシャは一瞬ためらうような素振りを見せたが、ふうと息を吐き、私の目を見つめた。
「どうやら聖女様がご懐妊されたそうです」
……。
一瞬、なんのことを言っているのか分からなかった。
……まさか、本当に?
知りたくなかった。
疑う気持ち、彼の口から何も聞いていない。
もしかして、私が王都に戻ってからも彼に会えていないのは、そういうことだったの?
ぽたりと涙が手の甲に落ちてくる。
愛していると。
待っていると。
カインディル様……。
「エレフィア様、エレフィア様! エレフィアお嬢様!? 誰かお医者様を呼んでちょうだい!」
“エレフィア”
現実に耐えることができず、優しい声がしたのを最後にいつのまにか私は意識を失っていたようだ。
目覚めると、目の前には目を真っ赤に腫らしたアーシャがいた。
「アーシャ、そんなに泣いてはいけないわ。目が溶けてしまうわ」
「お嬢様っっ」
「アーシャ、心配かけてごめんなさい」
私は浅く息をしている。
「お嬢様、無理をしてはなりません」
「お医者様はなんて言っていたの?」
「過労が原因だと。お嬢様は丸二日間眠っておいででした。私が、私が余計なことを言ったせいで……」
「アーシャ、いいの。遅かれ早かれ、知ることになっていたのでしょう?」
「お嬢様、無理はいけません。侯爵家へ戻りましょう?こんなところに居てはお嬢様が使いつぶされる未来しか見えません」
アーシャは心配してくれているのが痛いほど伝わってくる。
私が返事をしようとした時、がちゃりと扉が開かれた。
「エレフィア、目覚めたと聞いた。もう大丈夫なのか?」
そう言ってカインディル様は部屋へ入ってきた。
「エレフィア様、お身体は大丈夫でしょうか?」
彼の後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。
「……聖女様」
彼女の姿を見た途端、心がずしりと重くなった。
会いたくなんてなかった。
アーシャも口に出すことはないが後ろに下がり、渋い顔をしている。
「ええ、少し疲れが出ただけですから。どうぞお気遣いなく。私よりも聖女様の方が大変ではないですか?身重の身体で病人の部屋に来てはなりません」
「あのっ、ごめんなさい。私、謝りたくてっ」
聖女様は私の前に来てぺこりと頭を下げてきた。
その仕草に私の心はかき乱されていく。
苦しい。
これ以上見たくない。
消えてしまいたい。
「……何の謝罪でしょうか」
私に言葉を返されるとは思っていなかったようでわたわたと手を動かし始めた。
「えっと、えっと。私が、先に身籠ってしまったこと、です」
「それをどうして謝罪する必要があるのですか?」
「え?」
聖女様は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに悲しむような表情に変わった。
「だって、カインディル様はエレフィア様のことが好きだったから」
「好きだと知っていたのになぜ結婚したんですか? それにどうして子供まで儲けたのですか?」
「……」
「エレフィア!」
カインディル様は彼女を庇い、彼女は私の問いに答えることはなかった。カインディル様は彼女を庇うように抱いたからだ。
「……お二方の気持ちは痛いほど伝わってきました。どうぞお引き取り下さい」
「エレフィア様、ごめんなさいっっ」
「……」
アーシャは頭を下げ、私の代わりに二人を追い出すように「どうぞ」と部屋の出口を指した。
二人が出ていき部屋は静まり返った。
「……アーシャ」
「お嬢様、もう、侯爵家へ戻りましょう?」
「でも、私は側妃だから」
「お嬢様、私はお嬢様に最後まで一緒にいます」
「ありがとう。もう少しだけ、頑張ってみる。頑張って駄目なら病気を理由に侯爵家に戻るわ」
「はい」
私は重く冷たくなった手をぎゅっと握りしめた。
翌日からは執務に復帰し、黙々と仕事をこなしていく。書類を持ってくる文官たちも私の行動に気づいていたのだろう。みんながそっと気を回し、私に話しかけてくることもない。
「エレフィア様、ナリョーザの村人や兵士たちからお礼の品をいただきました」
ナリョーザで採れる果物が籠にいれられている。アリーシャが一つ取り、皮を向いて渡してくれる。
「あそこで採れる果実はとても甘くて美味しいのよね」
そう言いながらナリョーザでの出来事を思い出して懐かしむ。私がもし、あの地に行っていなければどうなっていたのだろう。
私とカインディル様との関係も今とは違ったものになっていたのだろうか。
本当は彼の口から聞きたかった。
ううん。そんなことは嘘だと、私は嵌められたんだと言って欲しかった。
でも、現実は残酷だ。
彼は彼女を選んだ。
愛している、待っているといったその口で彼女を庇った。
私がナリョーザへ行っていた時には書類はきちんと処理をされていた。私が居なくても問題ないのかもしれない。
やはりここを去るべきなのかもしれない。
ここにいても彼らは気を遣うだけだろう。
737
あなたにおすすめの小説
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
愛する人の手を取るために
碧水 遥
恋愛
「何が茶会だ、ドレスだ、アクセサリーだ!!そんなちゃらちゃら遊んでいる女など、私に相応しくない!!」
わたくしは……あなたをお支えしてきたつもりでした。でも……必要なかったのですね……。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる