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2 公爵家サロンにて
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今日は若い世代の貴族同士の交流の場としてミュール公爵家が主催し、お茶会が開かれたの。そのため、年の近い方々が沢山集まったわ。
私もベルジエ侯爵令嬢として参加していた。
「それでは皆様、ごきげんよう」
「マリーズ様、ごきげんよう」
「本日はありがとうございました」
次々に公爵家の中庭を後にしていく人達をマリーズ様は見送っている。
私もその波に紛れようかしら。
挨拶をする人たちの列の最後尾に並び、順番が来るのを待った。絶対マリーズ様は面白がっているに違いないわ。
私の順番になり、真面目な顔で扇子を仰ぎながら挨拶をする。
「では、マリーズ様、またお手紙を書きますわ。それではごきげんよう」
「あら、ジネット様。お待ちになって? まだお話しすることが残っているわ」
「あら。もう、帰ってもいいかな、と」
マリーズ様が不敵な笑みを浮かべて私を呼び止めた。
やっぱり嫌な予感しかしないわ!
マリーズ様の笑顔におほほとわざとらしく扇子を仰いでいると、後ろから私を呼ぶ声がする。
「ジネット嬢、待ってほしい」
お茶会も終わり、レオ様が駆け寄ってきた。
「ふふっ。レオ様、どうぞこちらのサロンへ移動しましょうか。ジネット様もどうぞ」
マリーズ様は笑顔を浮かべ公爵家の客人用サロンへと歩き始めた。マリーズ様がこの笑顔の時は碌なことがない。
絶対に彼女は楽しんでいるわね。
公爵家のサロンは外交官も訪れ、交渉の場にもなる。威厳を誇示するかのように全てが格式高いものになっている。
マリーズ様はカウチソファへゆったりと腰を掛け、右隣のソファへ私が座り、向いにバルベ伯爵子息が座った。
「さて、レオ・バルベ様。お茶会に話題を提供してくださりありがとうございます。これで当分の間、ジネット様は注目の的となりますわ」
マリーズ様は嫌味を含ませて笑っている。
「……ジネット嬢、申し訳ない。責任を取ってベルジエ家に婚約の打診をさせていただきます」
「えっ!?」
あれはやっぱり冷やかしではなかったのね。
私はどう答えていいかわからずに言葉を詰まらせた。
「貴女の月のような神秘的な美しさに、私の心は虜になるばかりだ」
そう言うと私の手を取り、ぐっと顔を近づけてきた。
「レオ様、ジネット様がお困りですわ」
「なぜですか?」
彼は不思議そうな顔をしている。私は見目麗しい顔が目の前にあってその上、ストレートな言葉に顔を真っ赤になりながらも口を開いた。
「あ、あのっ、バルベ伯爵子息」
「レオと呼んでほしい」
「レオ様……」
「ジネット嬢、何でしょうか」
「ご存じの通り、我が家は辺境伯を務めております。私が家を継ぐ予定ですが、その辺りをどうお考えなのですか?」
そう、私に婚約者がいない理由はこれだ。
私の家は深い森に面し、常に魔獣の襲撃に備えなければいけない生活なのだ。
強くなければ生き残ることができない。
生と死が隣り合う領に自ら志願する人などいないのだ。
「私は現在第三騎士団で騎士をしている。実際、辺境伯領でどこまで勤まるかは分からない。だが、君を思う気持ちは誰にも負けない」
「レオ様、ジネット様はね、弟がいるにも拘わらず、辺境伯の跡取りなのです。その意味を分かっていらっしゃるのかしら?」
マリーズ様は何も分かっていないわね、とでも言いたげな含み笑いで話をする。
辺境伯領は力のあるものが後継者になると言ってもいい。
それは領地の森で魔獣が闊歩しているためだ。領地に現れる魔獣を討伐するため、領主は強くあらねばならない。
強き者、つまり魔獣から生き残ることができる者が選ばれるのだ。
そのため辺境伯を継ぐための伴侶は貴族も平民も問わない。が、国と様々な折衝もあるため、伴侶は貴族が望ましい。
「ああ、問題ない。弟が成長すれば跡を継ぐのだろう。これから君をもっと知っていきたいと思っている」
「……そう、ですか」
彼のその言葉に不安に思った。
確かに私に何かあれば弟が継ぐのだが。彼の中では、後継者が弟に代わるのはほんの些細なこと、なのね。
私は彼の言葉を聞いて心が重くなるのをぐっと堪える。
「ジネット嬢、趣味は何だろうか?」
「私の趣味、ですか。趣味は、刺繍やお菓子を作ることですわ」
「素晴らしい」
「あの、レオ様。どうして私なのですか?」
「実は今日、私は久々に友人と会うためにこの招待を受けたんだ。友人は君が素晴らしいという話をしていてずっと気になっていた。
友人と席に着いた瞬間、向いのテーブルにマリーズ嬢と楽しそうに話しているジネット嬢を見つけた。笑顔で話をしているジネット嬢を見てまるで物語が始まる合図のように、光が差すように見えたんだ。
私には君しかいないと。そう思ったら自然と身体が動いていた」
目を逸らすことなく私を見つめる瞳には、どこか熱がこもっている。
見目麗しいレオ様から迷いのない素直な気持ちを聞いた私の心臓は心地よく跳ねている。
「私は貴方のことをよく知りませんし、突然言われても家のこともありますから……」
「そうだな。私としては、今すぐにでも君の家に婚約打診の知らせを送りたいと思っている」
「わかりました。父がどう判断するかは分かりませんが、知らせをいただければ正式な返事をしますね」
「良い知らせを待っている。ジネット嬢、君にも手紙を送りたいのだがいいだろうか」
「はい」
彼は笑顔を浮かべるとマリーズ様に会釈し、釣書を我が家へ送るべく公爵家を後にした。
私もベルジエ侯爵令嬢として参加していた。
「それでは皆様、ごきげんよう」
「マリーズ様、ごきげんよう」
「本日はありがとうございました」
次々に公爵家の中庭を後にしていく人達をマリーズ様は見送っている。
私もその波に紛れようかしら。
挨拶をする人たちの列の最後尾に並び、順番が来るのを待った。絶対マリーズ様は面白がっているに違いないわ。
私の順番になり、真面目な顔で扇子を仰ぎながら挨拶をする。
「では、マリーズ様、またお手紙を書きますわ。それではごきげんよう」
「あら、ジネット様。お待ちになって? まだお話しすることが残っているわ」
「あら。もう、帰ってもいいかな、と」
マリーズ様が不敵な笑みを浮かべて私を呼び止めた。
やっぱり嫌な予感しかしないわ!
マリーズ様の笑顔におほほとわざとらしく扇子を仰いでいると、後ろから私を呼ぶ声がする。
「ジネット嬢、待ってほしい」
お茶会も終わり、レオ様が駆け寄ってきた。
「ふふっ。レオ様、どうぞこちらのサロンへ移動しましょうか。ジネット様もどうぞ」
マリーズ様は笑顔を浮かべ公爵家の客人用サロンへと歩き始めた。マリーズ様がこの笑顔の時は碌なことがない。
絶対に彼女は楽しんでいるわね。
公爵家のサロンは外交官も訪れ、交渉の場にもなる。威厳を誇示するかのように全てが格式高いものになっている。
マリーズ様はカウチソファへゆったりと腰を掛け、右隣のソファへ私が座り、向いにバルベ伯爵子息が座った。
「さて、レオ・バルベ様。お茶会に話題を提供してくださりありがとうございます。これで当分の間、ジネット様は注目の的となりますわ」
マリーズ様は嫌味を含ませて笑っている。
「……ジネット嬢、申し訳ない。責任を取ってベルジエ家に婚約の打診をさせていただきます」
「えっ!?」
あれはやっぱり冷やかしではなかったのね。
私はどう答えていいかわからずに言葉を詰まらせた。
「貴女の月のような神秘的な美しさに、私の心は虜になるばかりだ」
そう言うと私の手を取り、ぐっと顔を近づけてきた。
「レオ様、ジネット様がお困りですわ」
「なぜですか?」
彼は不思議そうな顔をしている。私は見目麗しい顔が目の前にあってその上、ストレートな言葉に顔を真っ赤になりながらも口を開いた。
「あ、あのっ、バルベ伯爵子息」
「レオと呼んでほしい」
「レオ様……」
「ジネット嬢、何でしょうか」
「ご存じの通り、我が家は辺境伯を務めております。私が家を継ぐ予定ですが、その辺りをどうお考えなのですか?」
そう、私に婚約者がいない理由はこれだ。
私の家は深い森に面し、常に魔獣の襲撃に備えなければいけない生活なのだ。
強くなければ生き残ることができない。
生と死が隣り合う領に自ら志願する人などいないのだ。
「私は現在第三騎士団で騎士をしている。実際、辺境伯領でどこまで勤まるかは分からない。だが、君を思う気持ちは誰にも負けない」
「レオ様、ジネット様はね、弟がいるにも拘わらず、辺境伯の跡取りなのです。その意味を分かっていらっしゃるのかしら?」
マリーズ様は何も分かっていないわね、とでも言いたげな含み笑いで話をする。
辺境伯領は力のあるものが後継者になると言ってもいい。
それは領地の森で魔獣が闊歩しているためだ。領地に現れる魔獣を討伐するため、領主は強くあらねばならない。
強き者、つまり魔獣から生き残ることができる者が選ばれるのだ。
そのため辺境伯を継ぐための伴侶は貴族も平民も問わない。が、国と様々な折衝もあるため、伴侶は貴族が望ましい。
「ああ、問題ない。弟が成長すれば跡を継ぐのだろう。これから君をもっと知っていきたいと思っている」
「……そう、ですか」
彼のその言葉に不安に思った。
確かに私に何かあれば弟が継ぐのだが。彼の中では、後継者が弟に代わるのはほんの些細なこと、なのね。
私は彼の言葉を聞いて心が重くなるのをぐっと堪える。
「ジネット嬢、趣味は何だろうか?」
「私の趣味、ですか。趣味は、刺繍やお菓子を作ることですわ」
「素晴らしい」
「あの、レオ様。どうして私なのですか?」
「実は今日、私は久々に友人と会うためにこの招待を受けたんだ。友人は君が素晴らしいという話をしていてずっと気になっていた。
友人と席に着いた瞬間、向いのテーブルにマリーズ嬢と楽しそうに話しているジネット嬢を見つけた。笑顔で話をしているジネット嬢を見てまるで物語が始まる合図のように、光が差すように見えたんだ。
私には君しかいないと。そう思ったら自然と身体が動いていた」
目を逸らすことなく私を見つめる瞳には、どこか熱がこもっている。
見目麗しいレオ様から迷いのない素直な気持ちを聞いた私の心臓は心地よく跳ねている。
「私は貴方のことをよく知りませんし、突然言われても家のこともありますから……」
「そうだな。私としては、今すぐにでも君の家に婚約打診の知らせを送りたいと思っている」
「わかりました。父がどう判断するかは分かりませんが、知らせをいただければ正式な返事をしますね」
「良い知らせを待っている。ジネット嬢、君にも手紙を送りたいのだがいいだろうか」
「はい」
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