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「さぁ、人払いも済んだ。どんな話なんだい?」

静まり返ったサロン。

父と母は私の顔を見つめている。

私はぐっとお腹に力を入れてゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「お父様、お母様。私、どうやら未来から戻ってきたと思うのです。予知夢を見たのかもしれません。ですがあれほど現実的な夢はないと思いますの」
「未来から?どういう事かな?」
「私は十五歳の時にノア・クリストフェッル伯爵子息と結婚し、翌年にイェルという息子を産み、イェルが五歳の時に自殺しました」

五歳の娘からの言葉は自分たちが考えていた内容とあまりに違い両親はピタリと動きを止めた。

「何故十五歳で嫁に行ったんだ?学院へ行かなかったのかい?」
「それは、我が家が行っている貿易で大赤字を出し、借金の返済で首が回らなくなった時にクリストフェッル伯爵から借金を肩代わりする申し出があったのです。代わりに私がクリストフェッル家に嫁ぐような契約、だったのです」
「……我が家が貿易で大赤字……?もっと詳しくわかるか?」

 幼い娘が貿易の話をする事に驚いているのか、信じ始めているのかは分からないけれど、先ほどまでの笑顔はなく、父と母は真剣な眼差しで私を見ている。

「お父様の仕事内容は詳しくわかりませんが、私が十三歳になった頃でしょうか。我が伯爵家が所有する商船が相次いで沈没する事態となり借金を背負ったのです。義母だったクリストフェッル伯爵夫人から告げられたのは私が十歳位の時に王宮主催のお茶会で陛下に目を付けられ、私がノア・クリストフェッル伯爵子息に嫁ぐよう命令があったと言っていました」
「何故そこに王家が出てくるのかしら?」

母は疑問を口にした。

「夫人が言うにはクリストフェッル伯爵家は代々王家の闇を担っていると言っていました。陛下は私が将来美しい娘になる、クリストフェッル伯爵家に取り込み、更なる情報を得よ、と。

夫人は、私が、跡継ぎを、産んだ後、娼婦のような事を、しろと言って、いました。私は逃げ出さないように常に監視され、手紙一つ出せませんでした」

 私はあの時の言葉、義母がワイン片手に話をする様子を思い出し苦しくなった。気づけば涙が頬を伝い、母は私をギュッと抱きしめていた。

「……なんていうことっ。私達の大切な娘にそんな事をさせようとしていたのねっ」
「モア、本当の事、なのかい?いや、本当の事なんだろう。辛いだろうが詳しく、思い出せる範囲でいい。教えて欲しい」

 母は涙を流しながら、父は苦悶の表情となり私の話を一言一句漏らさないように聞いてくれている。商船が沈没する辺りの話やその当時話題となった事、覚えている限り父に話をした。

そして、男娼まがいの事をしているノア様が嫌悪感で一杯になった事、自分なりに精一杯抵抗したけれど、長期間薬で眠らされ、気づいたら子供が生まれていた事、サルドア国を陥れ、我が家は解放された事、私は眠らされている間に様々な男の人に汚されていたらしい事など。

苦しくて時間がかかったけれど、覚えていることを事細かに話をした。途中から父は私の言葉を漏らさないように紙に書いていたわ。それを元にこれからどうするのかを考えているのだと思う。

「お父様、怖い。私はもうクリストフェッル伯爵家に嫁ぎたくない、です」
「あぁ、もちろんだ。モアに辛い思いをさせるわけにはいかない。少し時間が掛かるだろうが待っていておくれ。あと、今の話は他の誰にも話してはいけない。メリダにも、だ」
「はい」

私の話を聞いた日から父と母はとても忙しく仕事をするようになっていった。

 忙しい母の代わりに乳母と弟の世話も買って出た。子供が子供のお世話をするって少し変な気もするけれど、庭に出て一緒に日光浴をしたり、お部屋で絵本を読んだりしたわ。おしめだって替えるようになったの。

乳母も最初は私のお世話にハラハラしていたけれど、今はアルフのお世話が上手だととても褒めてくれているわ。きっとイェルも生まれた時はこんな感じだったのかなとアルフのお世話をしていて思うの。

ずっと眠らされていたとはいえ、私は一児の母だった。子供には何にも罪はないのだもの。もし、あのまま私が死ななければどうなっていたのだろう。ノア様と同じように成長したイェルは諜報員として令嬢達と閨を共にしていたのだろうか。怪我をしたら跡取りとしての道は外れる。

最後に父宛に書いた手紙。

 きっと父ならイェルの事を引き取ってくれたと思うの。あの後、どうなってしまったのか分からない。私が時を遡った時点で時が止まったのか、私の魂だけがここに戻ってきたのか。でも、私がここにいる理由はきっと未来を変えるため。

 そして今、未来が変わるように父も母も必死に動いてくれているのだと思うと辛くて苦しい。肝心の自分はまだ子供で、何の役にも立てない歯がゆさを感じる。私が修道院へ行けば済むという話ではないのが悔しい。

私の容姿に陛下は目を付けた。平民になったとしても修道女になったとしてもきっと噂になると思う。貴族でなければ攫う事も容易だわ。攫われればもっと酷い扱いになるのは目に見える。
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