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第2章 王への道
四話 その決意
しおりを挟む俺は、目の前にいるエクセイザーから目が離せなかった。それは久しぶりに彼女に会えたと言うのもあるが、それ以上に色々と変わっているからだ。
まず、その装いが大きく変わっていた。俺の知るエクセイザーは紫色のドレスを着ていたはずなのだが、その身を包み込むのは花の刺繍が施された上品な色合いの着物だ。
髪型も、十年経ってなお代わり映えしない美しい銀髪を三つ編みにして前に垂らしている。天の川のような流れるストレートも良かったが、こちらもなかなか可憐だ。
そして何より……纏う雰囲気が全く違うものへと変わっていた。以前は不適で大胆、威風堂々とした上に立つものの覇気と風格を纏っていたのだが、今は違う。
なんだか、包み込むような安心感を覚えるというか、妙に落ち着いていてさらに色っぽさが増している。見ていると無性にドキドキしてきた。
短く言い換えるならどこかの奥方、あるいは未亡人のようなそんな大らかな魅力に溢れた存在へと変貌を果たしていた。それは、彼女に起きた一つの変化のせいだろうか。
何にせよ……え、綺麗すぎないか? これが昔は相棒にして師匠のようなもので、今は俺の……。いやいや、明らかに釣り合ってないだろ。もともと存在の格的に釣り合っていなかったのが、こうして対面してさらにその違いを見せつけられた気分だ。
「目覚めて早々、色々と言ってくれるな?」
「あっ、ご、ごめん!」
そういやエクセイザーにも思考は筒抜けだったんだ。危ない危ない、十年も前のことだから度忘れしてた。
つーか今更だけど……俺、全裸じゃん。男の大切なところが思いっきりエクセイザーたちに見えてんじゃん。黒龍とシリルラ以外にいなかったから特に気にしていなかった。
どうしようかと考えていると、意識したからか腰の部分に例のアザが浮かびあがったかと思うと、枝が伸びて絡み合っていき俺の下半身を覆い隠してズボンのような形になった。
……この枝すごく便利だな。まあとにかく、これで丸見え問題は解決した。ようやくエクセイザーと気兼ねなく話せる。
黒龍の額から一旦手を離し、エクセイザーたちの方へ一歩踏み込む。するとエクセイザーもそれに呼応してこちらに一歩踏み込んできた。これ幸いと、俺はまた一歩踏み出して歩き始める。
裸足の裏に広場の地面に生えた草の感触を感じながらどんどんエクセイザーへと近づいていくにつれ、少しずつ速度が上がっていく。最後には小走りになった。それはエクセイザーも同じで、こちらに走って来る。
そうしてお互いへと走り寄っていき、ついに目の前に来た時……俺はエクセイザーに抱きしめられた。首の後ろに両手を回され、ぎゅっと擬音が聞こえてきそうなほど強く。
「……………少し寝坊が過ぎるぞ、バカ主人」
「…ごめん」
俺の謝罪の言葉に、エクセイザーの腕にこもる力が強くなった。そしてエクセイザーは胸に押し付けていた顔を耳元に寄せ、言葉を続ける。
「…お主が目覚めない間、心に穴が開いた思いだった。自分の気持ちに気づかなかったことに後悔した。ああなる前に照れ臭さで隠さなければよかったと」
「…え?」
それって……?
唐突に投下されたエクセイザーの言葉に、ドクンと心臓が一際強く脈動する。それだけにとどまらず、うるさいくらいに高鳴り始めた。
そんな俺の状態を知ってか知らずか、エクセイザーは少し腕を緩めて顔を俺に見せる。その顔は……頬が赤く染まり、涙に濡れていた。
その表情に思わず息を呑んでしまう俺に構うことなく、エクセイザーは口を開いてその言葉を発した。俺にとっては最大の力を持つ、その言葉を。
「主人……いや、龍人。お主が好きじゃ。お主の努力家なところ、お人好しなところ、何事にもめげない強い心を持っているところ…数え上げればきりがないくらいに、お主への想いが溢れて止まらん」
「っ……!」
「お主が心残りにしている女子がいるのはわかっている。それでもいいから、妾を愛してはくれんか……?」
エクセイザーの熱のこもったその言葉を聞いて、俺は強い衝撃にみまわれた。当然だ、まさかあのエクセイザーが、俺ごときを好きなんて。
様々な想いがまるで走馬灯のごとく、頭の中を駆け巡っては消えていく。驚き、嬉しさ、羞恥、困惑、劣等感、あらゆる感情がないまぜになり、波となって押し寄せてくる。
エクセイザーほどの女性から告げられた好意は、シリルラ以外に人に想われたことがない俺には受け止めるのはやや困難だった。
その中でも一番強い感情は……不安だろうか。矮小な自分ごときが彼女の想いを受け止められかという、そんな男として情けないにもほどのある不安。
その次には、葛藤が来る。今の俺は間違いなくシリルラを愛している。その愛が揺らぐことなど万に一つもないが、その上でエクセイザーを受け入れて愛していいのかという葛藤。
《…私は別に構いませんね。今更ですしね》
いや、そうはいっても色々と複雑でな……。
それはともかく、その二つを除いて一番強いのは…歓喜だろうか。俺の命を助けるために繰り返されていた行為……それが義務感でしているだけなのではないかと。
俺は傲慢にも、できることならその行為を想いあるものならいいな、なんてどこかで思っていた。それが証明されたことへの歓喜。
他にも色々ある。不思議なことに、それほどの感情が溢れているのに心は全く軋みをあげず、冷静に一つ一つ判断していた。これも神としての変化なのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。今何よりも優先すべきことは、エクセイザーの想いをどうするか、だ。無論、俺なんかに断る権利など本来ならない。
これで冗談やからかいならば笑って過ごせるが、しかし彼女の声音は真剣そのものだった。それにすでに関係を持ってしまっている以上、彼女を突っぱねることはできない。
色々な思考が飛び交い、頭の中がごちゃごちゃとしていく。それが煩わしくなり、一旦エクセイザーを見ようとして……動きが止まった。
こちらを紅潮した顔で見るエクセイザー……その背後の階段から顔を出している、一つの小さな影があったのだ。
こちらをじーっと見る二つの目を持つそれにおもわず視線が釘付けになる。いきなり沈黙した俺に、怪訝そうにエクセイザーが振り向いた。
「……? ああ、なんじゃ、追いかけてきたのか。ほら、こちらにおいで」
そしてその小さな影を視界に捉えるとそう言いながら手招きをする。するとピクッと震えた影は一旦引っ込んで、すぐにまた姿を現した。
そのままトテトテとこちらに歩いてきて、エクセイザーの着物を小さな手でちょこんと握る。そして先ほどと同様に、俺をじーっと見上げてくる。
それは、小さな女の子だった。年齢は5歳ほどだろうか、灰色がかったセミショートの銀髪はふわふわとしており、触ったら気持ち良さそうだ。
その小さな体を包むのは蘇芳色の落ち着いた雰囲気の着物。髪と不思議とマッチしており、その端正な作りの顔と相まって人形のように見える。
そうして目の前に来た少女に、さらに俺の視線は釘付けになった。まるで呪いのように意識を捉えて離さない。
しかし、不思議と悪い気はしなかった。むしろその少女を見ていると先ほどとは違う胸の高鳴りと、心の底から湧き出てくるような温かさを感じる。
それは、今までに感じたことのない感覚だった。恋によるものでも、恐怖によるものでもない。それよりももっとふわふわとしていて、曖昧なもの。
まるで……そう、まるで家族に感じるような、そんな暖かさだ。
「……かぞ、く?」
自分の思考に、声を上げる。ふとどこからか浮かんできたその表現は、妙にしっくりと馴染んで心の中に染み込んでいった。
もう一度少女を見る。すると髪の一部がくくられているのに気がついた。そしてその髪をまとめているものは……見覚えのある、赤い縄の絡まった光沢のある金色のリング。
そのリングは、俺が一番知っているものだった。当たり前だ、〝あの時〟以来何年間も肌身離さず付け続けいたものなのだから。
そして悟る。俺の体の一部とも言えるこのリングを……〝髪飾り〟を付けている、この少女こそがーー
「紹介しよう。こやつはウィータ、妾の子で……お主の娘じゃ、龍人」
ーー俺の娘であるということを。
《……なるほど、そういうことだったんですね》
「……そっか。俺の娘か」
エクセイザーの口から告げられたその言葉に、俺は特に驚くこともなくやや落ち着いた気分で返答を返した。非常に穏やかな気分のまま、ふっと口元に笑みを浮かべる。
膝を負けてしゃがみこみ、少女と……ウィータと目線を合わせる。そしてその頭にそっと手を伸ばして乗せようとした。
ウィータはピクッとして一方後退するが、それ以上逃げることはせず俺の手を受け入れてくれた。これ幸いと、そのサラサラとした髪をゆっくりと撫でる。
「ん……」
小さく声を上げたウィータは気持ち良さそうに目を細めた。可愛らしいその姿に自分の頬が緩んでいくのがわかる。
一通り撫でくり回すと手を離そうとする。が、ウィータが腕を伸ばして小さな手で俺の手を握って止めた。そしてもっと、とでもいうように俺の顔を見る。
心の奥底から暖かな気持ちが溢れてくるのを自覚しながら、俺はもう一度手を伸ばしてウィータの体に回すと、そのまま抱き上げて胸の中に収めた。
ほど近い距離で顔を付き合わせる。ウィータは不思議そうに首を傾げており、それに俺はゆったりとした口調で語りかけた。
「初めまして、だな……俺が誰か、わかるか?」
「…パパ?」
ウィータがパパと言った瞬間、全身に凄まじい衝撃と幸福感が駆け巡る。きっと俺は今、喜色満面の笑みを浮かべていることだろう。
世のお父さんたちが娘を溺愛する理由がわかった気がする。ただパパと呼ばれただけでどうしようもない愛しさが胸の内に沸き起こってきたのだから。
思わずニヤけそうになるのをなんとか我慢しながら、ウィータのことをぎゅっと抱きしめる。それだけで満たされる感じがした。
《……かなりだらしない顔になっていますね》
仕方がないだろ。多分娘を持つ男なら全員こんな顔になるに決まっている。
まあ、それはともかく。人懐こいのか俺の胸にスリスリと頬を擦り付けているウィータの頭を撫でながら、俺はあることを決意した。
その決意を伝えるため、ウィータを撫でる俺を微笑ましいものを見る目で微笑んでいるエクセイザーに話しかける。
「……なあ、エクセイザー」
「なんじゃ、龍人?」
「俺さ、父親になろうと思うんだ」
「…そうか」
「でも、情けないけどどうすればいいのかさっぱりわからねえ」
「……そうか」
当たり前だ、今まで生きてきて人一人育てる経験なんてしてきた覚えはない。何しろ、この子が生まれ育っている間俺は眠っていたんだからな。
だから、そんな親として半端者どころか初心者である俺に子育てのいろはなんて備わっているわけがない……そう、俺にはな。
つまり父親になると言ったはいいものの、その方法も力も俺にはないわけだ。だったら、支えてくれる誰かがいなくちゃいけない。
「だからさ……俺を支えてくれないか?」
「……それは、つまり」
「まあ、簡潔に言うと……俺のお嫁さんになってくれ」
「!」
俺の言葉に驚きの表情を浮かべるエクセイザー。一人で駄目なら、他の誰かの手を借りればいい。その誰かこそが彼女だ。
まあ、もともと彼女は母親なのだが。それを踏まえるこの言葉はウィータのことと言うより、俺たちの関係性を確立させるためのものだ。
これが、先ほど告げられたエクセイザーからの想いへの俺の答えだ。俺は彼女のことを受け入れた、ということである。
一緒にいた時間は7ヶ月と瑠璃より遥かに劣るものの、相棒として彼女に好感を抱いていたのは事実。シリルラには悪いが、その中に僅かな好意があったことは否定できない。
受け止めきれる自信がないのなら、これから彼女と一緒に時間を過ごして愛を深めていけばいい。どの道、ウィータがいる以上選択肢はない。
無論、先ほども言ったようにそれでシリルラへの想いが揺らぐわけではない。俺という人格の基盤となる彼女への愛情が変わるはずがない。
《……まあ、変わらず愛してもらえるのなら文句はありませんね。ですが、それならば半端は許しませんね》
ああ、わかってる。お前のためにも、全力でエクセイザーを愛すると誓うよ。
そうしてエクセイザーの伴侶として、ウィータの父親として頑張っていくことを決意していると、エクセイザーの顔がみるみるうちに笑顔になっていくのに気がつく。
「龍人っ!」
「うおっ!」
その笑顔のまま、エクセイザーはまた抱きついてきた。今度はしっかりと背中に手を回して抱きしめ返す。
そうしてウィータを挟んでごろごろと甘えるように体を寄せてくるエクセイザーを、俺はしっかりと抱きしめてその実感を確かめた。
この日、俺は長い眠りから覚めるのと同時に、かけがえのない大切なものを手に入れた。それを守るため、俺は強くなることを決意したのだった。
ーーー
シリルラこと白井瑠璃のイラストを手書きでやってみました。
ウィータはイタリア語で命を意味するヴィータからとりました。龍人の命をつなげる過程で生まれた命なので。
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