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幕間 友の旅
10.心の傷を乗り越えろ 急
しおりを挟む「せぁあああっ!」
裂帛の気合いのこもった雄叫びをあげて、シュウは八岐大蛇に突撃する。
それを見てまるで頭痛を堪えるように頭を抱えていた龍人の人型は蛇の頭に戻り、迎撃体制になる。
しかし、その動きは先ほどと比べるとはるかに緩慢だ。ようやく八つの頭全てがシュウを捉える頃には、すでに懐に潜り込んでいた。
「シッ!」
首と首の間……動きを阻害しないため、比較的鱗が柔らかい箇所を狙って刺突を繰り出す。果たしてそれは成功し、ズプリと切っ先が沈んだ。
「ガァッ!」
「遅えっ!」
首の一つが噛み付こうとするが、半分以下の速度では避けてくれと言っているようなものだ。
体を反転させたシュウは、右の拳をグッと握る。すると手の甲に五芒星が浮かび上がり、義手全体が激しく光り輝く。
「オラァッ!」
シュウはそれで、首の横頬を思い切りぶん殴った。するとポキッという乾いた音とともに、首が百八十度回転する。
「へっ、どうだ!悪いことばっかじゃねえんだよ、この腕は!」
「ガ、ァア………」
絶命した首は地面に落ち、それに他の首が怒りの咆哮を上げた。残る首は七つだ。
シュウは槍を使って八岐大蛇の背中に飛び乗ると、先ほど目を潰した首の上を駆けていく。
『シュウ』
「? なんだナナシ」
襲い来る首をかわしつつ頭上を目指して走っていると、不意にナナシが名を呼んだ。
『お主に、我が真名を教えよう』
「おいおい、このタイミングでか?というか、お前って名前のない付喪神なんじゃ……」
『いいや、今だからこそだよ。お主は己の願望を打ち砕く覚悟をした。ならばその心意気に答え、我が封じられし名を託そうではないか』
ナナシの言葉に、シュウは少し逡巡する。しかし長い首も終わりが見えてきたため、迷う時間はない。
「……わかった。お前の名前、教えてくれ」
『よくぞ言った。我が名はーー』
ナナシの真名を聞いて、シュウは走りながら瞠目する。しかし次の瞬間には不敵な笑みを浮かべた。
そしていよいよ、頭の上まで到達する。
『さあ、我が名を心の内で叫べ。さすれば我が真の姿を見せてくれようぞ』
「わかった」
目を瞑り、シュウはナナシの真の名を思い浮かべる。
……ピシッ
すると、槍に亀裂が走りボロボロと表面が剥がれ始めた。
薄汚れた殻の中より姿を現したのは、白銀の美しい槍。刃の根元には闇のような黒布がなびいており、非常に力強い。
「これが、お前の本当の姿……」
『さあ、我を突き立てろ。今の我に貫けぬもの一切あらず!』
「ああ!」
「ガァア!」
「邪魔だ!」
背後から噛み付いてきた首を義手の裏拳で吹き飛ばし、シュウは槍を逆手に握ると振り下ろした。
ズンッ!!!と重い音を立てて、槍は容易く頭蓋を貫通する。絶叫を上げる八岐大蛇に、シュウはさらに槍を押し込んだ。
「はぁあああ!」
『破ッ!』
シュウとナナシの叫びが重なる。その瞬間、槍の刃から神気が爆発して頭が内側から弾け飛んだ。
「「「「「「ギャアアアアア!?」」」」」」
頭が吹き飛んだからか、はたまた神気を受けたからなのか、全ての頭がこれまでにないほど苦痛の声をあげる。
激しく暴れまわる八岐大蛇から飛び降りて、シュウは一度距離をとった。そして驚きの顔で槍を見る。
「すげえ、まるでプリンにスプーンを刺したときみたいだったぞ……」
『我は国創りの霊槍ぞ、紛い物の大妖ごとき敵ではないわ』
「みたいだな……さあ、八岐大蛇!覚悟しろ!」
両手で槍を握りしめ、シュウは八岐大蛇めがけて突撃していった。
「〝爆〟!」
ドォオオンッ!!!
一方、雫もまた弱体化した傀儡の大群と戦いを繰り広げていた。
雫の投げた札がうずくまっていた傀儡の前で爆発し、まとめて五体ほど吹き飛ばす。
四肢や頭がもげた傀儡は、復活することなくそのまま動かなくなった。それを見てよし、と頷く雫。
ヒュン!
「っ!」
飛んできた矢を、紙一重でかわす雫。
頬をかすめた矢は結界にあたって地面に落ちる。先ほど雫の腕に刺さったものと同じものだ。
「アアァ………」
それを放ったのは、残り少ない傀儡の後ろに控える大柄な傀儡。
生前は、一族で最も弓の扱いに長けていた男だ。同時に雫に弓を教えた師匠でもある。
「それなら、私も使わせてもらおうかしら」
懐から、小さな木の枝を取り出す。あの草原の周りに生えていた霊木から採取したものだ。
霊木の枝に、あるスキルを発動させて霊力を込めていく。すると枝が音を立てて成長していき、大きな弓になった。
札を使い、炎を矢の形にして弓につがえる。半身を引き、腕を引いてまっすぐと男を見据えた。
「アァ……」
それに応えるように、男も矢をつがえる。そして弦を引き、虚ろな目で雫を捉えて……
「ふっ!」
「アァア!」
二本の矢が、同時に弓から飛び出した。
音速を超える矢は、どちらとも棒立ちになっている傀儡たちの頭を貫通し、なお衰えず相手の矢を破壊せんと迫る。
パキンッ!
そして双方の鏃が交わった瞬間、乾いた音を立てて一歩の矢が弾かれ、残った一方がそのまま突き進み……
「ガッ!!?」
男の頭が、爆ぜた。
手から弓がこぼれ落ちて、胴体が力なく倒れ臥す。
「本物の先生は、もっとうまかったわよ」
冷たい雫の声が、戦場に木霊した。
援護射撃の心配がなくなったため、雫は立て続けに札で矢を生成すると弓につがえて次々に傀儡を射抜いていく。
炎の矢に始まり、風の矢、石の矢……さまざまな矢が降り注いでは、容赦なく傀儡を貫いた。
「これで…最後!」
十分も経つ頃には、傀儡はもう残り一体になっていた。
「ナゼ、ナゼ……」
残ったのは、雫の母の傀儡。
何故このような状況になっているのか、まるでわからないとでも言うように立ち尽くす傀儡に、雫はそっと弓を向けた。
つがえる札は、三本。それまでよりはるかに太く、強靭な炎の矢が出来上がる。いや、もう槍といっても過言ではない。
それを、雫はーー
「ーーさようなら。私の後悔」
「アーー」
放たれた炎の槍は、断末魔の叫びすら許さずに傀儡を焼き尽くした。
通り過ぎた後には、何も残らない。あるのは黒焦げた地面と、静寂だけ。
「……ふぅ」
しばらく傀儡が立っていた場所を見つめていた雫は、ため息とともに弓を下ろす。
その顔にはもう暗いものはなく、過去の未練を乗り越えたからか、これまでにないほど清々しかった。
「さて、シュウの方は……」
弓を枝に戻して、結界の中を見やる雫。そこではもう、決着がつこうとしていた。
「ガ、ガァ……」
「これで…残りは一本だな」
シュウが槍を血ぶりして、八岐大蛇を見上げる。その燃えるような瞳には怒りが宿っている。
八岐大蛇は、すでに満身創痍であった。全身傷だらけ、首は七つも切り落とされ、残るのはあと一本だけ。
対するシュウは全くの無傷であり、はたから見てもどちらが優勢かは明確だった。
「どうした、もうへばったのか?」
「グゥ……!」
余裕な様子で言うシュウに、八岐大蛇は憎々しげに睨みつける。しかし、その目に力はない。
『シュウ、決めるぞ』
「ああ」
瀕死寸前の八岐大蛇を前に、シュウは姿勢を低くして槍を構えた。
全身から、白い雷が迸る。霊槍の力で増幅され、有り余る霊力が体外へ放出されているのだ。
「ーー我、一本の槍なりて。森羅万象、遍くものを貫かん」
『地を裂き、山を砕いて、天をも貫く我が刃、ただ一点の曇りもなし』
「穿つは楔、我が悔恨を悪と定め打ち払おう」
『我名を封じられしもの、天より落とされし唯一つの御霊ーー』
先日手に入れたばかりのスキルを使い、霊力を槍へ纏めていく。二人の詠唱が進むごとに、槍は輝きを増していった。
「ガ、ガァアアァアアア!!」
本能的危機を察知した八岐大蛇は、最後の抵抗と言わんばかりに炎を吐き出した。
しかし炎は容易く霊力の嵐に弾かれて、そうしている間にシュウとナナシの詠唱は終わりを迎えようとしていた。
「なれば、我に力を。己が業を断ち切る力を今ここに。応えよ霊槍、汝の名はーー」
『故に、汝に力を。黄泉に沈められしこの字名、今一度解き放とう。我が名はーー』
「ま、待テ!」
突然、首が龍人の人型に変わる。その顔は焦燥が浮かんでおり、必殺の一撃を放とうとしているシュウを制する。
「も、もう俺を苦シめないデクレ、これ以上奪わレタくなーー」
「ーーもう、迷わねえよ」
この期に及んで汚い手を使う幻覚の言葉を、シュウは強い意志を込めた言葉で断ち切って。
そして最後の言葉を紡いだ。
「『その名はーー伊邪那美命なりて』」
次の瞬間ーー光が爆ぜた。
八岐大蛇は、いつのまにか自分の前からシュウが消えていたことに気づく。はて、あの男はどこへいったのか。
探してみればーーシュウは、八岐大蛇の背後に立っていた。それも、真っ赤に染まった槍を持って。
そこでようやく、八岐大蛇は自分の意識が遠くのを感じた。まさか、と思い自分の体を見下ろしてみれば……胸に大きな穴が空いている。
「ガ、グァ……」
何が起きたのかわからない、そう声を漏らす八岐大蛇にシュウはゆっくりと振り返り、そして。
「……あばよ、俺の願望」
「ガァアアァアアアアァアアアァアアッッッ!!!!!!!」
八岐大蛇は、断末魔の叫びをあげて爆発四散したのだった。
ーーー
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