陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜

熊1969

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幕間 友の旅

09.心の傷を乗り越えろ 破

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   まずはじめに雫が行ったのは、シュウと八岐大蛇が一対一で戦えるようにすることだった。

   手に持った札の中から、特殊な術式を刻んだものを選んで地面に貼り付ける。そうすると印を組み、霊力を流して叫んだ。

「急急如律令!」

   発動を受理した札が、カッ!と光り輝く。すると札を中心に結界が広がっていき、背後の八岐大蛇とシュウを中に閉じ込めた。

   シュウがチラリとこちらを見る。雫は頷いた。シュウもそれにコクリと頷き返し、八岐大蛇へ向かって走り出した。

   それを見届けると、傀儡たちに向き直る。地面を揺らして向かってくる傀儡の大群に、雫は臨戦態勢をとった。

「ハッ!」

   まずは小手調べにと、雫は炎の札を目についた傀儡に放つ。

   筋力がないのか、ぶらぶらと両腕を揺らして走っていた傀儡の頭に札が突き刺さる。次の瞬間五芒星が浮き上がり札は爆発した。

   数体を巻き込み、頭の吹き飛んだ傀儡は地面に倒れ……ることはなく、なんと首から煙を出しながらなおも走ってくる。

   何度か炎の札を使うが、どの傀儡も全く勢いを緩めない。中には下半身しかないのに走っているシュールな傀儡もいる。

「それなら、こっちよ!」

   土の札に変えて、今度は地面に向けて投げる。札が起動すると、地中から無数の棘が突き出て傀儡を貫いた。

   胴体や四肢に棘が突き刺さり、何体か止まる傀儡。もがく仲間を無視して、他の傀儡はなおも近づいてきた。

「御構い無しってわけね……いいわ、来てみなさい!」

   両手に持てるだけの札を出し、一気に傀儡に投げつける。

   飛んでいった炎と土の札はマグマのような高熱を発する土槍を形成し、傀儡たちをまるで紙のように吹き飛ばした。

「オラァッ!」
「「「「「「「「グルァアアア!!!」」」」」」」」

   傀儡の大群を雫が食い止める中、シュウは結界の中で八岐大蛇と激しい戦闘を繰り広げている。

   食い殺さんと迫る八つの首を巧みに避け、鱗の継ぎ目を狙って槍を突き込む。だが切っ先が軽く刺さっただけだった。

「チッ、硬え!」
『我でも貫けぬとはな』
「ガァッ!」

   背後から迫ってきた頭をしゃがんでかわし、槍を抜きざまに目に突き込む。

   どうやら表皮よりは柔らかいようで、まるで鋼のような感触であったもののグシュッと音を立てて潰れた。

「グルァアアアッ!」

   目を潰したのとは他の首が怒りの声をあげて、炎を吐いてくる。とっさに目の潰れた首をやりで引き寄せ、下に入って防ぐ。

   炎の直撃を受けた首はさらなる苦痛の絶叫を上げた。それが龍人の叫びに聞こえ、シュウは顔をしかめる。

「ガルァ!」

   盾にされた首はふざけるなと言わんばかりに大声をあげて、そのままシュウを押し潰そうとする。

   煎餅のようになってはかなわないので、シュウはすぐさま炎の燃え盛るのとは反対の場所に転がり出た。

「ガァア!」
「チッ、休みなしかよ!」

   襲いかかってきた首に蹴りを食らわせて怯ませ、その隙に懐に距離を取ろうとする。

「「キュァアアア!」」

   だが、そうは問屋が卸さない。若干青がかった鱗の二本の首が口元に霊力を充填し、水のレーザーを放った。

「チィ!」

   挟み撃ちの形でせまるレーザーを、ステイタスによる超跳躍で回避する。すぐさま3本目の首が反応して噛み付いてきた。

   迫る大口に、シュウはあえて何もせずに飲み込まれた。そして入ってすぐに口の端に手をかけて、舌を思い切り貫いた。

「ガァアアア!?」
「さすがに口の中までは硬くねえようだな!」

   たまらず開けられた口から飛び出て、地面に着地するシュウ。口から血を流す首が恨めしげに赤い目で睨み据えた。



《オのレ………俺かラ父とハはを奪ッテおいテ……俺自身マデ痛めツけようトいうのか……ッ!》



   脳内に響いてきた幼い龍人の声に、シュウは目を見開く。しかし何か言う前に八岐大蛇が襲いかかってきたのですぐに飛び退いた。

「くっ、今のは!?」
『紛れもなく、あの大蛇もどきじゃろうな。さしずめ精神攻撃といったところか』
《ニクい、憎イ、全てガニくイ…………!》

   ナナシの答えを肯定するように、再び脳内に響く声。厄介な攻撃にシュウはとことん胸糞の悪い試練だ、と口の中で呟いた。

「ガァ!」
「しまっ!」

   一瞬の隙を突かれ、腹に首の一つが直撃する。その時パリンッと何かが割れたような乾いた音がした。

   まるでダンプカーに突撃されたような衝撃に目を見開いたシュウは、その顔のまま吹き飛ばされる。

   数秒の浮遊感の後、結界にぶつかって地面に落ちた。したたかに背中を打ち付け、シュウは痛みに身をよじる。

「ってえ……!」
『立ち上がれ!早くしないと死ぬぞ!』
「わかってるよ……!」

   槍を支えにして、なんとか立ち上がるシュウ。八岐大蛇は獲物を仕留めきれなかったことに唸り声を漏らした。
  
(やべて……瑠璃の加護がなかったら、今の一撃で完全に終わってた)
   
   確実な致命の一撃に、冷や汗が頬を伝ったていく。次に受けた時は、今度こそ瀕死に追い込まれるだろう。

   もう、絶対に直撃を受けてはならない。自分の命を守る鎧はなくなり、残るはこの手に握る槍のみだ。

「きゃぁっ!?」

   八岐大蛇の動向を伺っていると、そんな悲鳴が聞こえてくる。

   バッと後ろを振り返れば、雫が結界に背を預けてへたり込んでいた。左手には長い矢が刺さっている。

「雫!?」
「気にしないで!あなたは八岐大蛇に集中して!」

   矢を引き抜いて立ち上がる雫に、シュウはくっと歯噛みして八岐大蛇に向き直った。

   すると、八岐大蛇の頭の一つが変形し始める。訝しげに見るシュウの前で、頭は人の形を取っていった。

   十秒ほどして、頭だったものが人間の上半身になる。それは、血涙を流す幼い龍人の姿であった。


《オ前に俺ハ倒せナイ。見捨てタお前に、俺の前に立ツ資格はナい》


   人型の言葉に顔をしかめるシュウ。構えていた槍が下がり、それを見て龍人の人型は言葉を続けた。

《俺は苦シカっタ。辛かッタ。絶望シた。それナノに、オマエは見てイルだけダッた》
「………」
《あの時、オ前が側にイてくれレバ堕ちナカッたのに。手を伸ばシてくれレバ良かっタノニ。お前はただ、ジッとしてイタ!》
「……………」

   人型の罵倒に、顔を俯かせる。それを横目に聞いていた雫は、ふと傀儡の足音が止まっていることに気がついた。

   不思議に思って前を見てみれば、傀儡が立ち止まっている。いきなりどうして、と傀儡を見渡して……そして、ある傀儡を見て瞠目した。

「憎い……お前だけが生きていることが憎い……!」

   怨嗟の声を上げるのは……雫によく似た、女性の傀儡。名を〝霧咲楓〟というその女性は、雫の母だった。

   雫の母に同調するように、周りの傀儡も憎い、憎い、と言い始める。あまりに悲痛で憎しみのこもった声に、雫は顔を伏せた。

《壊シてヤル。何もカも壊しテ食ッて!殺シ尽クしテヤる!》

   沈黙しているシュウに、八岐大蛇はズルズルと近づいていく。

   やがて目の前まで来ると、炎を吐く首が口を開けてシュウに狙いを定め………

「……く、くくくく」

   不意に、シュウが笑い始めた。八岐大蛇は動きを止め、龍人の人型が訝しげな目で見る。

《何がオかシイ?》
「いや、
《何?》

   目を細める人型に、二人はゆっくりと顔を上げる。

   露わになった顔はーー激しい憤怒の色で染まっていた。思わずたじろぐ龍人の人型。

「ああ、確かに俺は見ていただけだ。それはある意味、見捨てるのと同じことだったんだろう」
《そウダ、お前は》
「だけどな!」

   強く、太い声でシュウは叫んだ。あまりの覇気に龍人の人型は口を噤んでしまう。

「あいつは自分から助けてほしいなんて、絶対に言わねえ」
《………なんダと?》
「どんなに怒っていても、何かを破壊したいなんて願わねえ。あいつは全部全部、なにもかも自分で背負い込んじまうやつなんだ」
《オ前、なにヲ言ッテ》

   混乱する龍人の人型。

   普通の人間の感情を基準として作られた幻覚には、その言葉は理解不能であった。

「だからこそ、助けなきゃいけねえんだ。辛いのに押し黙って、閉じこもってるあいつだから、側にいなきゃと思うんだ」
《あ、ありエなイ。これ程ノ憎しミヲ一身二抱えルなド、デキる筈がなイ!》
「お前にはわからないだろうな。だってお前は龍人じゃない。お前は……俺の〝願望〟だ」
《っ!?》

   その言葉を聞いた瞬間、龍人の人型が初めて激しい焦燥の表情を見せた。同時に雫がハッと顔を上げる。

「もしなにもできなかったことを責めてくれたら。いっそ全てぶちまけてくれたら。そんな俺の心を映し出したのがお前だ。全く自分が情けねえ」
《……………》

   押し黙る龍人の人型。なぜなら、シュウの言う通りがゆえに。

   〝心の試練〟。この試練の真価は、トラウマを見せることにはない。その裏に隠された、もっと重要なものを自覚させるのだ。

   心の試練が見せるのは、自分の最も強い願望……すなわち、一番弱い心。それに向き合わせることで心を強くすることこそが目的である。

「だからよ………俺の妄想ごときが、あいつの真似をするんじゃねぇ!!!」
「………そうよ」

   結界の向こう側で、雫がそう呟いた。

「あなたは、ただの私の空想。母さんを犠牲にして生き残った私の、ずっと消えない罪悪感」

   まっすぐ母の幻覚……否、自らの後悔の具現を睨む雫。

「ずっと、悩んできた。もしかして母さんは、私を恨んで死んだんじゃないかって。あの時の笑顔の裏には、怒りがあったんじゃないかって」

   今でも覚えている。恐怖で動けない雫を突き飛ばして、呪いの嵐から伸びる黒い手に掴まれて飛んでいった母の顔を。

   母は、笑っていたのだ。どこかホッとしたような、嬉しそうな……でも少しだけ寂しげな、そんな顔で笑っていた。



〝強く生きなさい。あなたなら、きっとそれができる〟



   それが雫が聞いた、最後の言葉であった。

「あの時私は託された。生きたかった母さんや、他の皆の分まで生きることを。もう母さんがなにを思っていたかはわからないけど、私はそう信じている」

   きっと、母は残念だっただろう。自らが死ぬことを。そして親として娘の成長を見守れないことを。

   それでも、笑ったのだ。苦しみも悲しみもなにもかも飲み込んで。最後の最後まで、娘に笑いかけたのだ。

「だから私は、許さない。そんな母さんの思いを汚す私の弱い心を、絶対に絶対に許さない!」

   頬を涙が伝う。ひどく儚げなその涙とは裏腹に、雫の目には強い光が宿っていた。

「ア……アァ……!?」
   
   すると、傀儡たちに変化が起きた。既に体の一部しかない傀儡は崩れ落ち、残るものたちもひどく苦しみ始める。

《なんダ、コレは……!?力が、抜ケテ……!》

   それは八岐大蛇も同じであった。シュウの言葉を受けた途端、体が思うように動かなくなったのだ。

   そんな敵に、二人は背中合わせに己の武器を掲げる。その顔には焦りも、ましてや迷いも一切存在しない。

   二人は鮮烈なまでに決意を宿した瞳で、大きな、とても大きな声で。







「さあ、構えろよ幻想。今ここで、お前を徹底的にぶっ飛ばす!!!」
「覚悟しなさい、弱い私。すぐにそのふざけた口、閉じさせてあげる!」


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