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第3章 王の日々
一話 新しい日常
しおりを挟むーーきーーださーー。
んん……
ーおきーーてくださーー!
後五分……
「起きてください、ご主人様!」
「………はっ!?」
唐突に眠りから覚める。すると頭頂部に軽い衝撃、同時にバサバサと何かが落ちる音がする。
寝ぼけた頭でぼーっと周囲を見渡すと、我が家の執務室であることがわかった。あれ、俺何してたんだっけ……?
「確か、書類整理してたらうつらうつらときて……」
周りを見ようとするも若干視界がぼやけ、目をこすってはっきりとさせる。
しっかりと目が見えるようになると、だんだん思考がクリアになってきた。そして昨日の記憶が蘇ってくる。
そうだ、確か昨日はいつも通り遅くまで書類を片付けていて、三時を回ったところで眠気が来てそのまま撃沈したんだ。
体は神となったので睡眠は本来いらないが、あいにくと俺という意識はどこまでも人間だ。だから疲れたと思ったら寝る。
「って、やばい。書類が……」
飛び起きた拍子に散らばった書類を拾おうとすると、見覚えのあるやつが床にうずくまっていた。
「……シド?お前何やってんの?」
「ふ、ふふふ……ご主人様を起こしに来たら思わぬご褒美を……ぐふふふふふ」
「えっ」
こいつ朝っぱらから何言ってんの?あっそういや起きた時頭に何かぶつかった気が……
時計を見ると、午前8時。なるほど、もう朝食の時間だ。だからシドが呼びに来たってことかな。
「で……」
もう一回シドを見る。すると顎のあたりを押さえていた。恍惚の表情で。
「あー、ごめん。顎に当たっちゃったか?」
「い、いえ。むしろこの脳天まで響く痛み……まさしく快ッ、感ッ!」
「そうか」
いつものことだったのでスルーして書類を拾った。あ、これ角が折れてる。エクーに怒られるかなぁ。
震えてるシド?知らん。あれで痛みで悶えてるんだったら、こっちも良心の呵責があるんだろうけど。
そんなことを考えていると、コンコンとノックがされる。
「どうぞー」
「しつれいするぞー!」
「ぞー」
扉をあけて入ってきたのは、我が愛しの娘たちだった。
元気一杯に扉を蹴破ったのはローサ。その後についてくるようにしてウィータがテクテクと入ってくる。
「父ちゃん、朝だぜ!私もう腹ペコだよ!」
「みんな、待ってる」
きゅうと可愛らしくなるお腹を押さえてまくし立てるローサに、俺は苦笑しながら腰に手を当てる。
「その前に、言うことがあるだろ?」
「あ、そだった!おはよう!」
「おはよう、ございます」
「はい、よくできました。ごめんな、これ片付けたら行くから待っててくれ」
「「はーい」」
きゃっきゃとはしゃぎながら部屋の中にあるソファにダイブする二人。頬を緩めつつ、書類を片付ける。
不備がないか確認し、判子を押すだけのものは押して、執務机に設置された四つの木箱のうち、それぞれに納めれば終わりだ。
「で、お前はいつまでそうしてるんだ」
「……埃がないかなと」
「なるほど、殊勝なメイドだ。で、本音は?」
「この体制のままでいたら蹴っていただけるかなと「よーし行くぞー二人とも」あぁん放置プレイ!」
変態全開なことを元気に叫ぶ変態を放っておいて、ソファから一足飛びにジャンプしてきた二人をキャッチする。
さて、食堂に……っと、一人大事なやつを忘れるところだった。
「お前も来い」
言いながら、壁に飾られた剣に手をかざす。
カタカタカタカタ……
するとひとりでに金具から飛び出して、風邪を伴って赤い剣は手の中に収まった。
まるで名前を呼ばれた飼い犬のごときスピードに笑いつつ、背中に回すと鞘が変形して固定された。
「さて、今日はどっちが肩車だ?」
「私のばん」
「私は今日は抱っこ!」
「はいはい」
ウィータを肩に乗せ、お転婆な姫様を片腕に抱えて部屋を後にする。
廊下は、カーテンを閉め切っていた執務室と違ってとても明るかった。
踊り場の真ん中に配置されているため、ちょうど目の前は大きなガラス窓だ。そこから大量の陽光が差し込んでいる。
「んー、朝日が身に染みる」
「パパ、毎日言ってる」
「夜更かしはいけないんだぞー?」
「それじゃあ、おやつを食べにこっそりキッチンに忍び込む誰かさんもいけない子だな」
「ぎくぅ」
目をそらすローサに笑って目を細めつつ、階段を降りて食堂に向かった。
「すでにお揃いです」
食堂の扉の前には、いつの間にかシドが腹部に手を重ねて待ち構えていた。復活するのが早いやつだな。
真面目モードになってるシドが扉を開ければ、露わになるのは大きな食堂。長大なテーブルとシャンデリアが煌めいている。
「おっ、寝坊助が来やがったぞ」
「お姫様たちも一緒じゃ」
何度見ても慣れないなぁとシャンデリアを見上げていれば、すでに来ていた者にそう言われる。
視線を下ろすと、洋式の食堂にはある種異端な紫の着物を纏う銀髪の美女と楽な体制でいる兎耳に赤角を持つ女。
そして、静かにコーヒーを啜る天上の女神が。
言わずもがな我が妻たち、エクセイザー改めエクー……愛称のようなもの……ヴェル、シリルラである。
「ごめん、また寝過ごした」
謝りつつ、ウィータとローサを座らせてから席に着いた。途端に女神からジロリと睨まれる。
「しっかりとベッドで寝てください、と何度言えば分かるんですかね」
「書類が溜まっててさ」
「次の火の日までが期日の、とかじゃろう?いっぺんにやらんで良いと言うに」
「あ、あはは……」
俺の心の内などお見通しのようだ。嫁さん二人のジト目に苦笑する今日この頃である。
「くくく、気にしなくていいぜ龍人。なんせこいつら、昨日寝室で待ってたのに来なかったから拗ねて……」
「「ヴェル(様)?」」
「おおっと、怖え怖え」
全く怖がってなさそうにおどけるヴェル。対してネタバラシをされた二人はぷいとそっぽを向いた。
この光景も何度目か、と思いつつ申し訳なく思った。確かにちょっと、仕事のペースを落とすべきかな。
「「ちょっと?」」
「か、顔が怖いぞー?」
「今」
「ちょっとと」
「言いましたか?」
「近い近い怖い!」
立ち上がって迫り来る怒りフェイスが二つ。対してどうどうと手を差し込む俺の身は一つ。
最近、尻に敷かれている気がしてならない。いや、もし将来誰かと結婚したら尻に敷かれるなとは思ってたが。
「あはは、父ちゃん怒られてやんのー」
「あ、お前後でお尻ぺんぺんの刑な。俺の菓子盗み食いしたろ」
「げぇ!」
ローサが怒られている。ふふん、父さんの痴態を見て笑うからってシリルラ笑顔で魂絞ってくるのやめて!?
「奥様方、そのあたりで」
恐怖の包囲網はシドの手によって終わりを迎えた。
鮮やかなスピードで料理がテーブルに並べられ、仕方がないと二人は身を引く。ほっと胸をなでおろした。
いただきます、と声を合わせて感謝を捧げる。そうすると食事が始まる。誰も邪魔しない、神聖な時間。
神となっても、依然として食事とは俺にとって重要な時間だ。病は気からじゃないが、食べないと気が滅入る。
「それにしても、龍人様は働きすぎです」
好物のオムレツを頬張っていると、不意にシリルラが先ほどの話の続きをしてきた。
口に物を入れたまま喋るわけにはいかないので、しっかり咀嚼して飲み込んで返事を返す。
「仕方がないだろ、それが責務なんだから」
「限度があるということじゃよ。皆も心配しておる」
「それはありがたいけどさ」
「本当かのう?」
片目を開けてこちらを見るエクーに、本当だってと返す。案じてくれることには感謝しかない。
でも、そうそう休むわけにもいかない。せっかく強い肉体を手に入れたのだ、できるところまではやらなくては。
「なんたって……王様になったんだからさ」
大武闘大会から、三ヶ月。
俺は今、この国の王として、一つの大陸を守護するものとして、ここで暮らしていた。
王の責務は多く、毎日のように仕事に追われる日々。最近は少しだけ慣れてきて、ペースも掴めてきた。
「今でも信じられませんね、傘を忘れて立ち往生していた龍人様が無数の魔物を従える王など」
「自分でも信じられないよ」
なにせ、陰陽師という点を除いてなんの教育も受けてない素人が国を背負うのだ。生半可な苦労じゃなかった。
それまでエクーがこなしていた仕事の引き継ぎに始まり、各種族との顔合わせや和解、〝統率府〟との連携。
まだまだ未完成な法律を整えたり、各地で起こっている問題の対処、他国との付き合い、エトセトラエトセトラ……
語りだしたらきりがないが、とにかく盛りだくさんの生活だ。
「よくぞまあ、三ヶ月程度でここまで育ったものよ」
「ご指導いただき、ありがとうございます」
「うむ、感謝するがよい」
胸を張るエクーにはは、と笑う。少しだけ雰囲気が和らいが気がした。
できればさっきの件も、このまま有耶無耶に……
「そ、れ、に、し、て、も! 働きすぎじゃこの馬鹿者め」
「あっはい」
できませんでした。まるでタイミングを見計らったかのように言われてしまった。
テーブル越しに半目で睨んでくるエクーと脇腹をつまんでくるシリルラに、またしばらく続くかと内心嘆息する。
「……そんなに働いておると、妾たちとの時間が減るだろう」
が、ぽそりと呟かれたその言葉に一瞬で沈んだ気持ちは晴れた。
下げかけていた顔を向けると、エクーは聞かれると思っていなかったのか驚いた顔をする。
すぐさま紅潮していき、さっきのように照れ隠しでそっぽを向いてしまった。今は可愛いとしか感じない。
「……まあ、そういうことですね」
もはや引きちぎれるかという勢いで脇腹をつねってくれやがったシリルラも、パッと指を話してそう言う。
そうか……なんとか仕事の合間を縫って家族との時間を大切にしていたつもりだが、足りずに不安にさせてたのか。
ヴェルを見ると、肩をすくめられる。からかっていた彼女も、そこは同意見らしい。
「……わかった。考えてみるよ」
「うむ、当然じゃ」
「それでいいんです、龍人様」
「ったく、世話のかかる旦那だぜ」
即答した三人にまた苦笑しつつ、悪くないと思う自分がいた。
まあ、色々忙しいが……これが俺の、新しい日々だ。
ーーー
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2章の12話と13話、順番が逆になってる。
盗賊のところに三猿が登場したあと、屋敷の話になって急に分からなくなったから、目次見てビックリ逆になってた。
三十一話 人物紹介 その2
セレア
〜大武闘大会において視界と実況を務めた。 ↑
司会
第2章というのが抜けているのと、一章と2章が入れ替わってるのはわざとなのでしょうか?新たに来た人が読みづらいと思うのですが、どうでしょうか?
そして、誤字報告です。8/11の最新話で風が風邪になってしまっているので気をつけて、文字変換の時に注意せねばならないですよね。
蛇足ですが、私は待ち合わせメールを知人に送ったときに場所の名前の文字変換をミスってるのに気づかず当日会うのに時間がかかってしまったことがあるので作者さんも気をつけてください。
では、次回の話を楽しみにさせていただきますね。
感想ありがとうございます。
昨日ようやく章分けの昨日を知って、一章を分けたところで眠気で撃沈した次第です
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。