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第1章 遥か高き果ての森
十五話 朝食と赤鬼兎
しおりを挟む朝食。
それは基本一日中三食取る中でも特に重要な食事だと俺は考えている。
なぜなら起床してからほとんど最初にするその行為は、しっかり食べるか食べないかでコンディションがまるで違ってくるのだ。
体を酷使し妖魔と戦う陰陽師としても、朝食に限らず食事に他の人間より重きを置いている俺は、今日も今日とて自分で朝食を作っていた。
ジュー……
黒鋼製フライパンの上で、黄色い光沢を放つ卵が音を立てる。それを焦がさないように気をつけながらら、その隣の土鍋の様子も見た。
今日のメニューはラス(異世界白米)、川魚の塩焼き、豆腐(自作)とキノコ(自家製)の味噌汁。
それに今こうして焼いている焼き卵。標準的な日本人の朝食だ。
《龍人様、そろそろ魚がいい頃ですね》
「ん、おう」
脳内に響いたシリルラの声で、自分の腹くらいの高さにある黒鋼製のグリルを引き開けた。
現れたグリルの上には、食欲を直接刺激してくるような豊潤な香りを漂わせる二枚の魚の塩焼きが。
一瞬キッチンから離れ、棚から皿を二枚取り出して出してその上に箸で一匹ずつ塩焼きを乗せる。
さらに皿の端にデロマ(大根)おろしを付け加えれば完成だ。先に机に置いておき、卵に戻る。
「よっ、ほっと」
それから数秒もしないうちに、俺の理想の半熟具合となった卵を箸を使ってクルクルと巻いていく。
巻き終えると皿の上に乗せ、土ツールの包丁で何分割かする。それでようやく完成だ。
卵の皿も机に置くと、茶碗を取り出してキッチンの一番左端にある黒鋼製のかまどにはまっている石窯の蓋をあける。
ちなみにこれの炎は〝燃焼石〟という、魔力を込めると炎を発する使い捨ての鉱石でまかなっている。
木でできている蓋を開けた途端、ぶわっと煙が立ち上り白米が姿を現した。つやつやとした表面は真っ白で、宝石のようである。
「ああ、見てるだけで食欲が……」
《………ゴクッ》
「ん?なんか今聞こえたような……」
《さっさとついでくださいね》
「え、あ、はい」
なぜか有無を言わさぬ口調のシリルラに、茶碗に米をよそう。なんか米を食べられないことに怒ったような口調だったな。
こんなことを考えながら茶碗を二つともテーブルの上に置いた。あとは味噌汁だけだ。コンロの上の鍋から味噌汁もついで運ぶ。
「よっしと。んじゃ、後は…」
はしを二膳引き出しからとりだして、それぞれの皿の前に置く。
最後にコップと水差しを置いて、使った食器や食材類を全て洗って片付ければ終了。
食卓につき、そして実は今までずっとソファーでそわそわしていたエクセイザーを手招きする。
「おーい、できたぞ」
「む、そ、そうか」
すると彼女はぱっとすぐに動いて、向かい側に座った。よほどお腹が減っていたらしい。
そう、このもう一人分はエクセイザーのものだ。数日前から興味本位なのか、朝食を一緒にとるようになった。
ちなみにシリルラはそもそも今のところは声だけの存在で、現実にいないので食べることはない。食べたそうな声はするのだが……
《延々と罵倒してあげましょうかね?》
「八つ当たりやめて!?」
ま、まあそれはともかく。今は朝食を取るのが先だ。両手を合わせ、生まれてからほぼ毎日言ってきた言葉を言う。エクセイザーも同じ動きをした。
「「いただきます」」
何かの命をいただいて、今日を生きる。それに感謝し、数秒ほど手を合わせてから食べ始めた。
まず最初に、好物である焼き卵を一切れ取って口に入れた。その後にすぐご飯も一口食べる。
「うん、我ながらいい出来だ。結構美味い」
それに気分を良くして、どんどん他のものも食べていった。ただし、急いで噛まずに食べても体に悪いのである程度の速度でだが。
「おっ、焼き魚も美味い。いい感じに脂がのってるな」
「む、むう……」
「ん?」
唸り声にふと前を向いてみれば、エクセイザーがはしを扱うのに四苦八苦していた。思わず苦笑してしまう。
まあ、無理もないだろう。地球でだって、外国人がはしを使うのには苦労するものだ。それが異世界人ともなれば相当だろう。
「……ああもう!やめじゃやめじゃ!」
やがて俺がほぼ食べ終わった頃、ずっとはしと格闘していたエクセイザーはバン!と机にはしを叩きつけた。どうやら頭にきたらしい。
「ま、最初のうちはそんなもんだ。気にするなよ」
「だいたい難しすぎるじゃろうこれ。マスターするのにはひと月はかかる気がするぞ…」
「何事も精進あるのみ、ってな」
冗談めかしてそう言えば、エクセイザーは少し落ち込んでしまった。
しかし、すぐに何事かブツブツとつぶやき始める。なんだか真剣な表情だ。
「そうじゃ……妾が使えないならば、使えるものに食べさせてもらえばいいのじゃ……うん、そうじゃな」
「ええと、大丈夫かエクセイザー?」
「うむ、問題はない。して主人よ、一つ頼みごとを聞いてはくれまいか?」
「頼みごと?」
首を傾げて問い返せば、エクセイザーは黙って目を閉じ、突然こちらに向けて口を開けた。
鋭い犬歯と小さな鱗がある艶めかしい舌は、恥ずかしいのか赤く染まった頰と相まって、非常にドキドキする。
ええと……これは、そういうことなのか?
《むしろそれ以外ないかと》
いやいや待て待て、あのエクセイザーだぞ?誇り高き龍の女皇だぞ?他人に食事を食べさせるなんて、そんな……
ああダメだ、考えてるだけじゃあらちがあかん。ここは本人に聞くのがベストだろう。
「えっと……エクセイザー?」
「……ん」
「あー、その、なんつーか……」
「……ん!」
口を開けたまま、片目を開けて早くしろとこちらにアイコンタクトを送ってくるエクセイザー。どうやら俺の予想は的中しているようだ。
仕方がないと思い、彼女の前に並んでいた皿たちを引き寄せる。そして魚を割ると恐る恐るエクセイザーの口の中に入れた。
エクセイザーは食べ物が舌に触れた瞬間、口を閉じる。そのまま俺のはしごと口の中で食べ物を転がし、なぜか嬉しそうな顔をした。
が、こっちはそれどころじゃない。はしを通じて舌とかその他もろもろの感触が……!
《変態》
うん、流石に言い返せないかもしれない。
「ん……は」
咀嚼して飲み込むと、エクセイザーははしを口から出した。ペロリと下唇を舐めて、余韻に浸っているような感じだ。
「……えーと、満足したか?」
「ふむ……もう一度頼む」
「え"っ」
ちょっと待て。今のを、もう一回だと?
「どうした?ほれ、はようせい」
「あの……ちなみにあと何回ほど?」
「無論、全部食べ終わるまでじゃ」
「マジか」
結局、俺はエクセイザーに用意したもの全部を食べさせることになった。
心の中で経を唱えて煩悩退散に尽力していたことは、俺だけが知っていればいい。
●◯●
「ふぅ……」
ジャー……
ある種拷問の時が終わり、俺は汚れた食器を洗う。エクセイザーは何かに満足したのか、未だ座りながらにこにこと笑っていた。
「ふふ…」
「そんなに美味しかったか?」
「ん?まあ、の」
「そうか……ん?」
不意に、違和感が手を襲った。思わず食器を洗う手を止めてしまう。違和感の元は蛇口から流れる水だ。
意識を集中させてみれば、ログキャビンの裏手にある巨大な貯水タンクから蛇口に向かって水が流れているのがわかる。
そこまではいい。問題はその先だ。より一層意識をそちらに絞り、何がおかしいのかを探る。
しばらくして、ようやく違和感の正体を突き止めた。水の出元である大河の支流だ。
「誰かが、川の中に入って何かをしてる……?」
そいつの霊力が、水道管に流れている水を伝って感知できたのか。
もっと相手のことを探ろうと、目を閉じて蛇口に触れ、そこから水道管に霊力を流してみる。
それは俺の擬似的な視界となり、どんどん移動していって、やがてその誰かに行き着いた。
『はぁ、はぁ……ぐっ』
そこにいたのは、一人の女の子だった。年は俺と同じくらいで、ショートにされた赤髪は元は美しいのだろうが、今は彼女の全身もろとも薄汚れている。顔はかなり整っていた。
少女は所々破れている戦闘衣を着ていて、エクセイザーのも負けず劣らずの……まあ、なんていうかすごかった。
「……ほお」
…後ろからギロッという擬音が似合いそうな視線を感じるが、これは決して俺のせいではない。視線がそっちにいってしまうのは男の性なのだ。
《変態ですね》
……すみません。
だが何より、俺が注目したのは……彼女の頭に生えたぴこぴこと動いているウサミミと思しきものと、額に生えた水晶のような赤い角。
そして、彼女の真っ赤に染まった腹部だった。
彼女は苦悶の声をあげながら水で傷口を洗い流し、戦闘衣を破いて止血しようとしている。
だが、どう見ても彼女の顔色は最悪に等しかった。あんな大穴が空いてたら致命傷もいいとこだ。
《……龍人様》
「……主人」
「ああ、助けに行くぞ」
シリルラとエクセイザーの二つの声にそう答え、手早く食器を片付けると、椅子にかけていたチェスターコート風の防具…〝銀龍神の上着〟を取って羽織る。
そうすると一通り装備を持ち、エクセイザーに剣になってもらうと背中に括り付けてログキャビンを出た。
外に出ると、支流に向かって走る。あの傷だと、一刻も早く治療しなくては命を落としてしまうだろう。
「見た以上は、死なせるわけにはいかない……!」
【身体能力超強化Lv7】を全開にして、木や空間を【空歩】で蹴ってショートカットしながらそこに向かう。
《龍人様、見つけましたね》
「ああ!」
それから数分もしなうちに、支流にたどり着く。シリルラの声が上がり、俺も河原に倒れ伏している少女を目視した。
最後のだめ押しと言わんばかりに強く空気を蹴り、少女のすぐ近くに着地した。
「おいっ、大丈夫か!?」
「……う……あんた…は?」
「この近くに住んでるもんだ。あんまり喋るな、傷に響く」
〝治癒〟の術式が組み込まれた木札を取り出し、霊力を流してうっすらと目を開けた少女の腹部に押し当てて聞く。
そうすると、少しは楽になったのだろう、少女は先ほどよりは険しくない顔でこちらを見た。
「あんた、どこから来たんだ?」
「あたし…東部から逃げてきて……」
「!」
「家族の…赤鬼族と兎人族も一緒で……でも追っ手の襲撃を受けて……そ、そうだ!なあ、あんた!あたしの家族を助けてくれよ!」
治療が進んで意識が明確になった少女は、俺の腕を掴んで懇願するような目を向けてきた。
見ず知らずの俺に助けを求めるほどだ、この子とその家族はよっぽどな状況に置かれているんだろう。
「わかった、あとで話は聞こう。でも今は先に君の治療だ」
「ああ……ありがとう……」
「とりあえず、傷を塞いだら俺の家にーー」
「ミツケタゾ!」
「「!」」
そこで、また一つ新しいダミ声が割り込んできた。もしやこの子の家族か?と一瞬思う。
が、振り返った茂みの先にいたのは、黒い肌に醜い肌、鉄の軽装鎧に身を包んだ、一回り大きいイヴィルゴブリンだった。
《いいえ龍人様、あれはダークゴブリンですね。イヴィルゴブリンの進化系であり、知能がより発達した結果言葉をも話せるようになった個体ですね》
解説サンキュー、シリルラ。
「てめぇ………!」
「フン、マダ死ンデイナカッタカ!マアイイ、今ココデ始末スレバ同ジコト!貴様ラ、ヤレ!」
少女は手で上半身を起こしながら、憎々しげにダークゴブリンを睨む。
対するダークゴブリンは見下した口調で後ろにいたイヴィルゴブリンたちに命令を下した。
『火ヨ我ニ集エ、コノ手ニ望ムハ全テヲ焼キ尽クス力、〝ファイアボール〟』
十体のイヴィルゴブリン全員が全く同じ詠唱を唱え、その結果として手に持った木の杖に火の玉が出現した。
だが、いつものやつらの比ではない。五倍くらいでかかった。この子もろとも俺も殺す気か!
「焼キ尽クセ!」
ダークゴブリンの指揮に従い飛んできた火球を迎撃するため、立ち上がろうとしていた少女を抑えて後ろ腰からドラゴエッジを左手で引き抜く。
さらにホルスターからオールスMr.Iも抜き、セーフティレバーを外して右手で持った。
「レベル〝弐〟」
ぼそりと、つまみの石に指を触れさせながら呟く。すると石が淡く光り、自動的につまみが一番左から二番目のメモリにセットされた。
つまみには〝記憶石〟という事象や音声を記憶する鉱石が組み込まれており、俺の声が記録してある。
ゴォォォ!
霊力を流し込まれたオールスMr.Iが放電を始めるのと同時に、すぐ目と鼻の先に火球たちが迫ってきていた。
少女は絶望したように諦めの表情で目を瞑り、ダークゴブリンは得意げな笑みを浮かべる。
おそらく、ダークゴブリンの頭の中には消し炭になった俺たちの姿でも写っているのだろうが……
ゴバァンッ!!!
「「……ハ?」」
凄まじい破裂音を立てて、火球が全て吹き飛んだ。それだけにとどまらずに、周りの木が何本も木っ端微塵になる。
「うおっ、やっぱ威力おかしいわこれ。普通吹き飛ぶとかだろ。やっぱ下手にレベル壱以上は使えないな」
「い、今何が……」
「あんた、そこでじっとしてろよ」
「え、あ、うん……」
「ッ!タ、隊列ヲ立テ直セ!」
「そうはさせるかっての!」
【身体能力超強化Lv7】を発動して飛び出す。ホルスターにオールスMr.Iをしまい、代わりに背中からエクセイザーを引き抜いた。
そのまま一匹のイヴィルゴブリンの前に立つと、まずドラゴエッジを逆袈裟に振り抜く。
「一匹」
「ギッ!?」
高速で振るわれたドラゴエッジがするりと通り抜け、ズルリとずれて落ちるイヴィルゴブリンの上半身。
鎧の有無など関係なく、まるで紙のようにたやすく切断できた。さすがはガルスさんの剣だ。
さらに右足を軸にして三回転し、隣のイヴィルゴブリン二匹をエクセイザーで三枚おろしにした。
「三匹、次は……」
「ギギッ!」
と、ダミ声をあげて一匹のイヴィルゴブリンが杖を捨て、短剣を抜いて突進してきた。
それを腕ごと弾いて股間を膝で蹴り上げ、動きが止まったところをドラゴエッジの柄頭で頭部を粉砕。
回し蹴りで頭部が潰れた死体を吹き飛ばすと、残りのゴブリンたちに向き直った。残り、六匹。
《龍人様。あの方の状態を見るに、そう時間はかけられないかと》
「そうだな。あの札は臓器の傷までは治せない。早めに終わらせた方が良さそうだ」
そういうわけでドラゴエッジを後ろ腰に納刀した。 代わりにオールスを抜きながら三回発砲する。
ゴパンッ! ゴパンッ! ゴパンッ!
鈍い発砲音とともに、実弾がイヴィルゴブリンの頭部を三つほど吹き飛ばす。オールスMr.Iから、空になった薬莢が排出された。
「ナッ、ナッ!?」
「「「ギギッ!?」」」
生物的な本能で死の危機を感じ取ったのだろう、後ずさるダークゴブリンとイヴィルゴブリン。
しかしそれは、命の奪い合いでは命取りだ。
「ほいっと」
ストンッという軽い音ともに、ホルスターから抜いた土ツールのナイフが三本飛んでいく。
「「「ギッ……」」」
残りのイヴィルゴブリン全部の頭に短剣が生えた。ていうか俺が生やした。絶命して倒れ伏すイヴィルゴブリン。思ったより弱かったな。
「ナ、何ナノダオ前ハ!?」
そんな俺を見て怯えるような声をあげるダークゴブリン。話す義理もないなので、さっさと処理することにした。
接近してエクセイザーを数回ほど振り、背を向けてダークゴブリンから離れる。
「これで終わりだ」
「ハヘッ?」
間抜けな声を最後に体に複数の切れ込みが入り、ダークゴブリンはバラバラになって息絶えた。
納刀しながら転がった頭を覗きこむと、呆然とした表情で、何が起きたかわかっていなかったようだ。
「ん、こんなもんか」
「あ、あんた……」
震えた声をあげる少女を見れば、俺を声同様震える指で指差してありえないとでもいうように目を見開いている。
はて、血みどろになるのは嫌だから、全部避けていたので返り血などはついていないはずだが……
《女性の前であれだけのことをすれば、怯えるのは仕方がないのではないですかね》
「あっ……」
やらかしちまったか。なんだか居心地悪くなって頭をかきながら、外傷はほぼ完治している少女に手を差し出した。
「えっと…立てるか?後、俺んとこに来いよ。治療してやるから」
「あ、うん……」
ふらふらと立ち上がった少女に肩を貸し、ダークゴブリンたちを回収すると、俺は我が家へと歩き出す。
そんなんこんなで、俺は少女を保護したのだった。
●◯●
あの後、できるだけ最速でログキャビンに戻ってきた。
そしてエクセイザーに診てもらったところ、やはり内臓に傷が付いていた。あと少しで手遅れだったという。
幸い、この世界に来てからの鍛錬の結果、気功法をある程度マスターしており、霊力を使った治癒をして無事に治すことができた。
「ほら、これ食べろよ」
「……ありがと」
で、今は治療が終わった途端、お腹を鳴らした少女に飯をやっているところである。
差し出したお粥とスプーンを、若干赤い顔で大人しく受け取る少女。さっきまでは殴りかかろうとしてたとは思えない。
少女は恐る恐る一口食べ、危険でないとわかるとガツガツと食べ始める。よほど空腹だったんだろう。
しばらくお粥を食べる少女を見守っていたが、ひと段落ついたところで話を切り出した。
「で、だ。なんであんなとこにいたのか、話してくれると助かる」
「……!」
ビクッと肩を震わせた少女は、鋭い目で俺を睨んだ。俺の力を警戒してるんだろう。
俺は苦笑して、机の上にドラゴエッジ、オールスMr.I、木札、ナイフ、全てを体から取り外して机に置いた。
「!? あんた、なにを……」
「ほら、これでいいだろ? 少しでも信用できなかったら、どれでも使えよ」
「………わかった」
俺の言葉に偽りがないとわかったのだろう、ぽつり、ぽつりと少女は語り出した。
彼女は、自分でも言っていた通り東部生まれの、〝兎人族〟という獣人型の魔物と〝赤鬼族〟という種族のハーフらしい。
母親が兎人族で、父親が赤鬼族。兎人族は俊敏性と隠密性に優れ、赤鬼族はタフネスさに長ける。
優秀な素質を持って生まれた彼女は、生まれた当初いがみ合っていた兎人族と赤鬼族の架け橋になったという。
兎人族と赤鬼族の中で、彼女はすくすくと育ち、弱いものには一切の生存権がない東部で生き残るため、力を身につけていったという。
だが、それが災いした。
「やつに……東部の支配者に、あたしは目をつけられた」
「……黒い鬼神か」
「ああ。あいつは自分の軍門に下らなければ、兎人族と赤鬼族どちらともを滅ぼすと脅しをかけて来た」
「そしてそれに従うしかなかった、か」
「ああ。あたしは屈辱に耐えながら、なんとかやつの側近をしてたんだ。でも……」
彼女の口から語られた鬼神は、最低なことをしていた。
今現在、東部では繁殖力の強い魔物の繁殖期に入っている。その中にはイヴィルゴブリンもおり、大量に産まれたそうた。
そしてイヴィルゴブリン達の経験値稼ぎ……要するにレベルアップのために、兎人族と赤鬼族を狩り始めたのだ。
「あいつは、何もせず、ただあたしに守られてる役立たずども仕事を与えてやる、光栄に思えって……そんな、ふざけたことを抜かしやがったんだ!」
「………」
ガンッ!と強く拳を机に叩きつける少女。その顔には怒りが浮かび、しかしすぐにここが俺の家だと思い出した。
「す、すまねえ……」
「……いや、いい。俺も同じ立場なら同じ気持ちになるからな。話を続けてくれ」
「ああ……約束を反故にされたあたしは、あのクソ野郎の顔面に一発かまして逃げてきたんだ」
そして生き残っていた兎人族と赤鬼族を引き連れ、慈悲深いことで有名なエクセイザーに助けを求めに来たらしい。
だが、追っ手に追いつかれそうになり、一人囮になって応戦した結果数の暴力にひどい手傷を負った。
なんとか逃げおおせて、あの川で休息を取ろうとしていたところを俺が見つけた、ということらしい。
「……それが、あたしがここにいる理由だ」
「…そうか。なんていうか、よく頑張ったな」
俺は地球にいた頃親戚の妹のような子にやっていた感覚で、少女の頭を優しく撫でた。
少女は顔を赤くして、振り払おうとする。だがそこは俺の人外のステータス、抗えなかったようでおとなしく撫でられていた。
「うん、サラサラしてて気持ちいい。ウサミミもモフモフしてるな」
「てめぇ……あとで覚えときやがれ……」
《……初対面の女性の頭を撫でるなんて、龍人様は救いようがありませんね。スケコマシ、女たらし、変態、ロリコンの四拍子とは》
だからロリコンじゃないから!他のも違うし!
それに、俺を好きになるやつなんてよほどの物好きか珍しいもの見たさなやつくらいだろ。
《…………………物好きで悪かったですね》
なんかシリルラが小さい声で何事か呟いた気がするが、これ以上メンタルを削られたらたまったもんじゃない。
なのでスルーすることにして、少女の方に意識を戻す。
「あー、えっと。それでだな」
「……あんだよこの変態?」
「………」
ジト目で見てくる少女に、俺は無言で手を頭から離した。流石にその目で見られながら撫でるのは無理だ。
というか、冷静になってみると、自分がかなり軽率な行動をしてたとわかる。何やってんだ俺。
「……すまん」
「ふん、もういいよ。で、結局なんなんだよ?」
「……今、西部にエクセイザーはいない」
俺の言葉に、少女はガタッ!と立ち上がった。
「ど、どうして!?」
「…俺が、殺したから」
そう言った瞬間、自分の顔が苦々しげに歪むのがわかった。あれは俺にとって、ちょっとしたトラウマになっている。
「はぁっ!?てめっ、何やってくれてんだ!あたしの最後の希望を!」
「ちょっと待て、安心しろ………ってのもおかしいか。とにかく、エクセイザーは俺の剣となって生きている。エクセイザー、出て来てくれ」
『承知した』
立てかけていたエクセイザーが浮かび上がって発光し、人間態となる。俺の襟首をつかんでいた少女はそれをぽかん、と呆然と見つめた。
「初めまして、じゃな。妾がエクセイザーじゃ」
「……はっ!? も、もしかしてインテリジェンス・ウェポン!?」
呆然としていた少女は、少しして我に返り叫ぶ。へえ、インテリジェンス・ウェポンのことを知ってるのか。
「正解じゃ。それでお主、妾に何か頼みごとがあったのではないのか?」
「そ、そうだった!」
エクセイザーの言葉に少女はようやく思い出したとでもいうように、襟首から手を離して、深く頭を下げた。
「兎人族と赤鬼族を、助けてくれ!皆西部の中にいるはずなんだ!早くしないと、みんな殺されちまう!」
「ふむ……と言っても今の妾の主人はこやつじゃしの。こやつに聞いてみるがよい」
少女は一度驚いたように顔を上げ、そして改めて俺に向かって頭を下げる。
「頼む!助けれくれ!」
「いいぞ」
「あたしはどうしてくれてもいい、だから………え?」
キョトンとした顔で頭をあげる少女。そんな彼女の目を見て俺は答える。
「いいぞ。話聞いてるときからそのつもりだったし、一応今の西部の守護者は俺だしな」
「ほ、ほんとか!?マジでやってくれるのか!?」
「ああ……だが、一つだけ条件がある」
俺は座って真剣な声でそう言い、机に両ひじをついて口元を隠し、少女を見つめた。ゴクリ、と唾を飲み込む少女。
「お前、ここでしばらく暮らせ」
「…………は?」
今度は拍子抜けしたような顔をする。ころころと表情が変わるな。
「……はっ!まさかこの耳か狙いか!?」
かと思えば、耳を手で隠す。どうやらさっきのことをまだ根に持ってるらしい。
「違うよ!」
「じゃあなんだってんだ」
「いや、家族が見つかるまで暮らす場所もないだろ?だから落ち着くまではここで過ごしたらいい。それに、俺も話し相手が増えるのは嬉しいし」
「……本当に、いいのか?」
不安と期待の入り混じった目でこちらを伺う少女に、ポーズを解いてはっきりと頷いた。
すると少女は一瞬ものすごく嬉しそうな笑みを浮かべて、けどすぐにそっぽを向いて小声で「……ありがとう」と呟く。
「ま、そんなわけでしばらくは同居人だ。あ、そういえば今更だけど、君の名前は?」
「……ヴェルメリオ。ヴェルって呼んでくれていい」
「ん。そんじゃヴェル、よろしくな」
立ち上がって、手を差し出す。
少女改めヴェルはすぐには分からなかったようだが、話の流れで大体意味がわかったのだろう。
おずおずといった様子で、俺の手を握り返すのだった。
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ハーフのクロエ
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アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
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