陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜

熊1969

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第1章 遥か高き果ての森

二十二話 出立と黒龍の子供

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   〝フリューゲル〟を作成してから数日後。

   ずっと降り続いていた昨日の夜に無事雨も上がったので、『遥か高き果ての森』の北部へと旅立つことにした。


ピピピ……


   いつもよりかなり早めに設定していたアラームの音でぱちりと目を覚まし、もぞもぞと片手を動かして携帯を取りアラームを停止する。

《おはようございますね、龍人様》

   すると、どこからともなく頭の中に抑揚のないソプラノの声が響く。それが誰だかすぐに見当がついた。

「ん、シリルラか。おはよう。今日はよろしくな」
《ええ、お任せくださいね》

   シリルラに挨拶をすると上半身を持ち上げようとして……ふと片腕が動かないことに気がつく。

   不思議に思い布団をまくってみれば、俺の腕を抱き枕にして気持ちよさそうに眠るレイの姿があった。

   初めて出会った時の険しい表情からは考えられない、どこか幸せそうな寝顔を見せるレイにふっと微笑み、その頭を撫でる。

   するとレイはくすぐったそうに身をよじった。

「おっと」

   慌てて頭から手を離すが、レイは少し体を動かしただけで起きることはなかった。

   そのことにホッと安堵し、なるべく一瞬で例の両腕の中から自分の腕を引き抜く。すると今度は険しい顔をする。

「んにゅ……」
「よしよし」

   すぐにレイの手の中に彼女のために作った枕を握らせると、レイは元の穏やかな寝顔に戻り、静かに寝息を立て始めた。

「すぅ……すぅ……」
「ふぅ、セーフ……」

   数秒待って起きる気配がないことを確認すると、髪飾りとヘアゴムを取るとももみあげから伸びる長い髪につけ、後ろ髪を縛る。

 それを終えるとクローゼットから服を取り出して、できる限り抜き足差し足で寝室から出ていった。

   ほとんど音を立てずに後ろ手で寝室のドアを閉じ、洗面所に行き顔を洗う。そうするとキッチンに向かった。

「ふぁ……こんな速い時間に起きたの久しぶりだわ……」

   欠伸を噛み殺しながら、〝保存〟の魔術がかけられた棚を開け、中にある干し肉とパン、チーズを取り出す。

   それを片手に、壁に掛けてある入れ物から〝火炎〟の木札を取り出し、霊力を流し込む。

「〝急急如律令〟」

   小さくぽそりと呟くと木札に刻み込まれた紋章が輝き、一瞬の後朽ち果てる。代わりに指の先に小さな火が灯った。

   パンの間に干し肉とミスリルリザードチーズを挟み込み、霊力で維持されている火で炙る。

   途端にチーズがとろけ、パンが焼けて焦げ目が付いていく。その香ばしい匂いに口の中に唾がたまっていくのを感じた。

「まだ、まだ後少し……」
《ゴクッ……》

   食欲を我慢しながら、火で炙り続ける。頃合いのところで霊力の供給をやめた。途端に火が消えた。

   手の中には簡易的なサンドイッチが出来上がっていた。香ばしい肉とチーズの香りが食欲を刺激する。

「いただきます」

   ミルクを用意すると、誰に聞かれるでもなくそう呟く。そして早速サンドイッチを手に持ちかぶりついた。

   その瞬間、口の中に広がるのはチーズの濃厚な甘さと噛めば噛むほど旨味の増していく塩気の多い肉の味、そしてそれらを引き立たせるレタスのシャキシャキとした食感。

「うむ、我ながらうまいな」

《……ごくり》
「 ………なんだか今、唾を飲む音が聞こえたんだが。ていうかさっきも聞こえた気がしたな」
《さあ、気のせいじゃないですかね?》
「前にもこんなことなかったっけ?確かこの世界に来た当初の頃。その時も俺が肉を焼いているときにお前……」
《それ以上言うとヴェルメリオ様達に有る事無い事吹き込みますが?》
「いやー空耳かなぁ!  最近ちょっと耳の調子がなぁ!」

   シリルラと小声でそんな会話をしながら、誰も起きていないリビングの中、久しぶりに一人の朝食を満喫した。

   十分ほどして完食すると、ミルクを飲み干して使った食器を簡単に水魔術で洗い流す。

   簡易的な朝食を終え、一回伸びをすると、ドアのところに掛けられていたアイテムポーチのついたベルトとコートを取る。

    装備一式を身につけ、持ち物点検しているとと、ふとそういえばエクセイザーはどこにいったのかと思った。

   気配を探るが、ログキャビンの中にはない。とすると、外か?

   ドアを開いて外へと出る。するとテラスにエクセイザーがいるのが見えた。ドアの空いた音でこちらを振り返るエクセイザー。

「おや、起きたか。おはようじゃ、主人」
「おう、おはようエクセイザー。調子はどうだ?」
「万全に決まっておろう。そういうお主はどうじゃ?」

    どこか挑発するような口調で不敵に笑うエクセイザーに、俺もニヤリと笑いながら親指を立てた。

「絶好調だ。腹ごしらえも済んだしな」
「そうか……それは頼もしいの。それでは、行くか?」

   そう聞くエクセイザーの顔には期待が満ち溢れていた。どうやら早くフリューゲルに乗りたいみたいだ。

「ああ」

   俺は頷き、最終確認のためアイテムポーチの蓋を開けて中に手を入れる。すると中にあるものの状態を感じることができた。

   ………よし、食料、武器、野宿用の道具、木札……全部十分に揃っているな。切り札の一つである鉄札も5枚とも感度は良好だ。

   状態を確認し終えると、フリューゲルをイメージする。すると、アイテムポーチの中にある手に何かが触れた。そのまま引き抜く。

   四次元的な現象で、アイテムポーチからスケートボードのような長物が引っ張り出された。

   フリューゲルを床に寝かせ、上に乗って足から霊力を流し込む。すると宝玉が淡く輝き、フリューゲルは浮かび上がった。

   少し上昇と下降をして稼働に問題がないと確認できたら一旦降りる。そして家の周りに張った結界に異常がないか確認した。

   入念に確認を終え全て問題ないと確認できたので、エクセイザーに頷く。もういつ出発しても大丈夫だ。

   既にヴェル達との挨拶も昨日の夜のうちに済ませておいた。見送りに来てほしくもあったが、寂しくなりそうなのでそれは控えた。

  再度フリューゲルに乗り、エクセイザーに手を伸ばした。エクセイザーはこくりと頷き、短く詠唱する。

「〝転身〟」

   その言葉とともにエクセイザーの体が淡い光に包まれ、鞘に収められた一振りの剣となる。

   俺は彼女を手に取り、エクセイザーを背負うとコートについている金具で鞘についたベルトを固定する。

「よし……これでオッケーだな。それじゃあーー」

   出発するか。そう言おうとした瞬間、ドアがガチャリと開いた。思わず反射的にそちらを振り向いてしまう。

   ドアを開け、目をこすりながら出てきたのは……デフォルメされたウサギが大量にプリントされたパジャマ「着たヴェルだった。

「ヴェル?  起きたのか」
「……んー…ああ……もう行くのか……?」

   半分寝ぼけているような声と、とろんとした目でヴェルはそう俺に問いかけてくる。どうやら半分夢の中のようだ。

   俺は苦笑しながらフリューゲルから降りて、今にも倒れそうなヴェルの肩に手を回してログキャビンの中へと戻る。

   俺が肩を貸した時点で再び完全に眠りに落ちたのか、カクンと首を項垂れながら歩くヴェルを支えて奥に進んだ。

「ヴェル、寝かせるぞ」
「んー……」

   ソファをどかして広げてある布団の一つ、ニィシャさんの隣にそっと寝かせた。

   その体に布団をかけ、踵を返そうとしたところで……不意に、袖を引かれる感覚を覚えた。

   振り返れば、険しい表情のヴェルが俺のコートの裾をつまんでいる。一体どうしたのだろう?

「ヴェル?」
「…い…やだ……みんな……いかないでくれ……」
「………!」

   悪夢にうなされているのか、目尻から一筋の涙をこぼし苦しそうにうめくヴェル。

   俺はそれに目を見開き……すぐにそっと目を伏せた。彼女の頭に手をかざし、霊力を放射する。  

   気功術によりヴェルの体内の乱れている魔力を整え、精神の沈静化を図った。こうすることで悪夢を祓える。

   ヴェルの顔は少しずつ穏やかな様子になっていき、最後には静かに寝息をたて始める。

   気功術をやめて立ち上がる。そして拳を強く握りしめて、なんとか怒りを収めた。

   そうすると、今度こそ誰も起こさないように極限まで気配も霊力も遮断して外に出る。

   テラスの上に立ち、未だ薄く、宵闇が包み込む空を見上げた。

「……これまでヴェルは、俺の前で一度だって泣いたことはなかった」

   あれだけのことを体験したのに強いんだな、としか思っていなかったが……そんなことはなかった。

「ほんと、バカだよな……俺」

   大切な人たちの命が理不尽に失われる辛さを、誰よりもわかっていたくせに。

   ……ヴェルの為にも、この戦争を早く終わらせなくてはいけない。一人でも多く死なせないために、そして死んでしまったヴェルの家族達のために。

「いこう、北部に」
『ああ』

   テラスに置きっぱなしにしていたフリューゲルに再度乗り、浮かび上がる。全力で霊力を解放して急上昇した。

   西部の森を上から見渡せるくらいの高度まで上昇すると、事前に教えてもらっていた方向に向かいフリューゲルを飛ばす。

   俺の命令に従い爆進石はその特性を遺憾なく発揮し、凄まじい速度で景色が流れていった。

俺は、じっと前だけを見据える。

「さあ、出発だ……!」


●◯●


   北部へ向かい飛行を始めてから、既に七時間ほどが経過していた。

   その間に太陽は登り、フリューゲルの上から見た朝焼けはとても美しかった。少しずつ空が赤く染まり、陰に包まれていた世界がまばゆい世界へと変わる。

   ちなみに、朝焼けにテンションを上げてひときわ高い木に顔面から激突したのは内緒である。またエクセイザーに笑われた。

《思い切り大の字に地面に落下していましたしね……ぷっ》
『くくっ……主人は普段しっかりしておるからの、ああいうのは珍しいのう』
「え、ええい!  人の失敗をいつまでもやかましい!」

   そんなここんなで、時々トイレ休憩がてら地面に降りながら、見たことのない植物や食べ物などを少量採取したりもする。

   そんなふうに着実に進んでいると、不意にベルトに付けられた普通のポーチがブルブルと震えた。

   一旦霊力の供給を止めて滞空する。ポーチから携帯を取り出すと、昼を知らせるアラームが表示されていた。

「……そろそろ昼時か。なら下に降りて昼食とするかな」

   ホルスターに携帯を戻すと、フリューゲルに命令を送って下降する。緩やかな速度で空から離れていき、地面すれすれのところで止まった。

   フリューゲルから飛び降りるとアイテムポーチにしまう。すると、そこでエクセイザーが発光した。そして背後に人化して現れる。

「あれ?  エクセイザーも昼飯食べるのか?」
「うむ。主人の作る食事は美味しいからの」

   そう言うエクセイザーにそっか、と笑いかけ、アイテムポーチから食料と土ツールを取り出した。

   手頃な大きさの岩を探し出して座ると、〝火炎〟の木札で火をつけ、〝固定〟の木札で空間に固定するとその上に台座とフライパンを設置。

   先ほど採取して食べられると判断したキノコをグレイウルフの油で炒める。これ、豚の脂身くらいよく焼けるのだ。

   その傍らで卵やあらかじめ持ってきていた調味料のストックを取り出し、卵焼きを作る。

   あとはそれと炒めたばかりのキノコ、レタスをパンに挟めば完成だ。

「俺特製サンドウィッチ第二弾、即席山菜サンド、なんつってな」

   皿に乗せてエクセイザーにも渡すと、いただきます、と小さく呟いてかぶりつく。うーん、キノコの食感と卵の甘みが合わさってうまい。

   エクセイザーと雑談を交わしながら食べること十数分。サンドイッチを完食し、道具を片付ける。

   夜のおかずを作るためにまだ残しておいた火の周りに木を集め、塩漬けにした魚をアイテムポーチから出して焼いた。

   火に炙られた魚の表面は身に詰まった脂が滲み出て、少しずつ焼けてゆく。その光景はどこか美しくもあった。

「シリルラ、北部まではあとどれくらいだ?」

   しばらくパチパチと魚の焼ける光景をじっと無言で見ていたが、ふと気になってシリルラに話しかける。

《そうですね……今のペースでいけば、夕方にはつくかと》
「夕方か……案外時間がかかるもんだな」
「それでも妾が一人で行っていた頃より断然に速いぞ?   妾が魔物態になって走り続けても丸二日はかかっていた」
「ふーん、てことは大体倍の速度かな?」
「そういうことになるのう」

   まあ、何はともあれここまで順調だ。このまま無事に北部につければいいけどな……。

   そう思ったのがフラグだったのか、近くの茂みからガサガサと物音がした。

「主人」
「ああ」

   俺はとっさにオールスを取り出し、エクセイザーも警戒態勢に入る。

   物音がした方の茂みに意識を向けると、そこに何かの気配があった。かなり大きい。その気配の持ち主は、こちらを狙うような目線を向けてくる。

   気配の大きさからしてかなり強い魔物と思われるので、最大限に警戒心を引き上げていると、その魔物が茂みを揺らす。


「クルルルル……」


   そして、鳴き声をあげながらそいつは姿を現した。
 

●◯●


   その魔物は、小型のドラゴンだった。黄金の目に内包された瞳孔は細められ、まるでこちらを射抜くようだ。

   全身を包む鋭く黒い鱗、シュッとした面持ち、尖った耳、赤色の瞳、細くもたくましい四本足、長細い胴体に胴体の倍の長さはあるであろう尻尾、背中から生えた大きな二枚一対の翼。
    
   鼻先から尻尾の先まで背中を伝うように映える金色の鱗が特徴的だ。

「ドラゴンか……地球にいた頃〝龍〟は見たことがあるが、ドラゴンは見たことがないな」

   ファンタジーの代名詞とも言えるドラゴンを、まさかこんなところで見るとは。

   体長は三メートル程度で小型なものの、どれほどの力を秘めているのかわからないので用心してその体を見渡すと……

「あれ? こいつ、怪我をしてる……?」

   黒龍の子供は全身の鱗に擦り傷や切り傷と思われる傷を負っていた。おまけに軽度の火傷をしている。

   満身創痍といった様子の黒龍の子供は、よく探ってみれば俺たちに殺意を向けているものの、敵意はなかった。

   極め付けに、その目線は俺たち……ではなく、俺たちの後ろの焚き火に炙られている魚に向いている。

「もしかして……」

   もしやと思い、エクセイザーにアイコンタクトを取る。エクセイザーは頷き、魚を取ると俺に手渡した。

   俺は渡された焼き魚を、黒龍の目の前に現した。するとまたクルルルルと喉を鳴らす黒龍。

「やっぱり、これが欲しいみたいだな」

   魚を持った手を右に傾ける。すると黒龍の目が頭ごとそちらに傾いた。

   試しに元の位置に戻す。すると、黒龍の頭がまっすぐに戻る。今度は左に傾ける。黒龍の頭も傾く。

   なんだか少し楽しくなり、左右に振ってみると黒龍も首を左右に振る。上下させれば、黒龍が頷くように首を振った。

「なんだこれ、すごく楽しい……」
《……何を遊んでるんですかね?》
「はっ! ?」

   シリルラの冷たい声で我に帰ると、黒龍の鼻先に魚を差し出した。

   黒龍は俺の顔を一度見たあと、すんすんと魚の匂いを嗅ぐ。


ガブッ


  かと思えばいきなり大口を開け、魚を俺の手ごと食おうとした。

「うわっと!?」

   慌てて手を後ろに引いて串を引き抜く。あっぶねえ、危うく腕をパックリもってかれるところだった。

   そんな俺に構わず、黒龍は口の中に飲み込んだ魚を咀嚼し、バリバリと噛み砕いて飲み込んだ。

「クルルルル」
「満足そうで良かったよ……」

  呆れたため息を吐いていると、黒龍はこちらを見てまた喉を鳴らした。どうやらまだご所望のようだ。

   先ほどの二の舞にはなりたくないので、取った魚を串から外して黒龍に放った。

「クルッ」

   すると後ろ足で立ち上がった黒龍はそれを口でキャッチし、咀嚼して飲み込む。そしてまたこちらを見た。

   食いしん坊な黒龍に苦笑しながら、アイテムポーチから念のため持ってきていた魚と〝火炎〟の木札を出した。

   木札で魚を簡単に焼き、黒龍の前に積み上げる。すると黒龍はそれに頭を突っ込み、バクバクと食べ始めた。

「……なんかこれ、餌付けしてるみたいだな」
《まさにその通りかと》

   ホルスターにオールスをしまいながら、黒龍が魚に熱中している間に近づいて見る。すると体にある傷が割と深いことに気がついた。

「これは……武器による切り傷か。こっちはハンマーか何かで殴られた傷……」

   どうやらこの黒龍、武器を使える可能性の高い相手、それも複数の相手と戦っていたようだ。

「近くに相手がいないか、妾が見回ってこよう」
「すまん、頼む」
「気にするな」

   茂みに入るエクセイザーを後ろ目に、ホルスターから〝治癒〟の木札を取り出して霊力を込め、黒龍の体に押し当てた。

   すると、瞬く間に黒龍の傷は癒えていった。黒龍は一瞬ピクリと震えたものの、魚の方が大事なのかシカトする。

「よーし、そのままじっとしてろよ」

   数分ほどで黒龍の体は完全に治った。それと同時に黒龍が頭をあげ、ゲプとゲップをする。

   やれやれと思っていると、不意に黒龍が体を反転させる。その拍子に振るわれた尻尾を慌てて回避した。

「ちょっ、いきなり攻撃かよ!?」
「クルッ?」

   バッ黒龍を見ると、瞳孔は丸くなり、やや幼い声で喉を鳴らしていた。そこに攻撃の意思は感じない。


ベロンッ
 

「わぷっ!?」

   突然舌を伸ばし、俺の顔を舐めてくる黒龍。いきなりのことで対処できず、バランスを崩して地面に倒れる。

   すると黒龍は俺に覆いかぶさるようになってもっと顔を舐めてきた。なんだなんだ、餌付けして懐かれたのか?

「クルルッ、クルルッ♪」
「うわっ、ちょ、くすぐったいって!」

   しばらくの間舐め回され、ようやく抜け出したところでエクセイザーが茂みをかき分け戻ってきた。

「近くにそれらしきものはいなかったぞ」
「おお、そうか……ゼェ、ゼェ……」
「……なんでそんなに疲れとるんじゃ?」
「なんでもない。とにかく、さんきゅ「クルル!」おぶっ!」

   後ろから飛びかかってきた黒龍に押し倒され、下敷きにされる。

   黒龍は楽しそうに喉を鳴らし、俺を前の脚二本で抱えるとゴロゴロと地面の上を転がった。

「ちょ、目が回るって!」
「……随分と懐かれたの」
「見てないで助けてくれ!」

   エクセイザーは呆れたような笑いを浮かべながらも、黒龍から俺を引き剥がしてくれる。

   黒龍は残念がるような声を出し、俺にずりずりと頬をこすりつけてきた。まるで足に頭を擦り付ける犬みたいだ。

   ちょっとザラザラとした感触の残る自分の頬をさすりながら、俺はエクセイザーとともに黒龍を見やる。

「さて、こいつは一体なんなんだ?」

   北部の野良の魔物だろうか。西部ほどは統制されていないという話だし、その可能性はありそうだ。

「じゃが、この『遥か高き果ての森』においても黒龍種というのは希少じゃ。そこらへんにうろついているような数はおらんぞ?」
《補足をいたしますね。エクセイザー様の言う通り、この『遥か高き果ての森』に生息する黒龍種の数はおおよそ百頭ほど。
   希少種故にほぼ全ての個体は特別に統制されており、それに対して北部地域に生息する他の竜種の数は数千……偶然出会うのは奇跡的な確率であると判断いたします》
「ふむ、なるほど……」
「どうするのじゃ?」
「……一応、北部に連れていこう」

   何にせよ、こちらもちょうど北部に向かうところだったのだ。

   なんでこんなところにいてあんな怪我をしていたのか知らないけど、北部に送り届けたほうがよさそうだ。

   また舐め回されないよう警戒しながら黒龍に近づくと、黄金の瞳と目を合わせた。

   黒龍は俺を見ながらフリフリと左右に尻尾を振っている。やっぱこいつ、大型の犬みたい。

「んんっ……あー、えっと、俺たち北部に向かってるんだが…一緒に行くか?」
「クルルルル!」
 
   黒龍は嬉しそうな声を上げると、俺に頭を擦り寄せてくる。どうやらオーケーなようだ。口元に注意しながら頭を撫でた。

   何回か撫でると、出発するために焚き木などを片付けようと振り返る。するともう片付けられていた。

   エクセイザーを見ると、ぴしっと親指を立てている。空気の読める仲間に俺もサムズアップを返した。

   では出発の用意も整ったところで、フリューゲルを取り出すためにアイテムポーチに手を伸ばす。

「クルッ」
「ぐえっ!?」

   が、突然襟首を黒龍に加えられ、おかしな声を上げてしまった。

   俺が動けないでいる間に、黒龍は筋肉の詰まってそうな太い首を使い、自分の背中に俺を乗せる。

「乗せてってくれるのか?」
「クルルッ」

   黒龍はこちらに振り向き、機嫌良さそうに鳴いた。傷が心配だが、まあかなり霊力を使って治療したから平気だろう。

   やれやれと首を振っているエクセイザーに手を伸ばす。彼女は跳躍し、空中で剣になると俺の手の中に収まった。

「それじゃあ、北部まで頼むぞ」
「クルル!」

   俺の言葉に任せろ!とでも言うように答えた黒龍は、折りたたんでいた翼を広げる。かなり大きい。全長八メートルくらいありそうだ。

   黒龍が強く翼をはためかせる。すると少しずつ地面から足が四本とも離れ、上昇していった。

   翼に込める力が、尻の下にある黒龍の体の筋肉が躍動することによりどんどん強くなっていることに気がついた。

「クルルルル!」

   やがて、先ほどまで俺がフリューゲルで飛んでいた高度まで上がった。そしてとある方向に向かい、凄まじい速度で飛翔する。

   安全運転を心がけ、速度を出さなかったフリューゲルとは比べ物にならない爽快感が、体を突き抜けた。

「うおお、これ気持ちいいな!」
『この状態では感覚はあまり働かないのじゃが……うむ、確かに良いな』
《現実に干渉できないのが悔やまれますね》
「クルァンッ!!」

   三人でそんな会話をしながら、俺は黒龍の上でのフライトを楽しむのだった。
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