上 下
10 / 98

10.死神が死にかけてます

しおりを挟む
ふふふ、今日から私は命の危機から解放される!
フォール地方に着くのは一週間後くらいだけど、王都から離れられる、と思うとそれだけで安心感がすごい。

あー、思い返してみれば、5つの時に前世の記憶を取り戻してからというもの、安眠できた夜などあっただろうか。
今晩からはぐっすり眠れる!
空気もきれいなフォール地方で、のんびり人生を謳歌するぞ!

「マリ姉さま……」
とは言え、涙に目を潤ませた天使、ミルを目の前にすると、さすがに胸が痛む。
玄関先の馬車に荷物を積み込み、後は私が乗るだけ!という状況であるが、どうにも足が動かない。
「姉さま、いつこちらに帰ってきますか?」
「ミル、まだフォールに着いてもいないのに、気が早すぎるわよ」
私が苦笑すると、

「―――毎週末、帰省しろ」

地を這うような低い声が聞こえ、ヒッと私は振り返った。

死にかけの死神がそこにいた。

「お、お兄様……、どうしたんですか、ひどい顔ですよ」
「……一週間ぶりに会った兄に言うセリフがそれか」

お兄様が不機嫌そうに言ったけど、ほんとにひどい顔だ。
いや、もちろん美形には違いないのだが、目の下にはくっきりクマが出来てるし、顔色は白を通り越して土気色をしている。
いつもサラサラの黒髪も、心なしかパサついているように見える。

ふう、とため息をつく姿も、相変わらず無駄にフェロモンに満ちているが、どうにも覇気が感じられない。
「え、ラス兄様、お仕事大丈夫なんですか? だいぶお疲れのようですけど」
「……心配しているのか?」
「だってお兄様、水死体みたいな顔色してますよ」
「……………」

お兄様は黙って、私に紙の束を差し出した。

「なんですか、これ?」
「転移陣だ。これで毎週末、こちらに戻ってこい」

えっ、と私は手渡された紙の束に目を落とした。

え、ウソでしょ。
転移陣って、簡単なものでも一枚作製するのに、一週間くらいかかるんじゃ?
膨大な魔力が必要だし、そもそも陣に書き込む術式が複雑すぎて、並みの術師では作成自体が不可能な代物だ。
それを、こんなにたくさん、どうやって。

「お、お兄様、こんなにたくさん転移陣を購入するなんて……、我が家は破産してしまいます!」
「安心しろ、一銭も金はかかっておらん。わたしが作ったからな」

えっ!?と今度はミルも私と一緒に驚きの声を上げた。

いや、待って。
ラス兄様が魔術に秀でているのは知ってるけど、それにしても、こんなにたくさんの転移陣……。

私は目の前に立つ、死にかけの死神みたいな、不吉な様相をしたお兄様を見上げた。

ラス兄様、フォール地方に行く私を心配して、こんなにたくさんの転移陣を作ってくれたんだ。
正直、この転移陣を売ったらどれくらい稼げるかな、とちょっと思わないでもないが、でもでも、ラス兄様のその気持ちが嬉しい。

「ラス兄様……、ありがとうございます。そんな、死んだ魚みたいな目になるまで、頑張って転移陣を作成してくださったのですね」
「死んだ魚……」

何故かお兄様は微妙に不機嫌そうだけど、私は転移陣を抱きしめてお礼を言った。
「本当に嬉しいです。ありがとう、ラス兄様」
「……マリア……」

でも、と私は続けて言った。
「さすがに週一で帰省はキツいので、月一でいいですか?」
「きさま礼を言った口でそれを言うか!」

だって毎週末帰省だなんて、休みのたびに王都に戻ることになる。
そんな事になったら、フォールで遊びにも行けない……じゃなくて、破滅エンド回避も危うくなるではないか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

兄と妹がはっちゃけるだけ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:63

異世界転移しました?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,960pt お気に入り:257

貴方は好きになさればよろしいのです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:994pt お気に入り:2,832

異世界もふもふ召喚士〜白虎と幼狐と共にスローライフをしながら最強になる!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,050pt お気に入り:1,458

処理中です...