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69.念願叶ったその後で

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ラッシュが王都に緊急転移で現れた翌日、お兄様率いる王城直属の騎士団が、急遽フォール地方へと出征していった。
通常は出陣式などがあるのだが、今回は一刻を争う事態ということで、お兄様はじめ魔術を使える騎士はみな、転移陣で直接フォール入りをするという慌ただしさだった。

アメデオも闇属性の魔力を持つことから、塔の魔術師の中から唯一、騎士団に同行することが決まったらしい。
フォール地方に転移する直前、屋敷にやって来て「聖女様、向こうでも研究を続けるので、唾液と血液と尿を……」と再度訴えていたが、後ろにいたお兄様に首根っこを捕まえられ、強制連行されていった。

……うん、体に気をつけて頑張ってください……。


お兄様達がフォール地方へ発った後も、私は引き続き、自主的監禁生活を続行していた。
大人しく屋敷に籠ってはいるが、フォール地方の叛乱について、あれこれ真偽のわからぬ情報が入ってきて、心配ばかりの毎日だ。

そんな中、私の数少ない癒し要員、リリアが屋敷を訪ねてくれた。
「マリア!」

私の部屋に入ったとたん、リリアは私を抱きしめた。
「ああ、マリア、大丈夫? フォールの砦で叛乱が起きるなんて……」
「リリア」
フォール地方はデズモンド家の領地だが、砦自体は国に所属している。
とすれば、王妃殿下経由でリリアにも即、情報が伝わったのだろう。

「この間はごめんね、楽しみにしてたのに、先に帰っちゃって」
「なに言ってるの! そんなの気にしないで!」
食べ切れなかった新作は、ぜんぶお持ち帰りして同僚に配ったら奪い合いになったわ、と言ってリリアは笑った。

新作スイーツ……、あの時食べられなかったタルトにチョコレートケーキ……。

思い出してしょんぼりする私に、リリアがいたずらっぽく笑って言った。
「今日は、この間あなたが食べられなかったケーキをお土産に持ってきたわ!」
「リリア!」
天使! リリア、マジ天使!

部屋に入ってきたメイドが、リリア持参のスイーツを次々とテーブルに並べてくれた。
「おおお!」
「このチョコムースは、昨日販売が始まったばかりなの! 一緒に食べようと思って」
スイーツ達がきらきら輝いて見える。

今回は誰にも邪魔させない!と、お茶の準備が整うや否や、私はすばやくスプーンを手に取った。
「じゃっ、いただきますっ!」
「ええ、わたしもいただくわ!」
二人そろって、勢いよくスプーンをチョコレートムースの中に突っ込む。

しばらく私達は無言で、至高の甘味に酔いしれた。
おおう……、この、甘さの中にほのかに感じる苦味とコク……、チョコにあう芳醇なオレンジの香り……、濃厚なのに後味サッパリ、とろけて消えるこの触感……!

「美味しい……」
それしか言葉がない。
「素晴らしいわ……」
リリアもしみじみと言った。

その後、5個ものスイーツを貪り喰らった後、私達はお茶を飲んでひと息ついた。
喜びと感謝の念に満ちあふれ、全身ほのかに発光しているような気もするが、気にしない。
はあー、食べた、食べた。余は満足じゃ……。

「……ところで、マリア」
私と同じく満足そうにお茶を飲んでいたリリアが、思い出したように言った。

「これはあなたに伝えるべきかどうか、悩んだのだけど……」
「なあに?」
今なら何であっても、大抵のことをどーんと受け止められる自信がある。
なんでも言っちゃって、リリア!

「その……、あなたは、ゼーゼマン侯爵家の養女のために、嘆願書を出していたわよね?」
「ん? ああ、うん、そうね。なんか書類に不備でもあった?」
実際に書類を作成したのはお兄様なので、そこら辺はまったく心配してなかったのだが、なんか問題でもあったのだろうか。

「ううん、嘆願書自体に問題はなかったわ。……ただ、確認したかったの。嘆願書は、本当にあなたの意思で出したのかって」
私は少し考え、頷いた。
ゼーゼマン侯爵家とデズモンド伯爵家、ひいてはノースフォア侯爵家との確執が鮮明になった今、隠しておく必要もない。何より、リリアになら言っても大丈夫だろう。

「ええ、そうよ。別にお兄様に強制されてのことではないわ。私が望んだことなの」
「そう……」
リリアは少し黙り、そして口を開いた。

「それなら、伝えたほうがいいわね。……マリア、ゼーゼマン侯爵家の養女、ロッテンマイヤー嬢がリーベンス塔に収監されているのは、あなたも知っているわね? 実は、彼女が……、あなたとの面会を望んでいるの」

え? と私は絶句してリリアを見つめた。

ロッテンマイヤーさんが、私に?

「え、なんで私?」
リリアは言いづらそうにうつむき、小さく言った。

「……あのゼーゼマン侯爵家の養女は、近い内に殺されるかもしれないわ」
リリアの言葉に、私は目を見張った。

「えっ!? ころ……、え!? なんで? 嘆願書は通ったんでしょ?」
「通ったわ。だからよ」
リリアは声をひそめた。

「ゼーゼマン侯爵が、寝返った手の者を生かしておくとは思えないわ。……デズモンド伯も、今のところ、ロッテンマイヤー嬢の保護に動いてはいないようだし……」
う。

……お兄様は、私が頼み込んだから、嘆願書を作成してそれを通してくれたけど、もともと積極的にロッテンマイヤーさんを助けたいと思っていたわけではない。
手駒にできれば良し、暗殺されてもそれはそれで、問題となりそうな火種が消えて良し、どちらにしても損はない、という考え方なのだろう。

「もしかしたら、ロッテンマイヤー嬢は、あなたに直接、保護を頼んでくるかもしれないわ。そうなったら、あなたにどんな火の粉がふりかかるかわからない。だから、言うべきかどうか迷っていたの……」
いやいやいや、よくぞ言ってくれました。

「ううん、教えてくれてありがとう」
そういうことなら、私にも私のやりようがある。
たぶん、後でお兄様にめちゃくちゃ怒られるだろうけど!

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