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88.炎と氷と闇の魔術
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「え、アメデオ……? どうしてここに?」
「すみません、ご心配おかけしました」
アメデオはもう一度、深々と私に頭を下げた。
「あ、いえ、私はいいんですけど、お兄様がずいぶん探してましたよ。……ていうか、あの……、誤解だったら申し訳ないんですけど、お兄様に埋め込まれた闇の種子って」
「あー」
アメデオは頭をがしがしと掻いた。元々おさまりの悪そうな茶髪が、よけいにくしゃくしゃになる。
「やっぱりバレちゃいました? 俺が埋め込んだって」
「えええ! じゃ、ほんとにそうなんですか? ほんとにアメデオがお兄様に……」
「はい、すみません」
アメデオは素直に謝り、再度私に頭を下げた。
「ちょっとよんどころない事情があったんですよ。まあレイフォールド様なら、大丈夫かなって」
「えー、なんですかそれ!」
私はアメデオを睨みつけた。
「いったい、どんな事情があったって言うんです? お兄様は、ぜんぜん大丈夫なんかじゃなかったですよ! いつも以上におかしくて、大変だったんですからね!」
アメデオは困ったように私を見た。
「マリア様、本当に申し訳ありません」
「いや、私じゃなくてお兄様に謝ってください!」
私がそう言った瞬間、
「何を手間取っている」
背筋がひやりとするような、憎悪に満ちた声がした。
「デズモンド家の娘、マリアだな」
振り返ると、中庭に植えられた木々の後ろから、一人の男性が姿を現した。
アメデオと同じ、黒いローブを纏った、壮年の男性だった。
だいぶやつれた様子だが、その顔には見覚えがある。
「……ゼーゼマン侯爵」
「小娘が、人を馬鹿にしおって」
ゼーゼマン侯爵に憎々しげに睨みつけられ、私は思わず後ずさった。
えええ……。
馬鹿にするも何も、名前呼んだだけじゃないですか。
被害妄想ひどすぎなんですけど。
「アメデオ、何をしている。さっさとその娘を捕らえろ」
ゼーゼマン侯爵の言葉に、私は驚いてアメデオを見た。
ウソでしょ。
まさか本当に、アメデオがゼーゼマン侯爵側についてたとは。
アメデオは困ったように私とゼーゼマン侯爵を見比べた。
「簡単におっしゃいますが、マリア様を捕らえるのは、至難の業ですよ。まだレイフォールド様のほうがマシというか」
「きさま、ふざけているのか!」
ゼーゼマン侯爵が怒鳴った。
「小娘一人、捕らえられぬと申すか! この役立たずが!」
言うなり、ゼーゼマン侯爵がさっと右手を振り上げた。
魔力がその手のひらに集まり、赤い輝きを放つ。
あー、ゼーゼマン侯爵って、魔法属性が火なのか。
『火属性は怒りっぽい』って魔法属性占いにあったけど、あのヒドい占いの信憑性が上がってしまうからやめて。
ゼーゼマン侯爵の攻撃を察知したアメデオが、素早く水を生み出し、自身を覆い隠すように薄い水の膜を張った。
「ふん、都合が悪くなれば、恥ずかしげもなく逃げ隠れするか。卑しい魔術師が」
ゼーゼマン侯爵は罵り、視線を私に移した。
「偽聖女め。私が直々に捕らえてくれるわ!」
ゼーゼマン侯爵が怒りに満ちた声で叫んだ。
私が偽聖女なのは同意見ですが、攻撃は勘弁してください!
「くらえ!」
ゼーゼマン侯爵の振り上げた右手から炎が噴き出し、生き物のようにのた打ちながら、勢いよく私に向かってきた。
うわ、マズい。
私程度の魔力では、アメデオのように即座に全身を覆い隠すような、高度な防御魔術は生み出せない。
私は炎から身を守ろうと、とっさに両腕を挙げて頭をかばった。
すると、次の瞬間、左手から凄まじい勢いで魔力がほとばしった。
瞬時に私の正面に氷の壁が展開され、向かってきた炎をはじき飛ばす。
壁はそのまま、ガガガッ!と大きな音をたてて数本の槍へと変化し、ゼーゼマン侯爵へ襲いかかった。
「え、ちょっと待……っ」
慌てる私をよそに、左手薬指にはめた指輪から、さらなる魔術が放たれた。
漆黒の煙が渦となってゼーゼマン侯爵に絡みつき、その動きを拘束する。
「なんだと!」
ゼーゼマン侯爵が驚愕の表情を浮かべ、体に絡みつく黒い煙を振り払おうとしたが、煙は触手のようにうねり、ゼーゼマン侯爵の動きを封じた。
そこに、氷の槍がドスドスッ!と刺さり、ゼーゼマン侯爵の体を貫く。絶叫が響きわたり、私は腰を抜かしそうになった。
中庭の木に、ゼーゼマン侯爵が氷の槍に串刺しにされ、磔状態になっている。私は慌ててゼーゼマン侯爵に声をかけた。
「え、ど、どうしよう、侯爵、生きてます!?」
苦痛に呻くゼーゼマン侯爵に、良かった即死じゃなくて、と私は少しだけ安心した。
ていうか、この指輪はヒドい!
防御じゃなくて攻撃してるし!
間違いなく過剰防衛!
「わああ、すごいですね!」
串刺しにされたゼーゼマン侯爵を見て、アメデオが興奮したように叫んだ。
「この氷、攻撃対象をどこまでも追撃するよう、かなり念入りに設定されてますよ! 闇の魔術も対魔獣強度で相手を拘束してますし! 闇と氷、二つの魔術を連動させるなんて、さすがレイフォールド様ですね!」
……………………。
いや、大怪我した人相手に、言うべきセリフじゃないでしょ、それ。
たしかにゼーゼマン侯爵には、火の魔術で攻撃されかかったし、他にもいろいろと物申したいことはあるけどさあ……。
「すみません、ご心配おかけしました」
アメデオはもう一度、深々と私に頭を下げた。
「あ、いえ、私はいいんですけど、お兄様がずいぶん探してましたよ。……ていうか、あの……、誤解だったら申し訳ないんですけど、お兄様に埋め込まれた闇の種子って」
「あー」
アメデオは頭をがしがしと掻いた。元々おさまりの悪そうな茶髪が、よけいにくしゃくしゃになる。
「やっぱりバレちゃいました? 俺が埋め込んだって」
「えええ! じゃ、ほんとにそうなんですか? ほんとにアメデオがお兄様に……」
「はい、すみません」
アメデオは素直に謝り、再度私に頭を下げた。
「ちょっとよんどころない事情があったんですよ。まあレイフォールド様なら、大丈夫かなって」
「えー、なんですかそれ!」
私はアメデオを睨みつけた。
「いったい、どんな事情があったって言うんです? お兄様は、ぜんぜん大丈夫なんかじゃなかったですよ! いつも以上におかしくて、大変だったんですからね!」
アメデオは困ったように私を見た。
「マリア様、本当に申し訳ありません」
「いや、私じゃなくてお兄様に謝ってください!」
私がそう言った瞬間、
「何を手間取っている」
背筋がひやりとするような、憎悪に満ちた声がした。
「デズモンド家の娘、マリアだな」
振り返ると、中庭に植えられた木々の後ろから、一人の男性が姿を現した。
アメデオと同じ、黒いローブを纏った、壮年の男性だった。
だいぶやつれた様子だが、その顔には見覚えがある。
「……ゼーゼマン侯爵」
「小娘が、人を馬鹿にしおって」
ゼーゼマン侯爵に憎々しげに睨みつけられ、私は思わず後ずさった。
えええ……。
馬鹿にするも何も、名前呼んだだけじゃないですか。
被害妄想ひどすぎなんですけど。
「アメデオ、何をしている。さっさとその娘を捕らえろ」
ゼーゼマン侯爵の言葉に、私は驚いてアメデオを見た。
ウソでしょ。
まさか本当に、アメデオがゼーゼマン侯爵側についてたとは。
アメデオは困ったように私とゼーゼマン侯爵を見比べた。
「簡単におっしゃいますが、マリア様を捕らえるのは、至難の業ですよ。まだレイフォールド様のほうがマシというか」
「きさま、ふざけているのか!」
ゼーゼマン侯爵が怒鳴った。
「小娘一人、捕らえられぬと申すか! この役立たずが!」
言うなり、ゼーゼマン侯爵がさっと右手を振り上げた。
魔力がその手のひらに集まり、赤い輝きを放つ。
あー、ゼーゼマン侯爵って、魔法属性が火なのか。
『火属性は怒りっぽい』って魔法属性占いにあったけど、あのヒドい占いの信憑性が上がってしまうからやめて。
ゼーゼマン侯爵の攻撃を察知したアメデオが、素早く水を生み出し、自身を覆い隠すように薄い水の膜を張った。
「ふん、都合が悪くなれば、恥ずかしげもなく逃げ隠れするか。卑しい魔術師が」
ゼーゼマン侯爵は罵り、視線を私に移した。
「偽聖女め。私が直々に捕らえてくれるわ!」
ゼーゼマン侯爵が怒りに満ちた声で叫んだ。
私が偽聖女なのは同意見ですが、攻撃は勘弁してください!
「くらえ!」
ゼーゼマン侯爵の振り上げた右手から炎が噴き出し、生き物のようにのた打ちながら、勢いよく私に向かってきた。
うわ、マズい。
私程度の魔力では、アメデオのように即座に全身を覆い隠すような、高度な防御魔術は生み出せない。
私は炎から身を守ろうと、とっさに両腕を挙げて頭をかばった。
すると、次の瞬間、左手から凄まじい勢いで魔力がほとばしった。
瞬時に私の正面に氷の壁が展開され、向かってきた炎をはじき飛ばす。
壁はそのまま、ガガガッ!と大きな音をたてて数本の槍へと変化し、ゼーゼマン侯爵へ襲いかかった。
「え、ちょっと待……っ」
慌てる私をよそに、左手薬指にはめた指輪から、さらなる魔術が放たれた。
漆黒の煙が渦となってゼーゼマン侯爵に絡みつき、その動きを拘束する。
「なんだと!」
ゼーゼマン侯爵が驚愕の表情を浮かべ、体に絡みつく黒い煙を振り払おうとしたが、煙は触手のようにうねり、ゼーゼマン侯爵の動きを封じた。
そこに、氷の槍がドスドスッ!と刺さり、ゼーゼマン侯爵の体を貫く。絶叫が響きわたり、私は腰を抜かしそうになった。
中庭の木に、ゼーゼマン侯爵が氷の槍に串刺しにされ、磔状態になっている。私は慌ててゼーゼマン侯爵に声をかけた。
「え、ど、どうしよう、侯爵、生きてます!?」
苦痛に呻くゼーゼマン侯爵に、良かった即死じゃなくて、と私は少しだけ安心した。
ていうか、この指輪はヒドい!
防御じゃなくて攻撃してるし!
間違いなく過剰防衛!
「わああ、すごいですね!」
串刺しにされたゼーゼマン侯爵を見て、アメデオが興奮したように叫んだ。
「この氷、攻撃対象をどこまでも追撃するよう、かなり念入りに設定されてますよ! 闇の魔術も対魔獣強度で相手を拘束してますし! 闇と氷、二つの魔術を連動させるなんて、さすがレイフォールド様ですね!」
……………………。
いや、大怪我した人相手に、言うべきセリフじゃないでしょ、それ。
たしかにゼーゼマン侯爵には、火の魔術で攻撃されかかったし、他にもいろいろと物申したいことはあるけどさあ……。
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