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scene 2.
しおりを挟む――今日も両手が塞がってるな。
遼太郎は最近見慣れてきた癖っ毛を見上げながらいつも思う。
一人のときはどうしているのか。
――まあ、俺が心配してやることでもないか。
初めて会った日に感じた罪悪感が霧のようにもやもやと心の中にとどまっている。
相手が悪いわけではない。ただお礼を言われて微笑まれて、その顔に見惚れてしまった自分にまごついているだけだ。おかげで、毎朝顔を合わすのだが未だに挨拶すら交わしていない。
お互い、ちらっと顔を見て、すぐに逸らす。あとは気まずい時間が過ぎ去るのをじっと黙って待つ。
時間をずらそうかと考えたが、自分が譲るのも悔しい気がして、結局このままだ。
――どうせ、朝のこの短い時間だけだし。
そう思って、今日も沈黙の時を耐え忍ぶ。
と、近くで電話の呼出音が聞こえた。遼太郎は思わず自分のスーツのポケットを探ったが、特に振動はしていなかった。
横を見ると、慌てた様子の青年が左右の荷物を交互に見ながら狼狽えていた。
――だからな。両手塞がってると不便だって。
青年は仕方なく図面ケースを足に立て掛け、片手でスマホを取り出した。
「――はい、黒木です」
――黒木っていうんだ。ふうん。
「はい、ええ……その件については…はい。もう事務所着くので。はい」
エレベーターのランプが点灯した。
それに気づいた黒木は慌てた様子でスマホを肩に挟んで、図面ケースを持ち上げようとした。
幅の細長いケースは黒木の手をすり抜けて、ぱたん、と遼太郎の方に倒れてきた。
黒木はさらに慌てて、スマホを落としそうになり、手で抑えた。右手のタンブラーも危うく揺れる。
一瞬迷った。が、遼太郎はそれを手に取った。黒木が驚いたように目を見開く。
電話はまだ途切れないようで、はい、を繰り返している。
遼太郎は図面ケースを抱えたまま、エレベーターに乗り込んだ。目を見開いたままの黒木が続く。
「――はい。分かりました。おつかれさまです」
微かに唸るようなモーター音を感じながら、電話を終えた黒木に黙ってケースを差し出す。
「あ、あの……その……」
黒木がそれを受け取りつつ何か言葉を紡ごうとしたとき、「5」が点灯し、軽く振動してエレベーターの扉が開いた。
あ、とランプを見上げ、黒木は降りるか降りまいか逡巡するように立ち止まっていたが、「開」のボタンを押したままの遼太郎に遠慮したのか、しぶしぶといった体で扉をくぐった。
扉が閉まっていく。下を向いていた黒木がそこで初めて顔を上げ、ばちっと視線が合った。
「あ、ありがとうございました!」
何故か頬を紅くして、黒木が深く頭を下げた。その姿がドアの向こうに消えていく。
――なんだこれ。
遼太郎はふつふつと沸いてくる高揚感を抑えることができなかった。そして同時に、そんな自分に戸惑いを感じていた。
scene 2. 〈了〉
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