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scene 12.
しおりを挟むガラス製の酒器になみなみと注がれた透明な液体に、店の照明が映りこんでいる。その揺れる様をじっと眺める。
「……佐野さん?」
向かいの席から遠慮がちな声が聞こえて、はっとした。
「あ、ああごめん。ぼーっとしてた」
黒木が心配そうに眉をひそめるのを、手を振って口元を緩める。
「もしかして、今日体調悪かったですか? ペースもいつもより遅いし」
「いや、そんなことないって。――ほら、お前の空になってる」
徳利を手に取ると、黒木がすみません、と自分の酒器を両手で持ち上げた。
その手の甲に浮かぶ筋を見ながら、またぼんやりと思い出す。
――あれは、何だったんだろうなあ。
作業台の下で手を握られて。黒木の顔が思ったより近くて。もし、黒木が頭をぶつけなかったら。
考えまいとすると、ますますそのことばかりが頭に浮かぶ。
眠れないと思いながらいつの間にか眠ってしまい、窓の向こうから聞こえる鳥の声で目が覚めた。
……ああ、黒木ん家に泊ったんだった。
遼太郎はソファからごそごそと起き上がり、出窓のカーテンを少しだけ開けた。
いつも通る遊歩道。真夏の太陽はすでに目覚め、川面を強烈な光で照らしている。桜並木は緑で覆われ、早朝のジョギングを楽しむ人々の頭上に影を作っている。
クッションを抱えて朝の風景を眺めていると、リビングの奥にある引き戸がゆっくりと開き、ひょろりとした影が現れた。
「……おはようございます」
「はよ……」
昨夜のことを思い出して、少し鼓動が跳ねた。だが、黒木の頭を見たとたん、いろんな雑念が吹っ飛んだ。
「うわ、なにそのアタマ。すげー」
「あ……」
言われて慌てたように黒木が自らの頭に手をやる。癖っ毛に寝癖がついて、いつもの倍くらいに膨らんでいる。
かああっと黒木の頬が赤く染まった。
「天パってホント大変なんだな」
少し揶揄するように言うと、黒木は怒ったようにそっぽを向いた。
「そうですよ。さらさら猫っ毛の佐野さんには分からないでしょうけどっ」
そう言い放ち、足音も荒く洗面所の方へ行ってしまった。
からかって悪かったな。
そう思ったが、おかげで変な緊張が解けた。
洗面所から戻ってきた黒木もいつも通りで、昨夜一瞬みせた獰猛さの片鱗すらなかった。
――そして、いつも通りこうして飲んでいるわけだが。
「あ、そうだ。明日俺、免許の更新に行くので午前中いません」
最近は朝の不在をお互い連絡し合うまでになっている。
「大丈夫か? 二日酔いで行って」
「そんなに飲んでませんし。ゴールドだからすぐ終わります」
またからかうように言うと、いーっと子供のように舌を出してきた。
黒木も気を許してきたのか、いろんな表情を見せてくれるようになってきた。遼太郎にはそれがなぜか嬉しい。同い年の友人とも違う。職場の後輩とも違う。黒木に対する、この感情は何だろう。
「免許の更新ってことは、誕生日近いの?」
酒器を傾けながら訊いてみる。
「あ、ですね」
「そっか。お祝いしなくちゃだな。――いつ?」
黒木が箸を片手に上目遣いになりながら言った。
「……今度の土曜日、です」
「え」
明後日?
「マジか~。もっと早く言ってくれれば、何か準備したのに。遅くなってもいい? なんかほしいものあったらおにーさん買ってあげるけど」
ん? と端正な顔をのぞきこむようにすると、黒木は少し目を泳がせて、ほしいもの……と呟いた。
「あんまり高いのは勘弁な」
「あ、あのっ、ほしいものというか……一緒に行ってほしいとこがあります」
黒木はスマホを操作して、画面を見せた。
「今度の土曜日、花火大会があるんです。……そこに一緒に行って、ほしいです」
真剣なまなざしに、遼太郎は思わず頷いていた。
scene 12. 〈了〉
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