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第1話 入れ替わり

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 キンキンキンと、キンキンキンと。

 いつまでも剣を振っている。上から下から? 斜めから? もう条件反射で振っている。魔王はいつまで現れるんだよ。魔王も、ただのオッサンだろ。

 いつか美少女の魔王が現れるかもと淡い期待していが、現実は非情なものだ。

 1000年勇者やってる俺からすると、もう勘弁してくれ。魔王が現れる度に思うことがある、不死になるんじゃなかったと。

 最初の魔王倒した時に報酬として貰ったあの霊薬が、不死の薬だと気づいて、妹やパーティーメンバーに仲良く分けたのもう遠い昔のようだ。

 ……マジで遠かった。

 はぁ、とため息をこぼす。戦闘中にどうでもいいことを考える余裕すらある。


 右手に握った剣を左肩に添える、一二歩をスキップして遠く遠く近い敵に、剣を右方向にスライドすると、魔王の剣と俺の剣がぶつかり合うが、すぐに魔王の剣が折れて吹き飛ばされる。

 吹き飛ばした魔王に向かって俺の剣を投げる。

 魔王の上に剣が来た瞬間に、俺はその剣を握り、魔王を剣で叩き落とす。

 地面が剣の衝撃だけで消し飛ぶほどの威力だ。


「はい、クリアと」

 魔王だった者の横に着地して、地面を登る。

 やっと地面の底から脱出できた。みんな褒めてくれるかな。




 ムーリク王国に着いた。

 国もゴキブリのように湧いてくる魔王に、パレードも金の無駄だと開催しなくなった。

 この王城に続く道だって、パレードになると俺が馬に乗り、民衆が縦に割れた隙間を縫って、感謝を言われながら紙吹雪が舞い散る中を移動す……紙吹雪あったっけ? というレベルでパレードの記憶が無い。

 勇者パーティーも俺一人でこと足りるからと応援にも来なくなった。

 勇者には誰も感謝しない。勇者は民を世界を救って当たり前と思ってしまっている現状だ。

 はぁ、とため息をこぼす。俺が憧れた勇者はもっと違ったはずなんだけどな。


 モーブル・レディエント。子供頃、この名前が好きじゃなかった。モーブルの男で、もぶおと呼ばれていたからだ。

 だが俺は手に入れたんだ! この勇者というポジションを! もう、もぶおと呼ばれることもない。皆、尊敬の念を込めて勇者と俺の名前を呼ぶ、勇者モーブル様と。

 そんなのでモチベーションを保てている時代が俺にもありました。何度世界を救えば、俺は解放されるんだ?

 と、そんなことを考えていたら、ポインと弾むものにぶつかって倒してしまう。よく見るとぽっちゃりの青年だ。

 髪は整えていないのか、跳ねた髪が沢山ある。

 それ以外はどこにでも居そうな顔の青年だ。えへへとニマニマ顔だからそう見えるのかもしれない。


 尻もちをついている青年に手をやる。

「悪かったな、少し考え事をしていて」
「チャンジ魔法!」

 青年の手を握ると、青年が何かの魔法を唱えた。



 あれ? なんで尻もちを俺がついているんだ?

「やった、やったよ! これで僕は勇者だ!」

 俺の目の前に俺という美男子がいた。整えられた金髪に、端正な顔立ち、綺麗な緑色の瞳、鍛え抜かれたスタイル。白を基調とした制服は美しい。完璧なイケメンがいた。

 俺はイケメンをよそにステータスと呟く。

 スキル欄にチェンジ魔法と書かれたものがある。チェンジ魔法しかない。でもこのスキルは見たことがない。ユニークスキルか!?

 そしてコイツは馬鹿なのか? チェンジ魔法をまた使えば戻れるというのに。


「お、俺の身体が! 俺の身体返してくれよぉ」

 乗っかるしかない、このチャンスに。

「僕が勇者だ! 王女は君と僕、どちらを信用するかな!」
「そ、そんな……こ、とは……」

 イケメンは俺から手を弾き、走って王城に向かって行ってしまう。

 それを尻もちから立ち上がり、たぷんたぷんのお腹でリズムを取りながら追った。

 けれど、足が足に絡まって転けてしまう。

「俺の身体だぁぁあああ! 許さないぞぉぉおおお!」

 俺の大声を聞いて、イケメンはチラリとだけ振り返ったが、ニヤリと笑みを残しただけで、そのあとは見えなくなるまで振り返ることはなかった。



「よし、ここまでやれば、偽物でもボロを出すことはしないだろう。バレるという最大の失態はしないでくれよ」


 俺は道のド真ん中を占領して、顔を下に向けた。

「クッ」とやるせない感情が襲い、「ハハッ」と乾いた笑いが出る。


「クッ、ハハッ、ハハハ、ハハハハ! ハハハハハ! 俺にも運が回ってきたぜ!」

 頭を上げ、膝立ちで大声を出す。


 俺、この姿でのんびり平和に暮らしていくことにするわ。


 
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