魔界刀匠伝

兵藤晴佳

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危険な取り引き

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 裸の胸を抱えてすくみ上がるモハレジュを見下ろして、山猫頭のアレアッシュワティは、兵士たちを鼻で笑った。
「おい、お前ら殺すなって言ってくれる小娘……どうなってもいいのか?」
 兵士たちを挑発して、襲いかかってくるところを血祭りにあげるつもりなのだ。
 モハレジュをめぐって仲間割れをすることなく、囲みを突破しようというのだろう。
 兵士たちは我に返ったように、再び小剣を構えた。
 アレアッシュワティは、興奮を抑えた低い声でつぶやいた。
「そうこなくっちゃ」
 だが、その目の前に立ちはだかった者がいた。
 私だ。
 半人半獣の者どもワハシュにとって、モハレジュが何者なのかはどうでもいい。
 炎の皇帝の城からテニーンを助け出すのに、頼れるのはこの少女しかいないのだった。
 私が小剣をつきつけた先で、山猫頭は平然としている。
「やっぱり、そういうことか」
 スラハヴァーが横から、恐る恐る尋ねてくる。
「……裏切んのか? 俺たちを」
「そうじゃない」
 答えながらも見据えてやると、アレアッシュワティは憎々しげに鋭い歯を剥いた。
「信じらんねえ」
 すると、私の後ろから、モハレジュの声が凛として響き渡った。
「話、聞いてやって。こいつらの」
 それもひとつの手だろう。
 ヴィルッドも、落ち着いた声で言った。
「今しかないぞ」
 兵士たちが大人しくしているうちは、脱出の機会が残されている。
 逆に、下手に開き直られたら、こちらは無用の危険を冒すことになる。

 山猫の眼に睨まれて、兵士たちは震え上がった。腰を抜かしている者もいる。
 とうとう、ひとりが泣き言を垂れた。
「よく分かった。あんたらは強い。このまま、見逃してくれ」
 アレアッシュワティの返事は、ふーっという威嚇の声ひとつだけだった。
 兵士たちの中から、諦めたような溜息だけが聞こえた。
「やりたくてやってるわけじゃない、こんなこと」
 話を聞けば、彼らも貧しい境遇にあった。
「この街でやっていけるのは、要領よく金儲けしたヤツだけだ。金持ちは金持ち同士で張り合って、負けたら食うや食わずの身の上になる」
 別のひとりが、その言葉を継いだ。
「怖いんだよ、ここで生きていくのが。ここでしか生きていけないのに……だから、こうやって兵隊やってるんじゃないか」
 何を言っているのかよく分からないが、言いたいことは分かった。
 この街は、この国中の富が集まってくる。それを求めて、人が集まってくる。
 だが、その富はもともと富んでいる者が持ち、それを持たない者、いったん失った者はどこまでも貧しくなっていくしかない。
 富から離れた貧しく、弱い者は、この街にしがみついている限り、その隅へと追いやられていく。
 それが嫌なら、武器を手にするしかない。この街を出て荒野をさまようか、この街で兵士かならず者のどちらかになるかだ。

 手足と頭を甲羅の中に引っ込めたスラハヴァーが、うずくまって考え込んだ。
「……そう言われるとなあ」
 人の姿をしていないばかりに街の周辺へ追いやられ、汚水と悪臭にまみれて生きる半人半獣の者どもワハシュにとって、人ごとではないだろう。
 だが、山猫頭はそれだけに、兵士たちを許しはしなかった。
「でも、こいつらが生きるために、仲間がどれだけ殺された?」
 冷たい朝の光が路地を満たしはじめると、もう山猫頭の目が光ることはない。
 それでも、細くなった瞳は人間離れした獣の顔立ちを、いっそう禍々しいものにしていた。
 その瞳が、口々に何やら同じことを言う兵士たちを見据えると、ひとりが声を振り絞った。
「もう、手出しはしない!」
 狼頭のヴィルッドが、静かに尋ねる。
「命令されたら?」
 別の兵士が答えた。
「街を……出ていく」
 同じつぶやきが、路地にうずくまる兵士たちの間にざわざわと広がっていく。
 私は、狼頭をちらりと見やった。
「ああ言ってるが」
 答えはすぐさま返ってきた。
「信じてやろう」
「信じられない」
 聞かれもしないのに、間髪入れずに口を挟んできたのはもちろん、アレアッシュワティだ。
 そう言ってくるだろうと思っていた私は、さらに呼吸の間を読んで動いた。
「信じないなら」
 山猫頭の喉元に、小剣を向ける。

 そこでヴィルッドが、兵士たちに告げた。
「行け……殺しはせん」
 狭い路地で押し合いへし合いしながら、兵士たちは我がちにと逃げていく。
 スラハヴァーが、そこでほっと息をついた。
「よかった……これで喧嘩しないですむ」
 だが、その考えは甘かった。
 私が兵士から小剣を奪うときに落とした、売人のナイフの刃のことを、私はすっかり忘れていた。
 山猫頭は、それを爪先で器用に蹴り上げる。 
 のけぞってかわすと、冷たい刃が鼻先をかすめる。
 それが涼やかな青空まで昇りつめれば、落ちていく先は、たぶん、兵士たちの群れの中だ。
  私は小剣を斜めに振るって、折れたナイフの刃を叩き落とす。
 その切っ先は山猫頭の目の前まで迫ったが、器用に身体を丸めてかわされた。
 すくみ上がったのは、しゃがみ込んでいた銃の売人だ。
 股ぐら辺りの地面には、その持ち物だったナイフの刃が突き立っていた。
 転がるようにして逃げ出したところで、首筋に小剣をつきつけてやる。
「答えろ……なんで、あいつらを知っている」
 兵士たちの逃げていった方に顎をしゃくってやる。
 だが、売人はこの期に及んで口を閉ざした。
 よほど、知られたくない関わりがあるのだろう。
 アレアッシュワティが再び山猫の眼目を吊り上げたが、狼頭のヴィルッドと目が合うと、そっぽを向いた。
 スラハヴァーが困ったような顔で、こっちを見る。
 ここで売人に口を割らせれば、半人半獣の者どもワハシュ同士のいさかいも収まるだろう。
 とりあえず、ここは仕切り直しだ。
 私は売人に小剣をつきつけたまま、できる限り穏やかな言葉を投げかけた。
「言いたくないことは言わなくていい。こっちもあいつらを恐れることはない……すっかりやる気をなくして、何をしてくる気もないだろうからな」
 すると、売人は顔を引きつらせながら、空威張りしてみせた。
「街から一歩出て、ぐるっと回ってみろ」
 
 言われるままに、私はモハレジュと街の周りを歩いてみた。
 半人半獣の者どもワハシュたちは、日が昇る前に大通りを横切って、自分たちの住みかへと戻っていた。
 街から出てしまえば、再び入ることはできないからだ。
「そうなったら、野盗や賞金稼ぎになるしかないのよ」
 モハレジュがそう言うのは、日の出に街の門が開くと兵士たちが大通りを見張り、夜は門が閉ざされてしまうからだ。
 だが、外へ出られた私たちもたいへんな思いをした。
 日が昇ると共に街の外へ出たのに、周りをようやく半分も回らないうちに、すっかり日が暮れてしまったのだ。
「離れないように」
 そういう私に、モハレジュは不満げに言った。
「こっちのセリフよ」
 すると、その背後の暗闇の中から囁く者があった。
「この肉、食わんか?」
 モハレジュが縮み上がったところで、代わりに私が答えた。
「くれ……おい、腐ってるぞ」
 だが、それっきりだった。
 辺りには、誰の気配もないが、私は気づいていた。
「街を出ていくんだろう」
 モハレジュが、憐れみを込めてつぶやく。
「目の敵にされたわけね、アタシたち」
 私たちを捕らえろという命令を、兵士たちは拒んだのだろう。
 私はモハレジュを促した。
「眠いだろうが、来た道を戻ろう。他の取引につき合うことはない」
 街の外周のあちこちで、支給されたものの横流しが、貧しさに耐えかねた兵士たちによって行われているのだ。
「銃は?」 
 例外ではあるまい。
 私は、確信をもって答えた。
「もう、届いていることだろう……秘密の取引も、これが最後というわけだ」
 さっきのやりとりが、都を去る兵士たちからの合図だということは察しがついていた。
 その義理堅さは、あの売人も同じだったといえる。
 半人半獣の者どもワハシュたちのもとへは、兵士たちから横流しされた中古の銃が渡っているはずだった。
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