魔界刀匠伝

兵藤晴佳

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龍殺しの銃

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 次の日の朝、街の門が開くと、私は無人の大通りへと駆け込んだ。
 門番の兵士が、疑いの目で見ていることは何となく分かっていた。
 そこまでして人目を避けなければならなかったのには、わけがある。
 服を切り裂かれたモハレジュの胸が、朝の淡い光の中で露わになっていたのだ。
 まだ薄いから手で覆えば隠せないこともないが、もう一方の手はが私の腕を掴んでいた。
「こっち!」 
 そう言うなり、モハレジュに引っ張り込まれた場所があった。
 滅多なことではうろたえない私だが、ここがどういう場所か分かったときは言葉を失った。
「おい……」
 粗末なベッドが置いてあるだけの部屋に、天井近くにある明かり取りの窓から、ぼんやりと光が差し込んでいる。
 私がテニーンと初めて夜を明かしたのは、こんな宿屋だった。
 人知れず逢瀬を重ねる恋人たちが情事にふけるための……。
 薄暗がりの中で、モハレジュが怒りに燃える目で私を睨みつける。
「変なこと考えないで。タダでここに隠れて、裏口とか使わせてもらう代わりに、ときどき、こういう部屋の掃除やってるだけなんだから!」
 それでも、門番の兵士から見れば、私は年端も行かぬ娘を辱める、不届き極まりない破廉恥漢に見えたことだろう。

 さらにうっかりしていたことがあった。
 私たちは、ひと晩じゅう起きていたのだ。
 ベッドしかない部屋だから、眠たくなって寝そべる場所はモハレジュも同じである。
 気が付いたときには、私の身体を抱き枕にして安らかな息を立てていた。
 おい、と再び声をかけると、胸を抱えて跳ね起きる。
「なんかした? 私に……なんかした?」
 子どもには興味ない、と言ったのも聞かずに、私を責め立てるだけ責め立てたモハレジュは、夕暮れの光の差し込む安宿の部屋から駆けだしていった。
 
 半人半獣の者どもワハシュたちがたむろする、すっかり暗くなった裏路地の片隅で、私は銃を受け取ることができた。
 弾と火薬、それを込めるための細い鉄棒を一緒に持ってきたのは、あのネズミ爺さんだ。
「このために住んどったようなものだ、あの空き家は」
 その裏には、城からの汚れた水を流すための穴がある。
 入り組んだ路地の先にある、あの空き家へ案内された私は、奥の壁の前に立つ。
 小剣を腰に提げた私は、テニーンがやっていたように銃を背負って、隠し扉の外へ出た。
 鼻のもげるような臭気に顔をしかめると、からかう声が後ろから聞こえた。
「撃てるの? そんなんで」
 振り向くと、頼みもしないのについてきたモハレジュが、恩着せがましく微笑んでいた。

 モハレジュに渡されたボロ布で、口の辺りを覆面にしなくては息もできなかった。
 腰のあたりまで汚水に沈めて、暗い洞穴の中を手探りで、城の奥へと進んでいく。
 やがて、やっと足が乗る程度ではあるが、通路と思しきものが手に触れた。
 私と同じく覆面をしたモハレジュも、これに気付いたらしい。
「一応、ここにも見張りに来なくちゃいけないんでしょうね」
 くぐもった声で言ったところで、遠くにカンテラの明かりが見えた。
 それを手にした兵士は私たちに気付かなかったらしく、遠ざかっていく。
 通路へと這い上がって後をつけると、モハレジュも後からついてきた。
 だが、そんなことで城の奥へ忍び込めるはずもない。
 ランタンの明かりがぴたりと止まって、低いところへ下ろされた。
 モハレジュが囁く。
「きをつけて……今、構えてる」
 私にも、その銃はぼんやりと見えていた。
 だが、そのときにはもう私の銃が、洞窟に響き渡らる轟音と共に火を噴いていた。
 テニーンと寸分違わぬ姿勢で撃ったつもりだったが、その弾は、洞窟の天井に当たって火花を散らしただけだった。
 膝をついて銃を構えた兵士の姿が一瞬、照らし出される。
 再び戻ってきた暗闇と共に、背後のモハレジュを抱えて通路に伏せる。
 銃の轟音の中、頭上で甲高い音を立てて風を切る弾丸が、洞穴のどこかで火花を放った。
 苛立たしげな声が、私を罵る。
「逃げてたら意味がないわ」 
 銃をひったくったモハレジュが、暗闇の中で器用に火薬と弾を込める。
 私は囁いた。
「いったん伏せろ」 
 カンテラの明かりの中で、向こうの兵士も同じことをしているはずだ。 
 たぶん、暗闇の中でこちらの銃が準備できているとは思っていないだろう。
 だが、モハレジュは銃声が轟くのにも構わず撃った。
 洞窟の残響の中、汚水がぼちゃんと音を立てると、慌てふためく兵士がカンテラを置いて逃げるのが見えた。
 モハレジュが、呆れたからとも安堵したからともつかない溜息を漏らした。
「アタシでもできることを」
 兵の銃を撃ち落とすだけの腕も度胸もなかった私も、溜息をつかないではいられなかった。

 ……テニーンが救い出せるのか? こんなことで。

 モハレジュのしなやかな手が、私の肩を軽く叩く。
「剣のほうが向いてるんじゃない?」
 そこには、軽蔑も慰めも感じられない。
 むしろ、励ましに近いものが感じられた。
 
 銃に弾を込めて城の奥へと急ぎはしたが、逃げた兵士が私たちを放っておくはずもない。
 たいして先には進まないうちに、何人にも増えてやってきた。
 カンテラが下ろされたところで、モハレジュが銃を構えた。
「殺すな」
 無茶な頼みだと分かってはいたが、囁かないではいられなかった。
「そんなこと言ってる場合?」
 そう言いながらも、モハレジュは器用に銃を撃ち落とす。
 だが、多勢に無勢とはこのことだった。
 いくつもの銃を向けられて、モハレジュは呆れ返った。
「こうなっても?」  
 だが、そこに非難の響きはない。
 私は小剣を手に、テニーンの言葉を思い出す。

 ……連続では撃てない。全員でも撃てない。

 下ろされた、いくつものカンテラが頼りだった。
 山賊として生き抜いてきた私の眼は、相手の指先の細かい動きも見逃しはしない。
 引き金が動く、その瞬間さえも。

 ……一斉に撃ってしまったら、弾を込めるまでに隙ができる。 
 ……何人かに分けて撃てば、一発あたりの弾は減る。

 最初の弾を撃つときを見極めて、間合いを詰めるのだ。
 そのくらいの脚は、テニーンに鍛えられている。
 
 ……見えた!
 
 銃を撃ってくると思っている兵士たちの意表を突いて、小剣で襲いかかるのは何でもなかった。
 持っているのが銃であろうと槍や剣であろうと、その指に斬りつけることができれば、落とし方は変わらない。
 ひとり残らず悲鳴を上げると、傷ついた手を押さえてうずくまる。
 そこを銃の台座で張り倒して昏倒させたモハレジュは、先へ進む私の背中で自慢げに囁いた。
「ほら、ね?」

 だが、すぐに私の歩みは止まった。
 真っ赤な光に包まれた人影が、銃を手に近づいてきたのだ。
 たったひとりだけだったが、私の身体には鳥肌が立った。
 モハレジュが、ものも言わずに銃を放つ。
 だが、恐れることもなく足を進める人影を、弾はかすめただけだった。
 低い声が、悠々と尋ねる。
「お前か? 風虎《ふうこ》のフラッドとは」
 何の得にもならないことを答えるほど愚かではない。
 だが、続く言葉は、名乗らずとも人影の正体をほのめかしていた。
「……周りの者は止めたが、ひと目だけでも見ておきたかったのだ」
 モハレジュがつぶやく。
「まさか……こいつ」
 私も同じことを考えていた。
 人影が口にした最後のひと言が、それを確かなものにする。
「テニーンが待つ男を」
 
 小剣を低く構えて、私は突進した。
 一瞬で間を詰めて、その切っ先で心臓を貫けば終わりだ。
 テニーンが捧げられた、日照りの世界の恐るべき支配者の!
 「炎の帝王」の!
 だが、凄まじい轟音と共に、小剣の刃は吹き飛ばされた。
 その衝撃で、私もモハレジュも、その手にした銃も吹き飛ばされた。
 汚水の中に転げ落ちて流されながら、私は考えていた。

 ……「龍殺しの銃」だ! あれを、どうやって?

 方法は、ひとつしかなかった。
 一振りで、相手の首を斬り飛ばす刀があればいい。
 私の失った、あの「飛刀」が。
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