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時代遅れの武器
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血気盛んな若い村人たちを伴って村を出たのは、夜明け前だった。
水脈に沿って続く街道を外れて、荒野を歩きだすと、若者たちは不安げに顔を見合わせた。
足が鈍ってもいけないので、私は手短に説いて聞かせた。
「井戸と水を求めるなら、村から村へと渡っていかなければならない。だが、まっすぐ目的地をめざすなら、水も少なくて済む」
だが、その分、銃を担いだ「炎の帝王」の兵や龍騎兵、そうでなくても怪しげな獣に出くわす危険は免れることができない。
だが、ありがたいことに、私たちの前に現れたのは、せいぜい野犬の群れくらいのものだった。
それも、狗頭人のキャルブンがむきになって、十文字槍を振り回して追い払ってしまった。
「街道を外れてうろうろするのは、まっとうな人間ではないからな」
誰ひとり、その容姿をからかうものはいなかったのだが、こんなことをつぶやくからには、よほど気にしていたのだろう。
修行僧のアッサラーは気を遣ったのか、その場にいる者に聞こえるように口を挟んだ。
「まこと、我らは」
山猫頭のアレアッシュワティが、言葉を継いだ。
「捕まっても、食われても仕方がない」
そこで、狼頭のヴィルッドが遠くを指差していった。
「あれは、どっちになるだろうな」
ボロ布の塊のような影が、いくつも遠くに佇んでいた。
風を切る音がして、十文字槍が閃いた。
頭上から降り注ぐ日差しの中で、くるくる回って落ちたものがある。
頑丈そうな矢が、私の足元に突き刺さった。
クロスボウから放たれたものだ。
若い村人たちが、悲鳴を上げる。
それが飛んできた方向を見やりながら、キャルブンが犬の耳と鼻をひくつかせながらつぶやいた。
「野盗だな」
どうしても手斧の小ささになじめないのか、物足りなさそうに山猫頭がぼやいた。
「龍騎兵でも一掃できなかったか、丸腰では」
先に逃がしてやったのが都へご注進に及ぶとすれば、私たちの行く、もっとも短い距離を通っていったことだろう。
だが、武装した野盗どもと途中で出くわしていたら、あっと言う間に殺されていたはずだ。
「逃げない限りは」
あり得ないことをつぶやくと、狗頭人が私の頭を押さえながら、乾いた地面へ共に伏した。
「そんなこと言ってる場合か」
途端に、矢が頭の上を通り過ぎていく。
キャルブンと並んで片膝ついて立ち上がり、十文字槍が振り回されるそばで飛刀を抜き放った。
弧を描いて一振りした刃に斬って落とされたのは、太く短く、見るからに頑丈な矢だった。
飛刀を振るわなければ、弾き飛ばすのがやっとだったろう。
ヴィルッドが苦笑いする。
「クロスボウか……贅沢なことだ」
銃と比べれば見劣りはするが、引き金だけで弓を遥かに凌ぐ威力がある。
造りも複雑なので、値の張る飛び道具ではあった。
食うや食わずで手にするような武器ではない。
相当の荒稼ぎをしている、手練れの野盗のようだった。
だが、アレアッシュワティは簡単に言ってのける。
「叩き落してやればいい」
そのためには、クロスボウに手斧を振り下ろさなくてはならない。
だが、矢というものは、それができないところにいる相手に対して放つものだ。
もっとも、アレアッシュワティは気にした様子もない。
野盗たちが矢をつがえる間を狙って、バネに弾かれたような勢いで疾走していた。
それでも、間に合うわけがない。
いくつものクロスボウが構えられるのが見えたところで、私は叫ぶことしかできなかった。
「危ない!」
それが合図でもあったかのように、アレアッシュワティが手斧を投げる。
私は無駄な叫びを繰り返す。
「ダメだ!」
当たる当たらないということではない。
山猫頭なら、間違いなく当てる。
見る間に、手斧はクロスボウを持つ野盗の眉間めがけて、真っすぐに飛んでいく。
このまま殺されるわけにもいかないが、できれば殺すのも避けたかった。
目を閉じるしかなかった私の耳に、甲高い悲鳴と共に、乾いた音が遠くから届いた。
面白くもなさそうなアレアッシュワティの声が聞こえてくる。
「文句あるか」
見れば、手斧が突き刺さったクロスボウを野盗が投げ捨てるところだった。
狼頭のヴィルッドが、武器を失った山猫頭に向かって咆える。
「戻れ!」
我に返った野盗が偃月刀を抜いて迫ってくるのに、身じろぎひとつしないからだ。
正面から振り下ろされる偃月刀をかわして、ただひと言だけ答える。
「背中を向けたら死ぬ」
そう言っている間にも、刀は丸腰のアレアッシュワティに向かって縦横に斬りつけられる。
だが、それをかわす俊敏さとしなやかさは、まさに山猫そのものだった。
よくやっているというべきだろうが、アッサラーは冷ややかに評した。
「長くは持つまい」
それは、私も身体で分かっていた。
かつて山賊として潜んでいた山中で、相棒のテニーンにさんざん鍛えられたからだ。
あの野盗など比べ物にならない速さの棒や木剣、真剣をことごとくかわさなければならなかったのだが、いつも、しまいには強かにうちのめされる。
地面に転がった私を見下ろして、テニーンは言ったものだ。
……重い武器を持っているほうが先に疲れそうなものだけど、そんなうまい話はめったにないわ。
死ぬか生きるかの瀬戸際で逃げ続けるほうが、よほど疲れるということだ。
飛刀を抜いて駆け寄ろうとすると、アレアッシュワティは鋭い声で脅しつけた。
「来るな! 気が散る!」
そう言いながらも、足取りは次第に怪しくなってきていた。
そのうち、足を滑らせたのか、その身体が大きくのけぞった。
しまった、と思う間もなく、横薙ぎの刃が喉元を襲う。
だが、その切っ先は、明後日の方向へと逸れていた。
割って入った狼頭のヴィルッドが鎌を振るって、その刃で受け流していたのだ。
地面に転がったアレアッシュワティが、荒い息の舌で呻いた。
「いらんお節介を」
するとヴィルッドは、続いて振り下ろされた刀を鎌で器用に絡め取り、はたき落として戻ってきた。
「なら、自分でやれ」
そう言われた山猫頭は軽々と跳ね起きると、疲れきった野盗の喉元に飛びついて、あっさりと絞め落としてしまった。
だが、その様子をじっと見ていた者がいた。
長柄の斧を背負った長身の男だ。
おそらくは、野盗の首領だろう。
照りつける日差しの下で野盗が仰向けに転がると、斧を両手に構えた。
雑草ひと筋そよぐこともない乾いた地面の上を、音もなく、滑るように山猫頭に迫ってくる。
山猫頭はというと、炎天下での戦いで疲れ切って、立っているのがやっとだった。
その首元へと、斧が横薙ぎに打ち込まれる。
だが、その寸前で手は止まっていた。
背後から忍び寄っていた小柄な影が、勝ち誇る。
「ちょっとでも動いたら、背中から心の臓をひと突きだよ」
首領らしき男に、モハレジュが忍び寄っていたのだ。
それがいかに無謀なことであるかは、狗頭人と狼頭が身構えたまま動けないのを見ても分かった。
素手の山猫頭など、後でどうにでもなる。
ひと足だけ進み出て、振り向きざまに斧が叩きつけられたら、モハレジュなどひとたまりもあるまい。
私は飛刀を手に、首領の身体越しにたしなめた。
「逃げろ、お前じゃ無理だ」
モハレジュもまた、自分が短剣をつきつけている相手は無視して私を罵り返す。
「殺す度胸もないくせに」
言われてみればその通りだった。
だが、私がモハレジュを止めたのは、そんなことからではない。
「殺させたくない、お前には」
いかにうろたえていたからとはいえ、このひと言はまずかった。
地面が裏返って、クロスボウを手にした数人の野盗たちが次々に現れた。
砂色の布をかぶって、灼熱の地面にずっと伏せていたのだ。
首領が合図したのか、自ら機を見たのかは分からないが、野盗たちはモハレジュが片手に持った短剣を捻り落として、その身体を羽交い絞めにする。
刃物を取り上げて、しなやかな身体を後ろから羽交い絞めにする。
その野盗たちの陰に隠れて、首領らしき男は月並みなセリフを口にした。
「置いていけ、カネと食い物と……この女」
山猫頭のアレアッシュワティは、しゃがんで隙をうかがいながらも、武器を失ってはどうすることもできない。
地に伏せた野盗に気付かなかった狼頭のヴィルッドは、気まずそうに私から目を逸らした。
代わりに、狗頭人のキャルブンが私に決断を迫った。
「どうする?」
修行僧のアッサラーも、私の意向を問いただした。
「あの女の命と引き換えに、その操も含めて全てよこせと言っておるが?」
私はきっぱりと言い切った。
「勝負しよう。私が勝ったら、その娘を返してくれ。負けたら、好きなようにするといい」
だが、野盗の首領は鼻で笑った。
「これで殺せば済む」
顎をしゃくってみせると、野盗たちがクロスボウを構えて進み出る。
だが、その後ろに残った者たちに両脇から抑えられたモハレジュは、顔を歪めて履き捨てた。
「舌噛んで死んでやるから」
首領は面倒臭そうに眉を寄せる。
しばしの間を置いてから、斧をかついで私の前に歩み出る。
「いいだろう」
見下したようなひと言が、この強欲で見栄っ張りな男の全てをひっくり返した。
ひと振りした飛刀が、かつがれた斧を柄から背中へ切り落とし、首元につきつけられる。
私は首領の肩越しに、野盗たちを睨み据えた。
「置いていけ、その娘」
クロスボウは投げ捨てられ、野盗たちは散り散りに姿を消した。
解放されたモハレジュは短剣を拾うと、首領の背後に駆け寄って、何事もなかったかのようにつきつける。
「さっさと失せな。でないと心の臓を……」
みなまで言わないうちに、野盗の首領だった男は、ほうほうの体で逃げ出した。
残されたのは、アレアッシュワティが手斧を抜き取った跡が残るものを含めたクロスボウと、柄から切り落とされた斧だけだった。
事のなりゆきを黙って見ていることしかできなかった若い村人たちが、そわそわと互いに目を見交わす。
ヴィルッドが、小馬鹿にしたように笑った。
「欲しいなら持っていけ」
若者たちは、ためらいがちにではあるが、ひとり、またひとりと武器を手に取る。
もっとも、使えるか使えないか、それは今のところ定かではない。
私としては、彼らがそれらを使わないで済むことを祈らないではいられなかった。
水脈に沿って続く街道を外れて、荒野を歩きだすと、若者たちは不安げに顔を見合わせた。
足が鈍ってもいけないので、私は手短に説いて聞かせた。
「井戸と水を求めるなら、村から村へと渡っていかなければならない。だが、まっすぐ目的地をめざすなら、水も少なくて済む」
だが、その分、銃を担いだ「炎の帝王」の兵や龍騎兵、そうでなくても怪しげな獣に出くわす危険は免れることができない。
だが、ありがたいことに、私たちの前に現れたのは、せいぜい野犬の群れくらいのものだった。
それも、狗頭人のキャルブンがむきになって、十文字槍を振り回して追い払ってしまった。
「街道を外れてうろうろするのは、まっとうな人間ではないからな」
誰ひとり、その容姿をからかうものはいなかったのだが、こんなことをつぶやくからには、よほど気にしていたのだろう。
修行僧のアッサラーは気を遣ったのか、その場にいる者に聞こえるように口を挟んだ。
「まこと、我らは」
山猫頭のアレアッシュワティが、言葉を継いだ。
「捕まっても、食われても仕方がない」
そこで、狼頭のヴィルッドが遠くを指差していった。
「あれは、どっちになるだろうな」
ボロ布の塊のような影が、いくつも遠くに佇んでいた。
風を切る音がして、十文字槍が閃いた。
頭上から降り注ぐ日差しの中で、くるくる回って落ちたものがある。
頑丈そうな矢が、私の足元に突き刺さった。
クロスボウから放たれたものだ。
若い村人たちが、悲鳴を上げる。
それが飛んできた方向を見やりながら、キャルブンが犬の耳と鼻をひくつかせながらつぶやいた。
「野盗だな」
どうしても手斧の小ささになじめないのか、物足りなさそうに山猫頭がぼやいた。
「龍騎兵でも一掃できなかったか、丸腰では」
先に逃がしてやったのが都へご注進に及ぶとすれば、私たちの行く、もっとも短い距離を通っていったことだろう。
だが、武装した野盗どもと途中で出くわしていたら、あっと言う間に殺されていたはずだ。
「逃げない限りは」
あり得ないことをつぶやくと、狗頭人が私の頭を押さえながら、乾いた地面へ共に伏した。
「そんなこと言ってる場合か」
途端に、矢が頭の上を通り過ぎていく。
キャルブンと並んで片膝ついて立ち上がり、十文字槍が振り回されるそばで飛刀を抜き放った。
弧を描いて一振りした刃に斬って落とされたのは、太く短く、見るからに頑丈な矢だった。
飛刀を振るわなければ、弾き飛ばすのがやっとだったろう。
ヴィルッドが苦笑いする。
「クロスボウか……贅沢なことだ」
銃と比べれば見劣りはするが、引き金だけで弓を遥かに凌ぐ威力がある。
造りも複雑なので、値の張る飛び道具ではあった。
食うや食わずで手にするような武器ではない。
相当の荒稼ぎをしている、手練れの野盗のようだった。
だが、アレアッシュワティは簡単に言ってのける。
「叩き落してやればいい」
そのためには、クロスボウに手斧を振り下ろさなくてはならない。
だが、矢というものは、それができないところにいる相手に対して放つものだ。
もっとも、アレアッシュワティは気にした様子もない。
野盗たちが矢をつがえる間を狙って、バネに弾かれたような勢いで疾走していた。
それでも、間に合うわけがない。
いくつものクロスボウが構えられるのが見えたところで、私は叫ぶことしかできなかった。
「危ない!」
それが合図でもあったかのように、アレアッシュワティが手斧を投げる。
私は無駄な叫びを繰り返す。
「ダメだ!」
当たる当たらないということではない。
山猫頭なら、間違いなく当てる。
見る間に、手斧はクロスボウを持つ野盗の眉間めがけて、真っすぐに飛んでいく。
このまま殺されるわけにもいかないが、できれば殺すのも避けたかった。
目を閉じるしかなかった私の耳に、甲高い悲鳴と共に、乾いた音が遠くから届いた。
面白くもなさそうなアレアッシュワティの声が聞こえてくる。
「文句あるか」
見れば、手斧が突き刺さったクロスボウを野盗が投げ捨てるところだった。
狼頭のヴィルッドが、武器を失った山猫頭に向かって咆える。
「戻れ!」
我に返った野盗が偃月刀を抜いて迫ってくるのに、身じろぎひとつしないからだ。
正面から振り下ろされる偃月刀をかわして、ただひと言だけ答える。
「背中を向けたら死ぬ」
そう言っている間にも、刀は丸腰のアレアッシュワティに向かって縦横に斬りつけられる。
だが、それをかわす俊敏さとしなやかさは、まさに山猫そのものだった。
よくやっているというべきだろうが、アッサラーは冷ややかに評した。
「長くは持つまい」
それは、私も身体で分かっていた。
かつて山賊として潜んでいた山中で、相棒のテニーンにさんざん鍛えられたからだ。
あの野盗など比べ物にならない速さの棒や木剣、真剣をことごとくかわさなければならなかったのだが、いつも、しまいには強かにうちのめされる。
地面に転がった私を見下ろして、テニーンは言ったものだ。
……重い武器を持っているほうが先に疲れそうなものだけど、そんなうまい話はめったにないわ。
死ぬか生きるかの瀬戸際で逃げ続けるほうが、よほど疲れるということだ。
飛刀を抜いて駆け寄ろうとすると、アレアッシュワティは鋭い声で脅しつけた。
「来るな! 気が散る!」
そう言いながらも、足取りは次第に怪しくなってきていた。
そのうち、足を滑らせたのか、その身体が大きくのけぞった。
しまった、と思う間もなく、横薙ぎの刃が喉元を襲う。
だが、その切っ先は、明後日の方向へと逸れていた。
割って入った狼頭のヴィルッドが鎌を振るって、その刃で受け流していたのだ。
地面に転がったアレアッシュワティが、荒い息の舌で呻いた。
「いらんお節介を」
するとヴィルッドは、続いて振り下ろされた刀を鎌で器用に絡め取り、はたき落として戻ってきた。
「なら、自分でやれ」
そう言われた山猫頭は軽々と跳ね起きると、疲れきった野盗の喉元に飛びついて、あっさりと絞め落としてしまった。
だが、その様子をじっと見ていた者がいた。
長柄の斧を背負った長身の男だ。
おそらくは、野盗の首領だろう。
照りつける日差しの下で野盗が仰向けに転がると、斧を両手に構えた。
雑草ひと筋そよぐこともない乾いた地面の上を、音もなく、滑るように山猫頭に迫ってくる。
山猫頭はというと、炎天下での戦いで疲れ切って、立っているのがやっとだった。
その首元へと、斧が横薙ぎに打ち込まれる。
だが、その寸前で手は止まっていた。
背後から忍び寄っていた小柄な影が、勝ち誇る。
「ちょっとでも動いたら、背中から心の臓をひと突きだよ」
首領らしき男に、モハレジュが忍び寄っていたのだ。
それがいかに無謀なことであるかは、狗頭人と狼頭が身構えたまま動けないのを見ても分かった。
素手の山猫頭など、後でどうにでもなる。
ひと足だけ進み出て、振り向きざまに斧が叩きつけられたら、モハレジュなどひとたまりもあるまい。
私は飛刀を手に、首領の身体越しにたしなめた。
「逃げろ、お前じゃ無理だ」
モハレジュもまた、自分が短剣をつきつけている相手は無視して私を罵り返す。
「殺す度胸もないくせに」
言われてみればその通りだった。
だが、私がモハレジュを止めたのは、そんなことからではない。
「殺させたくない、お前には」
いかにうろたえていたからとはいえ、このひと言はまずかった。
地面が裏返って、クロスボウを手にした数人の野盗たちが次々に現れた。
砂色の布をかぶって、灼熱の地面にずっと伏せていたのだ。
首領が合図したのか、自ら機を見たのかは分からないが、野盗たちはモハレジュが片手に持った短剣を捻り落として、その身体を羽交い絞めにする。
刃物を取り上げて、しなやかな身体を後ろから羽交い絞めにする。
その野盗たちの陰に隠れて、首領らしき男は月並みなセリフを口にした。
「置いていけ、カネと食い物と……この女」
山猫頭のアレアッシュワティは、しゃがんで隙をうかがいながらも、武器を失ってはどうすることもできない。
地に伏せた野盗に気付かなかった狼頭のヴィルッドは、気まずそうに私から目を逸らした。
代わりに、狗頭人のキャルブンが私に決断を迫った。
「どうする?」
修行僧のアッサラーも、私の意向を問いただした。
「あの女の命と引き換えに、その操も含めて全てよこせと言っておるが?」
私はきっぱりと言い切った。
「勝負しよう。私が勝ったら、その娘を返してくれ。負けたら、好きなようにするといい」
だが、野盗の首領は鼻で笑った。
「これで殺せば済む」
顎をしゃくってみせると、野盗たちがクロスボウを構えて進み出る。
だが、その後ろに残った者たちに両脇から抑えられたモハレジュは、顔を歪めて履き捨てた。
「舌噛んで死んでやるから」
首領は面倒臭そうに眉を寄せる。
しばしの間を置いてから、斧をかついで私の前に歩み出る。
「いいだろう」
見下したようなひと言が、この強欲で見栄っ張りな男の全てをひっくり返した。
ひと振りした飛刀が、かつがれた斧を柄から背中へ切り落とし、首元につきつけられる。
私は首領の肩越しに、野盗たちを睨み据えた。
「置いていけ、その娘」
クロスボウは投げ捨てられ、野盗たちは散り散りに姿を消した。
解放されたモハレジュは短剣を拾うと、首領の背後に駆け寄って、何事もなかったかのようにつきつける。
「さっさと失せな。でないと心の臓を……」
みなまで言わないうちに、野盗の首領だった男は、ほうほうの体で逃げ出した。
残されたのは、アレアッシュワティが手斧を抜き取った跡が残るものを含めたクロスボウと、柄から切り落とされた斧だけだった。
事のなりゆきを黙って見ていることしかできなかった若い村人たちが、そわそわと互いに目を見交わす。
ヴィルッドが、小馬鹿にしたように笑った。
「欲しいなら持っていけ」
若者たちは、ためらいがちにではあるが、ひとり、またひとりと武器を手に取る。
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