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炎の帝王との対峙
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いずれにせよ、テニーンを斬れなかった私に、全ての非がある。
信じてついてきてくれた者は皆、高手小手に縛り上げられて、すぐ両隣を歩いている。
合わせる顔がないが、都の人々に横目で睨みつけられているのは分かった。
たぶん、半人半獣の者どもは私の後ろに並ばされているのだろう。
背中に痛いほどの眼差しが突き刺さっているのが分かった。
モハレジュはというと、炎の皇帝のハーレムにいたせいか、縛られることはなかった。
だが、銃を持った兵士たちが前後左右を固めている。
その隙間を縫ってよこした眼差しの哀しさに、私の胸は疼いた。
起き出した都の人々が大通りの端に立って、銃を背中から突きつけられて歩いていく私たちを眺めている。
おそらく顔見知りもいるのだろうが、関わり合いになるのを恐れてか、気遣いの声をかける者はない。
助けを求める声が上がらないのも、それが分かっているからだろう。
その、道端の人影も、次第に見えなくなる。
城の正門が近づいてきたのだ。
それが大きく開いたとき、私は思わず自嘲した。
「まさか、こんなに簡単に入れるとはな」
皮肉なものだった。
最初に城内への侵入を試みたときは、裏通りの小さな家に隠された扉から、汚物にまみれて排水溝をたどったものだ。
それが、捕まった今はというと、とりあえず、きれいな身体で城内にいるのだった。
もっとも、立場はあまり変わらない。
大きく開いた門の先には、やはり銃を持った兵士たちが待ち構えていた。
この銃の威力は、排水溝から侵入したときに思い知っている。
私は一撃で、汚物の中に転落して、共に流される羽目になったのだった。
未だに覚えているのは、真っ赤な光に包まれた、あの影だ。
……お前か? 風虎《ふうこ》のフラッドとは。
……周りの者は止めたが、ひと目だけでも見ておきたかったのだ。
……テニーンが待つ男を。
私の名だけでなく、テニーンの名前も気持ちも知っていた。
炎の皇帝を除いては、考えられない。
それにはモハレジュも気づいていたようだったが、ハーレムにいたのなら納得のいく話だった。
おそらく、そちらに戻されたのだろうと思って辺りを見渡してみると、連行してきた兵士から城内の兵士に引き渡されるところだった。
「じゃあ、あの男と一緒に連れていけ」
炎の皇帝にしてみれば、命令を成し遂げられなかった女など、何の価値もないということだろうか。
「モハレジュ……」
つい、口をついて出た名前が聞こえたのか、照れくさそうな笑いを浮かべてみせるのが見えた。
大人数で暴れられるのを避けるためか、私たちは、半人半獣の者どもに身ぎれいな都の人々、その他に分けて連行された。
狭い廊下を幾つも曲がって、重そうな扉を次々に通っていく。
銃を構えた兵士を背にしてどれほど歩かされたかは分からないが、最後の大扉を通り抜けると、そこは円形状に並べられた椅子に見下ろされた広場があった。
そのほとんどは、城に仕える者や、都の人々で満たされている。
私が引き出されたのは、おそらくは円形闘技場だろうと思われた。
だが、村の若者たちと一緒に連れてこられたモハレジュは、強がるように鼻で笑ってみせた。
「公開処刑場にもなるんだよ、ここは」
それに応えるかのように、私の目の前へ、兵士たちに牽かれた半人半獣の者どもたちと、都の人々がやってきて鉢合わせた。
獣の頭を持つ者のひとりが、軽口を叩く。
「よお、覚悟はできたか」
都の人々から、歯切れのよい答えが返ってくる。
「しまったと思ったよ、今ごろになって」
すると、聞かれもしないのに、私の後ろで村から来た若者たちの誰かが言った。
「こっちは未だに思ってるよ、しまった、って」
あまりの落ち着きに、観客席の見物人たちは口々にヤジを飛ばす。
「イキがってんじゃねえぞ!」
「泣け! 喚け! 命が惜しいんだろ!」
「言えよ! 助けてくださいって! 聞いてやんねえけどなあ!」
聞くに堪えない。
特に、都の連中などは、朝の大通りで私たちを見送っていた人々とはたいへんな違いがある。
もっとも、人が殺されるのを見物しにわざわざやってくるような者どもに、品のある物言いを求めるのは無理というものだろう。
縛られた半人半獣の者ども、都の人々、村の若者たちはというと、見せしめに殺されることなど気にもしていないかのようだった。
「やるならやれ!」
「腹は括ったんだ!」
「ここでジタバタするくらいなら、ついて来ねえ!」
言葉は同じくらい乱暴だったが、心の底から吐き出されたものは響きが違う。
その勢いに、観客席は静まり返った。
兵士たちにしてみれば、あまりにも不気味だったのだろう、そのまま銃の引き金に指をかけた。
銃弾の交差する真ん中に、私たちを立たせようというのだ。
だが、兵士たちが撃ってくることはなかった。
背中から撃たれる者たちが、正面で銃を構える兵士たちを睨み据えている。
この張りつめた気持ちがどちらかで破れれば、銃口が火を噴くだろう。
声を上げるのは、今しかなかった。
「私が仕組んだことだ、私ひとりの命で!」
反乱への見せしめなら、それで充分だろう。
テニーンを奪い返すためだけの戦いで、関係ない人々に命を落とさせるわけにはいかない。
そう思ったとき、背後からモハジュがなだめてきた。
「ひとりでいい格好することないよ、フラッド」
そこで聞こえた低い声が、広い処刑場の隅々まで静かに響き渡った。
「面白いではないか……では、試させてもらおう」
見上げれば、観客席のひときわ高いところに現れた影があった。
孔雀に太陽の紋章をあしらった旗が翻っている。
それに陽光を遮られてもなお、影は炎をまとっている。
間違いない。
あの下水溝の侵入炉に現れたのは、この影だった。
炎の帝王の低い声が告げる。
「お前ひとりの命、この連中すべての命と釣り合うかどうか」
よく見れば、意外と細身で背の高い、端整な老人だった。
側に控えてひざまずいていた、重臣と思しき身なりのいい男たちが立ち上がっていさめる。
「なりませぬ」
「即刻、処刑を」
「示しがつきませぬ」
私たちを指さしながら、遠目にも分かるほど目を血走らせている。
殺されることになっている身でありながら、私はいささか同情した。
反逆者を後腐れなく抹殺するというなら、兵士たちの人数に任せて私たちを取り囲み、銃撃を浴びせればいい。
だが、炎の帝王は思いのほか、自由奔放なものの考えたかをするようだった。
頭の固い重臣たちのうろたえぶりに、愉快そうに哄笑する。
「構わん。誰が釣り合うものか。見てみたいものだがな、そのような者が居るなら」
そうは言うものの、試される者は決まっていたらしい。
兵士たちが私の周りに集まってきたかと思うと、縄を解かれていた。
手足が自由になったところで、静かに息を整える。
押しのけられたモハレジュが、低く抑えた声で告げた。
「フラッド、あれ……」
逞しい上半身を晒した、図体の大きい男がひとり、私に向かって大股にのし歩いてくる。
目の前に立ちはだかって、片方の拳をいきなり振り上げた。
だが、私の目はごまかせない。
深く踏み込んで後ろへ回り込むと、振り向いた男が、もう片方の手を開いて呆然と見つめていた。
私は、その拳が握りしめていたものを投げ出してやる。
「これか? 探しているのは」
指の間に隠す鉤爪を拾おうとするところで、顔面に膝蹴りを入れてやる。
炎の皇帝は、楽しげに高笑いした。
「やるものだな……では、だまし討ちなしの真剣勝負だ」
歩み寄ってきた兵士から渡されたのは、短剣だった。
投げようかとも思ったが、たぶん、届かない。
地道に、目の前へ現れた男を倒すことにする。
短剣を左右の手の間で、巧みに持ち替えている。
だが、私の敵ではない。
その短剣が高々と宙を舞って地面に突き刺さったとき、私は男の懐に飛び込んで、胸元にこちらの短剣を突きつけていた。
男の顔は恐怖に歪んだが、殺されないのが分かって、その場で腰を抜かす。
観客席から驚きの声が上がったところで、どこからともなく、フレイルが飛んできた。
元は麦わらを打つための道具だったものが、武器として使われるようになったものだ。
それを受け止めると、現れたのは長柄の斧を持つ男だった。
いきなり振り下ろしてくるところで、私の振るうフレイルが、斧の付け根を弾き飛ばす。
構え直そうとするのを許さず、顔面にフレイルを叩きつける。
男が昏倒したところで、炎の帝王は宣言した。
「見事……では、その命、もらい受ける」
信じてついてきてくれた者は皆、高手小手に縛り上げられて、すぐ両隣を歩いている。
合わせる顔がないが、都の人々に横目で睨みつけられているのは分かった。
たぶん、半人半獣の者どもは私の後ろに並ばされているのだろう。
背中に痛いほどの眼差しが突き刺さっているのが分かった。
モハレジュはというと、炎の皇帝のハーレムにいたせいか、縛られることはなかった。
だが、銃を持った兵士たちが前後左右を固めている。
その隙間を縫ってよこした眼差しの哀しさに、私の胸は疼いた。
起き出した都の人々が大通りの端に立って、銃を背中から突きつけられて歩いていく私たちを眺めている。
おそらく顔見知りもいるのだろうが、関わり合いになるのを恐れてか、気遣いの声をかける者はない。
助けを求める声が上がらないのも、それが分かっているからだろう。
その、道端の人影も、次第に見えなくなる。
城の正門が近づいてきたのだ。
それが大きく開いたとき、私は思わず自嘲した。
「まさか、こんなに簡単に入れるとはな」
皮肉なものだった。
最初に城内への侵入を試みたときは、裏通りの小さな家に隠された扉から、汚物にまみれて排水溝をたどったものだ。
それが、捕まった今はというと、とりあえず、きれいな身体で城内にいるのだった。
もっとも、立場はあまり変わらない。
大きく開いた門の先には、やはり銃を持った兵士たちが待ち構えていた。
この銃の威力は、排水溝から侵入したときに思い知っている。
私は一撃で、汚物の中に転落して、共に流される羽目になったのだった。
未だに覚えているのは、真っ赤な光に包まれた、あの影だ。
……お前か? 風虎《ふうこ》のフラッドとは。
……周りの者は止めたが、ひと目だけでも見ておきたかったのだ。
……テニーンが待つ男を。
私の名だけでなく、テニーンの名前も気持ちも知っていた。
炎の皇帝を除いては、考えられない。
それにはモハレジュも気づいていたようだったが、ハーレムにいたのなら納得のいく話だった。
おそらく、そちらに戻されたのだろうと思って辺りを見渡してみると、連行してきた兵士から城内の兵士に引き渡されるところだった。
「じゃあ、あの男と一緒に連れていけ」
炎の皇帝にしてみれば、命令を成し遂げられなかった女など、何の価値もないということだろうか。
「モハレジュ……」
つい、口をついて出た名前が聞こえたのか、照れくさそうな笑いを浮かべてみせるのが見えた。
大人数で暴れられるのを避けるためか、私たちは、半人半獣の者どもに身ぎれいな都の人々、その他に分けて連行された。
狭い廊下を幾つも曲がって、重そうな扉を次々に通っていく。
銃を構えた兵士を背にしてどれほど歩かされたかは分からないが、最後の大扉を通り抜けると、そこは円形状に並べられた椅子に見下ろされた広場があった。
そのほとんどは、城に仕える者や、都の人々で満たされている。
私が引き出されたのは、おそらくは円形闘技場だろうと思われた。
だが、村の若者たちと一緒に連れてこられたモハレジュは、強がるように鼻で笑ってみせた。
「公開処刑場にもなるんだよ、ここは」
それに応えるかのように、私の目の前へ、兵士たちに牽かれた半人半獣の者どもたちと、都の人々がやってきて鉢合わせた。
獣の頭を持つ者のひとりが、軽口を叩く。
「よお、覚悟はできたか」
都の人々から、歯切れのよい答えが返ってくる。
「しまったと思ったよ、今ごろになって」
すると、聞かれもしないのに、私の後ろで村から来た若者たちの誰かが言った。
「こっちは未だに思ってるよ、しまった、って」
あまりの落ち着きに、観客席の見物人たちは口々にヤジを飛ばす。
「イキがってんじゃねえぞ!」
「泣け! 喚け! 命が惜しいんだろ!」
「言えよ! 助けてくださいって! 聞いてやんねえけどなあ!」
聞くに堪えない。
特に、都の連中などは、朝の大通りで私たちを見送っていた人々とはたいへんな違いがある。
もっとも、人が殺されるのを見物しにわざわざやってくるような者どもに、品のある物言いを求めるのは無理というものだろう。
縛られた半人半獣の者ども、都の人々、村の若者たちはというと、見せしめに殺されることなど気にもしていないかのようだった。
「やるならやれ!」
「腹は括ったんだ!」
「ここでジタバタするくらいなら、ついて来ねえ!」
言葉は同じくらい乱暴だったが、心の底から吐き出されたものは響きが違う。
その勢いに、観客席は静まり返った。
兵士たちにしてみれば、あまりにも不気味だったのだろう、そのまま銃の引き金に指をかけた。
銃弾の交差する真ん中に、私たちを立たせようというのだ。
だが、兵士たちが撃ってくることはなかった。
背中から撃たれる者たちが、正面で銃を構える兵士たちを睨み据えている。
この張りつめた気持ちがどちらかで破れれば、銃口が火を噴くだろう。
声を上げるのは、今しかなかった。
「私が仕組んだことだ、私ひとりの命で!」
反乱への見せしめなら、それで充分だろう。
テニーンを奪い返すためだけの戦いで、関係ない人々に命を落とさせるわけにはいかない。
そう思ったとき、背後からモハジュがなだめてきた。
「ひとりでいい格好することないよ、フラッド」
そこで聞こえた低い声が、広い処刑場の隅々まで静かに響き渡った。
「面白いではないか……では、試させてもらおう」
見上げれば、観客席のひときわ高いところに現れた影があった。
孔雀に太陽の紋章をあしらった旗が翻っている。
それに陽光を遮られてもなお、影は炎をまとっている。
間違いない。
あの下水溝の侵入炉に現れたのは、この影だった。
炎の帝王の低い声が告げる。
「お前ひとりの命、この連中すべての命と釣り合うかどうか」
よく見れば、意外と細身で背の高い、端整な老人だった。
側に控えてひざまずいていた、重臣と思しき身なりのいい男たちが立ち上がっていさめる。
「なりませぬ」
「即刻、処刑を」
「示しがつきませぬ」
私たちを指さしながら、遠目にも分かるほど目を血走らせている。
殺されることになっている身でありながら、私はいささか同情した。
反逆者を後腐れなく抹殺するというなら、兵士たちの人数に任せて私たちを取り囲み、銃撃を浴びせればいい。
だが、炎の帝王は思いのほか、自由奔放なものの考えたかをするようだった。
頭の固い重臣たちのうろたえぶりに、愉快そうに哄笑する。
「構わん。誰が釣り合うものか。見てみたいものだがな、そのような者が居るなら」
そうは言うものの、試される者は決まっていたらしい。
兵士たちが私の周りに集まってきたかと思うと、縄を解かれていた。
手足が自由になったところで、静かに息を整える。
押しのけられたモハレジュが、低く抑えた声で告げた。
「フラッド、あれ……」
逞しい上半身を晒した、図体の大きい男がひとり、私に向かって大股にのし歩いてくる。
目の前に立ちはだかって、片方の拳をいきなり振り上げた。
だが、私の目はごまかせない。
深く踏み込んで後ろへ回り込むと、振り向いた男が、もう片方の手を開いて呆然と見つめていた。
私は、その拳が握りしめていたものを投げ出してやる。
「これか? 探しているのは」
指の間に隠す鉤爪を拾おうとするところで、顔面に膝蹴りを入れてやる。
炎の皇帝は、楽しげに高笑いした。
「やるものだな……では、だまし討ちなしの真剣勝負だ」
歩み寄ってきた兵士から渡されたのは、短剣だった。
投げようかとも思ったが、たぶん、届かない。
地道に、目の前へ現れた男を倒すことにする。
短剣を左右の手の間で、巧みに持ち替えている。
だが、私の敵ではない。
その短剣が高々と宙を舞って地面に突き刺さったとき、私は男の懐に飛び込んで、胸元にこちらの短剣を突きつけていた。
男の顔は恐怖に歪んだが、殺されないのが分かって、その場で腰を抜かす。
観客席から驚きの声が上がったところで、どこからともなく、フレイルが飛んできた。
元は麦わらを打つための道具だったものが、武器として使われるようになったものだ。
それを受け止めると、現れたのは長柄の斧を持つ男だった。
いきなり振り下ろしてくるところで、私の振るうフレイルが、斧の付け根を弾き飛ばす。
構え直そうとするのを許さず、顔面にフレイルを叩きつける。
男が昏倒したところで、炎の帝王は宣言した。
「見事……では、その命、もらい受ける」
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