フェイク・ウォリアー成り上がります!

兵藤晴佳

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地獄耳の処刑人に教わる、勇者へのなりすまし

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「笑いごとじゃありません」
 ナレイは、意気消沈してつぶやいた。
 だが、ハマは衛兵たちに殴られて崩れた顔のまま、にやにや笑い続けている。
「これで分かったろうが。あの若様、なかなかの曲者だぜ」
「じゃあ、ヨファを僕をかばったわけじゃない?」
 かすかな怒りを含んだ声が、ナレイの口元からこぼれた。
 この少年にもようやく、これまでの事件が、ひとつながりの線となって見えてきたらしい。
 ハマも、やっと気付いたかというように、軽い口調で答えた。
「そんな義理はねえだろうよ。むしろ、目障りだろうな」
「だから、僕に馬を?」
 いかにも親切めかしたヨファの言葉を思い出したらしい。
 馬など乗って逃げればいいと言ったときの人を見下した態度は、それだったのだ。
 今度は、ハマがヨファを嘲笑した。
「お前が逃げ出すと思ったんだろうな、命惜しさに」
 そのうえで推し量ってみせたのは、後始末がどうなるかということだった。
 ナレイが城の馬に乗って逃げれば、婚約者にまとわりつく小者がひとり消えるというわけだ。
 いかに幼馴染の間柄とはいえ、それを告げればシャハロも幻滅するだろう。
 ヨファのすることといえば、逃げた使用人を許してやるよう、姫君をなだめることくらいしかない。
 そこまで聞いたところで、物思いに沈んでいたナレイがぽつりと尋ねた。
「それなら、僕を預かる理由がありません」
 声はくぐもっていたが、さっきまでの暗さはなかった。
 むしろ、どこか強い決意に似たものさえ潜んでいたといえる。
 ハマもナレイの心の動きを感じ取ったのか、大真面目に答えた。
「あの若様、お前を殺すつもりだぜ」
「だから最前線に?」
 ナレイは、ハマの顔をまっすぐ見つめた。
 自らの運命を確かめようとしているかのようなまなざしである。
 酸いも甘いも噛み分けた男の低い声が、それに応じた。
「何もしなければ、お前が死ぬだけよ」
 だが、武器を手にしたこともない少年に、打つ手などあるはずもない。
 悔しげな呻きが返ってくる。
「生きて帰れるわけが」
 国境での殺戮を目の当たりにしているナレイの声は、重く、また、かすれてもいた。
 だが、ハマはその先を言わせなかった。
「相手が殺すとも言ってないのにすくみ上がるんじゃねえ」
 確かに、ヨファはそんなことを口にしてはいない。
 しかし、生かして連れ帰るとも言わなかった。
 むしろ、国王の前で、こう誓った。
 命を懸けて罪を償わせる、と。
 ナレイは、その言葉の意味がよく分かっているようだった。
「でも、戦争じゃ」
 負ければ、死ぬ。
 そういうことである。
 だが、ハマは別の考え方があるようだった。
「勝たなくていい。逃げるんだよ、ハッタリかまして」
 それには、よほどの俊敏さと、賢さが必要である。
 ナレイは、すぐさま答えた。
「僕には無理だ」
 自分をよくわきまえた返事だった。
 それを、ハマは強い言葉で打ち消す。
「俺は生き延びたんだよ、ハッタリで」
 ハマはそこで、口をつぐんだ。
 それは、祖国がジュダイヤの侵攻で滅んだときのことである。
 代わりにナレイが、その国の名前を口にした。
「僕は……サイレアで生まれたらしいんです」 
 攻め込んできた国の王に温情をかけられて、命を救われたのが3歳のときだったことになる。
 シャハロと初めて会った年のことであった。
 しかし、ハマはやはり、そこで自信たっぷりに告げた。
「それだけで、お前には素質がある。これは、諸国を放浪したサイレアの勇者になりすます方法だ」

サイレアには、伝説の勇者がいた。
 弱きを助け、強気を挫いて国中の尊敬を集めただけでない。
 周辺の国々では秘境を旅して、そこに救う魔獣を倒してきた。
 そして、数々の女性と恋に落ちては、浮名を流してきのだった。
 そんなおとぎ話がほんの20年ほど前までは、身近な噂話として聞こえてきたものらしい。
 それが、ヘイリオルデの即位と共に勢いづいたジュダイヤの台頭で、あっというまに過去のものとなったのだった。
 もちろん、勇者はサイレア滅亡を食い止めんと戦ったらしい。
 だが、そこは多勢に無勢というものだった。
 王都の城はあっさりと陥落し、勇者は生死も分からないまま、人前から姿を消したという。
 サイレアの生まれでありながらサイレアを知らないナレイに、ハマはその勇者になりすませというのだった。
「そんな、見たこともない人に」
「なれる」
 ハマはきっぱりと言い切った。
「見たこともねえからこそ、お前は自由に、その勇者を思い描けるはずだ。下手に知ったらただのモノマネになっちまう」
「でも、僕は馬を牽くしか能がないし、気も小さいし、城の外のことなんか何も知らないし……」
 尻込みするナレイの言い訳を、ハマは一蹴した。
「そう思い込んでるだけだ、お前が自分で」
 見るも無残に殴られた顔が、それこそ魔獣もかくやという不気味な笑いかたをする。
「そんなお前が、よく国境まで逃げられたな」
「教えてくれた通りに……」
 ナレイが何をくどくど言おうと、ハマはもう、まともに聞きはしない。
 言いたいことだけを、一方的にまくしたてる。
「やってるだけだったら、お前、今ごろ姫様にも愛想つかされて、磔にでもなってたろうよ。お前があの若様に預けられたってのは、姫様が助けてくれたってことだろ?」
 ナレイは、恥ずかしげにうなずく。
 だが、ハマは満足そうに言った。
「それは、お前が幼馴染だからだってだけじゃねえ。身を投げ出して守るだけのモンがあるからだ」
「……何ですか? それは」
 身を乗り出すナレイに、ハマはもっともらしく言った。
「わからん」
 ナレイはがっくりとうなだれる。
 そこでまた、ハマの説教が始まった。
「当のお前にわからんものが、何で俺に分かる? 自分で探すんだよ。できることは、何でもかんでもやってみることだ」
「だから……勇者にもなりすましてみろってことですか? それを見つけるために」
 ため息混じりでナレイが答えると、ハマはいかにも楽しそうに、声を上げて笑った。
「そうだ……そいつはたぶん、にっちもさっちもいかなくなって死に物狂いになると、お前にとんでもねえ働きをさせる何かだ。姫様とふたりでやってみせた、あの猿芝居みたいにな」
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