元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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第三章 ルーセット編

恒例(?)の門前払い

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 生憎と、私の祈りは神様のところまで届かなかったようだ。

 私の前(と後ろ)には、ルーセットへ入るための審査待ちの列が長く伸びている。これはハイディンやオルフェンでは、お目にかかれなかった光景だ。オルフェンでは街に出入りするには身元をきちんと記録した魔法具が必須だったから、それさえ持っていればフリーパスだった。ハイディンは門のところには騎士がいてチェックはあったにせよ、ここほど厳重ではなかったのが理由だろう。

「この辺は、王国でも有数の穀倉地帯だからなぁ。王族の直轄地もあったはずだぜ」

 予想通り、周囲の視線を集めまくって居心地の悪い思いをしている私を、ガルドさんが宥めるように言う。

「町の中にゃ、でっかい倉庫が幾つもあるし、そん中にゃ、王族の口にも入るかもしれねぇのもあるってことだ」
「……それが理由で、この厳戒態勢?」
「ま、それだけじゃなくて、この辺は豊かなもんだから盗賊も多いんだよ。そいつらの仲間が街の中に入り込んで、悪さをすることもよくある話だ。となりゃぁ、どうしても警備は厳しくなるわな」
「なるほど……」

 にしても、効率が悪いんじゃない、これ? 一々、荷馬車の裏側まで調べる勢いだよ。この分だと、下手すると私たちの順番が回ってくる頃には、日が暮れてしまいそうだ。私たちの更に後ろに並んでる人はどうするんだろう?

「そん時はここで野宿だわな。まぁ、街のすぐそばだし、夜中だって門にゃ守衛もいる。盗賊が襲ってきても撃退してくれっから、安全っちゃ安全だぜ――大体、ここで驚いてたら、この先やってけねぇぜ。こっから王都までは、ここほど厳重じゃないにしても、審査は厳しいのが普通だからな」
「えー……」

 どうやらハイディンが緩すぎたらしい。がっくりと肩を落としていると、急に列が前に進んだ。

「どしたの?」
「前の連中が、あっさり通過許可をもらったようだな」
「何それ、贔屓?」
「どっかのでかい商会だろ? 貴族連中に顔が効きゃぁ、こういう時の優遇措置ってのもあるからなぁ」

 ここで『ずるい!』と叫ぶほど、私も子供ではない。有力者に顔をつなぐには、それなりの努力と実績が必要だ。それを考慮せずに、あいつらだけ特別扱いは不公平だ、とは言えないよねぇ。それよりも、荷馬車十台以上だった団体さんが抜けたことで、私たちの順番が思ったよりも早めにくる方が嬉しかったりするし。ええ、私は生粋の小市民ですから。

「次の者! 身分証を提示せよ」

 ようやく私たちの順番が来て、検査係の騎士さんにギルドタグを差し出す。

「……全員、ランクAだと?」

 ああ、やっぱり驚かれるよね。でも、それ本物ですよ。何度見ても、裏返したって変わりませんよ。

「筆頭は……女、お前か?」
「はい。『銀月』筆頭のレイガです」
「ルーセットには何の用で来た?」
「知人がいますので、その人を訪ねてきました」
「ふむ。滞在期間は?」
「はっきりとは決めていませんが、とりあえず数日はいる予定です」

 この辺のやり取りは、前の人達とほぼ変わらない。だが、問題はその後だ。

「なるほどな――で、その獣だが、お前たちの誰かの従魔か?」
「いえ、違います。これは、私のペットです」
『ペット、何?』

 ……その質問には後で答えたげるから、いい子でおとなしくしてなさい。

「従魔ではないのか?」
「違います。この子はペットです」

 ええ、無理があるのは承知してますよ。けど、従魔ってどっかに契約印があるんでしょ? お師匠様に教えてもらったけど、魔法には従魔術ってのがあって、魔物を手なずけて契約して、自分の意のままに操ることが出来るんだそうだ。精霊との契約みたいなもんだが、難易度としてはこっちの方がずっと下だ。ただ、その場合、相手と自分のどっちにも『契約印』ってのが浮かぶんだけど、そんなものは私にもライアにもないから、ここは『ペットです』で押し切るしかないんだよね。

「従魔ではない……その獣は、人を襲ったりはしないのか?」
「しません。とても大人しいですし、私の命令には必ず従います」
「ううむ……」

 あー、悩みこんじゃった。『ペットです』ってのを強調するために、ライアにはあらかじめ可愛らしく首にリボンを結んでやってたんだけど、これじゃアピール不足だったか。ホントなら首輪をつけて、鎖でつないだ方がもっと良かったんだろうけど、手持ちにそう言うのがなかったのと、そこまでするのは私の気が引けたんだよね。なんたって、ライアはホントは雷の精霊なんだもん。そこらのワンコと同じ扱いってのは、流石にね……。

「ランクAのお前たちの言葉を疑う訳ではないが……万が一と言う事もある」
「この子は暴れたりはしませんよ」
「そうは言われても――おお、そうだ。ルーセットには知人を訪ねてきた、と言ったな?」
「はい」
「ならば、その者の名を言え。万万が一にも、何事か起きた場合は、お前たちと同様、その者の責任も問うことになるからな」

 え……いや、騎士さんの立場からすると、そう言うのもわからないでもないんだけど、ちと困った。ここにはディルクさんを訪ねてきたんだけど、彼が私達を覚えて居てくれてるか、今一、確証がないんだよね。けど、こうなったら仕方がない。ライアが問題を起こさなきゃいいだけなんだし――モーリン達に頼んで監視を強化してもらおう。

「エイデルン商会、ルーセット支店長のディルクさんです」

 その名前は、某越後のちりめん問屋の御隠居様がお持ちの薬入れくらいの効果があったようだ。やり取りはそこですぐに終了して、案内がいるなら人を出そうか? とまで聞かれたよ。そこまでしてもらう気もなかったんで普通に断ったら、騎士さんが名乗って来て『ディルク殿によろしく』とか言われたし。一応、名前は伝えるけど、私が言ったって別にどうにもならんと思うよ?

「……何だったんだろうね、今の」
「そんだけあの野郎の名前が売れてるってことだろうぜ」
「やり手っぽくはあったけど、すごいんだねぇ」
「少なくともオルフェンの支店長よりは、仕事は出来そうだしな」

 それ、言うのを自粛してたのに、ロウが言っちゃいますか。
 門を潜ってから、のんびりと街の中を歩きながら、そんなことを話し合う。ルーセットには所々に、街全体の案内板みたいなのがあって、初めてきた人でも簡単に目当ての場所に辿りつけるようになっていた。それを見る限りでは、街の西側は倉庫街で、その手前辺りに大規模な商店が立ち並ぶ一角がある様だ。中央にあるのは行政機関で、これはほぼどこも同じ様子だ。
 その案内に従って歩いてると、ここは道幅がすごく広いのに気が付く。で、その広い道をひっきりなしに荷馬車が往復してるんだよ。こういうのもここが初めてな感じだな。一度、訪れたことがあるガルドさん以外は、私と同じ反応してるから、傍から見たらおのぼりさん一行みたいに見えるだろう。みたい、じゃなくてそのまんまズバリなんだけどね。

 さて、そんなこんなで歩いていて、やっとこ商店街にたどり着く。街自体の規模も、ハイディンよりもかなり広めに感じられたのは、気のせいじゃないだろう。その規模にふさわしい、間口の広い店がいくつも並ぶ中で、ひときわ目立つのが目指すエイデルン商会だった。

「こんにちはー」

 こういう時って、なんて言っていいのか、迷うよね。ごめん下さい、っていうのも違う気がして、結局、ごく普通に声をかけながら店のドアを潜る。
 内部は普通の『お店』じゃなくて、事務所みたいな感じだった。奥の方に衝立で区切られた応接セットがあって、その手前にはそれよりちょっとグレードの落ちるテーブルと椅子のセットが複数置いてある。商店というよりも、いろいろな取引をする商社って感じなのかな。
 物珍し気にそれらを眺めていると、奥に居た人がこっちに気が付いた。

「誰です、貴方達は――ああ、冒険者ね。生憎だが、こっちじゃ護衛の募集はしてませんよ。ギルドに一任してるから、そっちに行ってくださいね」

 そして、いきなり追い出されそうになった。

「ちょっと待ってくださいっ。仕事を探しに来たんじゃありません!」
「……は?」

 慌ててそう言うと、その人――細面で、ちょっと神経質そうなお兄さんが、不思議そうに私たちを見る。

「違うんですか?」
「違います!」
「じゃぁ、何の用で来たんですか? 用があるならさっさと言ってください。こっちも暇じゃないんですよ」

 いや、それを言おうとする前に、早とちりしたのは貴方でしょうに……。
 勝手に勘違いをして、勝手に怒ってる相手に、こっちも腹を立てるべきなんだろうけど、あまりにもその態度が堂々としてるもんだから、なんか毒気を抜かれちゃったよ。

「ディルクさんに会いに来たんです」
「は? 支店長に?」
「ええ。私はレイガと言います」

 用件を言って名乗ると、さっき以上にじろじろと見られた。
 あー、これこれ、ロウさん、ガルドさん。もうちょっと大人しくしていようね。ライアも唸らない! ターザさんは傍観者に徹してるようだから、こっちは安心だ。

「……支店長に何の用です?」
「旅の途中で知り合ったんです。それで、ルーセットに来たら寄ってくれ、って言われてたので」
「……」

 更にじろじろと私たちを見て、その後、ちらりと奥へと目をやる。

「そうですか。ですが、支店長は大変にお忙しい方です。今も、生憎と商用で出払ってます。帰りは何時になるかわかりません。ですので、申し訳ありませんが、お帰りになり次第、貴方が来られたことはお伝えしますので、ここは一旦おひとり願えませんでしょうか?」

 うむ、立て板に水、とはこのことだね。よほど、何度もこれを言ってるんだと思われる。え? なんで、分かるのかって? だって、これは厄介な客が来た時の受付嬢の台詞と同じなんだもん。私は受け付けじゃなかったけど、事務やってたから、たまにこういうお客の相手もさせられてたからね。そんな時の応対のテンプレですよ。
 そして、付け加えるなら、ちらっと奥を見たってことは、本当はそっちにディルクさんがいるんだろう。一瞬、大声をあげたら聞こえるかなー、と思ったけど、『いない』のは嘘でも、『忙しい』ってのは本当かもしれない。アポも取らずにいきなり押し掛けたのはこっちだし、緊急の用事があるってわけじゃない。ここは一旦は帰ってやろうじゃないか。

「そうですか。では、残念ですけど、今日はこれで失礼します。明日、また来ますので、よろしくお伝えください」
「え……あ、はい。本日はご来店、ありがとうございました」

 ものすごく素直に私が引き下がったので、お兄さんは拍子抜けしたようだが、かまわずに三人(と一匹)を引き連れて、店を出る。表で待たせておいた馬たちのところまで来ると、我慢できなくなったらしいロウが口を開いた。

「おい、レイ。あいつの態度はなんだ」
「なんだ、といわれてもねぇ」

 いきなり見ず知らずの相手がお偉いさんを訪ねて来たら、普通はああいう対応でしょう。でできたのがローム君かレーム君だったらよかったんだけどね。

「だったら、あいつからもらった指輪を見せりゃよかったんじゃねぇか?」
「……あ」
「お前は……」

 しまった、それは思いつかなかった。あれはお買い物をするとき用、って思いこんじゃってたよ。呆れたように私を見るロウの視線が痛いです。
 だけど、まぁ、いいじゃない。どのみち、ルーセットには何日かいる予定なんだから、さっきも言ったように明日また出直せばいい事だ。

「んじゃ、とりあえず、宿でも探すか?」
「うん」

 ロウは文句を言い足りない様子だけど、ガルドさんがさっさとそう言っちゃったので、しぶしぶ頷いた。

「レイちゃんは、なんかリクエストあるか?」
「お風呂が付いてるとこ!」
「……お前ならそう言うと思った」
「レイ殿はつくづく、風呂好きなのだな」

 そうは言われても、旅の間は清浄魔法(リフレッシュ)で我慢してたんだから、仕方ないでしょ。オルフェンで温泉三昧だったもんで、我慢の水準が下がっているのは自覚してるが、魔法で体は清潔に保てても、温かいお湯の中で体を伸ばす気持ちよさを知ってる身としてはねぇ。

「風呂付で、俺らがいっぺんに泊まれる部屋がある――てぇと、やっぱ、高級なとこしかねぇよな」
「え? いや、別に部屋は分かれていても……」
「それについては却下だ」
「俺は寝られればどこでも……あ、いや。やはりガルドの言うとおりだな」

 口々に言いあいながら、宿屋を探す。こっち(西側)にはないみたいだから、やはり案内板に従って、今度は北の方へと進んでいく。するとまたまた街の様子が変わって来て、宿がいくつも並ぶ一角へとたどり着いた。
 その中で選んだのは『安らぎ亭』って名前の付いた一軒だ。三階建ての、ハイディンで泊まっていた『暁の女神亭』をさらに立派にした感じ。さぞやお高いんでしょう? てなもんだ。お金は有るから、大丈夫だけどね。厩も勿論ついている。最初にガルドさんが入って行って、値段の交渉を済ませた後で、皆でその後に続く。ライアを見てちょっと驚かれた様子だけど、それで止められることもなく、三階にある客室へと通された。

 夜が明けたら、またディルクさんを訪ねていく――ってことで話も決まってるし、今夜はここでゆっくりしよう。
 広々とした客室に、でっかいベッドが一つと、それより小ぶりなのが二つ置いてある様子を見ながら、そう思ったまでは良かったんだ。

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