竜宮城からお嫁に来ました

砂城

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改めてご対面

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 自分に会いたいという灘妃の希望により、フレイは『せせらぎの間』と名付けられた一室の前にいた。

 髪、よし。服、よし。顔……これは今更どうにもならない。

 怒涛の如くに想定外のことばかりが起きているが、太祖の言葉を思い出したことで落ち着きは取り戻せた、と思う。そもそも、フレイの職業は騎士である。しかも北部方面軍――要するに僻地勤務だ。
 内陸にある国の中でもアンジールは最古の国であり、豊かで、平和だ。だが、だからこそ、狙われてもいる。国力に差がありすぎるために、大規模な戦争が起こった事はないが、他国で食い詰めた者たちが盗賊となり、国境に近い場所を荒らすのは日常茶飯事である。それに、魔物もでる。
 そう。実に今更な話だが、この世界には『魔物』がいる。『神』が実在し、その恩寵が物理的に確認できる世界なのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。そして、魔物は食い詰めた農民上がりの盗賊や、森林にいる普通の肉食動物などよりもよほど強い。
 めったなことでは遭遇しないのが救いだが、それでもフレイは何度かそれらと戦ったことがあった。
 そんなときに必要になるのは、冷静な判断力と、どんな状況にも反応できる柔軟性だ。
 それに比べれば、今回のことは別に命がかかっているわけではない――自分の人生が根底から覆る、というのはもしかしたらそれ以上の状況なのかもしれないが、死なないのならどうにかなるはずだ。

 元から前向きな性格をしているのに加えて、何度も死線をかいくぐってきた事で、こう考えられるフレイは、ある意味、王太子よりもよほどコラールの婿としてはふさわしいといえた。
 そして今も、緊張はしているものの、またあの黄金色の瞳を見ることができると、ひそかに胸を弾ませていたりした。

 そして。

「どうぞ、おはいりになって」

 自らの到着を告げる声に、入出の許可が戻ってきて、ゆっくりと両開きの扉が開けられる。
 その向こうに広がっていたのは、先ほど自分が通されたのよりもさらに立派な――こちらも豪華絢爛というわけではないが、調度品の一つ一つが極限まで選び抜かれ、色遣いや配置においても細心の注意を払われていると思しい、室内だった。そして、そこのやや窓よりに置かれた寝椅子に、ゆったりと体を預けているコラールの姿。
 それらを一瞬で確認して、フレイは恭しく頭を下げた。

「お呼びにより参上いたしました」

 妻となる相手とはいっても、まだその実感のないフレイであるから、自分よりも身分が上の貴婦人に対する態度となったのは仕方のないことだろう。
 きっちりと両足をそろえ、左手は体の横に。右手を胸に当てて、深く腰を折るのは騎士の最敬礼の形だ。
 ほとんど直角に近いところまで頭を下げたフレイに、驚いたような声がかけられる。

「まぁ、わが背の君。どうか、そのようになさるのはおやめください」

 泉の間で聞いたものとは、わずかに響きが違うように思われたが、それでもコラール本人の声だとフレイにはわかった。

「灘公殿下。灘妃様もこうおっしゃっておられます。お顔をお上げくださいませ」

 続いた声も、聞き覚えがあった。それが選定の儀を取り仕切っていた高司祭のものだと思い出すのに、それほど時間は必要ない。コラールと共に姿が見えなくなっていたのは、ずっと付き従っていたからなのだろう。
 コラールに言われ、高司祭のとりなしもあり、フレイはゆっくりと姿勢を正す。

 コラールが体を休めている寝椅子は、扉に正対するようにしておかれていたため、自然と真正面からその顔を見ることになる。
 そして、フレイの視線は、当然のようにコラールへと吸い寄せられた。

 溶けた純金を流し込んだような灘人の瞳も美しいと思ったが、自分と同じ形となった今も、その輝きは変わらない。
 長いまつ毛に縁取られた目はほんの少し吊り上がり気味で、瞳の色と相まって、どこかしなやかな獣を連想させる。つんととがった形の良い鼻や、小さな珊瑚色の唇の印象もあるのだろう。
 白すぎるほどの白い肌は、けれど病的なものではなく、頬にはわずかだが赤味もさしている。
 真珠色の輝きを持つ髪を緩やかに結い上げ、寝椅子に体を預けている様子は、一言でいえば優雅。
 この方が、本当に己の妻となるのか、と。
 そこまで思い至ったところで、あまりにも不躾な視線を送っていたことに気が付く。

「申し訳ありません。つい灘妃様の美しさに見惚れてしまいました。無礼の段、お許しください」
「無礼などとおっしゃられないでくださいまし。貴方様は我が夫(つま)となられる方ではありませぬか。わたくしこそ、このような様子でお迎えすることをお詫びせねばなりませんのに」
「灘妃様は、いささかお疲れでいらっしゃいます。また、まだ陸の環境にお慣れになっていらっしゃいませんので、お体をお休めいただいております」

 騎士として、高貴な女人に対する態度を詫びたフレイだったが、それはすぐにコラール自身の口からそれには及ばないことを告げられる。しかも、謝罪付きだ。高司祭からすかさずフォローが飛んだが、彼女からも非難の言葉はなかったことで、どうやらそこまでかしこまる必要もないようだ、と安堵する。
 一体何がよかったのか、いくら考えても皆目わからないのだが、それでもコラールが選んでくれたのは他ならぬこの自分である。
 うぬぼれるつもりも、増長するつもりもないが、仮にも夫婦になるのだから、あまり卑屈になりすぎるのもよくないだろう。その匙加減が難しいところだが、それはこの先、できるだけコラールと接することで、ちょうどよい塩梅が見つかるに違いない。

 このあたりの考え方が、フレイらしいところである。
 生まれがしがない伯爵家の四男ということに加え、容姿や能力においても特段人に勝るところがない、とされてきた。しかも、成人後は家から追い出されるのが確定していた。
 しかし、それでやけになるわけでもなく、フレイが選んだのはとにかく実直に生きることだった。
 努力は自分を裏切らない。騎士の道を選んだのも、その努力がわかりやすい形で発揮されるからだ。剣聖などと高望みはしないが、訓練に励めば励んだだけ、実力として身につく。
 また、礼を重んじ、信を尊ぶ。騎士というものの在り様が、フレイの性格に合っていたこともある。
 下手に貴族の仲間入りをして、腹の探り合いをして生きていくよりもよほどいい。
 ……まぁ、灘公に選ばれてしまったからには、今後は避けては通れないものになっているのだが、今のフレイにそこまで先を考えろというのも酷な話だろう。
 まずは、妻(予定)と、いかにして心を交わすか。それが、現時点での最大にして最重要課題である。

「――灘妃様。灘公様に、お座りいただいてはいかがでしょう?」
「え? ああ、そうですね。ありがとう、オリエ――気が回らぬことをお許しください、わが背の君」

 夫(予定)であるのだから、別にさっさと腰を下ろしても問題はない。コラールも、気にはしなかっただろう。だが、フレイは勧められるまで待ち、その後も、一礼をしてから浅く腰掛けた。
 そんなフレイの謙虚な態度は、高司祭(オリエ)にもかなりの好印象を与えたらしい。言葉にはしないが、幾分、その眼差しが和らいだように思える。

「灘には椅子に座る、という風習がございません。ですので、失念しておりました」
「いえ、気になさらないでください。灘妃様は慣れない地に来られたばかりですし、私は騎士ですので、一日中立っていたとしても平気です」
「我が背の君はたくましくていらっしゃいますのね。どうぞ、わたくしのことはコラールとお呼びくださいませ」
「よろしいのですか? でしたら、私のこともどうかフレイ、と」

 謝罪から始まった会話であるが、お互いに好意をいだいている(という表現で今のところは良いだろう)若い男女である。ぎこちなさは残るが、とりあえず当たり障りのない互いの家族のことなどを語り合っているうちに、それもかなり改善されていく。
 またフレイは意外にも聞き上手で、会話の合間にさりげなく質問を挟み込む。それに対してコラールが答えるのだが、時たま混じる『海と陸の認識、常識』の差などには鋭い突っ込みをみせた。それらにはコラール自身と、それでも補いきれない部分はオリエが更に補足する。
 この後のこともあり、またコラールが疲労の色を見せたことで、小一時間ほどで打ち切られたが、それが終わるころには二人の間柄はかなり近まったといってもいいだろう。 

 そして最後に。

「……このようなことを申し上げるのは、失礼にあたるかもしれませんが、一つ、願いをきいていただけますか?」
「どのようなことでございましょう」

 そろそろご退出を、と、オリエに促された時に、フレイが遠慮がちに言い出す。
 少し前から切り出すきっかけを探していたのだが、うまく見極められず、今になってしまったようだ。

「私は騎士です。生まれが伯爵家だったために、一通りの礼儀作法は心得ていますが、それも昔のこと。今ではすっかり、武骨な世界になじんでしまっております。ですので、できれば、もう少し砕けた会話の方が、何かとありがたいのです」
「砕けた……でございますか?」
「ええ。灘――コラールの話される言葉は、大変に優雅で品の良いものいらっしゃいます。ですが、あまりにも、その……」

 丁重すぎる。いや、どちらかといえば、時代掛かっている。しかし、それを直球で言ってもいいものかと、言葉を濁すフレイに、コラールは不思議そうに尋ねてくる。

「わたくしの言葉遣いは、おかしゅうございますか?」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ……」
「コラール様。灘公様は、『もっと打ち解けて話がしたい』とおっしゃっておられるのですわ」
「打ち解けて……」

 見かねてオリエが助け舟を出してくれるが、それでもコラールは納得がいかない様子である。が、次の言葉でその理由が判明した。

「灘では初代の灘妃が陸に赴かれた後に、次なる者の為にと、陸で用いられる言葉を調べております。わたくしの師でありました者も、三百年ほど前に陸人に学んだと申しておりましたが、もしや奇妙にきこえるのでしょうか?」

 三百年も生きているのか、という疑問は後回しにするとして、その当時に使われていた言葉がそのまま伝えられていたとすれば、時代がかって聞こえて当然である。

「コラール様のお言葉遣いは、少々古風ではございますが、間違っていらっしゃるわけではございません。ですが、ご夫婦となられるのですから、灘公様のお気持ちに沿うためにも、いささか話し方を変えられた方が良ろしいかと存じます」
「我が背の君がお望みであれば、そのお心に沿うのに何のためらいがありましょう。けれど、どうしたら……?」
「市井の者のような言葉遣いは如何なものかと思いますが、もう少しだけ砕けた物言いでございましたら、わたくしがお教えできるかと」
「まぁ、オリエ。貴方はほんに物知りなのですね。ならば、わたくしの陸での師となってくださる?」
「もったいないお言葉でございます。不肖の身ではございますが、精いっぱい、務めさせていただきます」

 フレイにとっては、願ったりかなったりである。短い時間ではあったが、自分とコラールの間には、かなりな認識の差というものが存在していることが判明した。無論、尋ねられれば答えるが、それにしても自分のような武骨な騎士よりは、高司祭であるオリエが教えた方が、後々、問題も起こりにくいだろう。

「陸のことにも、言葉遣いにも、少しずつお慣れになっていけばよろしいのです。その成果につきましては、灘公様にお会いになられたときに確認していただきましょう」
「ええ、そうできればうれしく思います――背の君、とお呼びするのは構いませんでしょうか?」
「勿論です。コラールにそう呼んでいただくのは、とても、その……幸せな気分になります」
「まぁ……」

 このようにして終わったコラールとフレイの、最初の語らいの首尾は上々といえただろう。
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