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家宰決定(ダニエル)
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フレイの朝の眼覚めは快適だった。
必要とあれば、地面にそのまま寝転んでも熟睡できるのが騎士だ。それが立派な神殿の一室の、やはり立派で寝心地の良い寝台で眠ることができたのだから、悪かろうはずがない。
前日のあれこれ――青天の霹靂ともいうべき灘公への選出、それに続いて宰相の突然の宰相の訪問。果ては教皇猊下との会食で延々と灘妃への賛美を聞かされた――で、悪夢でも見るのではないかと思っていたがそれもなく、自分は存外ずぶといらしいと、しみじみと思う。
寝巻は神殿が用意してくれたが、昼間の服はそうはいかない。仕方なく、昨日と同じシャツとスラックスを身に着ける。
顔を洗ったころ合いで朝食を運んできてくれた神殿の者が言うには、灘妃はまだ眠っているとのことだった。
「お疲れでいらっしゃいますのでしょう。お目覚めになられましたら、知らせに参りましょうか?」
「お願いします。それと、長居はしませんので、灘妃様と面会できるようでしたらお願いします」
あの黄金の瞳に一目ぼれしたフレイだが、肝心なコラールの人となりについては、まだ皆目つかめていない。婚儀は半年後とのことだが、それまでにできるだけ親交を深めておきたいと思って当然である。甲斐甲斐しく朝食の用意をしてくれている者――おそらくは巫女の資格を持つものだろう――も、同じく当然の要求と受け取ったようだ。
上の者に諮る必要があるが、おそらくは許可されるだろうとのことである。
そして、更に。
「お食事が終わられましたら、灘公殿下にお目通りを願っている方々がおられます」
「私に、ですか?」
しかも、方々?
「お一人は、殿下の騎士団でのご同輩と伺っております。また、もうお一方は兄君であられると」
同輩と聞いて思い出すのは、砦から一緒に王都に来た相手だ。彼もまた人数合わせで呼び寄せられた一人であり、奇しくもフレイと同期でもあった。もう一人は兄だというが、フレイがそう呼ぶ相手は三人いる。ただ、昨日の今日で、ここに自分がいることを知っているのは、同じく選定の儀に出席をしていた次兄だけのはずだ。
「他にも数名、希望者がおりましたが、その方々に関しましては、殿下もお疲れでありましょうし、僭越ながら神殿の判断でお断りをさせていただきました」
勝手なことを、などとは口が裂けても言わないし、言えない。巫女の口調からして、その撥ねられたという数名……おそらくは、目端の利く貴族か何かなのだろう。選定の儀の仔細は、神術により口外できなくなっているが、灘公が選ばれたこと自体は秘密でも何でもない。そして、それが一介の騎士であることも、だ。
ろくな後ろ盾もない、多寡が騎士風情。甘い言葉で取り入るには格好の相手であり、あわよくばそのおこぼれに与ろうとの腹積もりが透けて見える。
あらかじめそのような相手を遮断してくれた神殿には感謝するばかりだが、いつまでも
それを当てにするわけにもいかない。そのうち、自分で相手をする必要が出てくるはずだ。またしても出てきた問題に、内心頭を抱えながらも、顔には出さないように努力する。
「ご配慮、痛み入ります。先の二名ですが、私も会いたいと思います。手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりました」
「新灘公殿下におかれましては、面会のご許可をいただき、感謝に堪えません」
「……やめてくれ、ダニエル。もう、そういう言い回しは聞き飽きたし、使い飽きた」
「灘公殿下のご下命とあらば――また、えらいことになったもんだな、フレイ」
最初に通されたのは、フレイの同輩である騎士ダニエル・レヴィ・ガーランド。
ガーランド伯爵家の次男坊だ。
余談ではあるが、次男であるダニエルが同期、つまり成人と同時に騎士になったのは、彼と長子である兄の間には姉が数人いて、年が離れていたからだ。ダニエルが物心ついたころには既に長男は結婚しており、その後すぐに息子を授かった。そのため、十になるかならないかで、万が一の時の予備という位置づけから解放されたわけだ。尚、ガーランド家の現当主(ダニエルの父)や次期当主(兄)は、ダニエルを大層かわいがっていて、行く行くは良い婿入り先を自分たちで見つける算段をしていた。このあたりが、同じく年の離れた末っ子であるフレイとは異なる点だろう。
しかし、当のダニエルは、せっかく自由の身になれたのだから、自分の将来は自分で決めたいと言い出し、家族の反対を半ば押し切る形で騎士となったと聞いている。
「全くだ。王都観光のつもりで来たのに、なぜこんなことになったのか……そもそも、なんで俺が選ばれる? 俺より地位が高くて顔もいいのはごまんといたはずだぞ」
「……俺の前だからいいが、他の連中の前でそれは言うなよ」
「当り前だ。お前だからこそ口に出せてる」
北方軍内での所属は異なるが、同期ということもあってフレイとダニエルの仲はいい。少なくとも、他の人間には聞かせられない愚痴をこぼす程度には。
「まぁ、お前の気持ちもわからんでもないがな。ってことで、そんな新灘公殿下に土産だ」
そう言って、両手に抱えてきた荷物の片方をフレイに向かって差し出してくる。
確認するまでもなく、安物でいささかくたびれた旅行かばんは、フレイのものに相違ない。
「俺の……助かった! 気になってはいたんだが、神殿に頼むのも気が引けたし、自分で取りに行くのも、何やら憚られる状況でな……」
「そんなところだろうと思ってな。それと、前払いしてあった宿賃も払い戻してもらっておいたぞ」
「持つべきものは友、だな」
王都での滞在の間、フレイとダニエルは同じ宿をとっていた。昨日の選定の儀にも連れ立ってそこからやってきていたのだが、思わぬ展開になって、戻れなくなっていたのである。
「用心のためだろうが、ここに来る前に俺の荷物と一緒に改められた。なくなってるものはないと思うが、一応確認してくれ。それと、剣は持ち込み禁止とかで、神殿預かりになっている」
「そのくらいは覚悟してる」
「ならいい――が、今となっては、その中身がどれほどの役に立つかはわからんがな」
「まぁ、な……」
鞄の中身は他愛のないものばかりだ。旅行中の着替えと、万が一の時のための薬草類。それに、いくばくかの現金。
一応、王都に赴くにあたり、手持ちの中でも程度の良いものを着替えとして持ってきてはいたが、それを着てコラールの前に出られるかと聞かれれば、否である。しばらくは、この礼服を着たおす羽目になるだろう。
「下着だけでも変えられれば、それほど匂わん……よな?」
「それについての返事は保留にさせておいてくれ」
……どうやら、早急に別の見目好い服を探す必要がありそうだった。
「伯爵家に着替えはないのか?」
「ない」
にべもない返事になったが、事実なので仕方ない。もしあったとしても、それは成人前のものであるから、今のフレイの体には合わないだろう。
「仕方がないな……幸い、俺とお前の背格好はそれほど変わらん。お前の方が少しばかり胸板が厚いが、何とかなるだろう。ってことで、俺の実家から何か見繕って届けさせよう」
フレイとは異なり、反対を押し切って騎士になりはしたが、ダニエルと家族の関係は今も良好である。長期の休みを取って里帰りもしているので、その時のための服もあった。
「何から何まで世話になるな」
「気にするな。こんな状況なんだしな。それに、俺も楽しんでいる」
「……楽しむ?」
「だってそうだろう? 王太子殿下やそのおとり巻き等を差し置いて、騎士風情が灘公に選ばれた。しかも、俺の同輩が、だ。これを楽しまずしてどうする」
「……傍からしたら、確かにそうだろうな。俺も、お前の立場ならそうする」
「だろう?」
そう言って笑うダニエルに、『新灘公』に媚びるような気配は微塵もない。純粋に状況を楽しみながらも、友であるフレイへの気配りも欠かさない。
そんな相手であるから、フレイも彼を友人と思っているのだが、これはもう『親友』と呼んでも差し支えないだろう。
そして、そんなことを考えているうちに、一つ思いついたことがあった。
「……なぁ、ダニー」
めったに使わない愛称で呼んだことで、ダニエルの顔つきがわずかに変わる。
「なんだ? 言いたいことがあれば言えよ」
「その……こんなことを言って気を悪くしないでほしいんだが」
「そんなことは、聞くまで約束できん。うだうだ言っていないで、さっさと吐け」
きっぱりと、ついでにかぶせ気味に言いきられて、苦笑する。しかし、それで腹が据わったのも確かだった。
「お前、主計課にいたよな?」
「ああ。だが、それがどうした」
主計課とは軍を構成する組織の一部で、経理、被服、食料などの管理を担当する部署だ。
要するに、軍隊の財布を握っている部署である。
「数字には強いってことで間違いないか?」
「ああ。俺も驚いたが、どうもそっちの才能があったらしい。騎士になる前にわかっていたら、文官を目指したんだがな」
貴族の子弟であったのだから、読み書きは当然できる。国の歴史や、マナーも必修だ。が、細かい数字の計算などはそれらには含まれていない為の発言である。
「もう一つ聞く。お前、騎士は好きか?」
「……はぁ?」
「すまん、質問が漠然としすぎたな。つまり、このまま騎士として一生を送りたいと、そう思っているか?」
「……その言い方だと、別の道があるみたいじゃないか」
「もし、お前が今の状況を変える気があるなら、提案したいことがある」
「まどろっこしい、さっさと吐けといっただろう」
おそらくダニエルは、自分が何を言いたいのか見当がついているに違いない。それでもこちらが切り出すまでは待つ気のようだ。
「軍を辞めて、俺の元で働く気はないか?」
「いいだろう、受けるぞ、その話」
「……は? お、おい、俺は今……」
「受けると言った。で、役職は何だ? お前の護衛隊長か?」
それなりの覚悟で口にしたフレイだが、間髪を入れずに答えが戻ってきたものだから、自分の方がうろたえてしまう。それに対して、ダニエルは『ようやく言いやがったな』的な笑みを浮かべているのが対照的だ。
重ねて確認を取ろうとしても、皆まで言わせず、反対にこちらが質問される立場になってしまった。
「……お前に守ってもらうほど弱くはない」
「知ってるさ。だが、別に守るだけが親衛隊の役目じゃないぞ。いざという時の身代わりには、俺はちょうどいいんじゃないか?」
年も同じ、背格好もほぼ同じ。加えて、フレイとは若干色合いは違うが、ダニエルも濃い茶の髪と暗い色の瞳をしている。顔に関しては、十人に「どちらがいい男か?」と聞けば、そのうち八名はダニエルを選ぶだろうが、そのあたりはどうにでもなることである。
が、勿論、フレイにそんな気は毛頭ない。
「馬鹿を言うな。お前にそんな役目を振るつもりはない。俺が頼みたかったのは、家宰をやってくれないかってことだ」
フレイがそれを口にした途端、ダニエルの顔に浮かんでいた笑みが凍り付いた。
「……は? お、お前、今、なんて……?」
「家宰をやってくれ、と言った」
聞き間違いではないかという顔で尋ねてくるが、重ねて告げたフレイの言葉に、今度はダニエルがうろたえる羽目になる。
家宰とは、主人に代わってその家のあれこれを取り仕切るのがその務めだ。主人に次ぐ責任と権力を持つ、といっても過言ではない。その中には、主家の金銭の管理も当然含まれる。
「家、家宰ってお前。自分が何を言ってるかわかってるのか?」
「勿論だ。しかも、事態は切迫してる――もう『是』の返事はもらったから話すんだが、灘公には国から予算が出るらしい。俺がこの先、あれこれに使う式服なんかは、もうそこから金を出して作る話になっている。新しい屋敷を作れとも言われたから、まぁ、それができるくらいの額なんだろう。だが、そんなものを、俺が管理できると思うか?」
「……やる気になれば、お前だって、それくらいできるんじゃないのか?」
「ああ。確かに『それだけ』で済むのなら何とかなるかもしれん。ところが、他にもあるんだよ――領地とやらもいただけるそうだ。今は王家が管理していて代官もいるが、一度視察してくれと言われてる。ついでに、代官は引き上げるからあとはそっちで管理しろ、だとさ」
ほとんど息継ぎなしに、それだけをぶちまける。
「……領地運営なんぞ、やったことすらないぞ」
「さすがにそちらまでお前にやらせる気はない。やってほしいのは、屋敷と金銭の管理。それと、家臣団のまとめだ」
「家臣団なんかいたのか?」
「これから集める。お前も知り合いに声をかけてくれればありがたい」
そう告げると、何やらあきれ返ったような顔をされた。
「確かに、行く先がなくて実家で腐ってる知り合いはいるが……その前にもう一度だけ聞くが、本当に俺にそんな大役を任せる気か? もし、俺がその金を懐に入れて、どこぞへ逃げでもしたらどうする?」
「逃げる予定があるのか?」
「あるわけがないだろうっ。もしも、の話だっ」
「だったら問題はないだろう? その『もしも』がないんだから」
あっけらかんと言い切ると、ダニエルは何とも言い難い顔になる。
「前から思ってはいたんだが……お前、実は阿呆だろう?」
「なぜだ?」
「そんな重要な役目を任せる相手は、普通、もっと吟味して決めるもんだ」
「吟味はしてるぞ。何せお前とは叙勲以来の仲だ。五年あれば期間としては十分だろう。それに、お前も言ってたじゃないか。『護衛なら受ける』と。命を預けるか、金を預けるかの違いだろう?」
「……あれは冗談のつもりだったんだ。精々がとこ、下っ端の家臣にでもなれと言われるんだろうと思ってた」
「そうだったのか。だが、お前に守られる気はないが、背中を預ける程度には剣の腕も信用しているから、身代わりは無しの条件で護衛隊長を兼任でも構わんぞ」
「そんなもの兼任したら、疲れ切って死ねるだろうが!」
さらにとんでもないことを言い出したフレイに、思わず絶叫する。
すぐにここが神殿であることを思い出して、はっとした顔になり口をつぐみ――しばらくして、ダニエルはあきらめたようにため息交じりに再度、口を開いた。
「本当に、本当にっ。俺でいいんだな」
「ああ。お前以外にいない。頼めるか?」
「できれば、護衛隊長の方がありがたいが……ああ。家宰を引き受けよう」
「ありがたい! 何、お前なら大丈夫だ。北方軍は騎士だけで千、それに雑用の連中も入れれば三千はいただろう? それを切り盛りしてたお前なら、大公家の一つや二つ軽いと思うぞ」
「軍の経理と、貴族の家計を一緒にするな」
「大きな金が動くのは一緒だろうに。ああ、それに国も人を集めてくれるらしいから、そいつらをこき使えばいい」
「……そういうことは最初に言え、最初に」
もう一度ため息を吐くが、その後はきっぱりと気持ちを切り替えたようだった。
「とはいえ、お前さんとは違って、俺は一度、北に戻らなきゃならん。すんなりと除隊が認められるとしても、引継ぎもあるから一月……いや、もう少しかかるぞ」
「できるだけ早めに頼む」
「鋭意、努力はする。後、何か北の連中に伝言はあるか?」
問いかけられて、しばし考え込む。
「短い間だったが世話になった、北でのことは忘れない、と。それと、お前が戻ったら、俺の部屋にある剣を、従卒のジェイクに渡してくれないか? あいつが騎士になれたときにくれてやる約束をしていたんだ」
「了解した。他には?」
「そうだな……ジェイクもそうだが、何人か、俺の手元に来てほしい連中がいるにはいる。だが、そいつらにも考えがあるだろうし……」
「一応、聞いてみてやる。名前を教えろ」
フレイが挙げた数人の名前を書き留め、追加の質問をする。
「さっきの話だが、俺の家関係の知り合いの他に、軍でも数人、心当たりがあるんだが、そいつらも誘って構わないか?」
「お前が信用できると判断した相手なんだろう? 来てくれるなら歓迎する、と伝えてくれ」
「了解した。では、俺はこれでもどるよ。また……再来月あたりか?」
「できるだけ早めで頼む。首を長くして待ってる」
「おう。それじゃ、な」
「ああ。またな」
そう言ってダニエルが部屋を辞す。その後ろ姿を見守りながら、少なくともこれで一つ、肩の荷が下りたと安堵のため息を漏らすフレイだった。
必要とあれば、地面にそのまま寝転んでも熟睡できるのが騎士だ。それが立派な神殿の一室の、やはり立派で寝心地の良い寝台で眠ることができたのだから、悪かろうはずがない。
前日のあれこれ――青天の霹靂ともいうべき灘公への選出、それに続いて宰相の突然の宰相の訪問。果ては教皇猊下との会食で延々と灘妃への賛美を聞かされた――で、悪夢でも見るのではないかと思っていたがそれもなく、自分は存外ずぶといらしいと、しみじみと思う。
寝巻は神殿が用意してくれたが、昼間の服はそうはいかない。仕方なく、昨日と同じシャツとスラックスを身に着ける。
顔を洗ったころ合いで朝食を運んできてくれた神殿の者が言うには、灘妃はまだ眠っているとのことだった。
「お疲れでいらっしゃいますのでしょう。お目覚めになられましたら、知らせに参りましょうか?」
「お願いします。それと、長居はしませんので、灘妃様と面会できるようでしたらお願いします」
あの黄金の瞳に一目ぼれしたフレイだが、肝心なコラールの人となりについては、まだ皆目つかめていない。婚儀は半年後とのことだが、それまでにできるだけ親交を深めておきたいと思って当然である。甲斐甲斐しく朝食の用意をしてくれている者――おそらくは巫女の資格を持つものだろう――も、同じく当然の要求と受け取ったようだ。
上の者に諮る必要があるが、おそらくは許可されるだろうとのことである。
そして、更に。
「お食事が終わられましたら、灘公殿下にお目通りを願っている方々がおられます」
「私に、ですか?」
しかも、方々?
「お一人は、殿下の騎士団でのご同輩と伺っております。また、もうお一方は兄君であられると」
同輩と聞いて思い出すのは、砦から一緒に王都に来た相手だ。彼もまた人数合わせで呼び寄せられた一人であり、奇しくもフレイと同期でもあった。もう一人は兄だというが、フレイがそう呼ぶ相手は三人いる。ただ、昨日の今日で、ここに自分がいることを知っているのは、同じく選定の儀に出席をしていた次兄だけのはずだ。
「他にも数名、希望者がおりましたが、その方々に関しましては、殿下もお疲れでありましょうし、僭越ながら神殿の判断でお断りをさせていただきました」
勝手なことを、などとは口が裂けても言わないし、言えない。巫女の口調からして、その撥ねられたという数名……おそらくは、目端の利く貴族か何かなのだろう。選定の儀の仔細は、神術により口外できなくなっているが、灘公が選ばれたこと自体は秘密でも何でもない。そして、それが一介の騎士であることも、だ。
ろくな後ろ盾もない、多寡が騎士風情。甘い言葉で取り入るには格好の相手であり、あわよくばそのおこぼれに与ろうとの腹積もりが透けて見える。
あらかじめそのような相手を遮断してくれた神殿には感謝するばかりだが、いつまでも
それを当てにするわけにもいかない。そのうち、自分で相手をする必要が出てくるはずだ。またしても出てきた問題に、内心頭を抱えながらも、顔には出さないように努力する。
「ご配慮、痛み入ります。先の二名ですが、私も会いたいと思います。手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりました」
「新灘公殿下におかれましては、面会のご許可をいただき、感謝に堪えません」
「……やめてくれ、ダニエル。もう、そういう言い回しは聞き飽きたし、使い飽きた」
「灘公殿下のご下命とあらば――また、えらいことになったもんだな、フレイ」
最初に通されたのは、フレイの同輩である騎士ダニエル・レヴィ・ガーランド。
ガーランド伯爵家の次男坊だ。
余談ではあるが、次男であるダニエルが同期、つまり成人と同時に騎士になったのは、彼と長子である兄の間には姉が数人いて、年が離れていたからだ。ダニエルが物心ついたころには既に長男は結婚しており、その後すぐに息子を授かった。そのため、十になるかならないかで、万が一の時の予備という位置づけから解放されたわけだ。尚、ガーランド家の現当主(ダニエルの父)や次期当主(兄)は、ダニエルを大層かわいがっていて、行く行くは良い婿入り先を自分たちで見つける算段をしていた。このあたりが、同じく年の離れた末っ子であるフレイとは異なる点だろう。
しかし、当のダニエルは、せっかく自由の身になれたのだから、自分の将来は自分で決めたいと言い出し、家族の反対を半ば押し切る形で騎士となったと聞いている。
「全くだ。王都観光のつもりで来たのに、なぜこんなことになったのか……そもそも、なんで俺が選ばれる? 俺より地位が高くて顔もいいのはごまんといたはずだぞ」
「……俺の前だからいいが、他の連中の前でそれは言うなよ」
「当り前だ。お前だからこそ口に出せてる」
北方軍内での所属は異なるが、同期ということもあってフレイとダニエルの仲はいい。少なくとも、他の人間には聞かせられない愚痴をこぼす程度には。
「まぁ、お前の気持ちもわからんでもないがな。ってことで、そんな新灘公殿下に土産だ」
そう言って、両手に抱えてきた荷物の片方をフレイに向かって差し出してくる。
確認するまでもなく、安物でいささかくたびれた旅行かばんは、フレイのものに相違ない。
「俺の……助かった! 気になってはいたんだが、神殿に頼むのも気が引けたし、自分で取りに行くのも、何やら憚られる状況でな……」
「そんなところだろうと思ってな。それと、前払いしてあった宿賃も払い戻してもらっておいたぞ」
「持つべきものは友、だな」
王都での滞在の間、フレイとダニエルは同じ宿をとっていた。昨日の選定の儀にも連れ立ってそこからやってきていたのだが、思わぬ展開になって、戻れなくなっていたのである。
「用心のためだろうが、ここに来る前に俺の荷物と一緒に改められた。なくなってるものはないと思うが、一応確認してくれ。それと、剣は持ち込み禁止とかで、神殿預かりになっている」
「そのくらいは覚悟してる」
「ならいい――が、今となっては、その中身がどれほどの役に立つかはわからんがな」
「まぁ、な……」
鞄の中身は他愛のないものばかりだ。旅行中の着替えと、万が一の時のための薬草類。それに、いくばくかの現金。
一応、王都に赴くにあたり、手持ちの中でも程度の良いものを着替えとして持ってきてはいたが、それを着てコラールの前に出られるかと聞かれれば、否である。しばらくは、この礼服を着たおす羽目になるだろう。
「下着だけでも変えられれば、それほど匂わん……よな?」
「それについての返事は保留にさせておいてくれ」
……どうやら、早急に別の見目好い服を探す必要がありそうだった。
「伯爵家に着替えはないのか?」
「ない」
にべもない返事になったが、事実なので仕方ない。もしあったとしても、それは成人前のものであるから、今のフレイの体には合わないだろう。
「仕方がないな……幸い、俺とお前の背格好はそれほど変わらん。お前の方が少しばかり胸板が厚いが、何とかなるだろう。ってことで、俺の実家から何か見繕って届けさせよう」
フレイとは異なり、反対を押し切って騎士になりはしたが、ダニエルと家族の関係は今も良好である。長期の休みを取って里帰りもしているので、その時のための服もあった。
「何から何まで世話になるな」
「気にするな。こんな状況なんだしな。それに、俺も楽しんでいる」
「……楽しむ?」
「だってそうだろう? 王太子殿下やそのおとり巻き等を差し置いて、騎士風情が灘公に選ばれた。しかも、俺の同輩が、だ。これを楽しまずしてどうする」
「……傍からしたら、確かにそうだろうな。俺も、お前の立場ならそうする」
「だろう?」
そう言って笑うダニエルに、『新灘公』に媚びるような気配は微塵もない。純粋に状況を楽しみながらも、友であるフレイへの気配りも欠かさない。
そんな相手であるから、フレイも彼を友人と思っているのだが、これはもう『親友』と呼んでも差し支えないだろう。
そして、そんなことを考えているうちに、一つ思いついたことがあった。
「……なぁ、ダニー」
めったに使わない愛称で呼んだことで、ダニエルの顔つきがわずかに変わる。
「なんだ? 言いたいことがあれば言えよ」
「その……こんなことを言って気を悪くしないでほしいんだが」
「そんなことは、聞くまで約束できん。うだうだ言っていないで、さっさと吐け」
きっぱりと、ついでにかぶせ気味に言いきられて、苦笑する。しかし、それで腹が据わったのも確かだった。
「お前、主計課にいたよな?」
「ああ。だが、それがどうした」
主計課とは軍を構成する組織の一部で、経理、被服、食料などの管理を担当する部署だ。
要するに、軍隊の財布を握っている部署である。
「数字には強いってことで間違いないか?」
「ああ。俺も驚いたが、どうもそっちの才能があったらしい。騎士になる前にわかっていたら、文官を目指したんだがな」
貴族の子弟であったのだから、読み書きは当然できる。国の歴史や、マナーも必修だ。が、細かい数字の計算などはそれらには含まれていない為の発言である。
「もう一つ聞く。お前、騎士は好きか?」
「……はぁ?」
「すまん、質問が漠然としすぎたな。つまり、このまま騎士として一生を送りたいと、そう思っているか?」
「……その言い方だと、別の道があるみたいじゃないか」
「もし、お前が今の状況を変える気があるなら、提案したいことがある」
「まどろっこしい、さっさと吐けといっただろう」
おそらくダニエルは、自分が何を言いたいのか見当がついているに違いない。それでもこちらが切り出すまでは待つ気のようだ。
「軍を辞めて、俺の元で働く気はないか?」
「いいだろう、受けるぞ、その話」
「……は? お、おい、俺は今……」
「受けると言った。で、役職は何だ? お前の護衛隊長か?」
それなりの覚悟で口にしたフレイだが、間髪を入れずに答えが戻ってきたものだから、自分の方がうろたえてしまう。それに対して、ダニエルは『ようやく言いやがったな』的な笑みを浮かべているのが対照的だ。
重ねて確認を取ろうとしても、皆まで言わせず、反対にこちらが質問される立場になってしまった。
「……お前に守ってもらうほど弱くはない」
「知ってるさ。だが、別に守るだけが親衛隊の役目じゃないぞ。いざという時の身代わりには、俺はちょうどいいんじゃないか?」
年も同じ、背格好もほぼ同じ。加えて、フレイとは若干色合いは違うが、ダニエルも濃い茶の髪と暗い色の瞳をしている。顔に関しては、十人に「どちらがいい男か?」と聞けば、そのうち八名はダニエルを選ぶだろうが、そのあたりはどうにでもなることである。
が、勿論、フレイにそんな気は毛頭ない。
「馬鹿を言うな。お前にそんな役目を振るつもりはない。俺が頼みたかったのは、家宰をやってくれないかってことだ」
フレイがそれを口にした途端、ダニエルの顔に浮かんでいた笑みが凍り付いた。
「……は? お、お前、今、なんて……?」
「家宰をやってくれ、と言った」
聞き間違いではないかという顔で尋ねてくるが、重ねて告げたフレイの言葉に、今度はダニエルがうろたえる羽目になる。
家宰とは、主人に代わってその家のあれこれを取り仕切るのがその務めだ。主人に次ぐ責任と権力を持つ、といっても過言ではない。その中には、主家の金銭の管理も当然含まれる。
「家、家宰ってお前。自分が何を言ってるかわかってるのか?」
「勿論だ。しかも、事態は切迫してる――もう『是』の返事はもらったから話すんだが、灘公には国から予算が出るらしい。俺がこの先、あれこれに使う式服なんかは、もうそこから金を出して作る話になっている。新しい屋敷を作れとも言われたから、まぁ、それができるくらいの額なんだろう。だが、そんなものを、俺が管理できると思うか?」
「……やる気になれば、お前だって、それくらいできるんじゃないのか?」
「ああ。確かに『それだけ』で済むのなら何とかなるかもしれん。ところが、他にもあるんだよ――領地とやらもいただけるそうだ。今は王家が管理していて代官もいるが、一度視察してくれと言われてる。ついでに、代官は引き上げるからあとはそっちで管理しろ、だとさ」
ほとんど息継ぎなしに、それだけをぶちまける。
「……領地運営なんぞ、やったことすらないぞ」
「さすがにそちらまでお前にやらせる気はない。やってほしいのは、屋敷と金銭の管理。それと、家臣団のまとめだ」
「家臣団なんかいたのか?」
「これから集める。お前も知り合いに声をかけてくれればありがたい」
そう告げると、何やらあきれ返ったような顔をされた。
「確かに、行く先がなくて実家で腐ってる知り合いはいるが……その前にもう一度だけ聞くが、本当に俺にそんな大役を任せる気か? もし、俺がその金を懐に入れて、どこぞへ逃げでもしたらどうする?」
「逃げる予定があるのか?」
「あるわけがないだろうっ。もしも、の話だっ」
「だったら問題はないだろう? その『もしも』がないんだから」
あっけらかんと言い切ると、ダニエルは何とも言い難い顔になる。
「前から思ってはいたんだが……お前、実は阿呆だろう?」
「なぜだ?」
「そんな重要な役目を任せる相手は、普通、もっと吟味して決めるもんだ」
「吟味はしてるぞ。何せお前とは叙勲以来の仲だ。五年あれば期間としては十分だろう。それに、お前も言ってたじゃないか。『護衛なら受ける』と。命を預けるか、金を預けるかの違いだろう?」
「……あれは冗談のつもりだったんだ。精々がとこ、下っ端の家臣にでもなれと言われるんだろうと思ってた」
「そうだったのか。だが、お前に守られる気はないが、背中を預ける程度には剣の腕も信用しているから、身代わりは無しの条件で護衛隊長を兼任でも構わんぞ」
「そんなもの兼任したら、疲れ切って死ねるだろうが!」
さらにとんでもないことを言い出したフレイに、思わず絶叫する。
すぐにここが神殿であることを思い出して、はっとした顔になり口をつぐみ――しばらくして、ダニエルはあきらめたようにため息交じりに再度、口を開いた。
「本当に、本当にっ。俺でいいんだな」
「ああ。お前以外にいない。頼めるか?」
「できれば、護衛隊長の方がありがたいが……ああ。家宰を引き受けよう」
「ありがたい! 何、お前なら大丈夫だ。北方軍は騎士だけで千、それに雑用の連中も入れれば三千はいただろう? それを切り盛りしてたお前なら、大公家の一つや二つ軽いと思うぞ」
「軍の経理と、貴族の家計を一緒にするな」
「大きな金が動くのは一緒だろうに。ああ、それに国も人を集めてくれるらしいから、そいつらをこき使えばいい」
「……そういうことは最初に言え、最初に」
もう一度ため息を吐くが、その後はきっぱりと気持ちを切り替えたようだった。
「とはいえ、お前さんとは違って、俺は一度、北に戻らなきゃならん。すんなりと除隊が認められるとしても、引継ぎもあるから一月……いや、もう少しかかるぞ」
「できるだけ早めに頼む」
「鋭意、努力はする。後、何か北の連中に伝言はあるか?」
問いかけられて、しばし考え込む。
「短い間だったが世話になった、北でのことは忘れない、と。それと、お前が戻ったら、俺の部屋にある剣を、従卒のジェイクに渡してくれないか? あいつが騎士になれたときにくれてやる約束をしていたんだ」
「了解した。他には?」
「そうだな……ジェイクもそうだが、何人か、俺の手元に来てほしい連中がいるにはいる。だが、そいつらにも考えがあるだろうし……」
「一応、聞いてみてやる。名前を教えろ」
フレイが挙げた数人の名前を書き留め、追加の質問をする。
「さっきの話だが、俺の家関係の知り合いの他に、軍でも数人、心当たりがあるんだが、そいつらも誘って構わないか?」
「お前が信用できると判断した相手なんだろう? 来てくれるなら歓迎する、と伝えてくれ」
「了解した。では、俺はこれでもどるよ。また……再来月あたりか?」
「できるだけ早めで頼む。首を長くして待ってる」
「おう。それじゃ、な」
「ああ。またな」
そう言ってダニエルが部屋を辞す。その後ろ姿を見守りながら、少なくともこれで一つ、肩の荷が下りたと安堵のため息を漏らすフレイだった。
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