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王宮訪問
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来るだろう、とは予想していた。
が、できるだけ遅い方が望ましい。本音を言えば、来ない方がありがたい。
しかし、どう考えても避けられないそれ――つまり、王宮からの招聘の知らせが来た。
「来た……」
「左様でございますな」
「なんで今更になってくるんだ」
「それこそ今更だ。そもそもの話、これ程経ってから呼び出される方がおかしいのであって、普通は、当日は無理だとしても、翌日かその次の日辺りには来てるはずなんだからな」
「ですが、ここまで遅れたのなら、いっそもう、無しでもいいのではないかと……」
「さすがにそれは無理でございましょう。何より、これも灘妃様とのご婚儀の為にございます。お諦めくださいませ」
住まいを神殿から離宮へと移して数日後のことである。
初日と二日目はここで使えてくれる者たちとの顔合わせと、無駄に広い建物や庭の構造の把握に費やした。三日目からは少しゆっくり――できるはずもなく、どこから聞きつけたのか知らないが、新大公家に仕えたいというものたちへの対応に忙殺されている真っ最中のことである。
「しかも、いきなり今日の午後ですよ?」
「王都にいる貴族は、いついかなる場合でも即座に王宮に上がることができる、というのが建前だからな」
「せめて一日くらいは、心構えをする時間が欲しいです……それに今日は、コラールに会いに行くつもりでしたのに」
「灘妃様にはお詫びの使者を送っておきましょう。それよりも、フレイ様はお着換えを」
うだうだと抵抗するフレイに、ヨハンとロベールが二人がかりで退路を断つ。
王宮に行く、つまりは王に謁見するのであるからそれなりの準備をする必要があるのだ。
「着替えろと言われても……何を着ればいいんだか……」
「騎士の礼装でようございましょう」
「それでいいのか?」
「はい。今回の招聘は、陛下とのお顔合わせであると当時に、フレイ様の男爵への陞爵が目的でございます。フレイ様は現在は騎士爵でいらっしゃいますので、その礼装が最も礼にかなっていると存じます」
面倒ではあるが、ヨハンの言うように、これも手続きの一環である。
フレイが灘公(大公)になるのは決定事項なのだが、いきなり騎士から大公というわけにはいかないのだそうだ。
爵位をあげるにあたっては、よほど目だった功績がない限りは、基本的に一段階ずつとなっている。フレイの場合だが、現在の彼の身分は騎士であるので、まずはその一つ上の男爵になる必要がある。厳密にいえばその間に準男爵というのもあるのだが、アンジールでは平民に貴族位を与えるために設けられた身分であるので、貴族の子弟であるフレイはこれに該当しない。
「本日、男爵になられました後は、また明日伺候し、子爵に叙せられる予定です。さらにその翌日に伯爵に陞爵の予定となっております」
「なんでわざわざ三日もかけるんだ、一日で済ませられないのか?」
「記録に残るためでございましょう。役人というのは、原則論と前例にこだわりますので」
同じ日に、騎士から伯爵へのいきなり三段階の出世は前例がないらしい。しかし、三日かけての三段階なら、まだ言い訳(誰に対してのものなのか不明)ができるという。
また、伯爵になった段階で一旦留め置かれるのは、伯爵家以上の出であることが王族との婚姻の条件であるからだ。コラールはアンジールの王族ではないが、それと同等か、或いはそれ以上の身分であるので、それに倣ったということだろう。
「他にやらねばならないことが山ほどあるというのに、三日もこれにとられるのか……」
「今日から三日間の仕官希望者は、わたくしとロベール様で対応いたします」
「……は?」
「王宮へは一人で行ってきなさい。もう大人なんだからできるだろう?」
見捨てるのかっ!? というフレイの言葉に『私共は爵位がございませんので』と一刀両断するヨハンであった。
王宮へは、差し回しの馬車で移動する。
フレイの自前(つまりは灘公家)の馬車はまだ製造途中であるからだ。
黒と金で仰々しく飾られた馬車に乗り込むのはフレイと、先日から彼の護衛を担当しているグイードである。
車中では会話が弾む――はずもない。
「近衛であるグイード殿は、王宮には慣れているのだろうな。私は恥ずかしながら、伺候するのはこれが初めてだ」
「左様でございましょうな」
それなりの時間、二人きりであるので、フレイが気を使って話しかければこのありさまだ。
護衛であるから、こちらから話しかけるまで無言なのはまだいい。が、『左様でございましょうな』の後で、鼻で笑うのは何なのか……。
それ以上の会話を続ける気も失せる。結果として無言のまま馬車に揺られ続け、王宮に到着したときには心底ほっとしたフレイであった。
だが、うんざりするのはそれだけではなかった。
「これはこれは……エルヴァンス伯ではありませんか」
きちんと知らされていなかったのか、正面にある車寄せに馬車が止まった途端に駆け寄ってきた相手は、フレイではなくまずグイードに話しかけてくる。
「久しいな、元気でいたか?」
「はい、おかげさまで。それで、本日はどのようなご用向きでございましょう?」
「いや、今日は私自身の用向きではない。こちらのお方の護衛を務めている」
「……は?」
そこでやっとフレイに気が付いたようだ。じろじろと無遠慮に、フレイの全身を上から下まで眺め回す。
「……騎士のご身分の方とお見受けいたしますが、どちら様でいらっしゃいますか?」
一応、敬語は使ってくれはしたが、その口調と表情がそれを台無しにしている。
キラキラしい近衛の士官服に身を包んだグイードと、礼装ではあるが通常の騎士服のフレイであれば、見劣りするのは仕方がない。しかも、どうやらグイードは伯爵位をえているらしい。ただの騎士風情と、近衛の士官でしかも伯爵(顔見知り)であるなら、対応に差があっても仕方がないのかもしれない。
だが、呼びつけたのはそちら(王宮)である。せめて周知徹底はしておいてほしい。
「フレイ・ザナルと申します。本日は、王宮に上がるよう仰せつかりまして、参上いたしました」
グイード以外の者を連れてこなかったために、自分で名乗る羽目になる。護衛対象の身分を告げるのは、職務の内ではないのか? とも思ったが、それを指摘するのにも場所が悪い。それに何より、こいつとは必要最低限の会話以外は交わしたくないと思う程度には腹を立てていたフレイである。
「ザナル殿、ですか? ……確認してまいります、少々お待ちを。エルヴァンス伯におかれましても、申し訳ありませんが、こちらにてしばしお待ちくださいませ」
グイードは、フレイの護衛のために来た、といったはずなのだが、その辺りのことは男の頭からはきれいさっぱり消えているようだ。あからさまにフレイよりもグイードに気を使う言葉を残し、急いでかけ去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、戻ってきたときはどんな顔をしているのだろうか、などと、少々意地の悪い考えが頭に浮かぶ。
果たして、しばらくたって去るとき以上の速度で駆け戻ってきた男は、見るからに顔色が悪かった。
「な、灘公殿下でいらっしゃいましたかっ。先ほどの無礼の段、平に、平にお許しをっ」
「身元の確認は取れた、ということでいいのですね?」
「は、はいっ。どうぞ、奥へお進みくださいませっ。殿下をお待ち申し上げている者がおりまして、それがご案内をさせていただきます」
「ありがとう。手間を取らせて申し訳なかった」
「い、いいえっ、とんでもないことでございますっ」
平身低頭で詫びる男にねぎらいの言葉をかけて、歩き出す。
その後についてきたグイードが、独り言のようにつぶやいたのをフレイは聞き逃さなかった。
「彼も気の毒に。最初から名乗ればいいものを……」
独り言にしては少々声が大きいし、護衛中、ましてや王宮の廊下でつぶやくことでもない。そう思うのであれば、最初にグイードがきちんと説明をすればよかっただけの話である。だが、こんなことで気色ばむのも大人げない。それに、この程度のことにいちいち目くじらを立てていては、この先、体がもたない――と、心底理解させられたのは、謁見の間に行く間の出来事だった。
「おや、これはエルヴァンス伯。今日は陛下のお召しですか?」
「お久しぶりです、グイード殿。お父上はご健勝ですか?」
「おお、エルヴァンス伯爵っ。最近、目っきりお見限りではないですか。次の我が家の夜会にはぜひともご出席を」
「エルヴァンス伯」
「グイード殿」
謁見室への回廊は、案内の者、フレイ、グイードの順に歩いている。この場合、真ん中にいるのが最も重要な人物であるのは、仮にも王宮に出入りを許された者であれば言われなくともわかるはずだ。しかし、それなりに往来のある回廊で、遭遇した相手のほぼすべてが、フレイをすっ飛ばしてグイードへと挨拶をする。一人だけ置いていくわけにもいかないので、そのたびに案内の者の足が止まるのは仕方がないのとしても、とある相手など、あからさまにフレイが邪魔だという顔をして、二人の間に割り込むと、フレイに尻を向けたまま懸命にグイードに取り入ろうとしていた。
確かに、まったく顔の売れていないフレイと、近衛士官で伯爵で王と面識もあるグイードであれば、グイードに目が行くのは仕方がない。
しかし、少しは考えろ、と言いたくなるのは当然だ。
この配置を見て、何か思うことはないのか、と。
……まぁ、ないのだろうな。
ため息交じりに、そう思う。
王(国)に仕える騎士として、その王のおわす王宮にはそれなりのあこがれというか、理想を抱いていたフレイだが、最初の訪問でそれが木っ端みじんに打ち砕かれた形である。
もともと、来たくて来たわけではない。
いっそ、このまま、踵を返して帰ってしまいたい。
そんなことまで思い始めていた頃に、やっと謁見室の扉の前に到着をする。
「フレイ・ザナル殿をお連れいたしました」
案内の者の声に、美麗な彫刻を施された重厚な扉が開く。
「私はここでお待ちします。どうぞ、ここからはお一人で」
ここからも何も、お前はくっちゃべっていただけだろうが――とのグイードへの突込みは心に秘めて、慎重に足を進めていく。
王宮の顔ともいえる謁見の間は、さすがに広く、今まで見てきた中でも群を抜いて豪華な装飾が施されていた。天井も高く、なにやら絵が描かれているようだが、詳しく見る暇はない。左右の壁際に居並ぶ高官たちの間を、目線を下げたまま部屋の半分ほどを進み、そこで立ち止まり片膝をついた。右手は胸に当て、左手はこぶしを作り床に着く。
騎士の最上級の礼である。その姿勢のままでしばらく待っていると、はるか遠くから声が聞こえてくる。
「その方がフレイ・ザナルか――よい、立ち上がり、面を上げよ」
初めて聞くそれは、アンジールの王、ジリアン・ロウ・アルセラムのものである。
こんな声をしていたのか――そんなことを思いながら、言われたとおりに立ち上がる。面を上げてよい、とは言われたが、王を顔を見るのは不敬にあたる為、騎士への叙勲の際に、念のためにと教えられた作法の通りに、階の上に座る王のつま先あたりに視線を据える。
「そなたが新しき灘公になる男なのだな」
続けて声がかけられるが、それに返答を求められているのかどうか判断に迷い、フレイはそっと玉座の左右に目を向けた。
フレイから見て王の右に、剣を履いたきらびやかな軍服の男性が立っていて、それが親衛隊長と推察される。その反対にいるのが、服装からして侍従長であろう。フレイの視線に気づいた侍従長がわずかに頷いたので、そちらに向かい、口を開こうとしたところで、三度、王の声が降ってきた。
「かまわん、直答を許す――今後、そなたが得る身分を考えれば、ごく当たり前の話なのだがな。何事も形式とやらが必要なのだそうだ、面倒極まりないことだ」
この場を圧する威厳とともに告げられた言葉の後で、それより格段に軽い口調で続けられ、フレイは内心で面食らっていた。
「それで? そなたがフレイ・ザナルであるのだろう?」
「は……畏れながら、お許しを得て答えさせていただきます。ラゼルム伯が四男、騎士フレイ・ザナルにございます」
「ふむ。我が息子を差し置いて灘妃を射止めたのは、どのような者かと思っていたが、この場に騎士服で現れ、そう名乗るか。なかなかに面白い」
うまい返しが思いつけず、王の言葉にただ頭を下げる。
それにしても、『王への謁見』とはもっと、こう……息子の思い人(?)をかっさらっていったことについて、敵意をぶつけられなかったことはありがたいと思うが、普通はもう少し荘厳な感じなのではないのだろうか?
しかし、王の態度が友好的なものであったおかげで、左右からのとげとげしい視線が和らいだのはありがたかった。
成り上がり(予定)なのは事実なので、それが気に入らない者がいるのは仕方がないとしても、あまりにあからさまに敵意をぶつけられてはうんざりする。
そこまで計算してのこの態度であるとするなら――賢王、という巷の評判もただのおべんちゃらではないということだろう。
「さて、まずはそなたを男爵にせねばならぬのだったな――近う」
王の言葉に、わずかに周囲がざわめく。おそらくは、予定されていた式次第とは異なる展開になっているのだろう。しかし、それもすぐに静まり、前に進み出たフレイが玉座の階の少し手前で立ち止まり、先ほどと同じ騎士の最上級の礼を取ると、その頭の上から王の言葉が降ってくる。
「アンジール王ジリアン・ロウ・アルセラムの名において、騎士フレイ・ザナルを男爵に叙す」
いつの間にか、侍従長の手にはビロードのクッションが現れていて、その上に置かれてた細身の剣を王が取り上げる。
黒一色の飾り気のない鞘に納められたそれを、王が片手で差し出してくるのを、フレイが両手で押し戴くようにして受け取る。
「以後もアンジールの為に働くように」
「わが身、わが命が続く限り、お誓い申し上げます」
満足げに王が頷いたのを確認し、正面を向いたまま先ほどの位置まで下がる。
そこでもう一度、礼をすると王が最後の言葉をかけてきた。
「今日はこれまでだな。ザナル男爵、また明日会おう」
「は……それでは御前、失礼をいたします」
そのあとは、普通に後ろを向いて謁見の間を後にする。
背後で扉が閉まると、一気に緊張が解けて全身からどっと汗が噴き出した。
これを後、二回もやるのか……。
心中でぼやくが、まだここは王宮である。あまりだらけた様子は見せられない。
室外で待っていたグイードらと合流し、往路を逆にたどって王宮の玄関までもどる。
知らせがいっていたのか、既に馬車はそこに待機しており、またしても気詰まりな思いをしつつ離宮まで戻ったのだった。
が、できるだけ遅い方が望ましい。本音を言えば、来ない方がありがたい。
しかし、どう考えても避けられないそれ――つまり、王宮からの招聘の知らせが来た。
「来た……」
「左様でございますな」
「なんで今更になってくるんだ」
「それこそ今更だ。そもそもの話、これ程経ってから呼び出される方がおかしいのであって、普通は、当日は無理だとしても、翌日かその次の日辺りには来てるはずなんだからな」
「ですが、ここまで遅れたのなら、いっそもう、無しでもいいのではないかと……」
「さすがにそれは無理でございましょう。何より、これも灘妃様とのご婚儀の為にございます。お諦めくださいませ」
住まいを神殿から離宮へと移して数日後のことである。
初日と二日目はここで使えてくれる者たちとの顔合わせと、無駄に広い建物や庭の構造の把握に費やした。三日目からは少しゆっくり――できるはずもなく、どこから聞きつけたのか知らないが、新大公家に仕えたいというものたちへの対応に忙殺されている真っ最中のことである。
「しかも、いきなり今日の午後ですよ?」
「王都にいる貴族は、いついかなる場合でも即座に王宮に上がることができる、というのが建前だからな」
「せめて一日くらいは、心構えをする時間が欲しいです……それに今日は、コラールに会いに行くつもりでしたのに」
「灘妃様にはお詫びの使者を送っておきましょう。それよりも、フレイ様はお着換えを」
うだうだと抵抗するフレイに、ヨハンとロベールが二人がかりで退路を断つ。
王宮に行く、つまりは王に謁見するのであるからそれなりの準備をする必要があるのだ。
「着替えろと言われても……何を着ればいいんだか……」
「騎士の礼装でようございましょう」
「それでいいのか?」
「はい。今回の招聘は、陛下とのお顔合わせであると当時に、フレイ様の男爵への陞爵が目的でございます。フレイ様は現在は騎士爵でいらっしゃいますので、その礼装が最も礼にかなっていると存じます」
面倒ではあるが、ヨハンの言うように、これも手続きの一環である。
フレイが灘公(大公)になるのは決定事項なのだが、いきなり騎士から大公というわけにはいかないのだそうだ。
爵位をあげるにあたっては、よほど目だった功績がない限りは、基本的に一段階ずつとなっている。フレイの場合だが、現在の彼の身分は騎士であるので、まずはその一つ上の男爵になる必要がある。厳密にいえばその間に準男爵というのもあるのだが、アンジールでは平民に貴族位を与えるために設けられた身分であるので、貴族の子弟であるフレイはこれに該当しない。
「本日、男爵になられました後は、また明日伺候し、子爵に叙せられる予定です。さらにその翌日に伯爵に陞爵の予定となっております」
「なんでわざわざ三日もかけるんだ、一日で済ませられないのか?」
「記録に残るためでございましょう。役人というのは、原則論と前例にこだわりますので」
同じ日に、騎士から伯爵へのいきなり三段階の出世は前例がないらしい。しかし、三日かけての三段階なら、まだ言い訳(誰に対してのものなのか不明)ができるという。
また、伯爵になった段階で一旦留め置かれるのは、伯爵家以上の出であることが王族との婚姻の条件であるからだ。コラールはアンジールの王族ではないが、それと同等か、或いはそれ以上の身分であるので、それに倣ったということだろう。
「他にやらねばならないことが山ほどあるというのに、三日もこれにとられるのか……」
「今日から三日間の仕官希望者は、わたくしとロベール様で対応いたします」
「……は?」
「王宮へは一人で行ってきなさい。もう大人なんだからできるだろう?」
見捨てるのかっ!? というフレイの言葉に『私共は爵位がございませんので』と一刀両断するヨハンであった。
王宮へは、差し回しの馬車で移動する。
フレイの自前(つまりは灘公家)の馬車はまだ製造途中であるからだ。
黒と金で仰々しく飾られた馬車に乗り込むのはフレイと、先日から彼の護衛を担当しているグイードである。
車中では会話が弾む――はずもない。
「近衛であるグイード殿は、王宮には慣れているのだろうな。私は恥ずかしながら、伺候するのはこれが初めてだ」
「左様でございましょうな」
それなりの時間、二人きりであるので、フレイが気を使って話しかければこのありさまだ。
護衛であるから、こちらから話しかけるまで無言なのはまだいい。が、『左様でございましょうな』の後で、鼻で笑うのは何なのか……。
それ以上の会話を続ける気も失せる。結果として無言のまま馬車に揺られ続け、王宮に到着したときには心底ほっとしたフレイであった。
だが、うんざりするのはそれだけではなかった。
「これはこれは……エルヴァンス伯ではありませんか」
きちんと知らされていなかったのか、正面にある車寄せに馬車が止まった途端に駆け寄ってきた相手は、フレイではなくまずグイードに話しかけてくる。
「久しいな、元気でいたか?」
「はい、おかげさまで。それで、本日はどのようなご用向きでございましょう?」
「いや、今日は私自身の用向きではない。こちらのお方の護衛を務めている」
「……は?」
そこでやっとフレイに気が付いたようだ。じろじろと無遠慮に、フレイの全身を上から下まで眺め回す。
「……騎士のご身分の方とお見受けいたしますが、どちら様でいらっしゃいますか?」
一応、敬語は使ってくれはしたが、その口調と表情がそれを台無しにしている。
キラキラしい近衛の士官服に身を包んだグイードと、礼装ではあるが通常の騎士服のフレイであれば、見劣りするのは仕方がない。しかも、どうやらグイードは伯爵位をえているらしい。ただの騎士風情と、近衛の士官でしかも伯爵(顔見知り)であるなら、対応に差があっても仕方がないのかもしれない。
だが、呼びつけたのはそちら(王宮)である。せめて周知徹底はしておいてほしい。
「フレイ・ザナルと申します。本日は、王宮に上がるよう仰せつかりまして、参上いたしました」
グイード以外の者を連れてこなかったために、自分で名乗る羽目になる。護衛対象の身分を告げるのは、職務の内ではないのか? とも思ったが、それを指摘するのにも場所が悪い。それに何より、こいつとは必要最低限の会話以外は交わしたくないと思う程度には腹を立てていたフレイである。
「ザナル殿、ですか? ……確認してまいります、少々お待ちを。エルヴァンス伯におかれましても、申し訳ありませんが、こちらにてしばしお待ちくださいませ」
グイードは、フレイの護衛のために来た、といったはずなのだが、その辺りのことは男の頭からはきれいさっぱり消えているようだ。あからさまにフレイよりもグイードに気を使う言葉を残し、急いでかけ去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、戻ってきたときはどんな顔をしているのだろうか、などと、少々意地の悪い考えが頭に浮かぶ。
果たして、しばらくたって去るとき以上の速度で駆け戻ってきた男は、見るからに顔色が悪かった。
「な、灘公殿下でいらっしゃいましたかっ。先ほどの無礼の段、平に、平にお許しをっ」
「身元の確認は取れた、ということでいいのですね?」
「は、はいっ。どうぞ、奥へお進みくださいませっ。殿下をお待ち申し上げている者がおりまして、それがご案内をさせていただきます」
「ありがとう。手間を取らせて申し訳なかった」
「い、いいえっ、とんでもないことでございますっ」
平身低頭で詫びる男にねぎらいの言葉をかけて、歩き出す。
その後についてきたグイードが、独り言のようにつぶやいたのをフレイは聞き逃さなかった。
「彼も気の毒に。最初から名乗ればいいものを……」
独り言にしては少々声が大きいし、護衛中、ましてや王宮の廊下でつぶやくことでもない。そう思うのであれば、最初にグイードがきちんと説明をすればよかっただけの話である。だが、こんなことで気色ばむのも大人げない。それに、この程度のことにいちいち目くじらを立てていては、この先、体がもたない――と、心底理解させられたのは、謁見の間に行く間の出来事だった。
「おや、これはエルヴァンス伯。今日は陛下のお召しですか?」
「お久しぶりです、グイード殿。お父上はご健勝ですか?」
「おお、エルヴァンス伯爵っ。最近、目っきりお見限りではないですか。次の我が家の夜会にはぜひともご出席を」
「エルヴァンス伯」
「グイード殿」
謁見室への回廊は、案内の者、フレイ、グイードの順に歩いている。この場合、真ん中にいるのが最も重要な人物であるのは、仮にも王宮に出入りを許された者であれば言われなくともわかるはずだ。しかし、それなりに往来のある回廊で、遭遇した相手のほぼすべてが、フレイをすっ飛ばしてグイードへと挨拶をする。一人だけ置いていくわけにもいかないので、そのたびに案内の者の足が止まるのは仕方がないのとしても、とある相手など、あからさまにフレイが邪魔だという顔をして、二人の間に割り込むと、フレイに尻を向けたまま懸命にグイードに取り入ろうとしていた。
確かに、まったく顔の売れていないフレイと、近衛士官で伯爵で王と面識もあるグイードであれば、グイードに目が行くのは仕方がない。
しかし、少しは考えろ、と言いたくなるのは当然だ。
この配置を見て、何か思うことはないのか、と。
……まぁ、ないのだろうな。
ため息交じりに、そう思う。
王(国)に仕える騎士として、その王のおわす王宮にはそれなりのあこがれというか、理想を抱いていたフレイだが、最初の訪問でそれが木っ端みじんに打ち砕かれた形である。
もともと、来たくて来たわけではない。
いっそ、このまま、踵を返して帰ってしまいたい。
そんなことまで思い始めていた頃に、やっと謁見室の扉の前に到着をする。
「フレイ・ザナル殿をお連れいたしました」
案内の者の声に、美麗な彫刻を施された重厚な扉が開く。
「私はここでお待ちします。どうぞ、ここからはお一人で」
ここからも何も、お前はくっちゃべっていただけだろうが――とのグイードへの突込みは心に秘めて、慎重に足を進めていく。
王宮の顔ともいえる謁見の間は、さすがに広く、今まで見てきた中でも群を抜いて豪華な装飾が施されていた。天井も高く、なにやら絵が描かれているようだが、詳しく見る暇はない。左右の壁際に居並ぶ高官たちの間を、目線を下げたまま部屋の半分ほどを進み、そこで立ち止まり片膝をついた。右手は胸に当て、左手はこぶしを作り床に着く。
騎士の最上級の礼である。その姿勢のままでしばらく待っていると、はるか遠くから声が聞こえてくる。
「その方がフレイ・ザナルか――よい、立ち上がり、面を上げよ」
初めて聞くそれは、アンジールの王、ジリアン・ロウ・アルセラムのものである。
こんな声をしていたのか――そんなことを思いながら、言われたとおりに立ち上がる。面を上げてよい、とは言われたが、王を顔を見るのは不敬にあたる為、騎士への叙勲の際に、念のためにと教えられた作法の通りに、階の上に座る王のつま先あたりに視線を据える。
「そなたが新しき灘公になる男なのだな」
続けて声がかけられるが、それに返答を求められているのかどうか判断に迷い、フレイはそっと玉座の左右に目を向けた。
フレイから見て王の右に、剣を履いたきらびやかな軍服の男性が立っていて、それが親衛隊長と推察される。その反対にいるのが、服装からして侍従長であろう。フレイの視線に気づいた侍従長がわずかに頷いたので、そちらに向かい、口を開こうとしたところで、三度、王の声が降ってきた。
「かまわん、直答を許す――今後、そなたが得る身分を考えれば、ごく当たり前の話なのだがな。何事も形式とやらが必要なのだそうだ、面倒極まりないことだ」
この場を圧する威厳とともに告げられた言葉の後で、それより格段に軽い口調で続けられ、フレイは内心で面食らっていた。
「それで? そなたがフレイ・ザナルであるのだろう?」
「は……畏れながら、お許しを得て答えさせていただきます。ラゼルム伯が四男、騎士フレイ・ザナルにございます」
「ふむ。我が息子を差し置いて灘妃を射止めたのは、どのような者かと思っていたが、この場に騎士服で現れ、そう名乗るか。なかなかに面白い」
うまい返しが思いつけず、王の言葉にただ頭を下げる。
それにしても、『王への謁見』とはもっと、こう……息子の思い人(?)をかっさらっていったことについて、敵意をぶつけられなかったことはありがたいと思うが、普通はもう少し荘厳な感じなのではないのだろうか?
しかし、王の態度が友好的なものであったおかげで、左右からのとげとげしい視線が和らいだのはありがたかった。
成り上がり(予定)なのは事実なので、それが気に入らない者がいるのは仕方がないとしても、あまりにあからさまに敵意をぶつけられてはうんざりする。
そこまで計算してのこの態度であるとするなら――賢王、という巷の評判もただのおべんちゃらではないということだろう。
「さて、まずはそなたを男爵にせねばならぬのだったな――近う」
王の言葉に、わずかに周囲がざわめく。おそらくは、予定されていた式次第とは異なる展開になっているのだろう。しかし、それもすぐに静まり、前に進み出たフレイが玉座の階の少し手前で立ち止まり、先ほどと同じ騎士の最上級の礼を取ると、その頭の上から王の言葉が降ってくる。
「アンジール王ジリアン・ロウ・アルセラムの名において、騎士フレイ・ザナルを男爵に叙す」
いつの間にか、侍従長の手にはビロードのクッションが現れていて、その上に置かれてた細身の剣を王が取り上げる。
黒一色の飾り気のない鞘に納められたそれを、王が片手で差し出してくるのを、フレイが両手で押し戴くようにして受け取る。
「以後もアンジールの為に働くように」
「わが身、わが命が続く限り、お誓い申し上げます」
満足げに王が頷いたのを確認し、正面を向いたまま先ほどの位置まで下がる。
そこでもう一度、礼をすると王が最後の言葉をかけてきた。
「今日はこれまでだな。ザナル男爵、また明日会おう」
「は……それでは御前、失礼をいたします」
そのあとは、普通に後ろを向いて謁見の間を後にする。
背後で扉が閉まると、一気に緊張が解けて全身からどっと汗が噴き出した。
これを後、二回もやるのか……。
心中でぼやくが、まだここは王宮である。あまりだらけた様子は見せられない。
室外で待っていたグイードらと合流し、往路を逆にたどって王宮の玄関までもどる。
知らせがいっていたのか、既に馬車はそこに待機しており、またしても気詰まりな思いをしつつ離宮まで戻ったのだった。
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とても面白く拝見させて頂きました。
世界観や物語のストーリー、各々の人物のキャラづけなど、似たようなお話は見かけた事もなく、とても楽しかったです。
が、
続きはお書きにならないのでしょうか?
最新更新日が一年前と気付いた時の絶望たるや。。
多くの作品を書籍化されており、とてもお忙しいのだとは思いますが、
残念でなりません。
更なる更新を切望しつつ、お気にいり登録させて頂きました。
柿崎様
感想&細かいご指摘ありがとうございます。
チェックして違和感のある所は書き直しますね。
ストックが底をついてしまい、ノロノロ行進になりましたが、これからもよろしくお願いいたします。
ニヤニヤしながら楽しく拝読させて頂いております。
今からこんなに初々しくて、どんな風に愛を深めていくのやら。
おっと口の端から堪えきれなかったガムシロップが……。
柵に翻弄されつつ嫁を守る旦那(予定)に、王子がしゃしゃって来そうな嫁(予定)とか。
見守っていくっきゃないo(`ω´ )o
続きを楽しみにしております。
柿崎様
感想ありがとうございます。
常識? 何それおいしいの? な嫁女と、逆玉って思ってた以上にハードモードなんだな……な婿殿の
イチャイチャを交えつつの悪戦苦闘
筆者も頑張っておりますので、何卒、これからもよろしくお願いいたします。