泥かぶり治癒師奮闘記

砂城

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泥かぶりな日々 その1

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 さて、朝です。一昨日に続き、昨日もなぜか(精神的に)疲れた一日でしたが、一晩寝たらなんとなく復活しました。こういうのを図太いっていうんですよね、知ってます。



 朝食は、早めに食堂に行ったおかげで、例の先輩に遭遇せずに済んだ。

 その後、『泥かぶり』へと向かったんだが――まさかの無人ってどういうこと?

 まさか、今日も非番? いや、ちゃんとシフトは確認した。

 もしかすると、早く来すぎちゃったとか?

 あの先輩に会いたくなくて、食堂が開くと同時に飛び込んで大急ぎでかきこんできた流れで、こっちに来るのも前二日より早くなったから、その可能性はある。

 ここに来るたびに誰かいたせいで、一人になるのは初めてだ。ゆっくりと室内を見回せば、昨日、メレンさんと奮闘したおかげもあり、混沌を極めていた室内はそれなりにかたづき、鼻がもげそうになる悪臭はないし、椅子に座るのに躊躇する必要もない。

 初日は顔合わせだけで終わったし、翌日は朝から討伐任務。昨日は非番であったことを考えると(というか、非番だったからこそ)、短期間でここまで環境の改善ができたことは、大変に喜ばしい。

 出来れば、もう少し個人の持ち物系が片付いてくれればもっといいんだけど――特に、隊長のプレートアーマーとか、床の上に直置きはないと思うのよね。ここにはないけど、鎧台(防具を使わないときに掛けておくもの)でも、調達してこようかしら。


 ……って、あれ?


 昨日、メレンさんと掃除したときは確かにあったそれが、なぜか今はない。

 え? なんで? まさか盗まれた……なんてことはないよね?

 オロオロとしているうちに、何やらドアの向こうが騒がしくなる。

 やっと来た! アーマーの事を訊かないと! と意気込んでいたら……


「なんだ、姉ちゃん。今日はやけに早ぇな」


 パランさん、ですよね?


「なにボケっと突っ立ってんだ、邪魔だ。退きやがれ」


 うん、いつものパランさんだ。昨夜のあれは……きっと酒に酔ったせいで幻覚でも見たんだろう。

 いや、今はそっちじゃなくて、アーマーの行方を訊かないと。

 そう思っていたら、パランさんの後ろから、そのアーマーを着用した隊長が入ってくる。続いてメレンさん、ザハブさん、サーフェスさん。

 そして、その途端に室内に広がるむわっとした男臭。そうか、悪臭の元は部屋のゴミだけじゃ無くて、この人たち自身もか。

 せっかく深呼吸ができる状態だったのに、汗臭さと男臭さで元の木阿弥になりそうだと思った瞬間、反射的に魔法を使ってた。


「……あ゛? 何だ、今のは?」

「す、すみません、ついっ!」

「浄化魔法っスね。洗浄、除菌、消臭の効果っスよ」


 さすがはサーフェスさん、よく知ってらっしゃる。


「消臭だぁ? そりゃ、俺らが臭ぇってことかよ?」


 そして、真っ向勝負のド直球の質問(詰問?)と共に、パランさんがこちらをにらんでらっしゃる。これは、えっと……。

 果敢に打ち返すべきか、それとも避けるべきかと悩んでいたら、隊長から救いの手が差し伸べられた。


「……まぁ、あれだけ汗をかいた後なんだから、確かに臭いだろう。すまんな、シエル」

「い、いえ。あの……こちらこそ、いきなり魔法をかけたりして失礼しました」


 ナイス、隊長! ありがとうございます。勿論、緊急時でもないのに許可もとらずに魔法をかけちゃったことは謝りますよ。

 しかし、皆さま揃いも揃って、何で朝っぱらからそんな悪し……じゃない、汗をかいてらっしゃるのでしょうか?


「ああ。訓練場を使える時間が今しか無くてな」

「……はい?」


 なんか、また衝撃的な発言をいただいた気がする。

 訓練場って、あれですよね。任務のない日に、訓練するところ……金銀銅全部にあって、時間制で使えるし、合同訓練とかもできるあそこの事ですよね?


「俺らは番外だってことで、日中は使用できないんだよね。合同訓練も、端数が出るからって参加不可だし。仕方ないから、朝一の誰もいないときに訓練してるのさ」

「はぁぁっ!?」


 メレンさんが詳しく説明してくれるけど、まじで『はぁぁっ!?』ですよ。常に命がけの任務に行くために、討伐騎士団では出動がない時でも訓練は欠かせない。そのために立派な訓練所があるんだけど、それの使用権がない? なによ、それ。つまり、死んで来いって言ってるのと同じことじゃない!


「だから、言っただろ? 普通なら、さっさと退役してる状況だってさ」


 私の反応に、メレンさんが渇いた笑いを張り付けた顔で言う。


「……ホントに、何で退役願を出してないのか不思議です」


 私は年季が開けてないって理由があるし、メレンさんの事情も聞いたけど、他の人は無理にここにいる必要はないんじゃない?


「ちっ――余計な詮索するんじゃねぇよ」


 ああ、パランさんからのお返事は期待してませんから、大丈夫です。


「連中の思い通りになるのも業腹だからな。ただ、命は惜しいから訓練はする」

「給料いいんで……」

「反対に考えるといいっスよ。いろいろ気にせずに、好きなだけ魔法をぶっ放せると思ったら、パラダイスっスよ、ここ」


 ……三者三様のお答え、ありがとうございます。

 しかし、隊長とザハブさんはともかく、サーフェスさん、その答えはちょっと怖いです。どれだけぶっ放すのが好きなんですか?


「ああ、それね――俺が前にいた隊は、まず斥候だの、個別撃破だの、余力を残すための回避だのって。いちいち面倒っていうか、わざと時間かけてんじゃねーの、みたいなのばっかだったんスよ」

「え? でも、それって戦術としては間違ってないと思うんですけど……?」


 斥候を出して相手の様子を知るのも、個別撃破で戦力を削るのも、余計な戦闘を避けるのも、生存率を上げるためには必要なことだと思う。


「火力不足な状態だったら、確かにそうかもしれないっスけどね。俺が居るんスよ? 自慢じゃないですけど、多少相手が多い程度なら、俺が先行して一発ぶっ放した方が、絶対に早いじゃないっスか?」


『じゃないっスか』といわれても――何というか、ものすごい自信をお持ちでいらっしゃる。

 でも、ナベールでのあの火力を見たら、確かにそういう状況もあり得ると思えてしまう。


「……サーフェスの言う事にも一理ある。素早い殲滅が叶うなら、それに越したことはない」

「さすが隊長。わかってるっスね!」

「だが、それができない状況でも、とにかく我先にと魔法を打ち込みたがる癖は直せ」

「あー……はい」


 あら、意外に素直だな。

 いや、そうじゃなくて、本当に必要なら待つこともできるってことか。ってことは、隊長って人は、よほどの慎重派だったってことなのかな。

 そんなことを考えていたら――パランさんが低い声で割り込んできた。


「で? 姉ちゃんの質問タイムはまだ続くのか? 俺らは疲れてんだけどよ?」


 そ、そうだった。この人たちは、今、訓練から戻って来たばっかりだった。


「失礼しました! どうぞ座られてください――あ、飲み物とかいりますか? もらってきますよ?」

「いらねぇ、酒がある――っておい! 酒瓶、どこにやりやがったっ?」


 朝一から飲酒ですか。でも、残念ながら山ほどあったお酒の瓶は、昨日、きれいさっぱり捨てちゃいました。中味が入ってたのもあったかもしれないけど、気のせいですよ、きっと。


「……手前ぇ……」

「パ、パランさんっ、それ、俺が許可出しましたっ!」

「メレン、お前もグルかよっ」


 怒髪天をついてるパラさんを前に、ちゃんと申告してくれるメレンさん、リスペクト!

 でも、後ろにかばわれてるだけなのは性に合わない。


「隊室での飲酒は、当然ながら禁止されてます。負傷していた時の痛み止め代わりに飲んでいたにせよ、今は私がいますのから痛み止めは必要ないはずです――ので、片付けさせていただきました」

「……姉ちゃん、良い度胸だな」


 もうね。視線だけで射殺せるんじゃないかってくらいの迫力ですよ。さすがは弓師。

 でも。なんとなく……本当になんとなく、なんだけど。昨日、冗談で女将さんに食らった『威圧』より、プレッシャーが少ない気がする。私は戦闘職じゃないから殺気とか言われてもわからないけど、もしかすると、そういう『成分』が抜けてるからじゃないだろうか?

 そう考えると、昨夜のアレも、お酒の見せた幻覚とかじゃなくて、もしかするとあっちの方がパランさんの素だったりして? 本人も『公私のけじめ』がどうとかって言ってたし。


「……ちっ」


 私が全く(でもないけど)怖がる様子を見せなかったからか、しばらくするとパランさんはいつもの舌打ちのあと、定位置の椅子へとどっかりと座り込んだ。


「俺ぁ、寝る。うるさくすんじゃねぇぞ」


 そういうが早いか、机に突っ伏す。あ、そこもちゃんと綺麗にしておきましたからねー。安心して寝てください。

 隊室での居眠りも推奨されませんが、疲れてるのは本当みたいだし、ここは空気を読みますよ。



「……パランの、あの睨みを向けられて動じないとは、シエルもなかなかやるな」


 寝てしまった(?)パランさんに配慮してか、小声で隊長が話しかけてきた。ぴくり、とパランさんの肩が動いた気がしたけど、起き上がってくる様子はない。


「ええ、まあ……昨日、ちょっと」


 一応、私も声を潜めて返事をする。


「昨日?」

「はい。夕食を食べに、平民街にある『女神の鉄槌』ってお店に言ったんですけど、その帰り道にパランさんにお会いしまして。夜道の一人歩きを心配してくれて、寮まで送っていただきました」

「私服のパランにあったのか……なるほどな」


 それで納得されるということは、隊長もあの二重人格じみたパランさんの事をご存じなんですね。

 でもって、やっぱりパランさんって、あっちの方が素なんでしょうか。

 聞いてみたい気もするけど、さすがに本人がいるところでは口にしづらい。まぁ、また機会もあるだろうし、その時にしよう。


「しかし……『女神の鉄槌』ということは、シエルはリゥリィの姉御を知ってるのか?」


 おや、急に話が変わった。しかも、女将さんの事を名前で呼んでらっしゃる。


「姉御って……えっと、お店には二年ほど前に初めて知り合いに連れていってもらって、今は月に何度かおじゃまして、晩御飯がてら女将さんとおしゃべりさせてもらってます」


 昨日のカーンスさんより、隊長の方が女将さんの本名に近い発音だ。その事からしても、女将さんの言ったように、古くからの知り合いっていうのは本当なんだろう。


「あの姉御とおしゃべり……なるほど、シエルの事だったのか」


 はい? 何の事でしょう?


「しばらく前――去年くらいか。久しぶりに顔を見せに行ったときに、『最近、面白い子が来る』と聞いたことがある。あの姉御に気に入られるのはどんな相手だろうかと思っていたが……そうか、シエルだったのか」


 二回おっしゃられましたけど、大事なことなんですか、それ?


 女将さんに気に入られるのって、そんなにレアなことなんだろうか。記憶にある限りだと、普通にデルタさんに連れて行ってもらって、普通にお料理とお酒をいただいただけなんだけど? なんか『若いのにいい飲みっぷりだ』とか言われて、気が付いたらデルタさんそっちのけでお酒の味について熱く討論したかもしれないけど、それくらいだよ?


「あの女将と、親子みたいな……やり取りしてた」

「お前も見たのか……そこは姉妹といっておけ。命が惜しかったらな」


 あら、ザハブさんいたのね。いや、知ってたけど。

 しかし、隊長。えらい言い様ですが、そんなに女将さんが怖いんですか?


「まだ、ガキの頃……うっかり『おばちゃん』と呼んでしまったことがある。おかげで、チビるかと思うくらいの笑みを向けられた。それ以来、呼び方には注意を払うようにしている」


 ああ、それって笑顔と同時に威圧が来る奴ですね。確かに小さな子なら、ち〇っても仕方がないだろう。しかし、女将さんったら、子供相手になにやってるんですか……。


「とにかく、あの姉御は大した人だ――こっちに来る前、東の大陸での話だそうだが、相方とたった二人でドラゴンを退けたこともあったらしいぞ」

「は? ドラゴン? ……それって、実在してるんですか?」


 ワイバーンやレッサードラゴン、ヒュドラやワームくらいなら兎も角、今の言い方だと本物の『ドラゴン』ですよね。御伽噺の中だけの存在かと思ってました。

 いや、女将さんの話を信用してないわけじゃないよ。そういうことで嘘を吐く人じゃないと思うし。けど、ドラゴンって……。


「東では、時折目撃されるらしい。人を襲うことは滅多にないそうだが、姉御の話では、依頼の為に移動していたところ、偶然、卵を抱いている付近を通りがかってしまったそうだ」


 普通の動物でも、子供を抱えているときは警戒心が増し、凶暴になる。それが、ドラゴン……よくぞ生きて帰れたものだ。

 隊長の話だと、当時の相方(男性らしい)がとにかく攻撃。女将さんはなんとタンク(盾役)とヒーラー(治癒)とバッファー(魔法補助)を兼任してたそうで、『マジですか!?』とつい敬語を忘れて聞き返しちゃったよ。


「純粋な攻撃力は、その『相方』の方が断然上だったらしいが……まぁ、姉御が居なければ確実に死んでいただろうな」


 そして、『倒した』のではなく『退けた』というのは、ある程度のダメージを与えつつ、後退戦術でドラゴンの巣のある所から少しずつ距離をとった結果、あちらの方が諦めて戻っていったのだという。

 逃げただけか、なんてことは口が裂けても言わない。『ドラゴン』というのが、もし御伽噺の半分くらいの強さだとしても、そこまで耐えられること自体が、絶対に普通じゃ無理。

 そうか。女将さんって、そこまですごい人だったのか。

 私、ものすごく普通におしゃべりしてたよ――それを知ったからといって、女将さんへの接し方を変える気にはならないけどね。


「それより。シエル、女将と仲いい……あの服の構造、知ってる?」


 おや、今度はザハブさんですか。


「女将さんの服というと、あの『キモノ』のことですか?」

「キモノっていうのか……東の服?」

「あちらでは、服のことを『キモノ』というんだそうですよ」


 そして、隊長から女将さんのすごい逸話を聞かされても、興味があるのは服の方ですか。とことんブレないな、この人も。


「尤も、女将さんが着てるのは『キモノ』そのものじゃなくて、こっち風にアレンジした奴だそうですけど」

「シエル……詳しい」


 そりゃ、私も女ですから。ファッションにだって興味があります。何度か通って、遠慮なしにおしゃべりできるようになれた頃に、どういう仕組みの服かって聞いたことがある。



 女将さんによれば、まっすぐに切った布を縫い合わせて作り、体に巻き付けるようにしたそれを何本もの紐で体にフィットさせて着用するのだそうだ。

 実のところ、説明だけではよくわからなかったんで正直に言ったら、『じゃぁ……』って感じで、あちら(東の大陸)から一枚だけこっちへと持ち込んだという『キモノ』を試着させてもらったこともある。

 ……すごかったよ。凄く緻密な刺繍を施された布をたっぷりと使ってあって、ものすごく重たかったし、紐でぐるぐる巻きにされた上から、幅の広い『帯』ってので更に巻かれた。

 巻かれすぎて苦しいし、腕はろくに上がらないし、歩くのもちょこちょこって感じで、はっきり言ってこんなのを毎日着て生活してるなんて信じられない! と、これまた正直に言ったら――

『めでたい日だけに着る晴れ着だよ。こんなのを毎日着てるのは、お偉いさんのところだけさ』

 女将さんの思い出の品で、どうしてもこれだけは手放せなくて、はるばる海を越えてまで持ってきてしまったそうだ。そんな大切なものを着せてもらったと聞いてびっくりしたけど、

『これは若い娘が着るもんでね――もうあたしには華やかすぎるし、こうやってシエルが着てくれて、この振袖も喜んでるだろうよ』

 キモノにもこっちのドレスと同じように、いろいろと決まりがあるらしく、もう袖を通すこともないだろうと思っていたところに私が現れたってことみたい。私なんかでいいのかとも思ったけど、女将さんのうれしそうな顔を見たらそれ以上は何も言えなくなったっけ……。



「キモノの作り方……教えてほしい」

「作り方って、ザハブさん、自分で作る気ですか?」

「うん。作って……着せる」


 ……ああ、新しいお嫁様にですね。ですが、私も作り方までは知りません。


「だったら、女将にたのんで――」

「……手前ぇら……俺ぁ、うるさくするなっつったよな……?」


 げ――静かになったからてっきりお眠りになられたのかと思ったら、パランさん、まだ起きてらっしゃった。


「す、すみませんっ!」


 さっきとは違って、今度は本気の威圧(殺気?)が飛んでくる。

 なので大慌てで口を閉じ、ついでにそっと隊室から外へ出た――んだけど、なんでザハブさんに加えてメレンさんもついてくるの?


「俺? まだ動き足りないんで、もうちょっと走ろうかと思って」

「走るって……でも、訓練場はつかえないんですよね?」

「うん。だからここで、ね」

「ここ?」


 『泥かぶり』の隊室は倉庫の一角を区切って作られているので、ドアを開けたら普通に倉庫の中に出る。


「そこそこ高さも広さもあるし、いろんなものが置かれてるんで、そういうのも使うと結構いい運動になるんだよ」


 倉庫がまさかの室内アスレチック扱い……。

 あっけにとられているうちに、メレンさんは慣れた様子で走り始めた。

 あ、なるほど。積み上げられてる木箱をよじ登って、そっから隣の山に飛び移って、降りて走って、また登る……リス? でも、メイスを背中にかるったままだよね、あれって。

 朝練した後でまだそれだけ動けるって、どれだけ体力お化けなんですか。


「それより、シエル……女将のキモノ」


 まだいうかっ!?


 ほんとに濃いよ、ここの人って……。


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