泥かぶり治癒師奮闘記

砂城

文字の大きさ
12 / 20

天災がやってきた その2

しおりを挟む
「ド、ドラゴン……?」


 私、立ったまま寝ぼけてるのかしら? なんか今、『ドラゴンが出た』とか、聞こえた気がするんですけど?


「シエル……気持ちはわかるけど、俺らにも聞こえたよ」


 メレンさんにも、というか皆さんにも聞こえてた? ってことは、私の空耳ってわけじゃないですよね。


「え? で、でも『ドラゴン』って……?」


 前にも言ったかもしれないけど、『ドラゴン』なんて御伽噺にしか出てこない存在だ。

『女神の鉄槌』の女将さんの話によれば、東の大陸ではたまに目撃されるという話だけど、少なくともこの国――というか、この大陸ではそういう扱いなのだ。

 それが、出た? なんで?


「あっちの事情なんざ俺らが分かるかよ! それより、ぼぅっとしてる場合じゃねぇだろうがっ」


 そ、そうだった。

 総員ってことは、当然ながら私たちも出撃しないといけない。

 しかし、ドラゴン……見たこともないそんなものを相手にするには、一体何が必要なんだろう?


「シエル。救護室に行って、活力ポーション貰ってきてほしいッス。後、できれば魔力ポーションも」

「え? あ……わ、わかりましたっ!」


 サーフェスさんがそう言ってくれなかったら、あたふたするだけで全く動けなかっただろう。

 だけど、やることができたと思ったとたんに、衝撃でボケてた頭が回転し始める。



 ドラゴンを討つ(それが可能なら、の話だが)のにどれだけの戦力が必要なのかもわからない。

 討伐騎士団は、各ランクにおよそ百名ずつ。けど、任務中の隊もいるので、全部が一斉に出撃できるわけじゃない。

 そもそもが、どこで出た、という情報がまだ来てないので、総勢三百人近い人数が一度に展開できるかどうかも不明だ。

 となれば――各種ポーションの他にも、長丁場を予想しての食糧とかも必要になる。

 この状況ならそれらは上から補給されるはずなんだけど、『泥かぶり』の分まで用意してくれるかどうかは……新団長になって待遇が改善されたとはいえ、今までの扱いが扱いだからね。独自に確保しておくに越したことはない。


「救護室と、その後で食堂に行ってきます!」

「……ああ、頼む。水はサーフェスに出させるからそっちは気にしなくていい」


 魔法で出した水は、味もそっけもない代物なんだけど、それでも『水分補給』というだけなら十分に賄える。


「おい、隊長。それより『ドラゴン』について、知ってること全部吐きやがれ」

「パランさん。隊長はこれから会議っスよ」

「あ、なら、俺が代わりに会議室行ってきます! どうせ発言権とかないんでしょうし、聞くだけならそれでいいっしょ」

「シエル……荷物運ぶの、手伝う」


 私が再始動したのと同時に、皆もてきぱきと動き始める。

 特にパランさんは、隊長の首根っこを締め上げる勢いで、知る限りの事――その情報のソースはおそらくは女将さんだ――を聞き出し始めてた。



 ――救護室で活力ポーションと魔力ポーションを(かなり強引に)受け取り、食堂でおばちゃんたちにお願いして二回分ほどの保存食料を分けてもらって戻ってきたころもまだ、パランさんの隊長への質問(尋問?)は続いてた。


「ふん、なるほど……『逆鱗』ってなぁ、そういうもんなのか。初耳ばっかだが、さすがに直にやり合ったやつの話だけはあるな」

「……だが、今回出たやつに、俺の、というか姉御の知識が役に立つかどうかはわからんのだぞ?」

「全く情報が無ぇよりゃマシだ。御伽噺の中から掘り出すよりも、な」


 隊長、かなりお疲れのご様子です。これから討伐に行くのに、大丈夫なのかな?


「つーか、なんだよ、その女将ってのは? レア情報の宝庫じゃねぇか」

「……命が惜しけりゃ、店に押しかけるのはやめておいた方がいいぞ」

「はぁ? ここの阿呆ばっかり相手にしてて、とうとう自分も頭が腐ったか、隊長さんよ。行くなら、プライベートの時に決まってんだろ」


 プライベート――つまり、あの三度見レベルの紳士モードでお出かけになるわけですね。

 女将さんは礼儀正しい人にはきちんと対応してくれるけど、失礼な人には二言目を発する前にお店から蹴りだす人ですから、正しい選択だと思います。でも、そこから親しくなって、ある程度の情報を教えてもえるようになるまでが、また大変なんだけど……健闘を祈る。

 そんなことをやってると、今度は隊長の代わりに作戦会議に出ていたメレンさんが戻って来た。


「もどりましたー――いや、隊長が来てないからなんか文句を言われるかな、とかちょっとだけ思ったんですけど、全然平気でした。っていうか、何でいるの? みたいな顔されました」


 ……発言権どころか、椅子すら用意されてなかったらしい。

 仕方なく立って話を聞いていたら、それを団長に見つかって、メレンさんじゃなくて椅子を用意しなかった人が叱られたそうな。


「思ったよりも物事をきちんと判断する人みたいですね、あの団長」


 その上から目線の評価はどうよ? とも思うけど、今までが今までだからね。

 それはともかく。


「それでですね。俺が聞いてきた話としては、ドラゴンが出たのがウォーバルスの平原地帯だそうです――」


 ウォーバルスって、確かえらい辺境だよね。広めの平原はあるんだけど、その周囲をぐるっと山が囲んでる盆地になってて、近隣の都市からはその山を越えないと行くことができない。

 将来的には開発する予定もあるにはあるそうなんだけど、今のとこ手つかずって感じだったはず。


「ドラゴンも空気を読んだんスかね?」


 サーフェスさんがそういうのは、そこがまだ未開発でほとんど人がいないということを指している。つまり、どれだけ激しい戦闘になろうとも、戦闘員以外の被害がないということだ。


「ドラゴンが、そこまで気を使ってくれたのかどうかはわからないですけど、今、王立魔術団が、ウォーバルスへの直通ゲートを構築中だそうです。それが完成し次第、動員できるすべての隊で出撃予定――陣形ですけど、基本的に中央に金の部隊を配置。その左右に銀、更に外側というか殿に銅って感じです。ドラゴンが出たせいで、周辺の魔物たちがパニックになってるみたいで、銀と銅は金のお歴々がでかいのに集中できるように、そっちを担当させられるみたいです」


 まぁ、それが妥当なところだろう――と私的には納得できる配置なんだけど。


「チッ……どうせ、そんなところだろうと思ったぜ」


 パランさんは何やら不満げだ。

 でも、私としては、ドラゴンなんて倒せるかどうかもわからないものを相手にさせられるより、そっちの方がいいと思うんだけどな?


「ちなみに、これがその配置図です」


 そう言って、メレンさんが一枚の紙をテーブルの上に広げる。

 そこには各部隊の配置が、ランクとナンバーを添えて書かれている――って、あれ?


「……これ、俺らの隊、ない……?」

「あれ、ホントっスね」

「うん、俺も何度も見たけど載ってないんだよね」

「……椅子が用意されてなかったことを考えれば、こちらに記載のがないのも頷けるな」


 おいおい……本気の総動員の時までつまはじきにするわけ? この配置を考えた人、もしかしなくてもアホじゃない?

 全員が頭を抱える中――なんでか、パランさんだけが急激に機嫌を直してた。


「くっ……上の阿呆共も、たまにはシャレたことをするじゃねぇか」

「パランさん?」

「どういう意味っスか?」


 パランさんの笑顔とか、初めて見た気がするんだけど……なんか不穏というか、不気味?


「ったく! 説明しなきゃわかんねぇのか、この間抜け共が――いいか? 俺らにも出撃命令が下った。なのに配置の指示が無ぇ。ってことは、どこで何をしようが俺らの勝手ってことだ」


 ええー? それ、ちょっと強引すぎる解釈じゃないですか?


「文句があるなら、この配置を決めた奴んとこに行きやがれ」

「……それで、お前は何をするつもりなんだ?」


 さすがは隊長だ。私たちが混乱してる間に、直ぐにパランさんの意図を察したらしい。


「隊長は、やっぱ話が早ぇな――全員、ちょっいと耳を貸ぜ」


 そう言ってパランさんが口にした今回の作戦というのは――


「マジですか……」

「いやー、面白いっスね」

「パランさん……本気?」

「……パラン、お前――失敗したら本気で強制除隊だぞ?」

「てめぇ等がヘマしなきゃいいだけの話だろ――いいか、今回はとにかくタイミングが命だ。戦闘が始まったら、俺の近くにいろ。特に、姉ちゃん。ふらふらすんじゃねぇぞっ」

「え? わ、私ですか?」


 いきなり話を振られたらびっくりするでしょ。


「手前ぇのこった。目の前に怪我人がいりゃ、他の隊だろうが何だろうが、駆け寄って治療しかねねぇからな――他の時ならいざ知らず、今回だけは俺らの側から絶対にはなれんじゃねぇぞ」

「……」


 確かに、そんな事態になったら、私はそういった行動をとるだろう。

 だって、私は治癒師なんだ。

 怪我をしてる人を放置なんかできない。

 だから、パランさんにそういわれても……実際にそんな事態になったら、約束はできかねる。


「不平そうだな? だが、よく考えろ。そん時に怪我を治してもらったって、結局のところ、デカブツ(ドラゴン)を倒せねぇなら、全員おっ死ぬんだ。だったら、ちっとばかり痛ぇ思いをしたって、この後も命がある方がいいに決まってんだろ」


 パランさんの言うことは正論だ。だけど、誰もがその通りに動けるわけじゃない。

 特に私の場合は治癒師になった動悸が動機だ。

 パランさんは(おそらく)それを知ったうえで、どうしてもといっているんだろう。

 けど、でも……。


「ドラゴンを、絶対に倒せる保証――いえ、自信があるんですか?」

「はぁ? ……まだわかってねぇのか? 出来る出来ねぇじゃねぇ。やるしかねぇんだっつーの」


『出来る出来ないじゃない、やるしかない』


 ここ(泥かぶり)に来てから、何度となくきいたセリフだ。

 けど、今日ほど重く響いたことはない。


「クソ忌々しいが、今回は姉ちゃんの存在がでけぇ。前みてぇに『咆哮』でビビってる暇も、よその連中を気にかけてる余裕もねぇと思え。さもなきゃ俺ら全員、あの世行きだ――言っとくが、討伐騎士団だけの話じゃねぇぞ。下手すりゃ、この国全部――国自体が滅んでもおかしくねぇんだ」


 ウォーバルスで仕留められなかった場合、ドラゴンはもっと人の多い地域にも現れるだろう。ウォーバルスで受けた傷とその痛みに、怒り狂った状態で。

 その時の人的、物的被害はどれほどのものになるのか……そのことを考えれば、今回の出撃で確実に仕留める必要がある。

 そう考えれば――けど……。


「……どうしても、ですか?」

「くどいぞ」


 人を救うために治癒師になった私が、一時とはいえその役目を放棄する。

 だけど、今回ばかりはどうしてもそれが必要だと、パランさんは言う――その目は、いつもよりもずっと真剣だ。


「どうしても嫌だとかふざけたことをぬかすってんなら、簀巻きにして俺らの側に転がしとくぞ」


 ……そんな目に合うのは御免こうむる。

 日和ったといわれるかもしれないけど、私にしかできない、私でなければいけないといわれるのなら。

 今回だけ。この一度限り。

 私は、自分の信念を曲げる。

 それが本当に正しいのかどうかはわからないけど、でも。今。そう決めた。


「……わかり、ました」

「ふん。いっちょ前に、良い顔するようになりやがったな――さて、ってことで隊長さんよ」

「お、おう……?」

「そろそろ、俺らも出ねぇとマズいんじゃねぇのか?」


 隊室というか、倉庫の外ではすでに大勢が動いている気配がする。


「ああ……ゲートが完成したようだな。臨時のゲートだ、いつまで保持できるかもわからんし、急がないとな」

「作戦行動は、さっき説明したとおりだ。最初は銅の連中に紛れ込め。で、俺が合図したら移動だ――いいな?」

『了解 (だ・しました)!』


 全員の声が一つになり――そうして、私たちは文字通り命がけの戦場へと赴いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

その聖女は身分を捨てた

喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

処理中です...