殺意に落ちて

豆狸

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第四話 裏切り

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 茶碗を入れ替えてもロッテは死なず、ヘンリクスは入れ替えた茶碗に口をつけてしまった。そもそも自分が毒を入れ忘れたのではないかと思ったのだ。
 茶を飲んだヘンリクスは身体が痺れ、吐き気に襲われ、呼吸が出来なくなって、意識を失った。
 毒はちゃんと入っていたのだ。

 意識を失っている間に持っていた毒と遺書が見つかって、回復したヘンリクスは投獄された。
 紫の花の毒にはこれといった解毒剤はないのだが、毒を薬にする研究をしているロッテの主治医がいたことで、適切な治療を受けられたヘンリクスは死ななかった。
 そして今日は牢から出されて、衛兵の取り調べを受けている。

「お前の元婚約者のロッテ嬢に毒の症状が出なかったのは、焼き菓子に魚の毒が入っていたかららしい。お医者先生によると、お前が茶に入れた紫の花の毒と焼き菓子に入っていた魚の毒は身体に与える効果が真逆で、互いの力を打ち消し合っていたそうだ。とはいえ毒は毒、二種類の毒を飲まされたロッテ嬢は治療を受けてもお前ほど元気にはなっていないようだよ」
「焼き菓子に魚の毒?」

 ロッテはひとり娘だ。
 本来なら婿をもらって家を継ぐ立場なのだけれど、早くに妻を亡くした反動で彼女を溺愛する父親が成人まで生きられないかもしれない娘を親友の息子に嫁がせることを望んだのだ。それは、ヘンリクスがロッテの初恋の相手だったからもある。
 家の跡取りはロッテが生き延びた場合は彼女の第二子、そうでなければ親族から養子を取るのだと聞いていた。

(遠方に住むというロッテの叔母が兄の家を乗っ取ろうとしたのか? ロッテが俺との婚約を解消しようとしたという話を聞いたから?)

 取り調べ役の衛兵の意外な言葉に、ヘンリクスは顎を捻った。
 あまりにも運が悪かった。
 もっと早くにロッテを殺してくれていたなら自分が手を汚すこともなかったのに、と非道なことを考えていたら──

「そっちもお前の仕業ってことで間違いないな?」
「はあ?」

 思わず取調室の椅子から立ち上がる。

「そんなわけがあるか! 俺はロッテの叔母とは会ったこともない!」
「そりゃそうだろう。焼き菓子を贈ってきたのはロッテ嬢の叔母ではない。彼女の叔母を騙ったお前の恋人だ。お前に言われてやったんだと証言したぞ」
「え……」

 身体から力が抜けて、ヘンリクスは椅子に戻った。

「ロッテ嬢の叔母の存在を教えたのも、魚の毒を入れた焼き菓子を用意したのもお前なんだろう?」
「違う! 俺が命じたのだとしたら、同じ日にロッテに毒を飲ませたりしない」
「毒の効果が真逆だと知らないで、二種類の毒を飲ませたほうが疑われにくいと思ってたんじゃないのか?」
「違う!」

 ヘンリクスは恋人の面影を思い浮かべた。
 少しの間だけだと言ってから距離を置いたのだが、ロッテを殺すつもりだったことまでは話していない。
 捨てられたと考え、婚約者のロッテさえ殺せばヘンリクスが戻ってくると思い詰めてしまったのかもしれない。

(俺に言われてやったと証言したのは捨てられたと思っているからか?)

 わけがわからなくて自分の頭を掻き毟るヘンリクスを見つめて、衛兵が意地の悪い微笑を浮かべた。

「その様子じゃ本当に恋人の行動は知らなかったんだな」
「ああ、そうだ!」
「じゃあ詐欺のほうの口封じだな」
「……詐欺?」

 いきなり出てきた単語に、ヘンリクスは目を丸くした。

「お前、恋人に言われて家の金を穀物相場に注ぎ込んだだろう? 絶対に儲かる相場なんてないし、そもそもその話は嘘っぱちだ。ほかにもたくさんの被害者がいる。お前の恋人は嘘相場話の主犯もお前に押し付けるつもりなんじゃないかね」
「あの相場が……嘘……?」

 ヘンリクスの恋人は、焼き菓子に毒が入っていたことも知らなかったと言っているらしい。ロッテの叔母の名義で贈れと命じられただけなのだと。

「でもまあ婚約者を殺してでも結ばれようと思っていたほど愛していた女なんだろう? なんなら罪を被ってやったらどうなんだ?」

 ああ、そうか……と今になってヘンリクスは気づく。
 恋人の本命は紹介された商人と名乗る男のほうだったのだ。婚約者がいながらほかの女に靡く愚かな男など、都合の良いカモでしかない。高位貴族の令息が出資者に名を連ねていたことで嘘相場に騙された人間もいるだろう。
 冗談めかして冤罪を受け入れろと言う衛兵の目は冷たかった。
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